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[Special Interview]演劇『はなこ』キム・ミンジョン脚本家

[Special Interview]演劇『はなこ』キム・ミンジョン脚本家

 

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演劇『はなこ』ポスター

昨年2015年は、戦後70年、日韓国交正常化50周年の節目の年でした。それを締めくくるかのように年末に急きょ日韓合意を図った従軍慰安婦問題は、その後1カ月半以上経過した現在も進展は見られていません。合意内容は果たして、慰安婦だった人たちのことを本当に考えているのか? という印象は韓国のみならず、日本でも感じた方がいらしたのではないでしょうか?

今回脚本家インタビューを紹介するのは、昨年末から今年1月にかけて上演していた演劇『はなこ(하나코)』という作品です。偶然にも日韓合意の渦中に上演されていたことで、観客の大きな関心を呼び、チケットはほとんどの回で完売していました。作品のストーリー、概要については、イ・ホンイさんのコラム「ソウルde演劇めぐり」Vol.10で詳しく紹介してくださっていますので、このインタビューを読む前にご覧になると、より理解が深まると思います。

 

韓国で日ごろさまざまなお芝居を観ていますが、第二次世界大戦や日本植民地時代が背景にある作品に登場する日本人に、好人物はまずいません。ほとんどが暴力的で愚かな悪人として描かれるので、そういうシーンや描写を見るたびに、複雑な心境に陥るのですが、そうせざるを得ない社会状況や歴史的背景は理解しつつも、もう少しどうにかならないものか? というもどかしさも常に感じています。

そんな思いを抱えているなかで見た演劇『はなこ』は、従軍慰安婦問題をストレートに扱いながらも、慰安婦となった女性たちに寄り添っているような作品でした。これは脚本家、演出家ともに女性だったからこそ、創り上げることができたのかもしれません。劇中には、やはり慰安婦の“ハンブニ”にひどい仕打ちをする日本兵が出てきましたが、彼らも戦争の渦に巻き込まれた被害者であることがしっかりと描かれていたことに、非常に感銘を受けた作品でした。

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慰安婦となった少女時代のコップニ(幼いハンブニ パク・スジン 写真右)と妹グマ(ミン・ギョンウン 写真左)

そこで、この作品が生まれた背景が気になり、脚本家のキム・ミンジョンさんにインタビューをお願いしました。スケジュールの都合でメールインタビューとなりましたが、このインタビューを読んでくださった方が、改めて従軍慰安婦について考える契機のひとつとなればと思います。

インタビューの理解をスムースにするために『はなこ』の登場人物とキャラクターを説明します。

●ハンブニ(幼少名コップニ/はなこ):元慰安婦。カンボジアに残る妹グマを探している。
●レン:カンボジアで暮らす元慰安婦。ハンブニの妹グマではないかと疑われる。
●ソ・インギョン教授:女性学の教授。慰安婦のドキュメンタリー番組制作に協力。
●ホン・チャンヒョンPD:テレビ局のディレクター。慰安婦のドキュメンタリー番組を制作。
●パク・ジェサム:カンボジア取材の、現地韓国人コーディネーター
●キム・アルム:カンボジア取材でハンブニらの通訳を担当。
●メイリン:レンの孫娘。
●高橋:コップニを“はなこ”と呼び執着する若い日本軍兵士
●小津山:高橋の上官。妹グマは小津山との結婚を夢見ていた。
●佐々木:小津山の息子。ホンPDが取材のため日本に訪ねる。
●お父さん:ハンブニが過去を回想するシーンで登場。キャラクター説明はインタビューを参照。

*     *     *

●『はなこ』は10年ほど前からすでに構想があったとスタッフの方に伺いました。最初にこのテーマで戯曲を書いてみようと思ったきっかけは? 今回、戯曲を本格的に作品を仕上げて上演することになった経緯を教えてください。
「大学時代に見た、ビョン・ヨンジュ(변영주)監督の『ナヌムの家』(1995年公開 原題は『低い声(낮은 목소리)』)というドキュメンタリー映画は今もはっきり覚えています。ううっと涙が出てしまったのですが、それは元慰安婦のおばあさんたちのいまを描いていたドキュメンタリーでした。その時の記憶をずっと持っていて、のちに戯曲の勉強をしながら、その記憶を取り出すことになりました。ちょうどそのころ知人からもらった、そのおばあさんたちが絵を描いたハガキを今もちゃんと保管していますが、必ず戯曲を書いてみたいという気持ちになりました。それが2002年で、『はなこ』というタイトルで過去の人物のみが登場する一幕戯曲を書きました。その後、4~5年前に、再びその一幕戯曲と、それを書いたときに読んだ資料を検討しながら、作品を長編に拡張していきました。慰安婦問題を見る現在の私たちの視点で書いた作品が今の『はなこ』で、幸いにも2014年「創作産室台本公募」に選定され、上演する機会を得ました」

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『はなこ』キャストとスタッフたち。前列センターで水色の服を着ているのが脚本家キム・ミンジョンさん。前列右端にいるのが演出家のハン・テスクさん。

●『はなこ』を上演するにあたり、演出家のハン・テスクさんと一緒に創ることになった理由は? 稽古を始める前にお二人でこの作品をどのように上演したいと考えられましたか?
「台本公募で選定された後、この作品を一緒に作ってくださる演出家を探さなければなりませんでしたが、ハン・テスク先生がすぐに思い浮かびました。脚色者として先生と一緒にお仕事をしたことが2回あるのですが、先生は深く作品を分析をして稽古を進めていかれるのが素晴らしいと思いましたし、演劇に対してとても情熱的な方ですので、その姿に惚れて『はなこ』を演出してくださいと、お願いしました。
作品については、従軍慰安婦の話を扱う戯曲や公演が多いので、それらとどのような差別性を持つべきか、常に悩んでいました。演出のハン先生は涙で訴えるようなセリフや感受性が従来の作品と重なってしまう可能性があるから、堅固に整えていこうとおっしゃいました。何よりも、辛い傷を抱える被害者の方々に迷惑をかけないように、そして演劇を観てくださる観客がこの痛みに共感しながら自分自身を振り返ってほしかったのです」

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ハンブニ(イェ・スジョン 写真右)と、妹ではないかと疑うレン(チョン・グギャン)の対面シーン

●元慰安婦ハンブニ(はなこ)役にイェ・スジョンさんを起用された理由は? ほかの俳優についても、キャスティング秘話があれば教えてください。
「演出家のハン先生がハンブニという人物を考えた時、最初に思い浮かんだ俳優がイェ・スジョンさんだったそうです。イェ・スジョンさんも、台本を読んでいない状態で出演を決めました。演出家への信頼が大きかったからです。私も、ハンブニの自意識の強い性格と、イェ・スジョンさんの存在感には相通ずるものがあると感じました。
カンボジアに住む元慰安婦レンの孫娘メイリン役のカン・ダユンさんの顔がとても異国的で、観客だけではなく、稽古に来た照明デザイナーや舞台デザイナーなども、彼女が本当にカンボジアから来た人だと勘違いしました。メイリンだけではなく、テレビ局のホンPDやコーディネーターのパク・ジェサム、女性学教授のソ・インギョンなど、すべての人物が適役だと、多くの人から褒められました。嬉しいことですね。
実は“レン”を演じたチョン・グキャンさんと、現代に生きる日本人将校の子息“佐々木”を演じるシン・ヒョンジョンさんは実際に夫婦ですが、お二人には外国語のセリフで演技しなければならないという負担があったのにもかかわらず、愉快に稽古ができました。
2014年4月にリーディング公演をしてから本公演になるまで、キャストが変わるのではないかと心配した俳優もいたそうですが、一人残らず本公演の舞台でまた出会いました。このようなこともあって、チームワークがとても良い『はなこ』チームでした」

●稽古を始めるときに、俳優たちに作品の意図、ストーリーについて何かアドバイスやディレクションをされましたか?
「戯曲を書いたときに読んだ、元慰安婦のおばあさんたちの証言記録を一緒に読んだり、ドキュメンタリー映画を見たりしました。この作品は、慰安婦被害を受けた第1世代のハンブニとレンの話、そして彼女たちを取材し、その証言を記録する第2世代のホン・チャンヒョンPDとソ・インギョン教授。加えて、取材の通訳をするキム・アルムとメイリンのような若い第3世代の物語を多層的に扱いながら、“日本の従軍慰安婦問題を見る現代人の視覚”が重要な役割を果たしていると話したことを覚えています。結局、“慰安婦被害”という不幸の前でも、利己的な現代人の姿を見せなければならないと、話しました」

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コップニ(パク・スジン)は神風特攻隊に徴兵され、死に怯える若い兵士・高橋(クォン・ギョムミン)に虐待を受ける。後ろにはそれを見つめる上官の小津山(リュ・ヨンス)

●俳優にとっては、身体的にも精神的にも簡単な作業ではないシーンが多かったです。稽古中の印象深いエピソードがあれば教えてください。
「稽古中にも泣きそうになるシーンがあって、そのシーンではスタッフも視線を外したり、演出家の先生ははめていたマスクをさらに上げたりしていました。俳優たちも涙も鼻水も一緒に出てしまって、時には服で、また時にはハンカチで何度も拭わねばなりませんでした。
“お父さん”役を演じる俳優は、最後のシーンの自虐的なパフォーマンスをするために、自分の体を叩きすぎて手が腫れて曲がらなくなったりしました。コップ二(꽃분이=ハンブニの子供時代の呼び名)役のキム・スジンさんは走りながら転んだりするシーンを何度もやらなくてはいけなかったので、足にたくさんのあざができました。
ほかにも、“サック(当時のコンドームの呼称)”というのがどのような形をしているか、昔のものはどんな形だったか、調べたり研究したりすることから、日本兵がナイフでハンブニの背中を切り付けるシーンがあるのですが、背中にどんな言葉を刻んだのかも、悩まなければなりませんでした。結局“クソ(糞)”という言葉と刀の痕跡を刻みました」

●一般的に、韓国の作品では、戦時中や日本植民地時代を背景にした作品に登場する日本人は悪人的キャラクターとして描かれることが多いです。しかし『はなこ』の若い兵士、高橋のキャラクターは戦争が彼に狂気をもたらしたことがしっかりと、客観的な視点で描かれていたのが印象的でした。日本人のキャラクターをこのように表現しようと思われた理由は?
「戦地で死ななければならない少年兵と設定しました。太平洋戦争の末期に神風特攻隊に動員され、出撃すればすぐ死ぬことになる軍人だと設定したのです。単線的な悪人ではなく、立体的な人物になるために作ったキャラクターが高橋です。しかしどんな理由があったとしても、コップニにとっては、そして多くの慰安婦被害者の女性たちにとっては、残忍で狡猾な悪人であることは間違いないでしょう。高橋のほか、上官の小津山、そして小津山の息子・佐々木と劇中に日本人は三人登場するんですが、なるべく客観的な視線を維持しながら人物に接していこうと努力しました」

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長い年月を経てもハンブニの記憶のなかをさまよう“お父さん”(パク・ジョンテ 写真中)が彼女を苦しめる

