INTERVIEW

[Special Interview]イ・デヨン【前編】

[Special Interview]イ・デヨン【前編】

 

韓国の劇場街、大学路(テハンノ)で観劇する際の醍醐味のひとつは、ドラマや映画に出演している演技派俳優たちの名演をじかに見られることです。アイドルや若手俳優などの主演陣を陰でサポートしつつ、さりげなく深みのある演技を見せる彼らは映像作品になくてはならない存在。特に“中堅俳優”と呼ばれる40~50代の俳優は、さまざまな現場で常にひっぱりだこです。今回インタビューをお届けするイ・デヨンさんはまさにそんななかの一人。常に多数の撮影現場を掛け持ちする多忙なスケジュールをこなしながら、いまもコンスタントに舞台に立ち続けている生粋の演劇俳優なのです。
今回、SF推理劇『The Nether(ネダー/네더)』で、これまでにないキャラクターに挑むデヨンさんへの取材が実現。人間味溢れるベテラン俳優に注目したインタビューは、韓国でも読める機会は少ないと思います。3つに分けた長い内容となりましたが、韓国演劇の近代史も垣間見える貴重なインタビューをご堪能ください。

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●今回は翻訳劇、しかもSFという斬新な『The Nether』への出演はちょっと意外でした。翻訳家のマ・ジョンファさんのたっての希望で決まったそうですね。
「ジョンファさんとは今回初めてお会いしました。実は『春の日(봄날)』※1(7月28日~8月6日までアルコ芸術劇場で上演された)への出演がもう決まっていて、終わった2週間後にこの作品が始まるスケジュールだったので、他にドラマの撮影もあるし、舞台に2作続けて出るのはちょっとしんどいなとも思いましたが、作品を気に入って出演を決めました。2月に『縁側のある家(툇마루가 있는 집)』という演劇に出たのですが、劇場にジョンファさんが演出家と二人でやってきて“どうしても先輩に演じてもらいたい”と。そこまで僕を欲しているなら、と (笑)」

●デヨンさんが『The Nether』で演じるドイルは、ペドフィリア(小児性愛者)の中年教師という難しいキャラクターです。なぜこの役をデヨンさんに演じて欲しかったのか、ちょっとマ・ジョンファさんにも伺いたいと思います。
マ・ジョンファ「イ・デヨン先輩が出演された作品を見ると、ほとんどが善人で、とても苦悩する男性の役でした。もっと面白い役がたくさんあるのに、男優も女優もある程度年齢を重ねると同じような役ばかりを演じるようになるんですね。それをいつも勿体ないと感じていたんです。実は、先輩がかなり前に主演された映画『ラクダ(たち)낙타(들)』(2001年作品)が大好きだったんですが、その映画は、偶然知り合い旅に出た男女が一夜限りの関係を持つという作品でした。デヨン先輩は劇中で自分が傷ついたときに、外にではなく内に向かうようなキャラクターをこういう風に演じるんだなと印象的で、それ以来ずっと興味を持っていたんです。私は俳優に会うといつもどんな役が合うだろう? と想像するのですが、昨年飲みの席で偶然お会いできて。この作品を翻訳したとき、個人的にはドイルのキャラクターに一番惹かれたのですが、とても善い方だと感じた先輩が、最悪の選択をして崩れてしまうような役を演じたら、どんなに面白いだろう? と思いました(笑)。それで、上演が決まったときに演出家にお願いしたんです。“じゃあドイル役は絶対イ・デヨンさんで”と。でも連絡先も知らなかったので、演出家に連絡してもらって(笑)。とてもお忙しい方なので実現するかな…? と思っていました」

●でも普通は、翻訳家がキャスティングまではしないですよね(笑)
マ・ジョンファ「ええ。最初は忙しいとおっしゃったので、また私が演出家と一緒にお願いしに行ったんですよ。“これでダメだったらどうする? 次は手紙でも書く?”とか言って(笑)。そうしたらスケジュールを調整してくださることになって。実際、翻訳家の望み通りの配役になるというのはほぼ不可能なんですが、今回は理想のキャスティングなので、もう作品が完成したような感じです。だから私は稽古で怠けているんです。(何も言わなくても)俳優さんたちが全部やってくれますから(笑)」

●デヨンさんは、ジョンファさんのラブコールを受けていかがでしたか?
「ここまで詳しく理由は言われなかったけど(笑)“ いくら考えても先輩にお願いしたい”と言ってくれて。時間的にちょっと無理みたいだからと丁重にお断りしたんだけど、ここまで言ってくれるなら、無理してでもやりましょう、ということになったんです。作品の設定そのものが興味深い状況だし、サイバー世界、仮想現実についても魅力的で。 人間という存在に対して、とても知的な質問を投げかける作品なのが魅力でした」

●ドイルがどんなキャラクターなのか教えていただけますか?
「ドイルは、定年を半年後に控えた優秀な教師です。教育者としての使命感に溢れ、 とても誠実で、それは家庭でも同じです。そんな男ですが、劇中の近未来では、学生たちがNetherのなかで勉強するので、実際の教育現場で教師は子どもたちがハッキングしてポルノを見ていないかと監視する役割に転落しています。この現実に深く挫折して昔のアナログ的時代の美しさに戻りたい、という思いがある人です。 その後、シムズが作ったNetherの空間に入り、自分で気づいていなかった性的嗜好の発見と、シムズという運営者に出会って、久々に知的な会話が可能なパートナーに会えたという喜びを覚えるんです。そのうちにますますこの世界に溺れていくのですが、結局はドイルもシムズも崖っぷちに立たされている人だと思いました」

稽古中もイ・ゴン演出家と丁寧に台詞について相談

●稽古を拝見したら、演出家や翻訳家と役柄や場面の解釈についてちょっと話し合っただけで同じシーンでもガラリと演技を変えられていて、こんなにも変化するのか! と感動しました。さすがはデヨンさんだ!と思いました。
「稽古というものは相手役がいて、俳優同士で互いに影響を与え合いながらやるものですからね。例えば翻訳家のアドバイスを聞いて、それに応じて自分もそのシーンに対する考えが変わるし、相手役も変わるんです。そしてその変化にまたお互いが呼応する…そんなところが、演劇の稽古の大きな楽しみですね。 そしてその過程で見つけたものが本物で、正解の時が多いんです。ひとりでぶつぶつと台本を呼んでいるだけでは絶対見つからない瞬間が訪れる時があります。 そしてまた、演劇が魅力的なのは、劇場で観客に会うと稽古の過程では探し出せていない答えが、観客を通じて探せる時があります。 演劇はそういう過程があるから本当に面白いんですね」

●観客から予想もしなかった反応が返ってくることもあるでしょうね?
「誰かが言ってたけど、劇場の扉が閉まった瞬間、その中にいる人たちの間に一種の共同体というか、同じムードが流れて、それに俳優が影響を受けるんです。 そして、“あ、自分の考えは合ってたな”と快感を得られるときもあるし、観客の反応を通して正解が分かるときもありますね」

●韓国は未成年への性犯罪者に対し、日本以上に厳しい視線が向けられるのでぺドフィリア(小児性愛者)を取り上げた作品がどう受け止められるか気になります。この作品を観客にどう見てもらいたいでしょうか?
「ん~そうですね…敏感なストーリーでもありますが、具体的に表現するのではなく、台詞で暗示する感じです。この仮想世界では小児性愛だけでなく、例えば、斧で少女の体をメッタ刺しにしたりもするんです。だけど、それは言葉だけで表現されますから。この仮想現実について説明するセリフのなかに魅力的な表現がいくつかあるんです。“自分たちが選んだ形で、自身の体外で交流して関係を結ぶようなこの驚異的な世の中”という台詞があるのですが、これは結局、疎外(感)に対する話ではないだろうか? と。 疎外や孤独、存在に対する質問や疑問など、私は疎外に対する問題だと受け取りました」

●8月初旬まで出演されていた『春の日』の初日前にあばら骨にヒビが入るケガをされて、それを押して出演を続けられ、『The Nether』の稽古にも参加されていたと聞いて驚きました
「それでも私はほとんどケガをしないほうです。しかし周りでは例えばクォン・ヘヒョさんは『私に会いに来て(날 보러와요)』という作品に出たとき、暗転するシーンで骨が曲がるほど鼻をぶつけたんです。彼が演じていた刑事は連続殺人犯が捕まえられず、後半で泣くシーンがあるのですが、演出家が“今日の演技は最高だ!”と思ったら、実は鼻が痛くて泣いてた(笑)。カン・シニルさんは昔『アリラン』という作品で舞台から落ちて仙骨を痛めて立ち上がれなくなり、公演が中止になったとか、こういう話が多いんです。僕がケガした日は、『春の日』の最終稽古のあと、テレビ局での撮影が入っていたので後半出演がない場面の間に、早く帰れるよう服を準備しておこうと、普段は通らない通路を通ったらぶつけてしまって(笑) 」

●『春の日』はかなり前から上演されているイメージがあるんですが、初演から出演されているんですか?
「2009年からです。 初演は1984年ですが、09年にソウル演劇祭30周年記念として、これまで出品した作品のなかから“再び見たい作品10”に『春の日』が選ばれたんです。 初演の時からオ・ヒョンギョン先生が父親役でしたが、その時はまだ40代後半で、09年からはどんどん役柄の年齢に近くなられ、むしろ今では超えていらっしゃいますが、09年、11年、12年、そして今年また再演となりました」

●『春の日』で演じられていた長男は、常に弟たちを想い、まるで母親のごとく温かく包みこむような役柄でしたね。
「写実主義のような作品ではなく、 一種のファンタジーのような物語ですよね。父親はものすごいケチで、息子たちから搾取する権力者のような人ですが、そんな父にも老いはやってきます。そして病弱な末っ子の存在。彼ら弟たちを受け入れる長男の母性愛的な姿……これは脚本家が最初から書いていたんです。それで、設定に合わせて表現しようとしました」

●この作品と役柄に、とても愛着をもっていらっしゃるようです。
「そうですね。 愛着がある作品だし、私が本当に尊敬していて、ロールモデルでもあるオ・ヒョンギョン先生と一緒に演じられるので、再演のたびに良くてやっていますね。多少の義務感もあり(笑)、また再演するとしても特別な理由がない限りはやらねばならないでしょう」

※注1:演劇『春の日』は、山村に貧しく暮らす、老いてもなお絶対的な権力をもつ父親と7人の息子たちの姿を通して家父長制を問う作品。イ・デヨンは弟たちと頑固な父親の間をとりもち、家事も引き受けて母親代わりを務める思いやり溢れる長男を演じている。
韓国演劇界を代表する元老俳優の一人で、現在81歳となるオ・ヒョンギョンが、1984年の初演から父親役を演じ、09年に25年ぶりとなった再演以降も出演を続けている。09年からは劇団「白首狂夫(백수광부)」の代表でもあるイ・ソンヨルが演出し、イ・デヨンも継続して出演している。

2011年公演の様子。父親役オ・ヒョンギョン、長男役イ・デヨンのほか、11年公演では三男役に映画、ドラマで活躍するチョン・マンシクも出演していた(アルコ芸術劇場公式映像より)

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作品に向かう姿勢、ストーリの解釈などベテランならではの重みを感じていただけたと思います。⇒インタビュー中編からは、イ・デヨンさんの“俳優人生”について伺っています。

【インタビュー中編→】 【インタビュー後編→】


【公演情報】
演劇『The Nether(ネダー)』(네더)
2017年8月24日~9月3日 東洋芸術劇場3館(大学路)

<出演>
●ドイル役:イ・デヨン
●シムズ役:キム・ジョンテ
●モーリス役:キム・グァンドク
●ウードナッツ役:イ・ウォンホ
●アイリス役:チョン・ジアン

原作:ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/舞台:イム・ゴンス/照明・映像:シン・ジェヒ/映像共同制作:ソン・ギョンビン/衣装:チョン・ミンソン/小道具:パク・ヒョニ/ヘアメイク:キム・グニョン/音楽監督:ピ・ジョンフン/振付:イ・ハンナ/助演出:アン・ミビン/舞台監督:イ・ヒョンジン

写真提供:劇団的(チョク)


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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[Special Interview]イ・デヨン【中編】

[Special Interview]イ・デヨン【中編】

 

ここでいきなり筆者の個人的な話で恐縮ですが、俳優イ・デヨンに興味を持つきっかけとなったのが、2005年の『復活(부활)』というドラマでした。主演したオム・テウンの出世作として知られるこの作品は、ある事件をきっかけに主人公ハウンの出生の秘密、事件の背後にある巨悪を暴いていく巧妙なストーリーで放送当時「復活パニック」という熱狂的なファンを生んだ作品でした。劇中でイ・デヨンさんは刑事ハウンの上司であるキョン・ギド班長を演じ、事件の重要なカギを握る役を担っていたのです。

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●2005年に出演されたドラマ『復活』は助演陣に渋いベテラン俳優がたくさん出演していましたが、俳優のプロフィールを調べてみると、ほとんどが演劇俳優だったんですよね。
「そう、演劇出身俳優が多かったですね。(キム・)ガプス兄さん、(キ・)ジュポン兄さん……。『復活』は韓国で今でもファン層が形成されていて、マニアのファンがとても多いです。ファンの希望が通って初めてディレクターズカット版DVDも出たし、劇場を丸ごと借りてイベントをやったりもしました」

