●今回はせっかくゆっくりとお話しを伺える機会なので、もっと遡って、演技を始めたきっかけの話もお聞きしたいです。
「学生の時は、哲学科に行きたかったです。哲学科に行くと、自分自身を知ることができるだろうし、いろいろと考えられるのではないか? そうすれば僕は本当に何がしたいのかを分かるだろうと。幼い頃から、自分が何をやりたいか、知りたかったです。人は皆、生まれた理由があると思うんです。それを知ってから死ぬのが人生の目標です。なるべくそれを早く知って生きていたい。それで漠然と哲学科に行きたかったです。格好いいし、当時好きだった歌手、詩人、アーティストが哲学科を出た人が多くて。自然と興味を持つようになりました」
●そういえば昨年別のカンパニーで上演した『セールスマンの死』に主演されたイ・スンジェ先生はソウル大学哲学科出身で有名ですよね。
「でも成績がよくなかったので、哲学科はただ、憧れだったんです。なぜかと言うと、僕は子どものときからスポーツをやっていたんです。テコンドーを。後から哲学科という目標が出来て、一所懸命に勉強しましたが、難しかった。でも映画を見たり本を読むのが好きだったので、ある日、映画を見て突然カッコいいと感じました。ある意味、俳優は哲学に似ていると思ったんです。結局、人を探求して、人について勉強するんです。哲学はそれを学問として接していき、演技は実践としてやっていくのではないか? と気付いたんです」
●ちょっと大人びた考えの子というか…不良じゃないけど、先生が結構手を焼くタイプの学生だったのでは?(笑)
「このエピソードを聞くとすぐわかると思います。高校のときだったんですが、試験の一週間前、突然海に行きたくなったんです。それで、先生に“海に行ってきます”って言ったんです。唖然としていた先生の顔を未だに忘れられません。”あ、こいつどうしよう”と言いそうな顔でした(笑)。
先生は“お父さんの許可をもらって来なさい”とおっしゃいました。つまり、“許さない”という意味ですよね。でも、父が許可書を書いてくれたんです。怒らないで、“どうした?”と聞いてくれました。“いま考えたいことがあって、こういう時間が必要だ”と答えたんです。すると“行ってきたら何か変わりそうなのか?”と聞かれたので“変わるように努力する”と、答えました。父は許可してくれそうな人ではないんですが、その時は男として通じた何かがあったかもしれません。それで“行ってこい”と。そして先生に電話して“自分が責任を取るから勝手にさせましょう”と話してくれました。結局、試験に間に合うように戻ったんですが、海辺にずっと寝ていたから一人だけ日焼けして真っ黒になってて(笑)。とにかく試験には間に合いましたけど、バカでしたね、バカ(笑)」
●舞台での優等生イメージがだいぶ壊れました(笑)。これまで様々なキャラクターを演じてきましたが、実際の性格はどんな感じですか?
「最もよく言われるのは、シャイだとか。静かだとか。あと“もうちょっと何か言えよ”と、よく言われます。でも、両面性があると思います。結構喋ったりもするんですよ。親しい人たちと一緒にいる時や、話したいことがあったら良くしゃべります。ただ、話すことがないから黙っているんです。無理やりに沈黙を埋めようと意味のない会話をするのは嫌いなんです。だから、何も言わない時間があるんです」
●そういう性格だと、俳優としてやっていくには大変なことも多いかと思います(笑)。
「演劇をやってていい部分は、他のジャンルに比べて稽古期間が長いじゃないですか。いくら主人公といっても、たった2時間の作品で、しゃべる言葉は限られているわけです。でもそれを、2カ月、3カ月と稽古をするんです。ある意味、非生産的ですね。でも、それほど深くその人物に近付くことができます。だから他のジャンルより演劇が好きなんです。
今回の『セールスマンの死』の場合も、ビフについて深く理解することができるんです。アーサー・ミラーが作り上げた人物ですが、僕自身についても感じるものがあるんです。あ、自分がこういう人だったんだ。そういう人物が一つ一つ(作品に)残るというか。だから、やっぱり演劇が好きです。哲学と似ているんです。本を読んで、音楽を聴いて、思想を勉強してやっと分かることもあれば、感情対感情で、舞台上でぶつかり合いながら得ることもあります。作品を一つ終えると、本を何十冊も読んだ気持ちになるんです。だいたい、戯曲に登場する人物は、極端なキャラクター、極限に向かうキャラクター、崩れ落ちるキャラクター、理想と現実の間で苦しむキャラクターが多いですね。そうじゃないと、戯曲にわざわざ登場する必要もないでしょう。そのような人物を研究するので、いろいろ考えるようになります。そんな人物を演じることが、僕にはよく合うと思います」
●作品してはとても見ごたえがある一方で、演じるには本当に難しい役柄が多いですよね。そういうキャラクターをあえて選んできたんですか?