●劇中には“お父さん”と呼ばれる人間とも偶像とも取れるようなキャラクターが登場しますね。戦時中の日本の深い闇を表現したのような存在ではないかと思いましたが、このようなキャラクターを設定した意図は?
「“お父さん”は、もともと台本上では声だけが登場する人物でした。ですが、台本の修正を重ねていきながら、立体感のある人物として存在させてほしいという演出家からの提案があって、現在の姿に変えました。彼は過去と現在をつなぐ人物であり、暗闇を表現する象徴的な人物としてハンブニの記憶の中をさまよう悪霊のような人物です。資料を読んだ時、慰安所で置屋をしていた人たちを、慰安婦の少女たちに“お父さん”と呼ばせていたと。その言葉が残忍だと感じられて、その配役をお父さんと名付けたのです」

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慰安婦のドキュメンタリー番組を制作するため、ハンブニと同行取材するホン・チャンヒョンPD(ソン・アンジン 写真右)と、女性学教授のソ・インギョン(ウ・ミファ 写真左端)

●ホンPDやパク・ジェサムなどは若干、悪役というか、女性の立場から見た批判的なキャラクターに描かれていたように思います。韓国人男性の意識を象徴したような存在かな? とも思いましたが、どのような意図があったのでしょうか?
「韓国人男性を象徴したわけではないですね。彼らは元慰安婦のおばあさんたちのためになる事をする、という目標はあるのですが、その過程で思わず口に出す言葉が、おばあさんたちをもう一度傷つけることになる、という事実を喚起する人物です。他人の心の傷に共感すること、そして具体的にそれを知り、慰めることは容易なことではない、ということを話したかったです。ホンPDとパク・ジェサムは良かれと思ってドキュメンタリーを作ったり、レンおばあさんの状況を韓国の関係者に情報提供しますが、それを実行する過程でおばあさんたちをひどく傷つける人物ですね。今の現代人の姿がそうではないかと、振り返ってみたかったんです。“女性対男性”として、その視覚の差を表したい意図はありませんでした」

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ハンブニの妹グマ(ミン・ギョンウン 写真中)は、小津山を慕い、結婚して日本に渡ることを夢見る

●観客や、俳優、関係者など公演を見た人たちからはどんな反応がありましたか?
「初日は客席からすすり泣きの声がたまに聞こえましたが、とても静かでしたので、あまりにもシリアスすぎる演劇なのかと心配しました。でも、カーテンコールの時、大きな拍手の音が聞こえて、心から感動してくださったんだなと、ありがたいと思いました。
上演5日目に、『慰安婦協商妥結』のニュースを聞いたのですが、それは被害者であるおばあさんたちを排除した協商だったので、俳優も関係者も観客もみな複雑な心境で『はなこ』を見ることになりました。おばあさんたちのためだと言いながら、当事者を排除して行った協商がおばあさんたちを再三傷つけているんだと思いました。観客もそのように思っていたのか、特に最後のハンブニの独白シーンが、さらに胸が痛くなり涙が出たそうです」

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ハンブニが日本に渡り、慰安婦だった当時のことを語りながら、日本兵に切り付けられた背中の傷を見せるラストシーンの独白は圧巻

●最後に『はなこ』を通じて、もっとも伝えたかったこと、このインタビューを読んでくださった日本の方々にメッセージがあればお願いいたします。
「劇中のソ・インギョン教授の仕事は慰安婦被害者のおばあさんの証言を採録することです。今回の演劇を準備しながら、私はこの戯曲や公演も、同じ意味での記録だと思いました。だからこそ客観的な視線を維持しようとかなり努力しました。『はなこ』の公演チームは、慰安婦という被害を受けたおばあさんの痛みや傷を『はなこ』という公演で記録しています。戦争という災いの前で私たちはみな被害者です。狂気に捕らわれた歳月のなかで加害者と被害者が作られるでしょう。誰も望まなかった歴史で、恥ずべき歴史でも記録しなければいけないと思います。加害者の役割を果たしたとしても、それを無理やり消して忘れようとしてはいけないでしょう。そうしないと不幸が繰り返されるからです。記録としてのこの公演『はなこ』を記憶していただけたらと思います。幸せになる権利を持って生まれた一人の人間としてコップニ、グマ(ハンブニの妹)、そしてハングミ(レンの韓国名)の傷を、どうかお忘れなく記憶していただけたらと思います」

hanako12【Profile】キム・ミンジョン(김민정 Kim Min-Joung )

1974年生まれ。檀国大学 人文科学大学 国語国文学 卒業(1997年)/韓国芸術総合学校 演劇院 芸術専門士 劇作専攻 卒業(M.F.A) (2004年)
2004年『家族のワルツ(가족의 왈츠)』 国立劇場 新作戯曲フェスティバルでデビュー

<代表作>
2004 『家族のワルツ(가족의 왈츠)』 国立劇場 新作戯曲フェスティバル 当選
2005 『十年後、(십년 후,)』 劇団小さな神話(작은 신화) 我々の演劇作り 当選
2006 『私、ここにいる!(나, 여기 있어!)』 ソウル演劇祭「戯曲よ飛び出せ!」公募 当選、ソウル演劇祭 公式参加作 当選
2007 『海にかかる霧(해무)』 2007韓国演劇ベスト7選定
2009 『海にかかる霧(해무)』 創作ファクトリー優秀作 選定
2009 『キルサンボン伝(길삼봉뎐)』 ソウル文化財団 公演芸術作品公募 創作支援事業 選定
2010 『君の左手(너의 왼손)』 南山芸術センター 現代史連作シリーズ公演
2011 『オイディプス(오이디푸스)』 国立劇団 再創団公演 脚色 / 演出 ハン・テスク
2013 『アンティゴネ(안티고네)』 国立劇団レパートリー公演 脚色 / 演出 ハン・テスク
2014 『家族ワルツ(가족 왈츠)』 ソウル演劇人大賞 劇作賞受賞
2014 『異血(이혈))
2014 『はなこ(하나코)』 創作産室台本公募 優秀作 当選
2015 『コサ(고사)』 第15回 二人芝居フェスティバル 戯曲賞受賞
2015 『はなこ(하나코)』 創作産室 優秀作製作支援 選定

※日本の劇団、公演関係者の方で『はなこ』の戯曲に興味をお持ちの方、および作品上演を検討したいという方は問合せフォームからご一報ください。

取材協力:イム・ヒョンヒ(Lim-AMC) 翻訳協力:イ・ホンイ

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[Special Interview]Vol.5 イ・ミョンヘン【前編】

[Special Interview]Vol.5 イ・ミョンヘン【前編】

 

 

lmh1韓国には“信じて見る俳優”(믿고 보는 배우)という表現があります。ファンや観客たちが俳優の演技に魅了され、信じてついていく……多くの役者が手にしたいこの称号を得た演技派俳優として、韓国演劇界で近年、真っ先に名前が挙がるのがイ・ミョンヘンさんです。
舞台でよく通る深みのある声、情熱的かつ豊かな表現力で、観客の心をつかんできた彼は、劇団「プレイファクトリー魔方陣(マバンジン)」の団員として活動してきたほか、『ヒストリーボーイズ』『プライド』など、さまざまな話題作で圧倒的な存在感を見せてきました。2015年は6作品に出演。さらにドラマ『六龍が飛ぶ』にもレギュラー出演中と、多忙な日々を送っている彼に現在主演中の演劇『蜘蛛女のキス』をはじめ、いろんなお話しを伺いました。

*     *     *

●イ・ミョンヘンさんというとエネルギッシュで男性的な役柄が多いイメージがあります。今回『蜘蛛女のキス』ではゲイのモリーナ役で、いつもと違う柔らかいイメージを見せていますね。出演に至る経緯を教えていただけますか?
「僕にとっては“俳優の財産”みたいな作品です。俳優になりたいという夢を育てる作品は人によって違うと思いますが、若いころに偶然映画版を見たんです。そのころはゲイや同性愛についての概念もよくわからずに見たのですが、ウィリアム・ハートという俳優が、男性なのに女性ぽく演じているのを見て“あ、これが俳優なんだな、俳優ってこういう風に変身するんだな”と。それから、俳優ならば一度こういう役をやらなきゃいけないんじゃないか? という思いが以前からあったと思います」

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『蜘蛛女のキス』公演写真より(左:バレンティン役 ソン・ヨンジン、右:モリーナ役 イ・ミョンヘン) ©AGA COMPANY

●ずっと心のなかで温めていたモリーナ役を演じてみていかがですか?
「幸い、魔方陣の『剣でマクベス(칼로막베스)』という作品で僕はレディマクベス役をやったことがあったんです。その経験があったので、女性的なキャラクターを演じることで大変なことはなかったです。だけどモリーナも、相手役のバレンティン役もトリプルキャストなので、相手役が変わると芝居の呼吸も変わりますから、それを合わせるのがちょっと大変ですね」

●私が拝見したときのバレンティン役はチョン・ムンソンさんでした。
「ムンソンさんは、感情的に深く入っていく感じがありますね。ソン・ヨンジンさんやキム・ソンホさんと演じるときは、また違う感じで感情を探っていくんですけど、ムンソンさんと演じるときは、普通よりも感情の深さを感じるので、とても新鮮だし面白いです」

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『蜘蛛女のキス』ポスター ©AGA COMPANY

●同じモリーナ役を演じているチェ・デフンさん、キム・ホヨンさんはご自身と比較してどんなキャラクターになっていますか?
「リハーサルでしか見てないので、はっきりとした違いはわかりませんけど、デフンさんは、役柄の解釈がちょっと違うので、全然違うモリーナです。僕とホヨンさんはそれほど解釈に大きな違いはないですけど、ホヨンさん自身がもともと綺麗だし、僕よりもはるかに女性らしい部分があると思います。僕はホヨンさんよりは男性的ですが、それが良いと言ってくださる方もいるんです。どうしたってモリーナは男ですし、自分もそれを分かっているので、たまに男性的な部分が見え隠れするのが、より人間ぽいとも言われました」

●『蜘蛛女のキス』に出演依頼が来たら、当初からモリーナ役と決めていたのですか?
「先ほどもお話ししたように、映画でウィリアム・ハートを見たときのイメージが強く残っていたので、最初にオファーをいただいたときもモリーナをやりたいと話しましたし、制作陣もモリーナ役を考えていたそうです。バレンティン役も上手くやれそうだけど? という話もありましたけどね。でも、実際作品をやってみて、モリーナはとても素敵で面白いキャラクターですが、バレンティンも何となく合いそうだと。もし、またこの作品に出演する機会があったら、バレンティンをやってみるのも面白そうだと思っています」

lmh7terminal『蜘蛛女のキス』と平行して、1月上旬まで劇団メンシアターによる『ターミナル(터미널)』というオムニバス演劇に出演していたミョンヘンさん。「牛(소)」という短編で彼は、家族のために身を粉にして働いて牛になり、家畜市場に売られてしまった父に次いで、ほぼ牛になりかけている長男役を、鳴き声や動きまで実にリアルに演じていました。

●「牛」はどういう作品か、教えていただけますか?
「韓国には“働きすぎると牛になる”という言い伝えがあります。この作品で僕は、働きすぎてすでに牛になった人なので、本当の牛のように演じます。振付の先生に牛の動きかたや特徴を教わったりして、人間じゃないキャラクターを演じるのが面白いです。韓国社会は残念ながらだんだん生活するのが大変になってきている状況ですが、大変な社会をどうやって生きぬくか、について隠喩している作品です。厳しい状態で働いても牛にならざるをえないような現実……いまの私たちの生活もこんな感じじゃないか? と。短編だからこそ観客の方々が考える部分が多い作品だったと思います」