●演出したパク・チャンホン監督のファンクラブもありましたよね(笑)。このドラマでデヨンさんは警察の捜査班の班長役でした。
「はい。キョン・ギド班長(笑)(※名前の発音は、韓国の地域名、京畿道にかけてある)班長は、ドラマの中盤で刺されるのですが、ストーリー上、重大な秘密を握っているので殺すことはできない。それで、3、4話くらいは病院で横になっているだけで出演料をもらいました(笑)」

●(笑)。このドラマ以降、大学路(テハンノ)でデヨンさんの出演作もいろいろと見るようになりましたが、『春の日』や『私に会いに来て』のように韓国の創作演劇に出演されることが多かったように思いますが?
「創作劇だけではなく、翻訳劇も実はたくさんやってきたんですよ。私が所属してきた劇団『シンシ(신시 現シンシカンパニー)』や、劇団『演友(ヨヌ)舞台(연우무대)』、キム・ガプス先輩が主宰していた『俳優世界(배우세상)』でもちょっとやっていたんです。それぞれが創作劇を優先的に作る劇団だったので、その劇団に所属していたときはほとんど創作劇でしたが、2006~7年? くらいからは大学路で、劇団(で作品を制作、上演する)という概念がやや瓦解していって、プロダクションによる制作システムに変わってからは翻訳劇にもたくさん出演してきました」

●ここからはデヨンさんのこれまでのキャリアについてお伺いしたいです。プロフィールには名門、延世大学の神学科出身となっています。
「はい、延世大の神学科出身はほかにアン・ネサン、ウ・ヒョン。もっと上にはミョン・ゲナム先輩がいますね。アン・ネサンさんは神学科の中にある演劇サークルで活動していて、ウ・ヒョンさんはほとんどやってなかったけど、二人ともデモを一生懸命やっていたほうでした(笑)。実は私と同じ歳なんですが、二人とも浪人したから1学年下で、今も会うと“兄さん”とか“先輩”と呼ばれるんけど、ほぼ友達ですよ。同い年なんだから(笑)」

●やはり皆さん演劇出身俳優ですよね。でも一般的に神学を学ぶ人は神聖でお堅いイメージがあり、なぜ演劇を始めたのか、どうにも結びつかなくて不思議だったんです(笑)
「他の教団の神学校と違って、延世大の神学科は、特定の教団が設立したものではなく、教派連合的な性格もありました。民衆神学と1970~80年代に南米で起きた解放の神学の影響を受けて、若干の政治的な性向も帯びた民衆神学の本山でした。それですごく自由主義的な性向が強く、デモなどの社会運動にもたくさん参加していたんです。一般的に神学校を卒業すると牧師になったり、神学科の教授になる学校とは違って、延世の場合はとてもリベラルで総合大学の中にあるからか、いろんな関心も持てたんです。卒業後にも牧会や一般神学の勉強を続ける比率が50%にも満たない。 30~40%ぐらいかな? それで変わった奴が出ているんです。例えば同級生には映画監督や演劇演出家、警察官もいて、金融監督院に入った奴もいます。神学科にしては幅が広いんですよ」

●元々キリスト教徒なんですよね?
「うちは三代キリスト教の母体信仰(※生まれながらにしてキリスト教を信仰していること)で、幼いころから自然に教会に通っていた敬虔なキリスト教徒でした。でも高校3年生のとき、むやみに胸が熱くて、空しくて、訳もなく世の中が悲しくなり、死にたくなったことがあったんです。ところが自分が20年近く信じて来た信仰がそれを助けることが出来なかったんですよ。 それでさらに迷って彷徨もたくさんしました。その頃に酒も覚えて(笑)。それから大学入試のとき本当は哲学科とか国文科くらいに行ければいいかと思っていたけど試験の点数が微妙で、哲学科はちょっと危なく、神学科は安全圏でした。それで神学だろうが哲学だろうがもう、反抗心のようなものもあり、迷いが生じた時には何の役にも立たなかったこの信仰に一度正面からぶつかってみようという子供じみた考えもありました。当然延世大という看板にも惹かれ、ロマンももっていました。イ・ムンヨル(이문열)という作家の『人の息子(사람의 아들)』という小説を読んで感じた、神が人間の問題で悩む神学が、格好よく見えたりもして神学科に行きました」

●そういえば以前インタビューした俳優(⇒イ・スンジュ編参照)も、本当は哲学科に行きたかったと言っていました。
「だけど、いざ神学科に入ったら、民衆神学を支持した教授たちはみな追い出され、とても厳格でつまらない教授だけが残っていて、思っていたほどの面白さがなかったんです。 春に入学したばかりの新入生がデモして連行されている姿ばかり見てとても胸が痛むけど、石を投げる勇気はない……そんな憂鬱な日々を送っていたら、ある日高校の同級生がすごく楽しそうにしているんですよ。“お前、何やってんの?”と訊いたら、“演劇をやっていてすごく面白い”と。それで“僕もそこに入ってみるか?”となったんです。その演劇サークルに入る前は、実は演劇を1作しか見たことがなかったんです。『エクウス(에쿠우스)』※2 という作品で、その頃ずっと信仰や異性の問題に悩んでいた自分とぴったり合致する作品でした。それまでは演劇に魅力を感じたことがなかったのに、作品が本当に強烈で。今でこそ俳優が全裸で出るような作品もありますが、当時は舞台で女性が下着しか身に着けていない姿を間近で初めて見てかなりショックを受けました。それでその友達にくっついて演劇サークルに入りました。演劇自体の面白さはよく分からなかったけど、若者たちがひとつのことにこだわり、今にして思えば大したことでもないのに、酒を酌み交わしながら演劇や芸術の話をするのが素晴らしく思えたんです。メンバーもとてもいい人たちで、俺が夢見ていた大学生活はこれだ!と。演劇自体よりも人と会って騒いで少し芝居する……すると、格好よく見えるし、その雰囲気が好きでサークル活動をしていました」

※注2 演劇『エクウス』は英国の劇作家ピーター・シェーファーが1973年に発表した戯曲。愛馬の目を突いた少年アランと精神科医ダイサートとの対話から家族の問題、思春期の性など、彼の背景が徐々に明らかになっていく。韓国では劇団実験劇場が1975年に初演し、チェ・ミンシク、チョ・ジェヒョンなど多数の有名俳優が出演してきた。2016年には韓国40周年記念公演も行われた。

●大学を卒業したあと、本格的に演劇俳優として活動を始められたんでしょうか?
「大学1、2年生の時は、本当にただ友達と話してお酒を飲んで遊ぶ楽しさだけでした。そのあと、短期間軍隊(兵役)に行ったあと、演劇の勉強をきちんとしてみようと思い、本も一生懸命に読んだし、舞台もマメに見に行って、これを自分の一生の仕事にしようかな?と悩んだ末に、やろう、と決めました。他に面白さを感じるものもなく、自信もなく、 サラリーマンはやりたくなかった。私はたまたまタイミングが良かったんです」

●でも、ご両親は反対されたのではないですか?
「当然反対しました。 私は父が50歳を過ぎてできた子なんです。両親は朝鮮戦争のときに越南(北朝鮮から韓国に降りて来た)してきたのですが、姉が二人いたけど、歳を取ってからできた長男だから大事に育てられました。そんな息子が演劇をするというんだから(笑)。しかし父は理解がある人でしたから“演劇をやるのはいいけど、それは金持ちの子がすることで、自分がいつまで助けてやれるか分からない”と、そういう心配をしてくれたんです。私は二代独子※3 だったので、本当は兵役が30カ月のところを6カ月だけ勤務をしたのですが、“軍隊に行ったつもりで2年だけやってみます”と言い張ったんです。 ですが、それが30年になりましたね」

※注3 二代独子(イデドクチャ/이대독자)とは、父、子二代続けての一人息子(=一家の跡取り)という意味。二代独子の場合、以前は兵役期間が短縮されたり公益勤務に着いたりしていた。現在は一人息子でも基本的にはこのような優遇措置はないという。

●最初に出演されたのはどんな作品でしたか?
「サークル外の作品に出たのは大学3年の冬休み、1987年でした。演劇部の先輩であるキム・テス演出家※4 が他の演出家の作品の助演出をしていました。『不細工な美女(米女)못생긴 미녀』※5 という作品でしたが、アメリカを風刺するような一種の反米演劇でした。出演者の中の一人が、初日の3週間前に突然逃げたんですよ。それで俳優が一人いなくなったので誰か探して来い、と言われたテス兄さんが、まだ学生だけど、そんなに大きな役ではないので、演出家に一度使ってみてくださいと言って、私が起用されたんです。それが87年の1月か2月でした。ちょうどパク・ジョンチョル※6 が拷問されて死んでから間もないころでした。 これが最初ですが、大学を卒業してから出演したのは『立ち上がれアルバート(일어나라 알버트 原題は「WOZA ALBERT!」)』という作品が私のデビュー作だと思います」

※注4 キム・テス(김태수)演出家 劇団「卍模様(완자무늬)」の代表。同劇団は、イ・デヨンと同じく延世大学神学科出身の俳優ミョン・ゲナムらと共に1984年に設立。社会問題を題材にした創作劇や、翻訳劇も硬派な作品を多数上演している。
※注5 韓国語ではアメリカのことを美国(미국 ミグク)と表記するため、美女=アメリカ人女性の意味。美女を指すのは同じ文字・発音の(미녀 ミニョ)。
※注6 パク・ジョンチョル(박종철) 当時ソウル大学の学生だった民主活動家。全斗煥(チョン・ドファン)大統領が独裁体制を敷いていた第5共和国末期の1987年に公安当局に拘束され、拷問を受けて死亡した。これを政権が隠蔽しようとしたことから「6月抗争」と呼ばれる多数の民主化運動が起こり、のちに13代大統領となる盧泰愚(ノ・テウ)が「6.29民主化宣言」を出すことになった。

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中編では俳優イ・デヨンの誕生秘話をじっくり語っていただきました。⇒インタビュー後編 では、これまで出演してきた演劇について。そして出演作が50本を超える映画やドラマについても伺っています。

【←インタビュー前編】 【インタビュー後編→】


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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[Special Interview]イ・デヨン【後編】

[Special Interview]イ・デヨン【後編】

イ・デヨンさんをはじめ、彼と同世代の演劇出身俳優たちの多くは、80年代末から90年代以降の韓国舞台シーンを席巻した名優たちです。確かな演技力と存在感で、映像界でも確固たる地位を築いている理由が、デヨンさんのお話しからも伝わってくると思います。

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演劇『私に会いに来て』20周年記念公演ではキム班長を演じた(2016年)プレスコールより

●初舞台以降、本当にいろんな作品に出演されましたがデヨンさんの出演作を調べると、ドラマと映画だけでも100本くらいはありました。
「データが出てないものもありますからね。映画が40~50本くらい? ドラマが70作くらいかな。演劇も同じくらいあると思います。でも数が多いだけですね(笑)」

●膨大な数の中で今も記憶に残っているのはどんな作品ですか?
「そうですね……演劇だと『私に会いに来て(날 보러와요)』※7、それと『アート(아트)』※8 という作品も忘れられないですね」

●個人的にデヨンさんの芝居を大学路で初めて見たのが『アート』でした。めちゃくちゃ面白かったです!
「そうでしたか。『アート』は本当に面白かったでしょう? クォン・ヘヒョ、チョ・ヒボンとの息もピッタリで。面白かったことも印象深いけど、もう一つは普段の僕イ・デヨンと、劇中の役ドクスとのキャラクターがあまりにも似ていたので、俳優として人物を作り出すのに大して悩みもせずとも答えが出たような作品でした。 賞までもらえたのでさらに記憶に残る作品です」(05年『アート』で第41回東亜演劇賞男性演技賞を受賞)

※注7 『私に会いに来て』 韓国の代表的な未解決事件として知られる「華城(ファソン)連続殺人事件」を題材に、劇団「演友(ヨヌ)舞台(연우무대)」創立メンバーだったキム・グァンリムが1996年に発表した戯曲。連続猟奇殺人を捜査する捜査本部を舞台に、犯人に振り回される刑事たちと、彼らをめぐる人間模様がリアルかつコミカルに描かれる。ポン・ジュノ監督はこの作品をもとに名作映画『殺人の追憶』を創り上げた。
※注8 『アート』 原作戯曲はフランスのヤスミナ・レザが1994年に発表したブラックコメディ。長年の親友関係にある男3人のうちの一人が、キャンバスに白一色の絵画を高額で購入したことで、その絵の価値をめぐって論戦を繰り広げ、3人が長年抱えていた本音が露になっていく。

演劇『私に会いに来て』20周年記念公演プレスコールより (写真左からクォン・ヘヒョ、ユ・ヨンス、キム・レハ、イ・デヨン)

●そして『私に会いに来て』は昨年20周年記念公演もありましたが、この作品でもデヨンさんは捜査チームの班長役でした(笑)
「記念公演も見ましたか。実は初演の時はキム班長役じゃなかったんですよ。他の作品に出演していて最初から稽古に参加できなかったんです。結局、演じる予定だった容疑者役をユ・テホ兄さんがやることになり、私は容疑者の友人として少しだけ登場する役を演じました。でもそれで百想芸術大賞演劇部門の新人賞を受賞したんです。チャ・ボムソク先生※9 が審査委員でしたが、“確かにあの役を上手く演っていたけど、いや、なんで5分しか出てこない役なのに”とおっしゃって(笑)。当時演劇界の新人賞は飛行機のマイレージのような感じで、ある程度いいね、という作品が4、5個貯まるといい俳優だからと新人賞が与えられるという慣行が以前はあったんです」