「そうですね。僕がそういう人物にカタルシスを覚えるみたいです。ただ、これは単なる欲求解消ではないです。僕が求めている作品は、ある程度、考えさせる作品です。演劇を観て、自分を振り返ってみたり、自分の隣にいる人や自分が属している社会をもう一度見直してみたりしてほしいです。『セールスマンの死』が名作である理由は、家族の亀裂を描きながら、アーサー・ミラーは社会を批判しているんですね。当時、資本主義の考え方が蔓延していて、みんな良い暮らしをしているように見えるけど、こんな生き方はダメだと、語ってくれた作品です。戯曲が発表された当時は、非常にセンセーショナルだったそうですが、今の観客にとっては現実的過ぎる。当時は、未来を考えて書いた作品なのに、現代だと凄絶に共感するんです。でも、共感するだけで終わってはダメです。単なる解消ではなく、考えないといけない。
例えば、とても憂うつな日に劇場で思いっきり笑えたら、それはそれで価値のある作品だったと思います。そのような作品も必要ですが、僕は重くても作品が内包している何かを通して、観客とコミュニケーションしたいので、その結果、ほとんど重い人物を演じてきましたね」
●これまで出演した作品は、キム・グァンボ演出家の作品が多いです。「キム・グァンボのペルソナ」とも呼ばれていますが?
「演劇をちゃんとやり始めるきっかけになった作品が、クァンボさんの作品でしたから。ペルソナと言われたりもしますけど、違いますね。演出家と俳優の作業って、お互いに慣れてしまうのはもちろん良くないですが、演出家と俳優が初めて顔を合わせて作品を作る時は、お互いを把握する時間がどうしても必要になってきますよね。グァンボさんが僕を呼んでくださるのは、単純に僕のことをよく知っているからです」
●一度キム・グァンボさん演出作で、日本の舞台に立ったこともあるとか!?
「ええ。いつだったかもう正確な年度は覚えていませんが。その頃、偶然グァンボさんに会ったんです。で、“お前、今何やってる?”と聞かれて、“いきなり日本に行かなければならないんだけど行く?”と言われて。韓国人俳優が必要な状況で、誰が良いか悩んでいたところ、僕と会ったんです。だからペルソナではないんですよ(笑)。公演は北海道の札幌でした。美味しいものもいっぱい食べて、とても楽しかったです。劇場はコンテナを改造した感じで、風情のある屋根もあって。韓国では見たことがない、工場のような劇場で上演した覚えがあります。終演後には、地域の方々だと思いますが、老夫婦からパンをいただいたんです。そんな文化があるんですね! 韓国は主な客層が若い人ですので、そういうのがとても新鮮で羨ましかったです」
●それはどんな作品だったのでしょう?
「『蟹と彼女と隣の日本人』(2011年6月、札幌座で上演)という作品で、劇中の僕の設定は日本に定住しようとする韓国人でした。日本語と韓国語を半分ずつ使いましたが、僕が日本語でしゃべると、観客はみんな笑うような、そんな日本語をめちゃくちゃに喋りました。台詞は覚えていませんが、『お~いお~い北海道』みたいな歌は覚えています。グァンボさんが、北海道に行くとこの歌が24時間流れているんだとおっしゃったので、まさかと思ったんですが、街で本当に流れてたんです!(笑)それがとても面白かったです」
●キム・グァンボ演出作といえば『M.Butterfly』で演じられたルネの人気は凄かったです。
「僕が出演した作品のなかでは一番大衆的な作品でした。初演には参加してなくて、再演から出たんですが、もう既に作品自体を愛するファンが多かったので、そのおかげですね。この作品に出たことでいろんな方々に出会えました。それから、キム・グァンボ演出家作品のファンもとても多いんです。『M.Butterfly』はまた再演されるそうですよ。4回目になりますが、今回はグァンボさんも参加しないそうですので、出演する俳優も全員変わるのではないかと思っています」
●2015年に出演された土田英生原作の『少しはみ出て殴られた』は、登場する囚人たちのなかでもちょっと間の抜けた面白い役でした(笑)
「僕はバカ専門俳優ですよ。大韓民国のダメ男はほとんど演じてみましたけど(笑)。実はいっぱいやってるんですよ。何が面白いか……見かたによっては意味も変わるかもしれません。ある人物が、一つの方向に向かって一所懸命にやっていく姿を傍から眺めると、ある意味とても滑稽ですよね。そういう人物をよく演じてきたなと思います。だからダメな人物を演じるのが好きなんです。恰好つけるような演技は苦手です」
●そういえば、韓国オリジナル作品よりも翻訳劇への出演が圧倒的に多いですね。そんな中で最も気に入っている作品は何でしょう?