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「カムサハンダコンサート」で歌を披露するイ・ミョンヘン ©HAN ENTERTAINMENT

また12月には、所属事務所「ハンエンターテインメント」主催で初開催されたミュージカルコンサート「カムサハンダコンサート」でMCとして出演。かなり照れながらも、ラテンの名曲「キサス・キサス・キサス」(Quizás, quizás, quizás)という曲を歌い、素敵な歌声も披露していました。

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親指の爪が思わぬ効果となった『蜘蛛女のキス』ポスター ©AGA COMPANY

●以前『ヒストリーボーイズ』の公演中に、ミュージカル俳優のトークショー「イヤギショー」に出演されたときに、ウクレレが趣味だとおっしゃっていましたね。
「はい、今もずっとやっています。(爪が長い親指を見せながら)本格的にやってるわけではないですが、爪が長いと演奏しやすいんです。『蜘蛛女のキス』のポスターでは、手を顔に当てているので爪が写っていて(笑)。ウクレレのために爪を伸ばしているんですけど、それが偶然、キャラにピッタリハマっているんですよ(笑)」

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演劇『ヒストリーボーイズ』(2014年)プレスコール写真より

●出演者たちとMT(懇親旅行)に行ったのに、ウクレレを弾きながらずっとひとりで歌を歌っていたと暴露されていましたが(笑)。
「あの時はほかの公演があって僕だけちょっと遅れて参加したんです。もうみんなすでに飲んだ後だったので、僕ひとりで一杯やりながら雰囲気に酔って歌ってたんです。そしたらうるさくて寝れないと言われ…(笑)」

●あの時に歌がお好きなんだな、と思いました。もともと“いい声”をお持ちですし。
「上手くないですけど、歌うのは好きですね。ミュージカルにも出演しましたけど、もっと練習しないと…(笑)」

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弘大のクラブで行われた「カムサハンダコンサート」の様子 ©HAN ENTERTAINMENT

キム・スヨン、アン・ユジン、キム・ギョンス、イム・ガンヒなど、実力派ミュージカル俳優たちも出演した「カムサハンダコンサート」は今後も不定期ながら継続的に行われる予定だそうです。イ・ミョンヘンさんの歌もまた聴けるかもしれませんので、みなさま要注目を。

⇒インタビュー後編では、俳優イ・ミョンヘンの誕生秘話などを伺います。

取材協力:ソン・ミミ(ハンエンターテインメント)/accompany cafe  撮影:パク・ジュンウン
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[Special Interview]Vol.5 イ・ミョンヘン【後編】

[Special Interview]Vol.5 イ・ミョンヘン【後編】

 

 

lmh1●過去のインタビュー記事をいくつか読んだのですが、俳優になろうと思ったのは高校時代だったそうですね。
「演劇部に入っていたんですよ。友達が演劇部に入るというので“やってみるか?”と。加えて、ちょうど担任の先生が演劇部の指導教諭だったんです。子供のころから内向的だったので、人前で何かやるというタイプではなかったのですが、本当に偶然に、演劇を始めたんです。それで大学でも演劇サークルに入ったし」

lmh2●まるで演劇という運命に引き寄せられたように見えます(笑)。いまではプレイファクトリー魔方陣の看板役者と呼んでも良い俳優になられましたが、魔方陣にはどうやって入団されたのですか?
「魔方陣はコ・ソンウン演出家が、2005年にすでに演出家と脚本家のみの劇団を作られていたんです。俳優は必要に応じてキャスティングして上演するというシステムでした。それで数年やって、演出家にはそれぞれにスタイルというのがあるじゃないですか? それを毎回毎回イチから俳優に教えてトレーニングさせるのが大変だったようです。それで劇団員を集めて自分のスタイルを教え、一緒に稽古すればだいぶ楽になると思われたようで、2007年に初めて団員を選抜するときに入ることができたんです。そのときに一緒に選ばれたのがホ・サン(호산)、チョ・ヨンギュ(조영규)、イ・ジョンフン(이정훈)、キム・ミョンギ(김명기)、ヤン・ヨンミ(양영미)で、いまも一緒にやっています」

●実は個人的にミョンヘンさんの演技を初めて見たのが2012年の『熱い海(뜨거운 바다)』(コ・ソンウン演出/つかこうへい原作『熱海殺人事件』)でした。「うわ~こんな凄い俳優がいたんだ!」と、あの時の強烈な印象はいまでも記憶に残っています。
「『熱い海』はコ・ソンウン演出家が、自分が知らない俳優を起用してみたいと公開オーディションがあったんです。男女合わせて500人くらいの俳優が参加して、3次オーディションまでありました。そのとき僕は新人刑事の熊田留吉役でオーディションを受けていたのですが、部長刑事の木村伝兵衛役に合う俳優がどうもいないと。そこで、“ちょっと木村役で台本を読んでみて”と言われて、その後キャスティングが決まりました。だけど、コ・ソンウンさんの演出だし、魔方陣だから起用されたと言われたりもしたんですけど、他の制作者もたくさんいらっしゃったうえでの決定でした」

2012年『熱い海』プレスコール映像(UPTV NAVER公式チャンネル映像より)

●では当初準備していた熊田役ではなく、木村伝兵衛役を演じてみてどうでしたか?
「つかこうへい先生が亡くなられた後に、韓国でもドキュメンタリー番組が放送されたんですよ。(2011年3月放送 MBCドキュスペシャル『つかこうへいとキム・ボンウン』)番組を見て、演じる俳優に合わせて台本を当て書きされるところとか、全体的に見てもつか先生の演出方式はコ・ソンウンさんと相通ずるところがあると思ったんです。演出家さん自身も、つか先生から学ぶところが多いとおっしゃっていました。
熊田から木村に役替わりしたからと言って、拒否感みたいなのはそれほどなかったですが、上演当時は30代半ばで、年配の役柄でしたから、大丈夫かな? と思いながらも、演出スタイルは分かっていたので助けになった部分もありました。ただ、アルコ芸術センターでは、劇場がとても大きすぎたので、ちょっと残念な部分もあったんです。演出家さんとも、韓国でまた上演できたらいいねと話しています」

●昨年は『ホンド』『鋼鉄王』と、魔方陣の10周年記念公演としてレパートリー作品が連続上演されていましたが、出演されなかったのが残念でした。今後も劇団活動は続けられるんですよね?
「もちろんです! コ・ソンウン演出家は外部作品に出演することに対して何もおっしゃらないですけど、僕は常に魔方陣の団員ですし、故郷だと考えています。畳みかけるように早くセリフを言ったり、ダダダッと動いたりするコ・ソンウンさん独特の演出スタイルは、初めてやる役者でも言われる通りやればとりあえず出来るんです。だけど、それを自分のものとして表現するのはまた違う問題だと思うんです。韓国芸術総合学校の大学院でリアリズムの演技を学んだのですが、それが高校課程だとすると、劇団で演出家にスタイルのある芝居を学んだことは大学課程だと考えています。僕自身が、とても表現力豊かになれて、たくさんのことを学べたので演出家さんには本当に感謝しています。僕自身も魔方陣の新作を期待しているところです」

●コ・ソンウン演出家に絶大な信頼を寄せていらっしゃるのが伝わってきます。
「演出家さんが僕をどう思っていらっしゃるかよく分かりませんが、最初はこの役、次はもう少し大きい役…と、僕を育ててくださったんです。特に『青い日に(푸르른 날에)』という作品は(制作会社が別にあるので)純粋な劇団の作品ではないですが、僕や劇団の俳優もみんな出演している作品ですし、(主人公のオ・ミンホ役という)いい役を与えてくださったし……有り難いと思っています」

●これまで出演したなかで一番、印象深いのもやはり魔方陣の作品でしょうか?
「僕にとって、『青い日に』は外せない作品だと思います。制作はシンシカンパニーですが、多くの人が魔方陣の作品だと思っているし、この作品を通じて多くの方がイ・ミョンヘンという俳優を知ってくださいましたから」

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『青い日に』2015年ポスターと公演写真 ©シンシカンパニー

ここで出てきた『青い日に』は、1980年5月18日に起きた光州民主化運動(光州事件)を題材にした作品。ミョンヘンさんは事件当時に夜間大学の教師だったオ・ミンホ役で出演。ミンホは事件の勃発で弟を亡くしたうえ盗聴容疑で拘束され、すさまじい拷問を受けたことから、精神に異常をきたし、恋人も人生もすべて棄てて仏門に入ってしまうのです。
物語は30年後、僧侶の魯山となったミンホが元恋人ジョンへに再会したことで、それまでの背景をたどっていくという形で描かれます。韓国人にとっては民主化のシンボルとなっている史実をベースにした本作は2011年に初演され、大きな共感と感動を呼び大ヒット。毎年5月に再演するたびに全公演のチケットが完売する人気を誇ったのですが、昨年で初演からのオリジナルメンバーの出演は終了すると発表されました。

『青い日に』2015年公演スポット映像(シンシカンパニー公式YouTubeより)

●『青い日に』でのミョンヘンさんの渾身の演技には本当に衝撃を受けました。特にミンホが拷問を受けるシーンでは水槽に頭を何度も突っ込まれていましたよね。演劇で“ここまでやるのか”と、驚きました。
「『青い日に』はとても幸せな作品でした。演出家、共演者、観客……とたくさんの愛をいただいたんです。周りの俳優たちはいつも僕に“大丈夫?”と気を遣ってくれたし、俳優として5年間、ひとつの作品に出演できたので俳優としての視野も広がったというか、学ぶことが非常に多かったです。取り調べのシーンで僕に拷問するのは先輩俳優だったのですが、公演中はずーっと心配してくれていたんです。実は水槽の水は、本当に冷たい水に頭を突っ込んだら意識が飛んでしまうので、最初はそれで何回かやったあと、温かい水に変えてもらって。水についても先輩が僕よりも真っ先に温度を確認してくれたりと気遣ってくださいました。もちろん、身体的には大変な作品でしたけどね」

●初演メンバーは昨年の公演で降板されたそうですが、公演自体は今後も続くのでしょうか?
「僕は俳優なので制作の部分はよく分からないのですが、たぶん初演からのチームがそのまま出演することはないと思います。2016年は公演を休んで、たぶん来年あたりにまた上演されるんじゃないか? と。でも正確なことは分からないです」

●そしていま、もっとも話題となっているのがSBSの時代劇『六龍が飛ぶ』ですね。ミョンヘンさんのキャラクターも好評です。
「僕が演じるチョ・ジュンは、実在の人物ですが、歴史上それほど有名な人物ではないですね。有名なのはチョン・ドジョン(鄭道伝)、イ・バンウォン(李芳遠、のちの朝鮮第3代国王・太宗)、イ・ソンゲ(李成桂、朝鮮を建国した太祖)などは、名前を聞けば誰もが知っていると思います。
チョン・ドジョンは庶子だったため身分が上がるのに限界があったんですが、それでも国を興したい思いをずっと持っていた人だったんです。ドラマは高麗から朝鮮に移行する時代が舞台になっていますが、そんななかでチョ・ジュンは革命家的な人物です。高麗の貴族出身で若いころから科挙に合格して官吏となった賢い人で、朝鮮開国の功臣となった人です。高麗は貴族たちが民の土地を奪っていましたが、土地制度を改革するのに力を尽くしたそうです。現代で言うならば、経済学者、経済部長官ですね。朝鮮の初代王となるイ・ソンゲの5番目の息子がユ・アインさんが演じるイ・バンウォンなんですが、バンウォンが朝鮮3番目の王となるときにも助力する人物です」