※注9 チャ・ボムソク(차범석)戦後の韓国演劇を率いた劇作家、演出家の一人。2006年、82歳で没。

●てっきり百想芸術大賞の新人賞は、班長役で受賞されたと思っていました(笑)
「その時は容疑者の友達役でした。周りのみんなにも“どうやったら5分出ただけで新人賞がもらえるんだ”と冷やかされたりもしました(笑)」

演劇『私に会いに来て』20周年記念公演プレスコールより(2016年)

●これまで所属されていた劇団について教えていただけますか?
「私が最初に劇団に所属したのは『シンシ』という、故キム・サンヨル先生が創られた劇団でした。創立公演だった『エニケーン(애니깽)』という作品を見て“わぁ、この劇団に入りたい!”と思ったのですが、新人は採用していないと入団できなかったんです。その後、ある音楽劇をシンシと合同公演をやることになり、キム先生にお会いできたんです。先生は噂に聞いていたとおり演劇を始めたばかりの者からすれば学ぶことがとても多い方でした。その公演が終わるころに、いまはシンシカンパニーの代表で、当時は企画室長だったパク・ミョンソンさんに“君、劇団に入らない?”と声をかけられて“僕は元々入りたかったんですよ!”と、即入団しました。時々俳優は他の人の芝居を見ていると、時々“あ、あの役は自分のものだ”と思うときがあります。『エニケーン』を見ていたときがそうで、主人公はキム・ガプス兄さんらが演じた平民たちでしたが、私はチェ・ジョンウ兄さんが演じていた高宗(朝鮮末期26代王)を自分が上手くできそうだと思っていたんです。ところが、突然ジョンウ兄さんが出演できなくなり私にチャンスが回ってきて、入団したての新入に大役を任せられてとても気分が良かったですね。入りたかった劇団で、演じたかった役もできて……それから4、5年活動したんですが、だんだんと劇団がお金になるライセンスミュージカルを制作するようになって。そこに、外部公演の出演オファーが来たので、キム先生に許可を得て一つ、また一つと出るようになったんです」

●近年は現在所属していらっしゃる劇団「チャイム」※10 のイ・サンウ先生の作品への出演が多いですよね。
「外部公演に出るようになってから劇団『演友(ヨヌ)舞台』に出るようになったのですが、イ・サンウ先生も演友舞台出身なんです。劇団『漢陽(ハニャン)レパートリー(한양레퍼토리)』 のチェ・ヨンヒ先生、劇団『ハクチョン(학전)』のキム・ミンギ先生も演友舞台の団員から分化して自分の劇団を創ったんです。演友舞台での最初の作品は『夕暮れ(해질녘)』という作品で、もともとはソン・ガンホがワークショップから出演していた作品でした。評判がいいので本公演をやることになったのですが、ガンホが出演できなくなり、私にオファーがきて演友舞台との縁ができたんです」

劇団「チャイム」20周年記念公演記者会見より(2015年)(左からイ・ソンミン、ミン・ボッキ代表、劇団創立者、作・演出家イ・サンウ)

●イ・サンウ先生とのご縁はここから始まったんですね?
「公演を見にいらして目に留まったようで“チャイムで一緒にやろう”となったんです。シンシでは演劇を始めたばかりだったのでキム・サンヨル先生から多くを学びましたが、シンシの作品は厳しくて堅苦しくて、先生は元々恐い方だったので、よくいじけていたんです。でも演友は作品自体もそうだけど、俳優や演出家の年齢も自分に近いし、作品もコメディーが多いから、気楽に演ってるのが面白い、上手いと言ってもらえて。それまで演技は当然、かしこまって恰好つけてやるものだとばかり思っていたのが、演友に来てから自分自身も楽しみながら面白く、軽くできる他の演技方法に出合えて楽しかったんです。 それでチャイムにも入ることにしました。その他には、キム・ガプス兄さんが、チョ・ジェヒョン、コ・インベさんらと出資して作った『俳優世界(배우세상)』という劇団にもちょっとだけ参加したことがあります」

※注10 劇団「チャイム」 は、劇作家・演出家のイ・サンウが1995年に創団。創設メンバーにはソン・ガンホ、ユ・オソンらもいた。現在の所属俳優はムン・ソングン、カン・シニル、チェ・ドンムン、パク・ウォンサン、イ・ソンミン、オ・ヨン、パク・ジア、チョン・へジンなど、映画、ドラマで活躍するそうそうたる顔ぶれがそろっている。

●ところで、劇団「チャイム」の俳優たちはなぜ、ドラマにたくさん出るんでしょう?(笑)
「そうなんです。 よくわからないけど、あえて劇団で言うなら、劇団『木花(モッカ)』と『チャイム』出身が多いんですよ。ムン・ソングン、カン・シニル、イ・ソンミン、私、チェ・ドンムン、パク・ウォンサン、チョン・ヘジン、ミン・ソンウクなどたくさんいますね」

●例えばKBSの時代劇とか見ると、必ず何人か一緒に出ています(笑)
「別に何かあるわけではないのですが、テレビや映画の関係者はいつも演劇に注目しているんですよ。そういう関係者がチャイムの舞台をたくさん見に来ました。いまもKBSにいますが、ハム・ヨンフンというプロデューサーがいて、彼がチャイムの俳優を監督たちにたくさん紹介してくれました。『復活』のときもそうです。だから私たちは彼をチャイムの秘密団員だと(笑)冗談で言ったりしていますが、チャイムの俳優たちは、リラックスした演技ができて、瞬発力もあり、若干のユーモアのセンスもある。ドラマに適合した俳優たちが集まっている劇団だからではないでしょうか?」

●それでは映画のほうはどうですか? かなりたくさん出演されていますよね。
「大体50作くらい出たでしょうか。『明日に流れる川(내일로 흐르는 강)』(1996年)という作品が最初の映画でしたが、これも私には人に会う縁、人福があるようです。製作者が演劇部の先輩でしたから。イ・チャンホ(이장호)監督の助監督出身でしたが、生活苦のために映画を辞めて、映像制作をやっていたんです。私もその会社でナレーションなどのアルバイトをしていましたが、ある日その先輩が突然“映画をやるぞ”というので、出演することになりました。それからパク・ジェホ(박재호)監督が意気投合して参加しました。当時韓国映画の平均制作費が20~30億ウォンの頃に、10分の1の予算で製作したんです。その作品は1、2部に分かれていたのですが、2部の主人公を演じて、それがデビュー作になりました。これをきっかけに映画界に繋がりができたんです。観客は多くなかったけど、映画関係者たちは全部見てますから。 それから映画のほうもたくさんやるようになりました」

●そのなかで記憶に残る作品は?
『JSA』(2000年)は記憶に残っていますね。それと 『復讐者に憐れみを(복수는 나의 것)』(2002年)、『オールドボーイ(올드보이)』(2003年)、『親切なクムジャさん(친절한 금자씨)』(2005年)と、パク・チャヌク監督の“復讐三部作”には唯一私がすべてに出演した俳優になりました。『親切なクムジャさん』では、刑務所長役でしたがほとんど編集されてしまい、よーく見ないとわかりませんが(笑)。最近撮ったのは『思悼(사도)』『誠実な国のアリス(성실한 나라의 앨리스)』『チャイナタウン(차이나타)』(すべて2014年)、『セシボン(쎄이봉)』(2015年)は特別出演でしたね」

2014年に出演した演劇『マン・フロム・アース』プレスコールより(左からイ・デヨン、ソン・ジョンハク、イ・ウォンジョン)

●出演作すべてを追いきれないほどの多さです(笑)。これにドラマや舞台も入るわけで。スケジュール調整はいったいどうされてるのでしょう?
「1年に少なくとも演劇を一本はやろう、というのは今まで守ってきています。でも今年はこれで演劇が3本目なので、ちょっと多いですが、それでもスケジュールを調節すれば済むことです。主人公だったら時間をやりくりするのは難しいですよね。いま放送している『名不虚伝(명불허전)』でも、もちろん主演俳優たちは撮影が終わるまで他の仕事は出来ない状態です。でも私が担当する役はそれほど時間を割くような役ではないですから」

●いつも気になっていました。映画やドラマに切れ目なく出演されているのに、必ず舞台にも出演されているので。
「そうです。 演劇が面白いから。 無理に誰かの指示を受けているわけじゃないです」

●演劇は映像の仕事とどんな違いがありますか?
「そうですね、先ほどお話ししたように、演劇は稽古の過程がとても大きいです。演劇は“作る”という感じだとすれば、映画やドラマは“する”という感じなんです。映画では監督と作品や背景の話を一緒に悩む時間はあまりもらえないです。もちろん主演俳優は監督と話しますよ。でも演劇は一緒に作る過程が重要で、またその過程が結果として出てきますから。演劇はそういう楽しさがあります。 ところが映画やドラマは、あるものをポンと投げて出なきゃならない。ある俳優が“映画やドラマは自分を貸し出す感じだ”と、そんな表現をしている人もいました」

●いま撮影中のドラマ『名不虚伝(명불허전)』では初めて医師役を演じているそうですね。
「そうなんですよ。医師、教授役は今までやったことがなかったんです。私があまり知的に見えないのか(笑)、医師や弁護士などを演じたことはほとんどないです。ドラマでは胸部外科課長で、主人公のキム・アジュンさんの指導教授です。でもずっとアジュンさんを苦しめて、無理を強いるような役柄です(笑)」

ドラマ『名不虚伝』1話予告編(tvN公式映像より)

●こんな風にスタジオと劇場を行き来して、お仕事ばかりなんでしょうか? 趣味などは?
「私はそういうのがないんですよ。時間があればちょっと登山に行ったり、あとは他の人の公演を見に行ってお酒飲んで。こういうのが趣味です。良い作品を見たら楽しく飲んで、つまらない作品を見たら悪口言いながら飲んで(笑)。それが楽しいです。趣味というものがないので、本当に面白くない人間ですよ(笑)」

*     *     *

時間が出来ても他の作品を見に行ってしまうというデヨンさん。「演出などには興味はないんですか?」と訊くと「あぁ」と首を横に振り「演じるほうがいいね」との答え。芝居に魂を捧げ、志を貫いてきた“役者バカ”の横顔が見えました。

そしてここで朗報をひとつ。11月に立教大学で行われるという、詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)の生誕100年行事に、デヨンさんも参加される予定だそうです。取材時点ではまだ具体的なことは決まっていないとのことでしたが「詩の朗読をするのかな?」とおっしゃっていました。映画『空と風と星の詩人 尹東柱の生涯』などで、尹東柱の再評価が高まるなかでのイベントだけに、日韓で注目されるのは間違いなし。まだ一度も日本に行ったことがないという名優イ・デヨンを見られるチャンスです。詳しい情報は分かり次第、別途お知らせしたいと思います。

【←インタビュー前編】 【←インタビュー中編】


【プロフィール】イ・デヨン(이대연 Lee Dae-Yeon)
1964年11月13日生まれ。延世大学神学科在学中から「延世劇芸術研究会」という演劇サークルに所属し、1987年に初舞台を踏む。その後劇団「シンシ」の専属俳優となり、劇団「演友舞台」での活動を経て、現在は名優が名を連ねる劇団「チャイム」に所属。『年老いた泥棒話(늘근도둑 이야기)』『そこ(거기)』『蜚言所(B언소)』など、チャイムを主宰するイ・サンウの作、演出作品に多数出演している。2007年にはチェ・ミンシク、ユン・ジェムン、チェ・ジョンウと共演した『ピローマン(필로우맨)』が大きな話題を呼んだ。また2012年にはシンシカンパニー制作、キム・グァンボ演出で上演した畑澤聖悟原作の『親の顔が見たい(니 부모 얼굴이 보고 싶다)』にも出演している。テレビドラマは現在、韓国で放送中のキム・ナムギル、キム・アジュン主演『名不虚伝』に出演中。ほかナ・ムニ、イ・ジェフンと共演した映画『アイ・キャン・スピーク(아이 캔 스피크)』が9月に公開を控えている。
●公式サイト:http://justright.co.kr/lee-dae-yoen/


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[後編]

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[後編]

 

ジェヨプ夫妻と幼い息子との一場面。イ・ソヨン(左)とチョン・ウォンジョ(右)

●ドイツ演劇シーンの事情が良くわかりました。では、その経験をどのように作品に落とし込まれるのでしょうか?
「それがまだうまく行かなくて……今みたいに自分でしゃべれればいいのに(笑)」

●(笑)。作品資料には「コメンタリー形式」にすると書いてありましたが、どんな感じですか?
「映画のDVDなどを見ると、監督や俳優が、あのシーンを撮ったときにはこうだった、みたいに副音声でコメントをするのがありますよね。それと似た感じで、2015年に起きたことに対して、距離を持ってコメントをしてみるのです。今回も(『アリバイ年代記』などと同様に)ジェヨプというキャラクターがいて、またチョン・ウォンジョがジェヨプを演じます。もう彼とは生涯契約しないといけませんね(笑)。彼が旅をするシーンを見せながら、コメントをしていくスタイルです。あとは、ドイツ人の俳優も出演するんですが、ドイツ語でセリフを言ったあと、いきなり韓国語で、これはこういう意味です、と教えてくれたりもします」