「国立劇団で上演した『ガラスの動物園』。あとはいま出演している『セールスマンの死』です。作品の情緒が、自分に良く合っていると思います。テネシー・ウィリアムズ、アーサー・ミラーと、両方とも古典作品ですね。最も残像が強く残ったんです。今回も強く残る気がします」
●そしてスンジュさんが主演した作品は、好評で再演されることも多いです。
「正直、一番またやりたい作品が『ガラスの動物園』です。俳優として舞台上でやらなければならないことがあるんですけど、十分発揮できなかったんです。もっと複雑な人物だったのに断片的に考えてしまった。トムという人物を、親、自分の夢に対する気持ち、姉への愛憎…だけで作り上げようとしてたんです。原作者のテネシー・ウィリアムズはもっと大きい話がしたかったと思うんですが……。再演までやったので、もう僕がスーパースターにならない限り(笑)、3度目の再演する機会はなかなか得られないでしょうね。とても残念です」
●お話しを伺っていると、作品や役柄をとても深く考えられるタイプだと感じました。演出家や劇作家など、制作者にも向いているのでは? と思ったんですが。
「実は児童劇を作ってみたいんです。良い児童劇が何かはよく分かりませんが、音楽とかいろいろ使って、大人たちが純粋な気持ちで、本当に子どもたちのために作る作品を。そういう児童劇を作って子どもたちの人生の1ページを飾ってあげたいです。そうすればその子どもが成長後、自然に演劇を観に行ったりするでしょう? 今の子どもたちは、英語を使う幼稚園に通って、お芝居も英語演劇(のような教育的なもの)しか見ていないんですよ。そんな子供たちは大人になってダンスや音楽会に行こうとしても、いきなりそれを楽しめないと思うんです。良い映画や音楽などに触れて、休むことって大事だと思うんです。長期的に見て、韓国演劇の発展のためにも必要なことだと思っています」
●もしかして劇作にも興味ありますか?
「あります。たいしたことではないですが。劇作に関する本を読んでいます。でも劇作にはあまり自身がなくて、それよりは演出をやってみたいです。知識がないので、もっと勉強しなければならないですけど、俳優としても良い影響を与えられたらいいなーと。それが1次目標です。何かを始められる影響力というか。そのために、もっとがんばって演劇をやりたいです。とにかく演劇はこれからずっと頑張ってやっていきたいですから」
●3時間の公演を終えられた後で、とてもお疲れだったと思いますが、今日はいろんなお話を伺うことができて、とても楽しかったです!本当にありがとうございました!
「こちらこそ、ありがとうございました。食事も本当に美味しかったです!」
* * *
俳優の類型を大きく二つにわけるなら、このように分けられるのではないかと思います。輝きたくて俳優になるタイプ。一方、物語の世界が好きでその中に入ろうとして俳優になるタイプ。これまで稽古場で出会った俳優たちを見ると、意外にも後者のほうが多いです。有名になることにはあまり興味がなく、見られることを恥ずかしがるような人たちです(俳優なのに!)。その代わり、彼らは意味のある作品で、そのキャラクターとして存在するときには自信を持って舞台に立つのです。イ・スンジュさんもそんな俳優の一人。加えて彼は、作品を作るたびに共演した俳優のみならず、作品を裏で支えたスタッフとも良い仲間になれる人です。彼と一度仕事をすれば、またぜひ彼と一緒に仕事をしたいと思わせてくれるような俳優さんです。
私が今まで出会った俳優のなかで、最も丁寧に戯曲を読む印象があったスンジュさん。やはり演出にも興味を持っていて、児童劇を作りたいとは驚きました! その素敵な夢に向かってさらなる活躍を期待しています。
⇒インタビュー前編 に戻る
【Profile】イ・スンジュ(이승주 Lee Seung-Joo)
東国大学演劇学科卒。2008年にKBS公式採用21期に合格し、数作のドラマに出演。10年の『追跡(추적)』から本格的に演劇中心の活動をはじめ、確かな演技力に加え、モデル並みの長身と甘いルックスで観客を魅了し、演劇界で一躍注目の若手俳優となる。その後も『私の心臓を撃て(내 심장을 쏴라)』(10年)、『ロマンチスト殺し(로맨티스트 죽이기)』(12年)、『戦場を盗んだ女たち(전쟁터를 훔친 여인들)』(13年)など公立劇場作品への出演が多かった彼が、14年に再演した『M.Butterfly』で主人公ルネを好演し、ファン層を大きく広げた。その後も『社会の柱たち(사회의 기둥들)』(14年)、『ガラスの動物園(유리동물원)』(14、15年)、『少しはみ出て殴られた(살짝 넘어갔다가 얻어맞았다)』『俺は兄弟だ(나는 형제다)』(15年)、『セールスマンの死(세일즈맨의 죽음)』(16、17年)『グロリア(글로리아)』『二つの部屋(두 개의 방)』(16年)など、演技巧者が揃う話題の演劇にコンスタントに出演している。
取材:イ・ホンイ/さいきいずみ 文:イ・ホンイ 撮影:キム・ジヒョン
©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。
1件のコメント
ただいまコメントは受け付けていません。