イ・ミョンヘンさんが初登場した第23話の映像(DAUM SBS公式チャンネルより)

●じゃあ、これからもどんどん出演シーンが増えそうなキャラクターですよね?(笑)
「(笑)そうなればいいなと、思いますけど、まだ台本が最後まで出ていないですからね。最初のほうではキム・ミョンミンさんが演じるチョン・ドジョンについているシーンが多いですけど、朝鮮が建国したら、イ・バンウォンのほうにつくことになると思います。史実上はそうなってますけど、ドラマはファクション(虚実混合)というか、完全に歴史をなぞっているわけではないですから、僕のキャラクターがどうなるかは分からないですね」

●2013年にJTBCで放送された『世界の終わり』というドラマにちょっと出演されていたのを見たことがあるんですが、それ以降はドラマ出演はなかったのですか?
「そうですね、最近だと『マドンナ』という映画に出演しました。ずっと演劇に出演しているので、わざわざ自分から制作者などを訪ねてドラマや映画に出ることはなかったです。『世界の終わり』も『六龍が飛ぶ』もそうでしたが、ドラマのディレクターが舞台を見にいらして、運よく呼んでいただいたケースなので……。これからも『六龍が飛ぶ』みたいに、ディレクターや脚本家の方に気に入っていただければ積極的に出演していきたいと思います。だからと言って演劇に出なくなるというようなことは考えたこともないですね」

●ここ数年はほとんど休みなく舞台に出演されていますよね。2016年の出演作も決まっているものがありますか?
「6月まではもうスケジュールが埋まっています。3月に『報道の指針(보도지침)』という作品に出演が決まっていて、そのあと国立劇団でチェーホフの『かもめ(갈매기)』に出演する予定です」

*     *     *

インタビューを終えたあと、スタジオジブリのアニメが大好きで、「日本に行ってみたい!」と言っていたミョンヘンさん。日本の舞台にも立ってみたいとも話していたので、夢が叶うといいなと思います。日本の観客にも会ってみたいそうですので、韓国まで彼が出演する演劇を見にいらした方は終演後に声をかければきっと喜んでくれると思います。
これからは舞台のみならず、ドラマ、映画とさらに活動の幅が広がるのは間違いなし。今後の活躍に期待しましょう!

 

lmh3【Profile】イ・ミョンヘン(이명행 Lee Myeong-Haeng)

1976年3月30日生まれ。韓国芸術総合学校演劇院卒。いま韓国演劇界で最も注目を浴びるコ・ソンウン演出家が2006年に立ち上げた劇団「プレイファクトリー魔方陣(マバンジン)극공작소 마방진」創立メンバーの一人。『鋼鉄王(강철왕)』『剣でマクベス(칼로막베스)』『リア外伝(리어외전)』『バイソンの月(들소의 달)』などの魔方陣作品に出演したほか、『プライド(프라이드)』『ヒストリーボーイズ(히스토리 보이즈)』『ステディ・レイン(스테디 레인)』『晩秋(만추)』など、近年話題となった外部作品にも多数出演。そのほか、『お熱いのがお好き(뜨거운 것이 좋아)』(2007)、『小さな池(작은 연못)』(2010)『萬神(만신)』(2013)、『マドンナ(마돈나)』(2014)、などの映画にも出演している。SBSの大ヒット時代劇『六龍が飛ぶ(육룡이 나르샤)』では、革命派のチョ・ジュン(趙浚)役でレギュラー出演中。(2月27日からKNTVで放送開始予定)
⇒公式サイト

lmh10sign【PRESENT】演劇『ターミナル』パンフレット&メッセージカードを1名様に
サイン入りのパンフレットを、日本のファンに向けてミョンヘンさんが書いてくださったメッセージとともにプレゼントします。
ご希望の方は ⇒こちら の問合せフォームのタイトルに、「イ・ミョンヘン プレゼント希望」とお書きのうえ、本文にはお名前/ご住所/お電話番号/メールアドレス を必ず記入して送信をお願い致します。(当選者には後日メールにてご連絡致します)

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取材協力:ソン・ミミ(ハンエンターテインメント)/accompany cafe  撮影:パク・ジュンウン
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[SPECIAL INTERVIEW]Vol.4 チョ・サンウン<前編>

[SPECIAL INTERVIEW]Vol.4 チョ・サンウン<前編>

 

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2012年~13年に初の韓国キャスト版を上演した『レ・ミゼラブル』のマリウスを演じて、一躍ライジングスターとなったチョ・サンウンさん。日本のミュージカルファンには劇団四季で活躍していた三雲肇(みくもはじめ)さんとしておなじみの若き実力派俳優です。
丸1年シングルキャストでマリウス役を演じきったあとは、昨年『ウィキッド』で、緑の魔女エルファバと恋に堕ちるフィエロ役で新たな魅力を披露。世界にその名を轟かせる2大ライセンスミュージカルのロングラン出演を経て、次に彼が出演を決めたのは意外にも大学路の中劇場で上演する岩井俊二監督の同名映画を舞台化した『ラブレター』でした。劇中では持ち前の透明感溢れる歌声を聞かせ、ヒロインの初恋の人となる高校生、藤井樹(ふじいいつき)を好演しています。
日本とは何かと縁が深い彼に一度お話を伺ってみたいと思っていたのですが、待望のインタビューが実現。取材は全編日本語で答えてくれました。

*      *      *

8L6B8366●『レ・ミゼラブル』『ウィキッド』と大劇場のライセンスミュージカルにメインキャストで出演された後に『ラブレター』に出演されると知ったときは正直驚きました。てっきり次も大劇場作品だと思っていたので(笑)。
「大学路の作品に出るのは今回が初めてですけど、自分は大劇場とか小劇場作品だとか、ぜんぜん関係ないんです。ミュージカルだけじゃなくて、演劇もチャンスがあったら絶対やりたいし、自分は基本的に俳優ですから、俳優として演技をすることはすべてやってみたいです。実際に友達や周りの人たちにも“今度は大劇場じゃないの?”と言われたりもしましたけど、そういう時は“関係ないよ”って。“主役とかそういう役(の大きさ)も関係ないよ”って言ってたんです」

●サンウンさんご自身は映画『ラブレター』に愛着があったりしたんですか?
韓国では、例えばテレビのお笑い番組なんかで「オゲンキデスカ~!」って言えば、“『ラブレター』の真似をしている”っていうのがみんな分かるくらい知られていますよね?
「韓国で公開されたのは1995年ですから、僕はまだ小学生くらい? なので大学時代に遅れて見たんですけども、だいぶ昔なのであまり記憶にはなかったです。出演を決めたのは、『ラブレター』の音楽監督さんが去年『ウィキッド』を見にいらしたときに“あなたに似合う役があるよ”と言われたんです。それと、演出家のビョン・チョンジュさんと個人的に一度仕事をしてみたかったんです。去年『私に会いに来て(날 보러와요)』という演劇を見て、良い作品だなと思って。自分はずっと外国の演出家と一緒にやってきて、やっぱり一度韓国の演出家と仕事をしてみたいな、と思っていたので、それが大きかったです。あとは今回が韓国初演だし、原作映画や台本にも力がありました。やっぱりいくら俳優が頑張っても、作品に力がないと駄目だというのは、劇団四季時代に浅利(慶太)先生から学んだことです。“舞台は台本が大事。そしてミュージカルだから音楽も大事だよ”っていうのを自分も“その通りだ”とずっと思ってきましたから」

●稽古に入ってからはどうでしたか? 大劇場ミュージカルと違う部分はありましたか?
「システムですか? うーん、システム的な部分は違うところもありますけど、稽古は同じ人間が演ることですから、そんなに違いはないですね。むしろもっと家族的な雰囲気ですごく良い部分がたくさんありました。(秋葉役の)パク・ホサンさんは、もう20年近くいろんな作品に出ている方じゃないですか? そのホサンさんが“今回の稽古場の雰囲気が一番良い”って、他の俳優さんやスタッフさんもみんな良いって言ってるんです。もちろん僕も良いなとは感じていたんですけど、それほどまでに良いとは予想してなかったです。みんな優しいし、お互い助け合いながらやっています」

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寡黙なイケメンでクラスの女子にモテモテの樹

●サンウンさんが演じている藤井樹は、不愛想でツンとした感じのミステリアスなイメージがありましたが……。
「あ、そうですか? 僕は普段は優しいですよ(笑)」

(笑)。はい、もちろん知っていますが(笑)。普段はこうしてとても優しい雰囲気なのに、樹のキャラクターはまったく逆のイメージですよね? 演じてみていかがでしたか?
「映画でも樹はあまり出てこないし、喋らないじゃないですか? だから喋れば喋るほどマイナスになるキャラクターだと思うんですけど、セリフがあって、ミュージカルだから歌も歌わなきゃいけないので、とにかく台本を読んで、この子はどんな性格かな? とか考えながらビョン演出家と一緒に作っていった感じです。でもこれで終わりじゃなくて、いまも上演しながら少しずつ変えているというよりは、感じたことをそのまま素直に表現する、もっと深く考えてみよう、と毎回やっています。それが自分でもとても面白いです」

●いち観客としては、折角サンウンさんが出演しているのに、登場するシーンも歌うシーンもあまり多くないので、それがちょっと残念でした。
「でも逆に『レミゼ』とか『ウィキッド』をずっと見てくれていた人も、“今回が一番良い。良く似合ってる”と言ってくれる人もいるんです。自分で言うのはヘンかもしれないけど、樹は神秘性もあるし、最初から最後まで全体的に藤井樹にまつわる話じゃないですか? それがとても観客の心に残るみたいです。正直、最初は色々と心配もあったんですけど、結果的には良い作品になって、評判も良いのでそれが一番うれしいです。大学路でいま上演している作品のなかで『ラブレター』が一番良いんじゃないかなと思います」

●舞台を拝見したときに、実は『バンジージャンプする』を思い出したんですよ。
「はい、そういう話も良く聞きます。原作も同じく映画ですし、雰囲気も音楽も近いものがありますよね」

8L6B8478●ダブルキャストで樹役を演じているのはカン・ギドゥンさんですね。2人はまったく違う雰囲気をお持ちですが、サンウンさんが独自の樹を表現するために、何か努力された部分はありますか?
「基本的には台本にのっとって演じていますけど、同じ表現をしても演じる人間が違うから、自然と違った魅力が出てくると思います。稽古場で見ていてもギドゥンさんはとても魅力的だし、彼はミュージカルはほぼ初めてだけど、元々演劇はたくさんやっていた人なので演技も上手いし、すごく良い俳優です。稽古のときも2人で助け合いながら、ひとつの役を創っていったという感じです」

●樹が歌うパートで、一番好きな曲はどの場面の曲ですか?
「自分がやっぱり好きなのは『ひと目惚れという言葉(첫눈에 반한다는말)』(⇒プレスコール公式映像で、大人になってからの姿で歌う曲が一番好きです。歌詞が好きなのは(樹が桜の木の下で歌う)『サクラ(벚꽃)』(⇒稽古風景公式映像です。曲の歌詞に深い意味があるんです」

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「サクラ」を歌うシーンでのサンウンさん

●チョ・サンウン演じる藤井樹の魅力、見どころを紹介するとすれば?
「自分ですか? いや~、う~~ん(笑)」

●個人的には、サンウンさん、とても学生服が似合っていると思いました(笑)。
「あ~(笑)、似合ってますか!? 最近は学生の雰囲気を出すために、髪もこういう風に切ったりして(笑)。似合っていると言ってくださってありがとうございます(笑)。本当は31歳なのに…」

●31歳で学生服がこんなに似合う人はいないのでは? と(笑)。
「もう、これが最後です(笑)。もう学生服は見られないかもしれないです(笑)」

●大学路で上演している作品は学生が主人公のものが結構多いですけど、もしオファーが来たらどうしますか?
「それは……作品が良かったら、出ますけど。でも『ラブレター』ほど制服が似合う作品は他にないんじゃないかな? ははは(笑)」

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詰襟が似合いすぎる驚異の31歳(笑)。写真右がカン・ギドゥンさん

⇒インタビュー後編 では、俳優チョ・サンウン誕生秘話に迫ります。

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[SPECIAL INTERVIEW]Vol.4 チョ・サンウン<後編>

[SPECIAL INTERVIEW]Vol.4 チョ・サンウン<後編>

 

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●韓劇.comの読者のなかには、サンウンさんが劇団四季で活動されていた時代をご存知ない方も結構いらっしゃるようなので、後半はこれまでの経歴についてお伺いしたいと思うんですが……。
釜山出身ですよね? そもそも俳優を志したきっかけは何でしたか?