チョン・ウォンジョ(右)は、キム・ジェヨプ作品にはジェヨプ役、もしくはナレーター役で必ず登場する

●チョン・ウォンジョさんは、キム・ジェヨプ作品には欠かせない存在ですね。見た目などは全く違うイメージですが(笑)、ペルソナとも言われています。彼をいつも起用する理由を教えていただけますか?
「まず、観客の反応が良いですね。興行にとても役立つ人です(笑)。実は、大学時代から友達なんです。昔『朝鮮刑事ホン・ユンシク(조선형사 홍윤식 2007年作)』という作品でも一緒にやったことがありましたし。実は『アリバイ年代記』を作る前に、ウォンジョ君が何年か演劇をやめていた時期がありました。ある日、2年ぶりくらいに偶然劇場で会って、“いま何やってる?”と聞いたら、“何もやってない”と言うんです。当時は制作の仕事や地方の仕事もしていたようで。ちょうどそれが『アリバイ年代記』を上演する1年前くらいだったので、彼をキャスティングしようと決めました。父親役にはナム・ミョンリョル先輩をキャスティングしていたので、彼も格好いいから血統を考えると息子も格好良くないと、と思って(笑)。
チョン・ウォンジョが持っている最大の魅力は、真摯すぎる部分を少し薄めてくれるところです。僕もそういう意味でウォンジョ君と似ていますが、社会批判的な話をするとき、重くなったり、悲壮になったり、啓蒙的な態度になってしまうのが大嫌いです。そうなりそうな話を軽くて楽しいものだと考える感覚を、ウォンジョ君は持っているんです。
個人的な話ですが、ウォンジョ君は今、緑の党(녹색당)の党員です。彼自身が自分のやり方で、個人主義的な方法で、生活政治を実践しているんですね。その態度も僕とよく合うと思います。そして親近感と彼が持っている魅力ですかね。とても魅力的な人ですね」

淡々としていながらも、印象的な低音の声と存在感が光るチョン・ウォンジョ

●ウォンジョさんは、何もせずただ舞台に立っているだけでも、すごく雰囲気がある方ですよね。
「そうなんです。舞台上に立つ演技、人の話を聞いている演技、どこかを眺めている演技は、天才的です!(笑)。彼みたいにナレーターを務めてくれる俳優はあまりいないです。俳優は緊張したり、表現欲求があるから、自分が知っている以上のことを入れやすいですね。でも、ウォンジョ君はまずそういう性向ではないし、人の話をよく聞いて自分化する能力を持っているんです。元々学生の時からそうでしたし。だからとても信頼する俳優です。あと、今が演技の黄金期です。最近の出演作で、彼の俳優人生に残るような演技を何回か披露して、もうルネサンスですね(笑)。僕と始めたころは最悪の状態で出会ったのに(笑)」

●シーンスティーラー的存在の、チ・チュンソンさんもよく出演されますね。彼の魅力は何だと思いますか?
「彼は、懐がとても広い人です。権威的ではなく、深さとサイズを両方持っている人です。表現方式はとても堅実です。何よりも話術。年齢的には大先輩なのですが、彼の世代の演劇では、そんな話術で演技をする人はほとんどいなかったです。とても演劇的なしゃべり方、演劇的なエネルギーがたくさん入った演技をしたんですね。なのに、彼はとても現代的なんです。全ての点で僕とよく合いますし。今回はすごいアクション演技を見せますよ。期待しててください(笑)」

ハ・ソングァン(右)は、2014年にはキム・ジェヨプが演出し、ドゥサンアートセンターで上演した『背水の孤島』に出演した

●コメンタリー方式ということは、劇中で映像を使われるのでしょうか?
「映像をたくさん撮ってきました。2015年にもたくさん撮ったんですが、それは主に作品の材料になって、今年1月に3週間くらい、必要な部分を撮りに行ってきました。今回は実際に舞台で流せる風景を主に撮ってきたので、映像はたくさん使う予定です。観客と一緒にドイツツアーする感じにしたいと思います。異国の風景、例えば、カフェの映像があって、カフェの前を通る人たちも映っていて、それを見ていたらまるで自分がその場所に来ているような気分になるように、です」

●『思想は自由』というタイトルだけに、大統領選挙が終わったいま、この作品が上演される特別な意味もあると思います。
「2015年にこの作品を書いたときには、ベルリンでとても幸せな時間を送っていました。でもそのころ韓国では悪いことばかりで。MERS(マーズ)もありましたし、セウォル号事件から1年経っても何も解決できていなかったし、演劇界も…。僕はとても気楽に過ごしていたので、Facebookなどを通してでも、一所懸命に活動をしたいと思っていましたが、妻が言うには韓国に戻る前には暗く、気力もなくなり、うつ病みたいになってたと。帰りたくないんだなと(笑)。
1年間、ベルリンで暮らしながら150作品ほど演劇を見たんです。でも、それにくらべると整理はうまく出来ていない状態でした。韓国に戻って向かい合わねばならない状況が悲惨でしたし、『検閲-彼らの言葉-』の準備もしなければならなかったからです。でも2016年、17年と、時間が経つにつれ、今は稽古をしながら、どのように距離を調整するかを探っています。演劇は同時代的でないといけませんので、今の観客にどのような意味を持つか、その視線で、稽古をしつつ台詞を修正しています」

稽古中も以心伝心という感じの二人

●稽古では俳優と一緒に創りあげている感じですか?
「はい。稽古では僕があるシーンの説明をするんです。すると俳優から、今僕が話した内容が台本にはないと言われるんです(笑)。おかしいな、でもこのシーンはこのように書かれているんだと、僕が言うと、じゃぁ、と反応が来るんですね。特にチョン・ウォンジョは、僕の頭の中が見えているような気までするんです。“ここであの話をしないといけない。この台詞を入れよう”とか。“この台詞は早すぎる、もっと後で語ることにしよう”とか。それで僕は“あの時点ではこう感じた”と言い張ると、彼は“物語の流れを考えると後の方が良い”と言う。それで結局後にすると決めたら、今回はなかなか台詞を入れるタイミングがない。“じゃあ、お前が決めてくれ”と(笑)。こんな風に、対話し続けています。何でウォンジョ君といつも一緒にやっているか、その理由を考えると、彼とは演劇を作る方法が共有できているからだと思います」

●ウォンジョさんはもはや分身みたいな存在なんですね(笑)。
最後に、日本公演のお話を伺いたいです。特に昨年は、検閲などの問題に焦点が当たるあまり、作品自体の魅力がうまく伝わっていない印象も受けました。日本の演劇人とはどんな交流をされましたか?
『アリバイ年代記』(2015年)も『検閲-彼らの言葉-』(2016年)も同じ上野ストアハウスという劇場で上演しました。『背水の孤島』の原作者、劇団TRASHMASTERSの中津留章仁さんの作品と二本立てで上演したんです。
『アリバイ年代記』を見て、『検閲-彼らの言葉-』を見てくださった観客は、これが同じ脚本家の作品なのか! と驚いたようです(笑)。よく見ると似ているんですけどね。
やっぱり日本の観客には、今の韓国の現実に直接反応をしていることが衝撃的だったようです。評論家の西堂行人先生も見に来てくださって、日本はいま自己検閲が内面化されているため、韓国と本質的な状況は変わらないのに、それに対応する方式が確実に違うと、おっしゃっていました。
韓国の演劇人たちが光化門広場に作ったブラックテントも、日本のアングラ世代、つまり60~70年代の学生運動の時に日本では黒テントがあったんですね。ただ、その時日本は世界史的な流れと同時に動いたんです。68革命(フランスで1968年に起きた「五月革命」)もありましたし。

ユ・ジョンヨン(左)は、カン・エシム(右)扮する在独韓国人スンオクと親しい日本人ジャーナリスト「ツカサ」役で登場

韓国は20年くらい後の80年代にそういう動きがあって、最近またそれがフラッシュバックして朴槿恵まで至り、いま新たに変化しているところです。このように韓国が持っている力動性、そしてその力動性が演劇に反映されることに興味を持ってくださっていると思います。ちょうど劇団コルモッキルのパク・グニョン先輩が僕が日本に行く1カ月前にフェスティバルトーキョーで『哀れ、兵士』を上演したこともあって、より関心が高かったと思います。日本では検閲がないと思っていたけど、韓国と同じだ、似ているとおっしゃるんですよ。安倍も朴槿恵も。細かな部分では違うでしょうけど、韓国ではあまりにも問題が出てきましたから。韓国では日本に比べると韓国人は市民革命に対する記憶や想像力を持っていますから、それを舞台に再現させる方法もより積極的なんでしょう。劇場の方々ともたくさん話しましたが、確かに、日本が韓国に興味をたくさん持っていることを知りましたね」

*     *     *

本公演の模様 ©ドゥサンアートセンター

おそらく日本の舞台ではなかなか見られないやり方で、今も自分の演劇を作っているキム・ジェヨプさん、そして彼の素敵な仲間たちである俳優とスタッフ。幕が上がる前から既に話題作となっていた『思想は自由』が、また海を越え、日本で上演されるかも? と期待しながら、愉快なインタビューを終えました。彼の3年ぶりのドゥサンでの新作上演に、皆さんも足を運んでみてください。

⇒キム・ジェヨプ インタビュー[前編]へ

⇒『思想は自由』作品紹介コラムへ

取材・文:イ・ホンイ 取材協力:ドゥサンアートセンター

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[前編]

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[前編]

 

ジェヨプ役のチョン・ウォンジョ(右)と、在独韓国人イ・サンボクを演じるハ・ソングァン(左)

稽古ではシーンごとにフロアに出向き、俳優の立ち位置や動きを決めていた

●まず、作品の舞台であるドイツに行かれることになったきっかけを教えてください。
「大学で“研究年”というのがあります。6年大学で教授として勤務すれば、1年休ませてくれる。韓国の大学にはこのような制度があります。それで、1年くらい海外で暮らしてみたいなと思ったんです。旅行は行ったことあるんですが、海外で暮らした経験はなかったので。今回は、ベルリン芸術大学から訪問教授として研究員ビザが出て、妻と息子と一緒にベルリンで一年間過ごせました」

●演劇の本場であるイギリスやアメリカではなく、なぜドイツに?
「2回ほどベルリンに行ったことがありました。最初に行ったのは、あるリサーチプログラムがあって、僕は演劇担当者として10日くらいベルリンに行き、いろいろと調べる仕事をしました。あの時、やっぱりここは違うな~と感じられたんです。リサーチをするために行ったので、報告書も書かなければならなかったのですが、その経験を経て僕に合う場所だと思ったし、もっと知りたいと思いました。その後、ドゥサンアートセンターで2014年に演出した『背水の孤島』が終わってすぐドイツ語が勉強したくて行ってきました。実は、高校のときに第2外国語もドイツ語だったんです。みんな留学は英語圏によく行くんですが、最近アメリカ演劇は、新しいというか前世代を超える何かが出てこないんですね。イギリスも戯曲はいいものがたくさん出ていますが、演劇を作ることにおいては自由ではないというか、演劇が公共的な産物である認識があまりないんです。でも、ドイツに行ってみたら、社会が力動的に動いているように見えて、演劇とか公共性のシステムが互いに影響を与え合いながら動いていたので、演劇人は自分の仕事に対して公共性、つまり公的なサポートを受けて作品を作っていることをちゃんと考えていたのが印象的でした」

街の壁にはいたるところでさまざまなストリートアートが。ストリートミュージシャンも多数 ©ドゥサンアートセンター

●ドイツでは、韓国の演劇とはどのような点が違いましたか?
「リサーチプログラムの時に色々と分かったんですが、首都ベルリンには、公共劇場が50館くらいあるんです。ベルリンだけで、です。もちろん、演劇だけではなくてオペラなども上演できる公立劇場ですね。その劇場を回りながら、いわゆるメジャーな作品を見たんです。でも、今度は実際に暮らしながらマイナーな作品も見始めたんです。すると、マイナーな作品は地域的な特性がとても強い。韓国は大学路とか明洞みたいに、スポットがぎゅっと集まっているんですね。一方ドイツは、地域ごとにコミュニティーが形成されているんです。例えば、旧東ベルリンの国境地帯は少数民族や貧しい人々が住む危なくて汚いところで、移民の地域なんです。それがベルリンの壁崩壊後、統一されてからそこに芸術家が暮らすようになり、新しくよみがえったんです。芸術家がいろんな役割を果たしているから、地域政府や国家もたくさん支援をしていました。

ジェヨプが妻とイベントを見に出かけるシーンも (写真左から)ユ・ジョンヨン、イ・ソヨン、チョン・ウォンジョ

今も、ノイケルン(Neuköln ※地名)辺りに行くと、しまった、来なければ良かったと、一瞬思うのですが、それでも昔に比べるとずいぶん変わりました。劇場もあるし、子ども博物館もある。そのなかの上演作を見てみると、例えば、オペラを作っても「オペラ」ではなく、「ノイケルンオペラ」と呼びます。自分たちは、オペラを良く知らないから、正統派のオペラは作れないと言って、独自のオペラを作るんです。劇場に行くと、クーラーもないから扇子を配っていて(笑)。でも見てみるといい作品なんですよね。とてもオルタナティブで、韓国で言うなら、アングラミュージカルみたいな感じで。ドイツではミュージカルという呼称は海外のライセンス作品を指すようで、彼らが作る作品は“音楽劇”と呼んでいました。
それにノイケルンという地域の特性を生かす芸術家が多いです。なぜかというと、芸術監督たちが移民2世だからです。歴史的に見ても、ベルリンには移民の労働者が多いのですが、その人たちはベルリン人、ドイツ人にならなければという意識もあまりなかったです。ドイツはヒトラー/ナチスの時代があったので、誰にも全体主義を強要してはいけないことをよく知っていますから。だから、多文化コードを生かした方が、より自分のアイデンティティとか競争力になると見ているんです。