「小さいときからドラマとかを見て、ずっと“俳優になりたいな”と思っていたんです。自分は他の夢を持ったことがないです。だからやらなきゃいけないんです。これしか出来ないんで」

8L6B8343●俳優になれれば、映画でもドラマでも何でも良かった?(笑)
「はい。最初は。でも、もともと歌うことも好きだったんです。高校の時には合唱団で活動したりもしました。それから大学に入ったんですけども、演技もやれる、歌も歌える、踊りも踊れるのはミュージカルじゃないか、と気づいて。そのころちょうど、2004年に初演したチョ・スンウさんの『ジキル&ハイド』を見て、自分も演りたいなと思ってからは、僕のアンテナが全部ミュージカルのほうに向いたんです」

●釜山で通っていた大学(慶星大学)にはミュージカルを学ぶ環境があったんですか?
「大学は演劇映画科で演技しか学べなかったので、歌とかは個人レッスンを受けたり、作品を観たりして自分で勉強していました」

●ミュージカルを始めたのは劇団四季の『ライオンキング』が最初になるんですよね?
「はい、そうですね。2006年に“韓国初演の『ライオンキング』のオーディションがあるよ、というのを友達から聞いて。その友達は先に劇団四季に入っていたんですけども、『ライオンキング』を見たときにシンバが出てきたら“あれ? これサンウンがやったらピッタリの役じゃない?”と思ったらしくて、連絡してくれたんです。でも僕はまだ学生だったし、準備が出来ていないと思ったんだけど、友達が“一応、受けてみて”って言うから、“よし、じゃぁわかった。受けてみるよ”って、シャーロッテ劇場でオーディションを受けたんです。そうしたら浅利(慶太)先生が、“あ、シンバだ”って言ってくださって、オーディションに合格したんです」

●へぇぇぇ! 最初からそれは凄い! あの浅利先生から。
「でも、劇団四季のシステムがありますから、アンサンブルから始めて、その後でシンバを演ったんです」

●アンサンブルとして合格したときはパク・ウンテさんなどと一緒だったんですよね?
「ウンテさんと僕がサイの前足と後足担当だったんです」

●それは今考えると豪華すぎるサイですね!(笑) ほかにアンサンブルに合格して、いま活躍している俳優はどんな方がいらっしゃいますか?
「当時は無名だったけど、いまはみんな有名になられましたね。パク・ウンテさんもそうだし、キム・ジュンヒョンさんも一緒でしたし、チャ・ジヨンさん、カン・テウルさんなど、いろんな俳優がいました」

8L6B8414●それからシンバ役を演じるようになったのは?
「2007年の初めからですね。それからその年の11月に『ライオンキング』の上演が終わって、まだ若かったから劇団四季の良いシステムの中で学びたいな、と思って、オーディションを受けて日本の劇団四季に入ったんです」

●その時はすでに日本語を話せていたんですか?
「いえ。日本に行って、イチから勉強しました。『ライオンキング』でシンバ役を半年くらいやりながら。動線や歌は韓国でずっとやっていたので分かってましたから、最初はとにかく日本語のセリフだけを覚えて、出演しながら日本語の勉強をやっていったんです」

●そして、2009年日本初演の『春のめざめ(スプリング・アウェイクニング)』に、韓国版ではチョ・ジョンソクさんなどが演じた、モリッツ役で出演されたんですね。
「実は『春のめざめ』のオーディションのときに、ブロードウェイから演出家さんもいらしたんですけど、その演出家さんはもちろん日本語が分からないじゃないですか? 僕が日本人か韓国人かなんて分からないはずだから、逆にそれは僕にとってチャンスだ。と思って、自分が持っているパッションを全部お見せしたんです。本当は候補の3番目か4番目くらいだったんですけど、演出家さんが“モリッツはサンウンに演ってほしい”と、おっしゃったらしくて、出演が決まったんです。それからはさらに頑張って日本語も勉強もしたし、役の研究もしたりと一生懸命勉強しましたね」

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『ウィキッド』では、りりしいフィエロ役で観客を魅了!(2013年11月 『ウィキッド』プレスコールより)

●その後で『コーラスライン』や『キャッツ』にも出演されたそうですが、劇団を辞めたのはいつごろでしたか?
「2012年の3月です。大きな地震があったじゃないですか? そのころは『ライオンキング』に出演してたんですけど、両親が心配したのもあって韓国に帰ってきたら、ちょうど『レ・ミゼラブル』の初演が決まっていて。まだマリウス役に合格した人がいないというのを聞いて、オーディションを受けてみないか、と誘われたんです」

●それで1年間マリウスを演じられて、『ウィキッド』のフィエロまで、と華々しい経歴が続いたわけですね。『レミゼ』も『ウィキッド』も日本でとても人気がある作品ですし、これから日本でも活動したいとは思いませんか?
「はい。日本のミュージカルに出演してみたいと僕も思っています。日本でコンサートがあるんですけど(※2月1日に終了)、これをきっかけに日本でコンサートなども、もっと出来たらいいなと思っています」

 

●日本語がお上手ですから、いまこのまま日本に行かれても、すぐ舞台に立てると思いますよ。
「いやいや、日本語はまだまだ勉強しなきゃいけないですけど、機会があったら日本の舞台にも立ちたいですね」

*      *      *

終始柔らかな笑顔が印象的だったサンウンさん。取材時には、次の出演作はまだ決めていないとのお話でしたが、彼ほどの実力があれば、いろんな作品から引く手あまたでしょう。そして最後にお話くださった、日本の舞台に立つ日もそう遠くはないかもしれません。

サンウンさんが『レ・ミゼラブル』に出演中の2013年、ミュージカル俳優のトークショー「イヤギショー」に出演されたのを見たときに、今でも忘れられないエピソードがあります。サンウンさんは『レミゼ』の稽古中、毎日毎日誰よりも早く稽古場に来て、ウォーミングアップや発声練習をしていたんだそうです。「稽古場に来ると、まずサンウンさんの声を聴くことになる」と共演者たちは冗談めかして話していましたが、こうして見えないところで人一倍の努力をしている人だからこそ、当時韓国ではほぼ無名だったにもかかわらず、マリウス役を射止めることができたんだな、と感心しました。
韓国のみならず日本でも……と、無限の可能性を秘めたサンウンさん。さらなるご活躍を期待しつつ、これからも応援していきたいと思っています。

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[SPECIAL INTERVIEW]イ・ジュニク監督

[SPECIAL INTERVIEW]イ・ジュニク監督

 

ljititle1自分はいつまでも映画職人。

イ・ジュンギが大ブレイクするきっかけとなった『王の男』(2005年)が観客動員数1200万人を超え、その後も多くのヒット作品を世に送り出しているイ・ジュニク監督。また『アナーキスト』や『恐怖タクシー』(ともに2000年)といった韓国映画の名作を手がけ、海外の秀作を輸入配給など映画会社シネワールド代表としての顔を持つ。しかしながら、自分は映画監督になるつもりは毛頭なかったとおっしゃいます。何ゆえ彼が映画を撮り続けているのでしょうか? 映画界入門から、青龍映画賞作品賞、脚本賞をはじめ多くの映画賞を受賞した最新作『ソウォン/願い』まで、映画作りに取り組む姿勢についてうかがいました。

写真・取材・文_土田真樹

●初監督作品は『キッドコップ』(1993年)という子供が悪党を懲らしめる作品でしたね。
「大学を中退して職を転々としていたのですが、いい給料をもらえるのがソウル劇場の宣伝部の仕事だったんです。すぐに宣伝部長という肩書きをもらったのですが、スタッフは私ひとりでしたから、映画館のポスターのデザインをしたり、宣伝用のチラシを配ったり、営業にもでかけたりとひとりで何でもやりました。宣伝活動をやる中で映画監督と打ち合わせをすることもあったのですが、話をするうちに自分でもやれるのではないかという妙な自信が頭をもたげてきたのです。そこで撮ったのが『キッドコップ』だったのですが、興行結果は惨たんたるものでした。映画監督なんてもうやるものかと監督引退宣言をしました。映画監督デビュー作が引退作になったわけです(笑)」

●その後は映画会社・シネワールド代表としてプロデューサーとして活躍されていたわけですが、引退宣言10年目にして『黄山ヶ原(ファンサンボル)』(2003年・未)にて復帰されます。
「元々は私が監督するつもりはなかったのです。10人の監督にオファーを出したのですが、10人全員に断られてしまいました。シナリオもあるし予算もついている。私が監督経験があるということで、代打として監督を買って出たのですが、これがヒットしたのです。ならばもう一本撮るかと作った『王の男』が観客動員数1000万人を超える大ヒットとなった。それ以来、メインの活動を映画監督に置き、現在に至るというところです」

●ご自信で企画・シナリオ・プロデュースも手がけマルチな才能を発揮なさっていますが、アイデアはどこから?
「私の周りには優秀なスタッフがいます。彼らと一緒に、ときには会議室で、ときには飲み屋でアイデアを出し合うのですが、その中に「これは売れる!」とピンと来るものがあればすぐにシナリオ執筆にかかります。これまで手がけた作品もそのようにして生まれてきました。もう勢いで映画を作っているようなものです(笑)」