劇中ではドイツ人俳優も登場。フィリップ・ヴィンディッシュマンは一人多役で登場する

それから、クロイツベルグ(Kreuzberg)辺りもアンダーグラウンドですね。ここで成功した芸術監督がマクシム・ゴーリキー劇場(Maxim Gorki Theater)の芸術監督としてスカウトされている。この劇場はドイツで最もメジャーな観光客が一番よく行く劇場ですね。以前行ったときにはとても古い印象を受けたんですが、新しい監督になってからは、かなり変わりました。彼は今はまたシャウビューネ(Schaubuehne)という劇場に移ったのですが。
とにかくドイツで分かったことは、アンダーグラウンドでうまくやっていけば、アンダーグラウンド的なハードウェアやソフトウェアをそのままオーバーグラウンドに持っていけることです。それが同時代のイシュー(話題)であり重要な作品なので。アンダーとオーバーの世界が区分されていないことでしょう。公共劇場の芸術監督たちが集まって国の政策を批判する記者会見を開き、宣言文を読み、デモしに行くんです。この人たちみんな税金もらって働いている人たちです。それが、韓国ととても違うなと思いました。

移民差別反対集会に参加している父娘 ©ドゥサンアートセンター

ベルリンに行ってみたら、すべての劇場が公立で、公共性を持っていて、彼らは今の政策の話をしていました。ドイツ座(Deutsches Theater)は、最も保守的な劇場なんですが、帰国する前にその劇場でドラマターグ協会が開くフェスティバルがあって行ってみたら、演劇人が政治的に何をするべきかについて5日間カンファレンスや公演をしていたんです。
よく見ると、すべての劇場が政治的な演劇をやっているようでした。それで“何でみんな政治的な演劇をするのか?”と聞いてみたら、“政治的な演劇をやらないと何をするんだ?”と言われました。もちろん、商業劇をやっている劇場もあるんですが。要は、彼らは政治的なイシュー、今一番問題になっているイシューを扱って作品を作るのが自分たちの義務だと思っているようでした。公共劇場で、旬の話題を扱う作品をやらないのは無責任だと思っているんでしょう。
公共劇場も、韓国の公共劇場よりずっと汚れています。なぜかというと、シャウビューネやドイツ座みたいな権威ある劇場に行っても、朝から子どもたちが遊んでいるんです。昼間には町の人たちが講演、朗読会、出版記念会などで使っていて、夜にはプロ劇団が使います。とても有名な俳優も地域の住民のためにワークショップをしないといけません。国立団体に所属する俳優は、契約期間の間、例えば5年間は外部の仕事は絶対してはいけません。出演料とは別に月給を400万ウォンくらいもらいますから。あと、終演後には俳優は観客と一緒にビールを飲むんです。義務ですね。地域ととても密接な関係なんです」

(写真左から)ジェヨプの妻ソヨン役:イ・ソヨン、スンオク役のカン・エシム、ナギョン役のキム・ウォンジョン

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取材・文:イ・ホンイ 取材協力:ドゥサンアートセンター

[Special Interview]イ・スンジュ【前編】

[Special Interview]イ・スンジュ【前編】

 

『M.Butterfly』『ガラスの動物園』『セールスマンの死』など、なかなか大劇場では演劇が上演されない韓国で、中劇場以上の大きな舞台に立った経験が多いイ・スンジュは、キム・グァンボ、ハン・テスクという、韓国演劇界の巨匠演出家が手掛けた作品への出演が非常に多い俳優です。舞台俳優は二つ以上の作品に掛け持ちで出演したり、芸能事務所に所属してドラマや映画界に進出することが、決められた成功の道のように思われていますが、そんな中、マイペースを維持している珍しいスターでもあります。彼はいま何を考え、何を目指しているのか? 現在出演中の『セールスマンの死』の公演を終えた彼と気楽に食事をしながら、韓劇.com初の“モクバン”(먹방=食事をする様子を見せる(放送する)という意味の流行語)スタイルでお話しを伺いました。

*     *     *

●『セールスマンの死』今日もお疲れ様でした! この作品は昨年に続き再演となりますが、今回はいかがですか?
「戯曲自体が古典ですし、発表されてから長い時間が経っていますが、世界中で上演され続けている文学的な価値もある作品ですね。やはりそうなる理由があると実感しています。抜け目がない。よく書かれている戯曲なんだなーと。俳優としてそんな作品に出演するのはプレッシャーも大きいです。最近書かれたオリジナル作品だと、俳優それぞれの個性を付け足したり、自分の呼吸でやっていけるんですけど、このような古典は長く上演されながら、正解のような何かが形成されているじゃないですか。それが難しいと思います」

※注:『セールスマンの死』は、アメリカの劇作家アーサー・ミラーが1949年に発表した代表作。かつては敏腕セールスマンだったが、今では昔のような成果を出せなくなった63歳のウイリー・ローマンが、家族の問題や過去の幻影に悩まされ続ける。イ・スンジュは、高校時代にドロップアウト後も定職に就かず、父親の期待に応えられないことに葛藤するローマン家の長男ビフを演じた。

老いたセールスマン、ウイリーは息子ビフとハッピーの将来に期待していたが…。『セールスマンの死』2017年公演写真より ©芸術の殿堂

●このハン・テスク演出版は、昨年の初演からとても好評でした。今回の再演で変わった点はありますか?
「初演のときは、ウイリーの頭の中を連想させるオブジェが吊られていました。ウイリーの自殺と同時にそのオブジェが落ちたんですが、今回はそれが無くなりました。あとは、初演の時はもっとウイリーの異常行動とか彼の精神的なものにフォーカスを当てていたとしたら、今回は、息子のビフとハッピーの彷徨や苦悩にもっと注目しているんです」

ビフはアメリカンフットボールに熱中するなど、華やかな学生時代を送っていた。 『セールスマンの死』2017年公演写真より ©芸術の殿堂

●スンジュさんがアメリカンフットボールの防具をつけて快活に登場する学生時代の回想シーンと、その後苦悩するビフのギャップが印象的でした。
「日本でも似ていると思いますが、最近韓国は若年層の失業問題など、とても深刻な状況ですから。初演を見た多くの観客が、(親の期待に応えられずにいる)ビフとハッピーの兄弟にとても共感してくださったそうです。この作品を見て、自分の生活を振り返ってみた方も多いと思います。それで演出のハン・テスク先生も、新しく若者にフォーカスを当ててみる方向を提案してくださいました。でも、僕ら若手が演じるキャラクターの台詞を変えたり、何かを変えたわけではないんですよ。もっと切実に演じる、というか、演じ方を変化させた感じですかね」

成人後、父の期待に反して定職に就けずにいるビフ。やっとこぎつけた就職の面接を受けてもうまくいかない。『セールスマンの死』2017年公演写真より ©芸術の殿堂

●スンジュさん=生粋の演劇俳優のイメージがありますが、意外にもKBS公開採用俳優(テレビ局の専属俳優制度。現在は廃止されている)として活動を始めたそうですね。
「あの頃は、演劇のオーディションを受けても落ちてばかりで、そもそも演劇は劇団による上演が多かった時期でした。劇団に入るためには人脈も必要でしたし。演技したいのにできないので、KBSのみならず、とにかくオーディションがあったら全部書類を出してみました。その中でたまたまKBSに受かっただけです。特にドラマをやりたいと思ったわけでもなくて。同じころ演技塾の講師にも応募していたんですよ。今すぐ役者になれないなら、役者みたいな仕事をしようと。全く違う仕事をするよりはマシだと思ったんです。それで講師、モデルまで、全部書類を出しました。KBSに受かって、3カ月くらい研修を受けたんですけど、合わないなーと思ってやめました(笑)。俳優の活動として一番いいのは、ジャンルを問わず力量を発揮することですが、僕には演劇が最も合っていると思います」

●KBSドラマ「ザ・スリングショット~男の物語~」と「パートナー」に出演歴があります。
「それは研修の時ですね。採用されると最初に研修期間があるんです。だから義務的に出演した研修作品で、正式な出演ではなかったです。出演しないと修了できませんので。その後『ブレイン』という医療ドラマにも出演しました」

●最近、映画にも出演したそうですが、どんな作品ですか?
『悪女(악녀)』(⇒NAVER映画情報)という映画です。ちょっとだけ出るんですけど。『殺人の告白(내가 살인범이다)』『俺たちはアクション俳優だ(우린 액션배우다)』のチョン・ビョンギル監督の映画です。主人公の殺し屋スッキを演じるのがキム・オクビンさんで、彼女が悪女になる原因は、ある男のせいなんですが、その男ジュンサンを演じるのがシン・ハギュンさんです。僕はチュンモという彼の右腕の役です」

●右腕ということは、ヤクザみたいな役ですか? スンジュさん、全然悪い男には見えないのに!?(笑)
「逆に、だから監督が興味を持ってくれたと思うんです。悪そうに見えない人に、こんな役を演じさせようと。それは僕も同感します。勿論、映画の場合は、演劇やドラマとも違って、一瞬で、ある人物を説明しなければなりませんよね。それでキャスティングに俳優のイメージが大きな影響を与えるのだと思います。特に韓国では見た目でいい人っぽい、悪い人っぽい、みたいな。すぐ分かるようにです。
でも、監督さんは、そういう典型的なイメージでキャストを決めるのが面白くないと判断されたと思います。元々、常に新しさを求める方ですので。やっている行動が悪いだけで、見た目まで悪そうな人が演じる必要はないと」

●じゃ、衣装とかもチンピラっぽく…?(笑)
「そうですねー黒い服着て…(笑)。なんでいつも悪党は黒い服を着るんですかね? むしろ映画とかテレビは、そういう偏見というか慣習みたいなのを持っている気がします。もっと新しいことをどんどんやっていかないといけないのに、ひどいと思います。勿論、最近は多様なコンテンツが生産されていますが」

素顔は穏やかなスンジュさんが悪い男(?)に変身!?

●普段のイメージと全く違うキャラクターを見られるのはとても楽しみです!
「公開されたら海外に逃げようかと思っているんです(笑)。僕は演劇が一番好きですが、演劇が一番好きだといえるのは、演劇と映画は違うという意味が含まれているからです。映画はやっぱり違うんです。感情を表現する演じ方も、話術も違うし。今こんな風にしゃべっている声より、もっと小さな声で話しても、息をする音まで伝わりますから。むしろ小さくしゃべったほうが、もっとエネルギーが伝わったりもするんです。僕は大学で演劇映画学科を専攻しましたけど、学校ではこういうことを教えてくれません。だから、そういうコツを知る方法は、経験のみです。その経験を、僕は短編映画ではなく、最初からいきなり商業映画でやったのですから。現場で初めていろいろ経験して、僕はまだまだだなと……あー、演劇がいいです。だから海外に逃げようかと思ったんです。(笑)冗談です。とてもいい経験でした(笑)」

●映画は、今回が本当に初めて?
「大学の時、同期の卒業作品に一回出演したことがあります。友達同士で楽しく撮ったもので。あれはまぁ、独立(インディーズ)映画とでも言えない…ワークショップみたいなものでした」

●これからは映画やドラマなど、映像でも活動したいですか?
「機会があれば……。でも、今回映画を撮ったのは本当に偶然で、実は映画出演は一度も考えたことがなかったです。良い俳優になれば、40、50、60歳になっても、必ずどこからか呼ばれると思うんです。やはり舞台上でやり続けた力は無視できないと思います。『セールスマンの死』で僕の母リンダを演じているイェ・スジョン先輩も、最近はドラマや映画で活躍されています。先輩は30~40代の頃は、わざとテレビや映画の仕事はしなかったそうです。ドラマに先輩が出演されているのをたまに見たりすると「あ! お母さんだ!」と、画面に見入るんですが、先輩は何もせず、ただ息をしているだけでも、すごい存在感を表現できるんです。それは、舞台で作られた力だと僕は思っています。先輩のように、上手く演れたらいいなと思っていますが、僕はまだ、それを挑戦するには早いですね。自分のカラーを見つけ出せる日が来たら、僕がカメラを見るだけでも何かを伝えられると思います。だから、まだ、映画の出演とか興味がなかったんです」

●では、『悪女』にはどうやって出演することになったんでしょうか?
「監督が演劇を観て、連絡をくださったんです。周りからは理解してもらえなかったですが、実は最初は断ったんです。でもとても情熱的な監督で、彼といろいろとお話をしたら、この方なら、まだ未熟な僕がぶつかってみてもいいのではないかと思いました。結果が良くなくても仕方ないと。そう信じるように、監督が声をかけてくださいました」

●最近は演劇俳優が出演するテレビドラマもどんどん増えていますよね。
「ドラマのディレクターがよく劇場に足を運んでいるそうです。でも舞台俳優も、もっと賢くなる必要があると思います。自分がうまく発散できるものは何か。下手したら消耗するだけで終わってしまう可能性もあるんです。舞台でずっと築いてきたものが、テレビ画面の中ではある種の類型として使われてしまうかもしれないのです。
演劇とは……僕にとっては最高の芸術なんです。ほとんどの人の目には、演劇というと“辛い”というイメージがあって…。そうですね。確かに辛いし、厳しい道です。でも自分の信念を持って、自分が本当に舞台の上で地球を、宇宙を作るんだと信じてやっていけたらいいなと思っています。こんな舞台を作る俳優が何人かいた方が良くないか? そんな俳優が僕だったらいいなと。とても良い機会があって、タイミングもちょうど合って。僕もやりたいと思った時には、テレビや映画に挑戦すると思いますが、それが今ではない気がします。一度経験してみたから、もっと演劇を頑張らなきゃ。
でも、よく考えてみてください。今回映画に出演できたのも、僕が演劇をやっていたから可能だったことですよね? だから僕はずっと舞台やらないといけません」

*     *     *

演劇について話し出すと止まらなくなるほどの愛と情熱を傾けていることが伝わってきたスンジュさん。自身の演技をとても謙虚に評価していた映画『悪女』は、5月に開催される「第70回カンヌ映画際」に公式招請作として選定され、大きな注目を集めています。韓国での公開日はまだ決まっていませんが、大きなスクリーンに映るスンジュさんを見る日も遠くありません。期待しましょう!