●シナリオを書いてから俳優にオファーを出すわけですが、キャスティングの秘策があるとか。
「シナリオを誰に渡して出演オファーを出すかが重要なのですが、オファーを出す俳優に合わせてシナリオをどんどん変えていきます。納得して出演してもらうのが大切なのはもちろんですが、俳優の魅力を最大限引き出すのも監督の役目です。出演を断られ別の俳優にオファーを出すときは、シナリオの書き換えを行う。シナリオはあくまでも叩き台であり、撮影現場で変えていくこともしばしばです」

lji2●最新作は『ソウォン/願い』ですが、この映画を撮ろうと思ったきっかけは?
「このシナリオは私が書いたのではなく、ロッテエンターテイメントから監督のオファーをもらったものです。未成年の性犯罪を描いた映画はこれまでも作られてきましたが、ほとんど加害者目線で作られている。あるいは復讐劇として作られてきたわけで、被害者の立場から描かれることはほとんどありませんでした。性犯罪の被害者は心に傷を負いながらも生きていかねばならない。人は誰でも幸せになる権利がある。そのような願いを込めて映画を撮りました。
ところで、今回は用意されたシナリオ、製作は自分の会社ではなく他の会社。私は監督だけ担当したのですが、全て自分でやっていたときよりも楽でしたね。これからは監督だけに専念しようと思います(笑)」

●韓国内では『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)など社会問題に発展した映画もあります。『ソウォン/願い』の反応はいかがでしたか?
「韓国では12歳未満の少女が被害者となる性犯罪が一日に約3件起こっています。3件というのも警察に届けられた件数だけですから、実際はもっとたくさんあるでしょう。大事なことは、被害者にいかに接するかということです。この映画の監督オファーを受けたのも、性犯罪という素材ではなく、このようなテーマに共感したからです。
フランスで上映したときは観客から拍手喝采で迎えられました。観客との対話では、「この映画をフランスの国営放送のゴールデンタイムに放送すべきだ」という評価をいただきました。韓国ではR12で劇場公開されたのですが、多く中学校が団体で見に来て生徒たちに見せ手感想文を書かせたそうです。性犯罪被害者は自分から事件を語ることはなく、また事件被害を隠して生きていくケースがほとんどです。事件そのものを考えることも大切ですが、被害者たちを見守る目というのもまた大切だと思います」

●父親役をソル・ギョング、母親役をオム・ジウォンが演じていますが。
「ソル・ギョングがこの映画に出演を決めたのは『ペパーミント・キャンディー』や『オアシス』などへの郷愁があったとのことでした。シナリオを読むと自分がこれまで感じていた渇望を思い切りぶつけることができる役なので出演を決めたと後に語っています。このような役への渇望があったので、この映画で表現したのでしょう。オム・ジウォンはソル・ギョングが推薦したのです。
オム・ジウォンは、撮影当時は未婚なのに母親役だし、ファッションリーダーなのにアジュマスタイルの衣装を着て恰幅よくするなど、これまでオム・ジウォンっという女優が持つイメージを自ら壊してくれました。女優がダイエットすることはあっても、その逆はほとんどありません。しかも妊娠5カ月の設定ですから脇腹の肉を付けるのも大変でした」

●ソル・ギョング演じる父親が人形の着ぐるみに入ったりと努力するのが印象的でした。
「イ・チャンドン監督の映画『シークレット・サンシャイン』(2007年)と比較されることがあるのですが、主人公の母親がひとりで苦しみを内に抱えることに対して、『ソウォン/願い』の父親は苦しみを抱えるのでなく、いかにして家族に笑顔を取り戻すかと肯定的な生き方を実践していきます。
この映画を撮り終わってから、ティム・バートン監督の『ビッグ・フィシュ』をしばしば思い出します。主人公は子供のころ、父親の話を信じていたのですが、大人になってからそれがホラ話だったことを知ります。ちょうど子供がサンタクロースは実在しないと気づかされるのと似ているかもしれません。 ロベルト・ベニーニ監督・主演の『ライフ・イズ・ビューティフル』では父親がガス室に送られる瞬間まで、これは遊びだと子供を楽しませます。父親というのは子供にとってファンタジーを与える存在なのです。ですから、ソル・ギョングが着ぐるみに入って娘を喜ばせるのは当然の行為だといえるでしょう。笑っている瞬間だけは苦痛から開放されるのですから」

●最後に監督にとって映画作りのモットーについてお聞かせください。
「私は映画学校で映画を学んでいませんし、映画少年だったわけではありません。気がついたら映画監督になっていたのです。映画を作るスタンスは、宣伝用ポスターを作っている頃となんら変わりません。映画の持つメッセージを伝えることは同じ 映画を作るスタンスは、宣伝用ポスターを作っている頃となんら変わりません。ただ監督となった今、観客に講釈を垂れるよりも、素直にシナリオの持つメッセージを伝える媒介でありたいと思っています」

 

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イ・ジュニク監督と筆者

<インタビュー後記>
イ・ジュニク監督は猿だと思う。監督との付き合いは『アナーキスト』の頃からだから、かれこれ15年近くなる。初めてお会いした頃は、口数が多くて落ち着きのない人だという印象だったが、それは今も変わらない(笑)。お調子者で、「そうだ、そうとも!」が口癖である。そうして、皆からよいアイデアを引き出して映画という完成形に持っていく。
猿であるがゆえに、彼の作る作品も猿真似であるといえる。もちろんこれはよい意味である。人の感動の形というのは喜怒哀楽であり、それは意外と単純なものであると言える。映画というのは観客の喜怒哀楽の琴線にいかにして触れ感動に持っていくかだ。商業映画監督の至上は多くの映画の感動であり、イ・ジュニクは過去の作品の真似をしながら自分のノウハウへと再創作していく職人監督なのだ。

『ソウォン/願い』
監督:イ・ジュニク
出演:ソル・ギョング、オム・ジウォン、キム・へスク、イ・レほか
8月9日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
⇒日本公式サイト


[SPECIAL INTERVIEW]イ・ソクジュン<前編>

[SPECIAL INTERVIEW]イ・ソクジュン<前編>

 

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いま目覚ましい急成長を遂げている韓国ミュージカル界を俳優としてのみならず“トークショーのMC(司会)”として長年支えている人がいます。その名はイ・ソクジュン。彼は常に舞台の第一線で活躍する俳優でありながら、ミュージカル俳優や制作陣をゲストに迎えるトークショー「ミュージカル イヤギショー イ・ソクジュンと共に」⇒公式サイト(以下、「イヤギショー」)で2004年から司会を務めています。どんなゲストを迎えても俳優の魅力を引き出せる抜群の話術で毎回楽しいショーに仕上げ、観客を楽しませてくれているソクジュンさん。もはやライフワークになっている「イヤギショー」の10周年記念公演を前に、10年間の裏話を伺いました。

 ※イヤギ(이야기)とは、韓国語でお話、物語のこと。イヤギショー=トークショーの意。

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●「イヤギショー」はいま2011年から再開したシーズン2を現在公演中ですが、2004年にシーズン1を始めた当初はこうして10年も続くと思っていらっしゃいましたか?
「いいえ。シーズン1のときはただ100回やろうと言って始めたんです。当時はミュージカル俳優が100人くらいにはなるだろうと、そして彼らを好きなファンたちが100人はいるだろうと考えたんです。1回当たり100人ずつ参加した観客が、1人の俳優につき100人ずつファンになっていけば100回は行けるだろうと。しかも毎週やってたから、1年で50回公演なので2年目に終わると思ったんです。でもシーズン1を100回やるのは容易ではなかったですね。僕がちょっと勘違いしていたのは、ファンの方たちはいろんな俳優を好きだろうと、そして仕事がある月曜日の夜でも俳優を見に来る人が100名を超える、と。でもミュージカル俳優のトークショーを100人以上の観客が見に来るには、普段の公演で1000人以上の観客を呼べるくらいの影響力を持っていれば可能なことだったんです。だけどそんな俳優はあまりいなかった。もっとたくさんいるかと思ってたけど、それで赤字になってしまって、あ~(考え方を)間違ってたようだ、と」

●最初に劇場はどこで?
「僕がワイフ(女優チュ・サンミ)とよくデートしてた建物があって(笑)。弘大(ホンデ)にお義父さん(演劇俳優・故チュ・ソンウン)の名前をつけた“テアトル チュ”という100席くらいの劇場があったんです。トークショーをやるにはちょうど良い環境で、こういうトークショーをやってみたらどうか? という話がどこからともなく出てきたときに、あ、ここでやりたい、と思ったんです。正直、自分の利益よりも僕が好きな人たちを紹介したいという気持ちのほうが強かったんですよ。僕はファンの子たちも好きだし、(俳優とファンに)格差をつけるのは好きじゃないから、区別なく俳優たちと話をしたいのに難しいって言ってるのを聞いて、じゃぁ僕が代わりに訊けるじゃん、くらいの感じで始めたんです」

lsj3●とはいえ、それまでMCというのはやったことがあったんですか?
「1回だけ。『若きウェルテルの悩み』をクリスマスのときに公演ではなく、コンサートをやったんですよ。企画するときに僕がいちばん年上だったから『俺がMCやるよ』って感じで司会をしたんだけど、す~ごく反応が良かったんです。自分が芝居で拍手されるのは照れ臭いのに、誰かを注目させて拍手をもらうのはすごく気分が良かったんですよね」

●今でこそミュージカル俳優のトークショーは増えましたけど、当時は全くなかったですよね?
「全世界。世界初ですよ。でも僕はよく分からなかったんだけど、ある評論家の先生が世界でもこんなミュージカルのトークショーはないよって言われて、『あ、そうか』って。なぜなら他の国のミュージカルは作品が中心になるけど、韓国は俳優のインフラがすごく良い国だから俳優の力がいつも中心になる――それで他の国ではやろうとしてなかった俳優たちとファンが一緒に過ごす時間を作りたかったんです」

●初回はどうやって準備されたんでしょうか? 韓国ではファンクラブの会員がファンミーティングやイベントを本格的に実施したりしますが、そんな感じですか?
「アマチュアリズムでしたよ。最初はそういうファンミーティングみたいな感じもあったのは確かです。でもファンミーティングは俳優が話したいことを話して歌を歌って、質疑応答があって、みたいな感じだけど、それとは違ってミュージカル俳優は自分の話をする機会があまりないから、生まれた時から今までの話をしよう、と。子供の時の写真を持ってきてもらって観客に写真を見せながら、なぜ、どうやってミュージカルを始めたのか? 失敗したことあるか、など観客たちが知りたいエピソードを訊いたんです。ほとんど全部公開するレベルで(笑)。もともと僕の同僚たちだし、僕が知ってることも多いからお互いけなし合いながら話したりしてましたね」

●シーズン1の第1回ゲストはやはり、「イヤギショー」で毎回名前が登場するお友達のイ・ゴンミョンさんたちだったんですね。
「1回目は最初だし、どうやってやったらいいか分からなかったから、僕が一番信頼のおける人たちに頼んだんです。ゲストの3人はソウル芸術大学91学番の同期で、ゴンミョンさんは知ってると思うけど、いまファン・ヒョンジョンさんはシンシカンパニーで振付家やってるし、アン・ソンジンさんは劇作家です。でも当時は有名な俳優だったんですよ。大学時代からいつも4人でつるんでたから、学生時代の話やアンサンブルの話だけでも充分面白かったから子供のころの話なんかは全部飛ばしたほどでした」

●お話を伺っていると内容はいまやっているスタイルとほとんど変わってないんですね。
「うん、変える必要もないでしょう。俳優が舞台に立って繰り広げる話は無尽蔵にありますよ。そこで、どんな話を組み合わせるかが、僕らにとっての肝でしょう。シーズン1では有名な俳優を呼んで人物にフォーカスしていたとしたら、シーズン2では作品と、作品に関わった俳優やスタッフ、新人俳優も含めて話を訊いています」

lsj5●それと毎回、公演の収益金は難病の子供たちを救うためのチャリティーにされているのが凄いなと思います。
「当初は制作費くらいを捻出できればいいなと思っていました。お金を儲けようなどとは思ってなかったけどシーズン1のときは50回くらいやったところで制作費が何千万ウォンかの赤字になりました。それで俳優に重きを置いてはダメだ、と考え直して、紹介したい作品の俳優たちが何人か出演すれば有名な俳優じゃなくても観客が飽きずに進行できるだろうと、毎週から隔週公演に変えて、回ごとに内容を企画・制作するスタイルに変えていったんです。すると「イヤギショー」が面白いと言われはじめ、固定ファンがついてきたんです。興収も上がっていって、100回に至るときには1000万ウォンくらい余った。本来は僕たちが自由に使っていいわけだけど、金儲けで始めたことじゃないからみんなで分けるかチャリティーにするか、と相談して『美しい財団』というところに寄付することにしたんです。それを観客も俳優もいいね、と言ってくれたのでシーズン1を終えるときに観客に約束したんです。実はすごくしんどかったからシーズン2をやる予定はなかったんだけど、万が一戻ってきたら観客の皆さんからいただいたお金を支援に使える環境を作ります、と。でもその後、シーズン2をやってほしいという話が3年を過ぎても聞こえてくるんです。最後に僕の心を動かしたのは、厳しい環境にいる人たちを俳優と観客が一緒になって助けたらどうか? と言われたこととか、『すごく出たかったのに終わってしまった』と恋しがる俳優たちもすごく多かったんだな、というのが分かって、もう一回やってみるかと」

●シーズン1から現在まで、忘れられないエピソードがあれば教えてください。
「すごくたくさんあるけど……チョン・スギョン先輩(シーズン1の第13回に出演)の双子のお子さんが当時1、2歳ぐらいで家に置いておけないから会場に連れていらしたんです。スタッフに預けて出演してたんだけど、ママに会いたがって舞台に上がってきたので、『大丈夫、みんな拍手して~』と舞台に上げたら、突然お漏らししちゃって一時中断したこととか(笑)。パク・カリン音楽監督(シーズン1の第20回に出演)のときは、観客にマフィンを食べさせたいと100個ぐらい焼いて持っていらして、みんなで食べながら公演したことがありました」

●シーズン1では何度か出演していたけど、いまでは「イヤギショー」でなかなかお目にかかれないチョ・スンウさんやオム・ギジュンさんなどはどうでしたか?
「彼らは出演しないというよりも、例えばチョ・スンウさんの場合はトークショーみたいなものに出るのが苦手な人なんですよ。元々苦手なのに、僕と仲が良いから、兄貴がやるものには出なきゃでしょ、と自分から進んで出てくれたんです。お願いするたびに申し訳ないなと思ってたけど、3回くらい出てくれたはずですよ」

●先月「ヒストリーボーイズ」の回に出ていたイ・ジェギュンさんみたいに(注:当日、ジェギュンさんはうまく話ができずソクジュンさんにいじられていました)、話すのがあまり得意じゃないゲストもいるじゃないですか。そういう時は進行が大変ではないですか?
「僕はむしろ、司会者の話を聞かず、自分のスタイルを押し付けるように話す人のほうがずっと大変です(笑)。ジェギュンさんみたいな人は愛らしいくらいで、話の上手い下手は問題じゃないんですよ。うまく説明できなくてもそれを僕がどう持っていくかが重要でしょう」

lsj7●ほかに、面白いエピソードを思い出す方はいらっしゃいますか?
「昨年イ・ゴンミョンさんがプロポーズした回(シーズン2の第44回に出演)があったでしょ? (はい、驚きました!)観客の方たちが戸惑うんじゃないかと緊張したんだけど、実は前の日に2人はケンカしてて、奥さんが来ないんじゃないかと心配だった(笑)。どうするんだよ全部準備終わってるのに! 奥さんには『見に行かないって言ってるのに何でしつこく見に来てって言うの?』って、言われるし(笑)。でも無事にプロポーズできたから、完全に仲直りできたでしょう」

●あの時はどれくらい前から準備してたんですか?
「1カ月くらい前かな? プロポーズしてないって言うから、『じゃぁ、イヤギショーでやる?』って言って。ゴンミョンさんは「イヤギショー」第1回のゲストで僕にとっては格別な人でもあるし」

●あの時ゴンミョンさんは日本で「三銃士」の公演を終えて「イヤギショー」に出演されましたよね。で、プロポーズされたことをツイートしたら、日本のファンの方たちから「失恋した」と残念がる反応が結構ありました(笑)
「ファンになった日本のファンの方には残念だったけど、僕からしたらずっと前から望んでいたことだったから。早く結婚すればいいのに何で結婚しないんだ? 長年付き合っている素敵な彼女がいるのに、わざとなのか? って(笑)」

*      *      *

「イヤギショー」では“陰の主役”と言っても過言ではないほど毎回お名前が話題にのぼるソクジュンさんの親友、イ・ゴンミョンさんのお話がここでも登場しました(笑)。まさかあのロマンチックな電撃プロポーズの裏にはこんな秘話があったとは!

続いて<後編>では、「イヤギショー」10周年公演について、現在上演中の初演出作「サム・ガール(ズ)」などについて伺っています。

⇒インタビュー<後編>を読む

■SPECIAL INTERVIEW アーカイブ■
Vol.1 パク・ウンテ <前編><後編>

[SPECIAL INTERVIEW]イ・ソクジュン<後編>

[SPECIAL INTERVIEW]イ・ソクジュン<後編>

 

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イ・ソクジュンさんは今年、演劇「ステディ・レイン」「M.Butterfly」にミュージカル「共同警備区域JSA」と立て続けに主演したうえ、演劇「サム・ガール(ズ)」の演出にも挑むという超過密スケジュール。加えて唯一の休演日である月曜日に「ミュージカル  イヤギショー」のMCを毎月2回務めていらっしゃるんです。さまざまな作品への主演を並行しながらMCを10年続けるというのがどれほど大変か、お分かりいただけるのではないでしょうか。インタビュー後半では、その集大成となる10周年記念公演について、韓国の公演界の未来についても伺いました。

*      *      *

●5月26日に開催される10周年公演はどんな内容になりそうですか?
「歴代の出演者のなかから、意義があったエピソードを10個選んだんです。それは作品でもあるし、歌だったり、イメージだったり、新人俳優だったり。有名な俳優だけを集めてやることもできるけど、個人的にはそういうイベントで大きな感動を得られることはあんまりないんですよね、自分の歌だけ歌って終わるから。「イヤギショー」でも代表曲ばかり歌って2時間進行するようなスタイルは聞いてても疲れるから、最初の2、3回だけやって止めたんですよ。それよりも「イヤギショー」ならではの特色がある人たちを集めよう、と。だから、超Aクラスの俳優は何人かしか出演しないけど、有名な俳優が外でパンフレットを売ってたり、客席で案内係としているかもしれないですよ。そういう計画をして、みんなで一緒に楽しめるよう準備しています」

lsj4●普段「イヤギショー」を見ていると、出演した俳優の多くが「一度出てみたかった!」とおっしゃいます。10年間やってきて韓国の公演界に何か影響を及ぼしたと思いますか?
「う~ん、公演界にどんな影響力があったかどうかは分からないです。それは全部終わった後で長い時を経て分かることのような気がするけど……。僕が満足している唯一のワケは、観客に対して不足していた1%をここで補おう、と。たくさんの公演によって観客たちは癒しや慰め、幸福感を得られると思うけど、公演は一方的な疎通ですよね? でも「イヤギショー」では舞台の上の人ではなく、舞台の下にいる人たちが気になっていることを僕が代わりに聞ける唯一の場所だから、観客たちにも快さがあるんだと思う。ミュージカルにより深い愛情を注いでもらえるような空間になればいいだけで、それ以上のことは望んでいないです」

●記念公演を終えた後も「イヤギショー」は続けられるんですか?
「はい、シーズン2も100回まではやります。100回までやって一旦幕を下ろします。次があるかどうかは分からないけど、とりあえず100回」

●韓国までミュージカルを見に来ている日本の方たちも「イヤギショー」を見てみたいという方は多いと思うんですよ。でも月曜日公演というのがネックで。昨年「宝塚スペシャル」(2013年4月、シーズン2の第37回)などもありましたけど、日本でも「イヤギショー」をやりたいという話をされていましたよね?
「うん、僕たちがやりたいことのひとつですね。「イヤギショー」の観客たちに約束したというのもあるけど、条件が合わないから行けないだけのか……。韓国では劇場を借りるのも出演する俳優も後援(=無償)なんです。だけど日本に行けば劇場を借りるお金やスタッフへのギャラ、出演者の渡航費用もかかればチケットの単価も上がる。それに日本の観客に来てもらうには有名な俳優の出演が不可欠でしょ? だけど、そういうことをやらないようにしようとしてるのが「イヤギショー」だから、僕を信じてついて来てくれれば大丈夫、という風にはいかない。日本の俳優と一緒にコンサート形式でやることも考えたけど、「イヤギショー」のスタイルを守らなければ面白さが伝わらないようだと思ったし」

●いつか、日本でも「イヤギショー」ができるといいですね。
「良い考えをお持ちの劇場があったらぜひ教えてください。例えば僕と俳優数名が出演するようなショーは1、2回だったら可能だと思うんですよ。だけど僕が考えているのは2カ月でも3カ月に1回でもいいから長いスパンでできる何か、なんですよ。そうすれば日本との橋渡しになれるでしょう? ただ日本に数回行くだけでは満足できないし、意味もないと思うんですよ」

lsj6●ええ、私も同感です。このインタビューを読んで「イヤギショー」に興味を持ってくださった日本の方々にショーの魅力を伝えるとしたら、どういう部分でしょうか?
「観客たちにとって「イヤギショー」は俳優がカツラや衣装を脱いだ場面。俳優が衣装や役柄を脱いだ、その人自身の姿を舞台で見せるものです。舞台裏ではその俳優がどうやって生きているのか、知りたいファンは多いですよね。大学路(テハンノ)で僕がコーヒーでも持って歩いていると『あ、イ・ソクジュンだ』ってなる。『あの人もコーヒー飲んでたからコーヒー飲もう』という風に一日中話題にしてますよ。ある俳優は舞台の上では華のようなイメージだけど、あの人も私たちと同じ人間でトイレにも行くでしょ(笑)と。またある俳優はスマートな演技をする人なのに食事するときいつもボロボロこぼすとか。昔はみんな俳優に神秘的なイメージを持っていてそれを守ろうと努力していたと思うんですよ。日本でもそうでしょう? 神秘性を維持するために俳優がどれほど努力しているか、と同時に私たちと同様にいかに日常生活に溶け込んでいるか。そういうことが僕はその俳優が舞台に立っていることに対して大きな感動を呼ぶと思います。私生活ではごはんをボロボロこぼしても掃除しないような人でも、舞台の上でどうやって役作りをしたか訊くと、どんな過程を経たか背景が全部見えるようなんですよ。舞台の上でドキュメンタリーを見ているというか、バックステージを見ているような感じ? その人の人物像が見えるようになると、公演を見るときに全く新しい視点で見えるようになるんですよ」