⇒インタビュー後編では、俳優イ・スンジュの意外な!? 学生時代と将来の夢などを伺います。


【公演情報】
演劇『セールスマンの死』
2017年4月12日~4月30日 芸術の殿堂CJトウォル劇場

<出演>
●ウイリー・ローマン役:ソン・ジンファン
●リンダ・ローマン役:イェ・スジョン
●ビフ・ローマン役:イ・スンジュ
●ハッピー・ローマン役:パク・ヨンウ
●チャーリー役:イ・ムンス
●ベン役:イ・ナミ
●バーナード役:イ・ヒョンフン
ほか、ミン・ギョンウン、イ・ファジョン、キム・ヒョンギュ、チェ・ジュヨン

脚色:コ・ヨノク/演出:ハン・テスク/ドラマターグ:キム・テギョン/振付:クム・べソプ/音楽監督:ジミー・サート/衣装:キム・ウソン、チョン・ヨナ/ヘアメイク:ペク・ジヨン/小道具:キム・サンヒ/映像:キム・チャンヨン/照明:キム・チャンギ/技術:ユン・デソン/音響:ハン・グクラン、イ・ガンジン/助演出:キム・ソヒ、クン・ジョンチョン/舞台監督:ソン・ミンギョン


取材:イ・ホンイ/さいきいずみ 文:イ・ホンイ 撮影:キム・ジヒョン

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[Special Interview]イ・スンジュ【後編】

[Special Interview]イ・スンジュ【後編】

 

●今回はせっかくゆっくりとお話しを伺える機会なので、もっと遡って、演技を始めたきっかけの話もお聞きしたいです。
「学生の時は、哲学科に行きたかったです。哲学科に行くと、自分自身を知ることができるだろうし、いろいろと考えられるのではないか? そうすれば僕は本当に何がしたいのかを分かるだろうと。幼い頃から、自分が何をやりたいか、知りたかったです。人は皆、生まれた理由があると思うんです。それを知ってから死ぬのが人生の目標です。なるべくそれを早く知って生きていたい。それで漠然と哲学科に行きたかったです。格好いいし、当時好きだった歌手、詩人、アーティストが哲学科を出た人が多くて。自然と興味を持つようになりました」

●そういえば昨年別のカンパニーで上演した『セールスマンの死』に主演されたイ・スンジェ先生はソウル大学哲学科出身で有名ですよね。
「でも成績がよくなかったので、哲学科はただ、憧れだったんです。なぜかと言うと、僕は子どものときからスポーツをやっていたんです。テコンドーを。後から哲学科という目標が出来て、一所懸命に勉強しましたが、難しかった。でも映画を見たり本を読むのが好きだったので、ある日、映画を見て突然カッコいいと感じました。ある意味、俳優は哲学に似ていると思ったんです。結局、人を探求して、人について勉強するんです。哲学はそれを学問として接していき、演技は実践としてやっていくのではないか? と気付いたんです」

●ちょっと大人びた考えの子というか…不良じゃないけど、先生が結構手を焼くタイプの学生だったのでは?(笑)
「このエピソードを聞くとすぐわかると思います。高校のときだったんですが、試験の一週間前、突然海に行きたくなったんです。それで、先生に“海に行ってきます”って言ったんです。唖然としていた先生の顔を未だに忘れられません。”あ、こいつどうしよう”と言いそうな顔でした(笑)。
先生は“お父さんの許可をもらって来なさい”とおっしゃいました。つまり、“許さない”という意味ですよね。でも、父が許可書を書いてくれたんです。怒らないで、“どうした?”と聞いてくれました。“いま考えたいことがあって、こういう時間が必要だ”と答えたんです。すると“行ってきたら何か変わりそうなのか?”と聞かれたので“変わるように努力する”と、答えました。父は許可してくれそうな人ではないんですが、その時は男として通じた何かがあったかもしれません。それで“行ってこい”と。そして先生に電話して“自分が責任を取るから勝手にさせましょう”と話してくれました。結局、試験に間に合うように戻ったんですが、海辺にずっと寝ていたから一人だけ日焼けして真っ黒になってて(笑)。とにかく試験には間に合いましたけど、バカでしたね、バカ(笑)」

高校時代、試験前に突然海に行ったエピソードには爆笑!

●舞台での優等生イメージがだいぶ壊れました(笑)。これまで様々なキャラクターを演じてきましたが、実際の性格はどんな感じですか?
「最もよく言われるのは、シャイだとか。静かだとか。あと“もうちょっと何か言えよ”と、よく言われます。でも、両面性があると思います。結構喋ったりもするんですよ。親しい人たちと一緒にいる時や、話したいことがあったら良くしゃべります。ただ、話すことがないから黙っているんです。無理やりに沈黙を埋めようと意味のない会話をするのは嫌いなんです。だから、何も言わない時間があるんです」

父ウイリーに抱えていた苦悩を吐露する後半のシーンでは圧巻の演技を見せた。『セールスマンの死』2017年公演写真より ©芸術の殿堂

●そういう性格だと、俳優としてやっていくには大変なことも多いかと思います(笑)。
「演劇をやってていい部分は、他のジャンルに比べて稽古期間が長いじゃないですか。いくら主人公といっても、たった2時間の作品で、しゃべる言葉は限られているわけです。でもそれを、2カ月、3カ月と稽古をするんです。ある意味、非生産的ですね。でも、それほど深くその人物に近付くことができます。だから他のジャンルより演劇が好きなんです。
今回の『セールスマンの死』の場合も、ビフについて深く理解することができるんです。アーサー・ミラーが作り上げた人物ですが、僕自身についても感じるものがあるんです。あ、自分がこういう人だったんだ。そういう人物が一つ一つ(作品に)残るというか。だから、やっぱり演劇が好きです。哲学と似ているんです。本を読んで、音楽を聴いて、思想を勉強してやっと分かることもあれば、感情対感情で、舞台上でぶつかり合いながら得ることもあります。作品を一つ終えると、本を何十冊も読んだ気持ちになるんです。だいたい、戯曲に登場する人物は、極端なキャラクター、極限に向かうキャラクター、崩れ落ちるキャラクター、理想と現実の間で苦しむキャラクターが多いですね。そうじゃないと、戯曲にわざわざ登場する必要もないでしょう。そのような人物を研究するので、いろいろ考えるようになります。そんな人物を演じることが、僕にはよく合うと思います」

●作品してはとても見ごたえがある一方で、演じるには本当に難しい役柄が多いですよね。そういうキャラクターをあえて選んできたんですか?
「そうですね。僕がそういう人物にカタルシスを覚えるみたいです。ただ、これは単なる欲求解消ではないです。僕が求めている作品は、ある程度、考えさせる作品です。演劇を観て、自分を振り返ってみたり、自分の隣にいる人や自分が属している社会をもう一度見直してみたりしてほしいです。『セールスマンの死』が名作である理由は、家族の亀裂を描きながら、アーサー・ミラーは社会を批判しているんですね。当時、資本主義の考え方が蔓延していて、みんな良い暮らしをしているように見えるけど、こんな生き方はダメだと、語ってくれた作品です。戯曲が発表された当時は、非常にセンセーショナルだったそうですが、今の観客にとっては現実的過ぎる。当時は、未来を考えて書いた作品なのに、現代だと凄絶に共感するんです。でも、共感するだけで終わってはダメです。単なる解消ではなく、考えないといけない。
例えば、とても憂うつな日に劇場で思いっきり笑えたら、それはそれで価値のある作品だったと思います。そのような作品も必要ですが、僕は重くても作品が内包している何かを通して、観客とコミュニケーションしたいので、その結果、ほとんど重い人物を演じてきましたね」

2016年の演劇『二つの部屋』では、レバノンでテロリストに拉致された主人公マイケル役で出演。劇中のほとんどを目隠しされ、手を縛られた状態で演じた

●これまで出演した作品は、キム・グァンボ演出家の作品が多いです。「キム・グァンボのペルソナ」とも呼ばれていますが?
「演劇をちゃんとやり始めるきっかけになった作品が、クァンボさんの作品でしたから。ペルソナと言われたりもしますけど、違いますね。演出家と俳優の作業って、お互いに慣れてしまうのはもちろん良くないですが、演出家と俳優が初めて顔を合わせて作品を作る時は、お互いを把握する時間がどうしても必要になってきますよね。グァンボさんが僕を呼んでくださるのは、単純に僕のことをよく知っているからです」

●一度キム・グァンボさん演出作で、日本の舞台に立ったこともあるとか!?
「ええ。いつだったかもう正確な年度は覚えていませんが。その頃、偶然グァンボさんに会ったんです。で、“お前、今何やってる?”と聞かれて、“いきなり日本に行かなければならないんだけど行く?”と言われて。韓国人俳優が必要な状況で、誰が良いか悩んでいたところ、僕と会ったんです。だからペルソナではないんですよ(笑)。公演は北海道の札幌でした。美味しいものもいっぱい食べて、とても楽しかったです。劇場はコンテナを改造した感じで、風情のある屋根もあって。韓国では見たことがない、工場のような劇場で上演した覚えがあります。終演後には、地域の方々だと思いますが、老夫婦からパンをいただいたんです。そんな文化があるんですね! 韓国は主な客層が若い人ですので、そういうのがとても新鮮で羨ましかったです」

●それはどんな作品だったのでしょう?
『蟹と彼女と隣の日本人』(2011年6月、札幌座で上演)という作品で、劇中の僕の設定は日本に定住しようとする韓国人でした。日本語と韓国語を半分ずつ使いましたが、僕が日本語でしゃべると、観客はみんな笑うような、そんな日本語をめちゃくちゃに喋りました。台詞は覚えていませんが、『お~いお~い北海道』みたいな歌は覚えています。グァンボさんが、北海道に行くとこの歌が24時間流れているんだとおっしゃったので、まさかと思ったんですが、街で本当に流れてたんです!(笑)それがとても面白かったです」

『M.Butterfly』では、妻がありながらオペラ『蝶々夫人』で見染めたソン・リリンに惹かれていくフランス人、ルネを熱演。ファンが急増した。(2014年公演より)

『M.Butterfly』2014年公演より

 

●キム・グァンボ演出作といえば『M.Butterfly』で演じられたルネの人気は凄かったです。
「僕が出演した作品のなかでは一番大衆的な作品でした。初演には参加してなくて、再演から出たんですが、もう既に作品自体を愛するファンが多かったので、そのおかげですね。この作品に出たことでいろんな方々に出会えました。それから、キム・グァンボ演出家作品のファンもとても多いんです。『M.Butterfly』はまた再演されるそうですよ。4回目になりますが、今回はグァンボさんも参加しないそうですので、出演する俳優も全員変わるのではないかと思っています」


●2015年に出演された土田英生原作の『少しはみ出て殴られた』は、登場する囚人たちのなかでもちょっと間の抜けた面白い役でした(笑)
「僕はバカ専門俳優ですよ。大韓民国のダメ男はほとんど演じてみましたけど(笑)。実はいっぱいやってるんですよ。何が面白いか……見かたによっては意味も変わるかもしれません。ある人物が、一つの方向に向かって一所懸命にやっていく姿を傍から眺めると、ある意味とても滑稽ですよね。そういう人物をよく演じてきたなと思います。だからダメな人物を演じるのが好きなんです。恰好つけるような演技は苦手です」

LGアートセンターで上演されたキム・グァンボ演出作には2年連続で出演。ともにコミカルなキャラクターだった。『社会の柱』(2014年 写真左)、『少しはみ出て殴られた』(2015年 写真右)

●そういえば、韓国オリジナル作品よりも翻訳劇への出演が圧倒的に多いですね。そんな中で最も気に入っている作品は何でしょう?
「国立劇団で上演した『ガラスの動物園』。あとはいま出演している『セールスマンの死』です。作品の情緒が、自分に良く合っていると思います。テネシー・ウィリアムズ、アーサー・ミラーと、両方とも古典作品ですね。最も残像が強く残ったんです。今回も強く残る気がします」

●そしてスンジュさんが主演した作品は、好評で再演されることも多いです。
「正直、一番またやりたい作品が『ガラスの動物園』です。俳優として舞台上でやらなければならないことがあるんですけど、十分発揮できなかったんです。もっと複雑な人物だったのに断片的に考えてしまった。トムという人物を、親、自分の夢に対する気持ち、姉への愛憎…だけで作り上げようとしてたんです。原作者のテネシー・ウィリアムズはもっと大きい話がしたかったと思うんですが……。再演までやったので、もう僕がスーパースターにならない限り(笑)、3度目の再演する機会はなかなか得られないでしょうね。とても残念です」

●お話しを伺っていると、作品や役柄をとても深く考えられるタイプだと感じました。演出家や劇作家など、制作者にも向いているのでは? と思ったんですが。
「実は児童劇を作ってみたいんです。良い児童劇が何かはよく分かりませんが、音楽とかいろいろ使って、大人たちが純粋な気持ちで、本当に子どもたちのために作る作品を。そういう児童劇を作って子どもたちの人生の1ページを飾ってあげたいです。そうすればその子どもが成長後、自然に演劇を観に行ったりするでしょう? 今の子どもたちは、英語を使う幼稚園に通って、お芝居も英語演劇(のような教育的なもの)しか見ていないんですよ。そんな子供たちは大人になってダンスや音楽会に行こうとしても、いきなりそれを楽しめないと思うんです。良い映画や音楽などに触れて、休むことって大事だと思うんです。長期的に見て、韓国演劇の発展のためにも必要なことだと思っています」

●もしかして劇作にも興味ありますか?
「あります。たいしたことではないですが。劇作に関する本を読んでいます。でも劇作にはあまり自身がなくて、それよりは演出をやってみたいです。知識がないので、もっと勉強しなければならないですけど、俳優としても良い影響を与えられたらいいなーと。それが1次目標です。何かを始められる影響力というか。そのために、もっとがんばって演劇をやりたいです。とにかく演劇はこれからずっと頑張ってやっていきたいですから」

●3時間の公演を終えられた後で、とてもお疲れだったと思いますが、今日はいろんなお話を伺うことができて、とても楽しかったです!本当にありがとうございました!
「こちらこそ、ありがとうございました。食事も本当に美味しかったです!」

*     *     *

俳優の類型を大きく二つにわけるなら、このように分けられるのではないかと思います。輝きたくて俳優になるタイプ。一方、物語の世界が好きでその中に入ろうとして俳優になるタイプ。これまで稽古場で出会った俳優たちを見ると、意外にも後者のほうが多いです。有名になることにはあまり興味がなく、見られることを恥ずかしがるような人たちです(俳優なのに!)。その代わり、彼らは意味のある作品で、そのキャラクターとして存在するときには自信を持って舞台に立つのです。イ・スンジュさんもそんな俳優の一人。加えて彼は、作品を作るたびに共演した俳優のみならず、作品を裏で支えたスタッフとも良い仲間になれる人です。彼と一度仕事をすれば、またぜひ彼と一緒に仕事をしたいと思わせてくれるような俳優さんです。
私が今まで出会った俳優のなかで、最も丁寧に戯曲を読む印象があったスンジュさん。やはり演出にも興味を持っていて、児童劇を作りたいとは驚きました! その素敵な夢に向かってさらなる活躍を期待しています。

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【Profile】イ・スンジュ(이승주 Lee Seung-Joo)
東国大学演劇学科卒。2008年にKBS公式採用21期に合格し、数作のドラマに出演。10年の『追跡(추적)』から本格的に演劇中心の活動をはじめ、確かな演技力に加え、モデル並みの長身と甘いルックスで観客を魅了し、演劇界で一躍注目の若手俳優となる。その後も『私の心臓を撃て(내 심장을 쏴라)』(10年)、『ロマンチスト殺し(로맨티스트 죽이기)』(12年)、『戦場を盗んだ女たち(전쟁터를 훔친 여인들)』(13年)など公立劇場作品への出演が多かった彼が、14年に再演した『M.Butterfly』で主人公ルネを好演し、ファン層を大きく広げた。その後も『社会の柱たち(사회의 기둥들)』(14年)、『ガラスの動物園(유리동물원)』(14、15年)、『少しはみ出て殴られた(살짝 넘어갔다가 얻어맞았다)』『俺は兄弟だ(나는 형제다)』(15年)、『セールスマンの死(세일즈맨의 죽음)』(16、17年)『グロリア(글로리아)』『二つの部屋(두 개의 방)』(16年)など、演技巧者が揃う話題の演劇にコンスタントに出演している。

取材:イ・ホンイ/さいきいずみ 文:イ・ホンイ 撮影:キム・ジヒョン

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[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー①

[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー①

ロックミュージシャンを夢見ていたものの、少年院から出たばかりで自暴自棄になり自殺までも考えるカング。一方、重病で余命僅かなヘギは、死ぬ前までにやっておきたいリスト=バケットリストを作り「プラシーボ・プロジェクト」と名付けて半ば強引にカングを引き込み、一緒にリストを遂行する旅に出ようと提案する……
性格も嗜好も正反対なデコボココンビの二人が、ぶつかり合いながらも互いを理解しはじめ、友情を育む温かなストーリー。軽やかなメロディーの楽曲も好評を得て、2014年の初演から大ヒットしたのが、ヒューマン・コメディ・バディミュージカル『マイ・バケットリスト』です。
韓国ではすでに3度も再演されている人気作がついに、2月25日~3月12日まで東京シーサイドフェスティバルホールBで初来日公演を実施します。
日本公演に出演するキャストのなかから、初演からカングを演じているチュ・ミンジンさん、昨年ヘギ役に初挑戦した歌手のパク・シファンさん、そして日本でも精力的に活動中で、今回カング役として初出演するキム・ナムホさんの3人を直撃!
3人はカングとヘギを彷彿とさせる親友のような雰囲気で和気あいあい! 取材は終始和やかに楽しく進行しました。


●まずはそれぞれに『マイ・バケットリスト』日本公演に出演することが決まったときの感想を教えてください。
チュ・ミンジン(以下ミンジン) 「制作会社の方から、“日本公演だから(過去出演経験がある)君が無条件に出なくてはいけないね”とお話しをいただいたんです。他の出演予定もあったんですけど、僕はこれまで3年間、年に1回は日本公演に行っているので快く引き受けました。今から日本に行くのをワクワクしながら稽古しています」
キム・ナムホ(以下ナムホ) 「僕はしょっちゅう日本に行ってますけど、それくらい日本が好きですし、日本で上演する韓国ミュージカルには、キム・ナムホがまた出演するね、と思ってもらえたらうれしいです。いつも日本は“第二の故郷に行くみたい”と言ってるんですけど、僕の田舎(江原道だそうです)では公演できなくても、日本で舞台に立てるのが有難いし、いつも“(日本語で)たのしみ”なので期待してるんです」
パク・シファン(以下シファン) 「日本に行くことも、公演自体も初めてだし……気になっているのは、日本にも僕のファンがいると聞いたんですけど、本当にいらっしゃるのか…(笑)。日本に来てくださいと言ってくれた方もいて、“機会があれば行きますね”と応えていたんですけど、ついにそのチャンスが来た、という感じです。公演以外でも日本で楽しみにしていることがたくさんありますね」

●チュ・ミンジンさんは2014年の初演からカングを演じていますね。最初にこの作品に出演オファーされたときはどんな印象でしたか?
ミンジン 「話をもらったときは、まだ脚本も完成していないような状態だったんです。キャラクターもまだ出来上がってはいなかったのに、脚本をちょっと読んだだけでも、ヘギがとてもかわいそうで涙が出たんです。実は最初にオファーされたのはヘギ役だったんですよ。で、ナムホ兄さんがカング役で。だけどその時は一緒に出演できなくなって、その後僕がカング役に決まったんです。ストーリーも面白いけれど、これからも繰り返し再演できるような良い作品にしたいというチャレンジ精神で初演に参加しました」

カングを初演から作り上げたチュ・ミンジン

●ヘギとカングは全く逆のキャラクターですよね? 役が変わっても大丈夫でしたか?
ミンジン 「ええ。ヘギもカングも魅力的な役ですからね。その頃は純粋なキャラを演じる作品が続いていたので、カングみたいに荒い役柄を演ってみたい気持ちもあったし、ちょうどキャスティングの状況的にもカングを演じることになったんです」

●初演はどんな感じで作品を創り上げていったのでしょうか?
ミンジン 「演出家も俳優もスタッフも、みんなで知恵を絞り合って、どうやったら良い作品にできるかな? という感じの作業でした。セリフや歌詞を僕たち俳優が作ったシーンも多いし、そうやって一緒に悩みながら、初演を完成させていきました」

●初演でミンジンさんが苦労して創り上げたカング役ですが、ナムホさんは今回どう演じたいと思っていますか?
ナムホ 「カングが抱えている痛みや、渇望している愛情の部分に集中しようと努力しています。すでにキャラクターは出来上がっているので、僕ならではの特別なカングを見せるというよりも、(日本公演に出演する)5人みんなでできる限り心を込めて演じられるよう全力を尽くしています」

●そういえば、ナムホさんは昨年からまた本格的に韓国で活動を始められましたよね。日本に行く前と比べて、再び韓国の舞台に立った気分はどうですか?
ナムホ 「日本に行った時点で俳優としてのキャリアが13年くらいあったんですけど、帰ってきてからは21歳で舞台を始めたときの気持ちに戻ったようでした。韓国から離れただけで大変なことも多かったし、いつも果たして自分がこれほど初心にかえったように頑張ったことがあったか? と考えたりもしました。だけど、帰ってきてからはすべてのことが有難くて、また韓国でやっていけるエネルギーを日本でもらってきたみたいです。歳はだいぶ取りましたけどね(笑)」

【インタビュー②を読む】


<プロフィール>
チュ・ミンジン(주민진)
1984年8月11日生まれ。06年にミュージカル『一日(하루)』で俳優デビュー。13年に初演した『女神様が見ている』の北朝鮮兵ジュファ役で注目を浴び、同作は14年に日本公演も実施した。以降も『太陽を抱く月』『ビースティボーイズ』『ベア:ザ・ミュージカル』などのミュージカルや演劇に多数出演。劇場街大学路の話題作には欠かせない俳優の一人。
<公式ツイッター>https://twitter.com/jUmINjIN


【公演情報】
ミュージカル『マイ・バケットリスト』日本公演
2017年2月25日(土)~3月12日(日)東京シーサイドフェスティバルホールB
前売り料金:10,800円(税込/指定席) 当日券料金:11,800円(税込/指定席)
リピーター割引:半券提示の上当日券を購入者に限り30%割引8,316円(税込/指定席)
<チケット発売>イープラス http://eplus.jp/mybl/
<出演>
●カング役:キム・ナムホ、チュ・ミンジン、ドンヒョン(BOYFRIEND)
●ヘギ役:パク・シファン、チョンジ(TEENTOP)

プロデューサー:カン・ビョンウォン/原案:ホ・ジンウォン/作曲:キム・ヘソン/作家:チェ・ウニ/作詞:ホ・ジンウォン、チェ・ウニ、キム・ヒョヌ/演出:キム・ヒョヌ/音楽監督:チョン・ミョンジン/振付:シン・ソンホ

<公式Facebook>https://www.facebook.com/mybucketlist.jp
<公式Twitter>https://twitter.com/mybucketlist_jp
<公式Instagram>https://www.instagram.com/mybucketlist.jp/
<公式プロモーション映像>https://www.youtube.com/watch?v=lv06F46NRgg

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[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー②

[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー②

 

●パク・シファンさんは『僕らのイケメン青果店』に続いて2作目のミュージカルですね。それも初の二人芝居。出演してみてどうでしたか?
シファン 「『僕らのイケメン青果店』のときは、一緒に出演している先輩たちについていけば良かったんですけど、『マイ・バケットリスト』は二人だけで芝居を進めていくことが、こんなに大変だとは思っていなかったです。二人だけでつくる1時間半という時間が予想以上に重くて、最初はプレッシャーを克服するのが大変でした。でも最初の公演を終えてからは『僕らのイケメン青果店』のときよりも、もっと自分が主人公として舞台に立っている実感が湧いてきました。初めての二人芝居だったので大変でしたが、素敵な作品だし、楽しんで演じられました」

●初日はとても緊張したんじゃないですか?
シファン 「初日はとにかく稽古した通りにやらなきゃ、って感じで、その次からは、(小声で「こういう風に言うのは恥ずかしいんですけど」)“俳優”としてもう少し魅せなければと思ったのに失敗も多くて…。出演しながら気づいたことがあって、自分で思っていたよりも相手役を気遣っていなかったなと。はじめは少ない人数で舞台を引っ張っていかなくては、という思いで頭がいっぱいだったけど、公演を続けていくなかで相手役と一緒に演じる面白さも増したし、ますます親しくなれたんです」

昨年のヘギ役が好評だったパク・シファン

●昨年はJTBCの『錐(きり)』というドラマにも出演しましたよね。とても良いドラマだったし、俳優としてもだいぶ自信がついたのでは?
シファン 「(笑)自信というよりも、“あ~やらなきゃならないことは多いんだな”と思いました。ドラマで学んだことを舞台にも活かしたいと思ったし。『錐』の監督さんが、堺雅人さん主演の『半沢直樹』がお好きで、(作品のテーマである権力に対する)“怒り”の部分は似ているとおっしゃったのでドラマを見て勉強したり、共演した先輩たちから学んだりして、少しはマシになったかな? でもまだまだ学ぶことは多いなと思いました」

●カング役のお二人に伺います。ヘギとして共演するチョンジ(TEENTOP)さんはどんな感じのキャラクターに仕上がっていますか?
ミンジン 「まず、とても可愛いです(笑)。白紙みたいというか、とてもクリアな状態なので、僕が投げたボールにすぐに反応してうまく投げ返す、みたいにいい感じで演技のキャッチボールが出来ているので、日本公演まで数週間残っている稽古期間は、僕たちがどんな風に良い作品に仕上げていくか、という時間になると思います。とてもピュアなヘギに会えると思うので、期待していただいていいと思います」
ナムホ 「制作スタッフはほとんど女性なんですけど、チョンジと稽古していると、とても愛らしくて可愛いので、みんなニコニコしてるんですよ。見た目のイメージは可愛いヘギみたいですけど、実はカングみたいなところがあるんです。なので僕がヘギをやってチョンジがカングを演ったほうがいいんじゃないかって(笑)思うくらい男らしい面があるので、作品のなかでもヘギとカングの関係性って前半と後半で変わっていくじゃないですか? その、僕たちのケミ(※ケミストリー=化学反応/相性)を見てもらうと面白いと思います」

●シファンさんのヘギもご覧になりましたか?
ミンジン 「はい、一緒に稽古しています。まずは“俳優”だなと思いました。特に最近の韓国ミュージカルにはこんなイメージがあるじゃないですか、アイドルや歌手として活動している人が出演する、という。だけど僕がシファンに初めて会ったときは、どんな仕事をしてきたのか全く知らない状態で、ミュージカル俳優だなと思って一緒にやってたのに、他にもいろんなキャリアがあると知って驚いて(笑)。だけど違いなどは感じないし、俳優として悩む部分も同じだし。僕は3回目の再演には出てないけど、シファンは出演していたので、むしろ僕が色々と助けられてます。“このシーンはどうやるの?”とシファンに尋ねることも多いんですよ」

●初演から再演にかけて、演出や内容が変わったりしたんでしょうか?
ミンジン 「そうですね。初演から再演にかけて、演出スタイルも変わったし、3度目の再演では演出家も変わったし、出演俳優も一新されたので新しい『マイ・バケットリスト』として作られたんです。そして今回の日本公演は初演と再演の演出家さんなので、初演から3演目までが合わさった感じなんです。両方に良かった部分があると思うので、シファンには3演のときはどうだった? と教えてもらいながら稽古しています」

●ナムホさんはシファンさんのヘギをどう見ましたか?
ナムホ 「まずは(俳優としての)エネルギーがありますね。歌手やアイドルの人たちにとって(ミュージカルは)自分のフィールドではないから、どうしても不慣れだし緊張している人が多いのに、シファンはそういうのが全然ないんですよ(笑)。だから“俳優”なんですよ~(シファンと目を合わせてニッコリ)。シファンはすでに一度演じているし、全部分かっているので、(Wキャストの)チョンジにとってはそれが大きな助けになっていると思います。いま言ったように、まだちょっと照れがあってぎこちないチョンジに、自分が率先してこのシーンはこう演じるんだという見本を見せてくれているので、僕たちにとっても大きな助けになっているんです」

ちょっとお茶目なキャラに? BOYFRIENDドンヒョンのカングに期待

●先輩たちが絶賛してますが(笑)今度はシファンさんに伺います。カング役として共演するドンヒョンさんの印象は?
シファン 「僕は『マイ・バケットリスト』って、親愛感が一番重要だと思っているんです。幸いドンヒョンとは『僕らのイケメン青果店』で共演しているので、久々にまた一緒にやれてうれしかったし、親しくなることに壁は全くありませんでした。ドンヒョンが演じるカングは、兄さんたちのカングとは違って、いたずらっ子っぽいキャラクターなんですよ。ドンヒョンの性格がもともとそんな感じなので、それをドンヒョンも気に入っているようだし、僕もいいなと思うので、公演もうまくいくと思います。今回ドンヒョンとしか共演できないのはちょっと残念ですけどね」

【インタビュー①に戻る】  【インタビュー③を読む】


<プロフィール>
パク・シファン(박시환)
1987年7月30日生まれ。13年にMnetのオーディション番組「スーパースターK5」で準優勝となり大きな注目を集める。翌14年にミニアルバム「SPRING AWAKENING」でデビューし、15年には1stアルバム「Rainbow Taste」もリリースした。同年にはJTBCの社会派ドラマ『錐(송곳)』に出演し、ミュージカル『僕らのイケメン青果店』にも出演するなど俳優としても活躍している。
<韓国公式サイト>http://totalset.kr/


【公演情報】
ミュージカル『マイ・バケットリスト』日本公演
2017年2月25日(土)~3月12日(日)東京シーサイドフェスティバルホールB
前売り料金:10,800円(税込/指定席) 当日券料金:11,800円(税込/指定席)
リピーター割引:半券提示の上当日券を購入者に限り30%割引8,316円(税込/指定席)
<チケット発売>イープラス http://eplus.jp/mybl/
<出演>
●カング役:キム・ナムホ、チュ・ミンジン、ドンヒョン(BOYFRIEND)
●ヘギ役:パク・シファン、チョンジ(TEENTOP)

プロデューサー:カン・ビョンウォン/原案:ホ・ジンウォン/作曲:キム・ヘソン/作家:チェ・ウニ/作詞:ホ・ジンウォン、チェ・ウニ、キム・ヒョヌ/演出:キム・ヒョヌ/音楽監督:チョン・ミョンジン/振付:シン・ソンホ

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[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー③

[独占]待望の初来日!『マイ・バケットリスト』パク・シファン、キム・ナムホ、チュ・ミンジン スペシャルインタビュー③

 

●劇中にはたくさんの素敵なナンバーがありますよね。それぞれに、好きな曲とそのシーンを教えてください。
ミンジン 「僕が好きなナンバーは『カングの歌(강구의 노래)』という曲です。僕がカング役だからっていうのもありますけど、カングの心情を唯一、正直に表現した曲なんです。後半でカングがヘギに“憧れの年上の女性に告白する”というのをバケットリストに入れさせ、カングが代わりに告白しようとして失敗し、事実を知ったその女性が失望してヘギに怒り、ヘギはその場から出て行ってしまって一人残されたカングが歌う曲なんです。そのシーンの前後で歌う曲は、カングが自分が見せたい姿を表現した曲だとすれば、『カングの歌』は自分の心の奥にある思いが見える、唯一の曲ではないか? と思うので、この曲に一番愛着がわきますね」
ナムホ 「カング役なら当然その曲だと僕も思いますね。もしこの曲以外で選ぶとしたら『悪夢(악몽)』という曲です。オープニングのシーンで、カングが世間からは人間のクズと呼ばれ、まるで悪夢のなかにいるような生活を“人生は悪夢だ”と歌うんですけど、後半リプライズでもう一度歌うシーンがあるんです。カングにとってはとても意味のある曲で、彼の状況と心情の両方を見せられる部分なので、僕は『悪夢』という曲を推したいと思います」
シファン 「僕は全てのナンバーが好きですけど、ヘギが新興宗教にはまるシーンがあるんです。カングから離れて、一人で宗教にはまって独白するんですけど、その曲を歌うときが一番悲しいですね。他のどのシーンよりも演じながら複雑な気持ちになります。本当は(宗教が)嘘だと分かっているのに信じようとする。カングとはケンカ別れしたし、もっと生きていたい…といろんな複雑な思いが交錯するんです。そういう部分が見られるのも面白いと思います。さっきナムホ兄さんが言った『悪夢』のリプライズもすごく良くて、僕はそのシーンのためにカングを演じてみたかったんです。ずっとカングをやりたい言っても“イケメンじゃないと”って言われ(笑)、“次はカングをやる?”と言われて“やるやる!”と言ってたのに今回もヘギ役なので(笑)。機会があれば、僕より背が低いカングがいれば(笑)、一度やってみたいです」

●この作品の出演を通じて、友達への接し方や、自分の未来について、何か考えが変わったりしましたか?
ナムホ 「僕は『マイ・バケットリスト』の初演のときに台本は貰っていたものの、出演は出来なかったんですけど、その時に自分自身のバケットリストを作ってみたんですよ。ピッタリ100個は作れなかったけど、どこか違うところに行きたいとか、母に何かしてあげたいとか、リストに書いたことを今いろいろとやって来れた状態なんです。決して大きなことをしたわけではないけど、そういう生活をやってこれたことは『マイ・バケットリスト』の影響だと思います。小さな目標みたいなのを作ることが出来たというか」
シファン 「僕は『マイ・バケットリスト』に出演した後、やりたいことが増えました。敢えて日々の小さな幸せは夢見ないようにしていたというか、仕事して、生きて、音楽だけを見て行かなきゃ、と思っていたのに、昨年の公演が終わってみたら、自分の周りには楽しいことがたくさんあるんだな、と。それがヘギにとってはバケットリストだったんですけど、僕もそういう風に楽しみを感じながら幸せに暮らしていけたらと思うようになりました。たとえば旅行に行きたいと思って、実際に行ってきたりとか、実行力がついたと思います」
ミンジン 「この作品に出演してから、自分にとって何が大切なのか? と考えるようになりました。家族、友達、俳優仲間などを思いやれていないのでは?と。いつも身近にいる人も、事故にでも遭ったら会えなくなるかもしれないのに、今日以降は会えないかもしれない人のように接しなくては。明日死ぬかもしれない人のように生きなければ、と考えるようになってからは日々幸せなことが増えたようです」

実は初演でカングを演じるはずだったキム・ナムホ

●さっきナムホさんが自分のバケットリストを作った話をしてくださいましたが、俳優として、または個人として、実現したいバケットリストのような目標は何かありますか?
ナムホ 「俳優としては、日本で、日本語のセリフで舞台をやってみたいというのがあります。昨年実は演劇のオファーがあったんですけど、その時は『イン・ザ・ハイツ』の日本公演に出演が決まっていたので出来なかったんです。僕はあえて、日本の制作チームのなかで、日本語で演技するのが目標なんです。難しいかもしれないけど」
シファン 「俳優としては、自分でも演技に満足できて、俳優として認めてもらえるようになりたいです。どんな作品に出演した俳優でも満足することはないかもしれないけど、自分である程度は“一人の人生を演じきった”と思えるようになれたらと思っています。まだまだ足りない面ばかりですけど。歌手としては、歌いながら歳を重ねていけたらいいなと思っています。インタビューのときにはいつも言っているんですけど、歳をとったときに、“あれパク・シファンじゃない?”と指をさされるのではなく、“パク・シファン知ってる?”と気分良く思い出してもらえるような歌手になれたらいいなと思います」

●日本公演以降の活動予定が決まっていたら教えてください。
シファン 「歌手としては昨年末にアルバムをリリースしたので、その活動がまだ少し残っています。日本公演が終わったら、新しいアルバムに向けて曲作りを始めると思います。そしてこれからもミュージカルに出演したいです。かなり先の目標になるけど『ヘドウィグ』をやってみたいんですよ。もう少し近い先の目標だと『TRACE U』に出演してみたいです。元々ロックが好きで、兄の影響で最初はロックをやっていたので、出来るならば『TRACE U』に出演してみたいです」
ナムホ 「いま日本で話を進めていることがあるんですけど、それが決まれば僕が日本に留学したことよりも人生において大きな決断になると思います。日本で活動できる機会があれば、喜んでやりたいと思っているので(ミンジン、シファンが「僕もつれてって!」と横ヤリ)(笑)、まだお伝えすることはできないですけど、日本でインタビューを受けるような機会があるかもしれません」
ミンジン 「デミョン文化工場で『ナミヤ雑貨店の奇跡』の朗読公演(2月10日、11日に終了)に出演した後は、演劇に出演する予定で準備しています。年末まではそんな感じで出演予定があって、僕もナムホ兄さんみたいに国外で活動してみたい気持ちもあるんですけど、ずっと舞台出演があってそれにどうしても時間を取られるので、いつも悩ましいところです」

●今回日本公演で初めて『マイ・バケットリスト』をご覧になるかたも多いと思います。最後に、作品の魅力や、見どころを紹介してもらえますか?
ミンジン 「カングとヘギがどう変化していくのか、その成長過程を集中して見ていただければ、感じるものが多いと思います。歌が上手い子たちがたくさん出演しますので、美しいナンバーの数々を楽しんでくださればいいなと思います」
シファン 「まず、俳優たちは演技も上手くてみんなカッコいいです(一同笑)。もし、辛いことがある方がご覧になれば、きっと癒しになると思います。何も考えずにただ気楽に見にいらして、ご覧になった後、笑顔で帰路に着かれたらいいなと。ヘギとカングの話ではなく、自分の話だと思ってご覧になるといいと思います。夢と死というテーマですが、ご覧になった後で希望に溢れた笑顔で劇場を出られる作品だと思っています」
ナムホ 「僕は逆に気楽な気持ちで見に来ていただいて、楽しんでいただいた後で心の中に何かが残るような作品になればと思っています」
シファン 「だから僕とナムホ兄さんが一緒にペアを組めば、作品の良さを全部出せるんじゃないかと思うんですけど(笑)今回は兄さんたちと一緒に舞台に立てないのが一番残念なんですよね」
ナムホ 「もし僕たちが将来一緒に出演する日が来れば、また見に来てほしいですね(笑)」


<プロフィール>
キム・ナムホ(김남호)
1983年1月25日生まれ。03年にミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』でデビュー。以降『キム・ジョンウク探し』『アルターボーイズ』『シングルス』『スパマロット』『女神様が見ている』など多数の人気作に出演。15年には日本留学し、タレント活動も本格化させる。16年に帰国後も「NAMO’s BAR」など日本でのイベントを継続して開催している。
<日本公式Facebook>https://www.facebook.com/mystarnamo/


【公演情報】
ミュージカル『マイ・バケットリスト』日本公演
2017年2月25日(土)~3月12日(日)東京シーサイドフェスティバルホールB
前売り料金:10,800円(税込/指定席) 当日券料金:11,800円(税込/指定席)
リピーター割引:半券提示の上当日券を購入者に限り30%割引8,316円(税込/指定席)
<チケット発売>イープラス http://eplus.jp/mybl/
<出演>
●カング役:キム・ナムホ、チュ・ミンジン、ドンヒョン(BOYFRIEND)
●ヘギ役:パク・シファン、チョンジ(TEENTOP)

プロデューサー:カン・ビョンウォン/原案:ホ・ジンウォン/作曲:キム・ヘソン/作家:チェ・ウニ/作詞:ホ・ジンウォン、チェ・ウニ、キム・ヒョヌ/演出:キム・ヒョヌ/音楽監督:チョン・ミョンジン/振付:シン・ソンホ

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