●確かに、「イヤギショー」で俳優さんたちの素顔を見て、その人や作品に興味がわいて、舞台を見に行ったことが何度もあります。
「そういう風に見に行かれて、「イヤギショー」で面白い姿を見せていた俳優がシリアスな作品に出ていると台無しにしそうだと思うけど、そうじゃないでしょう? 観客たちはとても賢明で芸術を理解する気概がありますよ。ある程度変化した姿を見せてもそれを理解してくれる観客が多いということですよ」

●いま、初めて演出に挑戦された「サム・ガール(ズ)」が公演中ですが、個人的には初演のときに見て、すごく面白かったのでずっとまた見たいと思っていたんです。どうやって今回演出をされることになったんですか?
「すごく大好きな作品で、僕が本格的に演劇俳優としての道も歩き始めた初めての作品だったんです。今回で上演は4回目だけど、前の3回はずっと主人公として出演していてもうやり尽した感もあった。そこに劇団メンシアターの代表に『作品を一番よく分かっているから、あなたが演出したら?』と突然言われて、演出することになったんです」

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演劇「サム・ガール(ズ)」プレスコールより

●プレスコールでは「演出という役を演じている」とおっしゃっていましたが、俳優としてではなく、演出家として俳優たちと稽古してみていかがでしたか?
「僕は俳優として稽古するときも、ちょっと離れたところから見るタイプなんですよ。演出にそれはそういう風にしたらダメじゃない? とか(笑)、かなり(客観的に)見るほうで。それを維持しようとしてますけど、初めてのことだからそれが良いのか悪いのかよく分からないですね。とにかく自分が舞台に立ったら、と仮定して俳優たちと議論しながら一緒に創り上げる感じです。その代わり、彼らが一番動きやすいように、僕が演じるときに不便だったことは全部無くすようにしています(笑)。最もシンプルにして俳優だけを見るように心がけました」

●最後に、韓国の公演界の変化をずっと見てこられたわけですが、今後はどうなっていけばいいと思われますか?
「公演市場は成功したと思いますよ。以前はよちよち歩きの段階だったから、何をやっても楽しいし面白かった。でも時間が経つにつれて、あまりにも急成長したからこれが建築物だとしたら基礎があまり良くなかった。長い時間をかけて基礎となるインフラを積み上げて舞台に上げなくてはいけない作品を、基礎が弱いもんだから制作する環境は悪くないのに外国の作品よりも面白くない。海外のライセンス作品はしっかりしてるのに、僕らの作品は何? と創作ミュージカルがもたつき始めたんですよ。それで市場は大きくなったけど中身が空っぽの不安定な建物みたいに感じていて、僕がずっと創作ミュージカルの舞台に立つ理由は中身がしっかりした作品をお見せしたいからなんです。でも今年すごく驚いているのは、創作ミュージカルがライセンスミュージカルに並び始めた。基礎がしっかりした作品が上演され始めたんですよ。「フランケンシュタイン」「共同警備区域JSA」「グルーミーデイ」「アガサ」「女神様が見ている」とか、どれ一つとってもつまらないと聞いたことがない。今までのものすべてが崩れたからインフラが出来たというか、卵の状態から基礎が必要だと制作陣が気づき始めて、CJなどの文化財団の支援プログラムからもひとつずつ作品が舞台に上がり始めたんです。優れた作品を選定して良い作家や演出を投入し、発展させて……と、そういう良い作品が上演されてきた期待感があります。また、しっかりした作品を海外に持っていこうともしている。日本でも中国でもいいけど、本場でも勝負できる作品ができるように。俳優だけじゃなくクリエイターもそうで、韓国のアンドリュー・ロイド・ウェバーが出てくればいいですよね。チェコミュージカルや『ノートルダム・ド・パリ』みたいなフランスミュージカルのように韓国も代表的な作品がひとつでも生まれればいいな、というのが僕の願いです」

*      *      *

■公演情報■

「ミュージカル イヤギショー イ・ソクジュンと共に シーズン2」⇒公式サイト
毎月2回(不定期)月曜日20時 大学路・プティツェルシアター
※チケットはCJ E&Mチケットのみで販売
(残念ながら日本から直接買える方法はありませんが、ほとんど毎回当日券が出るため劇場で購入可。事前にチケットを購入されたい方は韓劇.comチケット&グッズ情報ツイッターなどにお問い合わせください)
韓国語がよく聞き取れなくても、会場にいるだけで十分楽しいので機会があれば、日本の皆さんにもぜひ一度見てほしいです!
豪華ゲストが多数登場する10周年記念公演のリポートも後日掲載予定です。ご期待ください!

インタビュー前編を読む

■SPECIAL INTERVIEW アーカイブ■
Vol.1 パク・ウンテ <前編><後編>

[SPECIAL INTERVIEW]パク・ウンテ<後編>

[SPECIAL INTERVIEW]パク・ウンテ<後編>

 

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現在ミュージカル「フランケンシュタイン」で“美しすぎる怪物”を演じて、各方面から絶賛の嵐! ミュージカル俳優として一段とグレードアップした姿を私たちに披露しているパク・ウンテさん。
長らくお待たせしました! インタビュー後編は、これまでの出演作を振り返るセルフバイオグラフィーと4月26日から開催されるコンサート「MUSIC MUSEUM」について語ってもらいました。

*      *      *

●ウンテさんは当初歌手を目指していたと伺っています。ミュージカルに出演するきっかけは何だったのでしょうか?
「2007年に劇団四季が韓国で『ライオン・キング』を初めて上演したときに公開オーディションでアンサンブルに合格したんです。“男5番”という役でミュージカルを始めました。その時はミュージカル俳優になるのが夢ではなかったんです。夢だなんて言うのも恐れ多いくらいで歌をやりたくても活動できる場所がなかったんです。2006年から声楽の勉強を初めてもう8年目になりますけど、当時は歌のクオリティがまだまだだったってことでしょうね。それで歌が歌える仕事を探して、『ライオン・キング』のオーディションを受けたので、このときが初めて受けたオーディションでした。幸運にも演技、ダンス、歌と別々にオーディションがあったんですよ。演技もダンスも上手くできないけど、歌に長所を見出してもらって、僕を選んでくださったんです。本当に運が良かったですね」

8L6B3443a●初めて舞台に立った時の感触はいかがでしたか?
「とにかくミュージカルのミュの字も知らずに始めたので、とても幸せでした。悩んだり考える余裕もないくらいだったけど、毎回見に来てくださるような方も何人かいらっしゃったし。それと最初に劇団四季の日本の俳優の方からはアンサンブルでも自負心と責任感をもつということを教えていただけたのが、ミュージカルを始めた僕にとってはとても良い導きになったと思います」

●これまでさまざまな話題作に出演されてきましたが、なかでも「ノートルダム・ド・パリ」のグランゴワール役(07~09年に出演)はいまだに“歴代最高のグランゴワール”という声をよく聞きます。
「あら、褒めすぎでしょう、それは(笑)。また出演できるといいですよね。『ライオン・キング』が僕とミュージカルの世界との縁結びになった作品だとしたら、僕にとって最初のターニングポイントになったのが『ノートルダム・ド・パリ』です。僕のソロがあって、僕の名前が知られるようになった作品です。この時にファンクラブが出来て、今も会員でいてくださる方々がたくさんいらっしゃるんですよ。当時はアンサンブルから助演になって、何も分からない恐怖心もあってアワアワしたまま過ぎていったような感じでした」

●次のターニングポイントといえばやはり『モーツァルト!』ですか?
「そうですね。パク・ウンテという俳優が初めて(大舞台の)主人公という席に就いた作品です。初日の舞台に立ったときは“感激”でしたね。でも開幕前はとても困難なことが多かったんです。キム・ジュンスさん、イム・テギョンさん、パク・コニョンさんと凄い顔ぶれが並ぶなかでの出演でした。僕の出演回数は多くなかったけど、約3000席もある韓国で一番大きい劇場である世宗文化会館では僕がコケたら1回の公演だけでも制作会社にとっては大きな損害になる危険性がありました。周りには躊躇したり心配する方もいたんですけど、それでも会社の代表が出演する機会をくださったんです。幸いに初演がうまくいって、本当にありがたかったです。主演することに対しての自信にもなりました」

●「モーツァルト!」初演はキム・ジュンスさんが初めてミュージカルに挑戦した作品でもありますが、その時に一番力になってあげたのがウンテさんだったというのは有名なエピソードですね。
「そうやって言ってくれるのは有難いですよね(照れ笑い)。でもジュンスさんが元々とても良い方で、すごく上手だったんですよ。もちろん彼は僕より若いし、ミュージカル俳優としては僕が先輩にあたりますが、舞台に立つという意味では僕よりも遥かに多くの数をこなしてきた人ですから、僕が助けなくても上手くやっていたと思います。あのときは他のスケジュールが入っていてあまり稽古に参加できないような状態だったんです。それで僕が稽古したことを見せてあげたり、演出家の先生はこういう風におっしゃっていた、というような話をしたことが彼にとって助けになった、ということだと思います。ジュンスさんも僕も主演は初めてで緊張していた状態でしたし、お互いの為になったような気がします」

8L6B3418a●そして昨年主演された『ジーザス・クライスト=スーパースター』は本当に素晴らしかったです。
「僕の3番目のターニングポイントになりました。舞台へ向かう姿勢が変わった作品です。以前は、舞台でどうやってパフォーマンスをお見せするか? というところへの悩みが多かったとしたら、『ジーザス~』を通じて作品に完全に嵌る自分を発見したというか、どう見せるかということよりも俳優としていかに真情性(率直な誠実さ)があるように演じるか、という視点が生まれた気がします」

●ジーザスはこれまで演じてこられた役柄とはまったく違いましたよね。
「そうですね、演出家のイ・ジナ先生がたくさん助けてくださったのですが、“ジーザスは何かをしてを表現するのではなく、何もしなくても表現していなくてはならない”と。客席にいる方々が“あの人は内面に孤独がある”と感じられるような方法を追及するように言われて、はじめはどうしたらいいか分からなくて……。で、この時に分かったんですよ。“あ~心に真情性があれば表現できるんだな、何かをしようとするんじゃなくて(役やその状況に)集中すればするほど、観客の皆さんに伝わるんだなということが。それがこれから僕の俳優人生はこういう方向に発展していかなければいけないんだな、ということも気づかせてくれた作品でした」

●昨年、ファンクラブ主宰のファンミーティングでは「また出演したい」とおっしゃっていました。
「うん、演りたいですけどね。でも俳優って自分がやりたいって言ってもできるもんじゃないんですよ。演りたいけど、縁というか、運を天に任せるというか(笑)。また僕とマイケル(・リー)兄さんも一緒に出来たらいいですね」

●これら3作以外に記憶に残っている作品はありますか?
「『蜘蛛女のキス』ですね」

●公演当時とても評判になった作品でした。今後は「蜘蛛女のキス」のような演劇には出演しないのですか?
「舞台に立つ人間としてはやらなくてはいけないと思います。演劇の舞台に立てば演技力がつくと言いますし、『蜘蛛女のキス』に出演したときもいろんないい経験を積めたので、いつか機会があればまた小劇場演劇やミュージカルにも出演したいです。客席から舞台が遠ければ遠いほど歌をしっかりと、近ければ近いほど自然でリアリティある演技をしなくてはいけないですからね」

●さて、4月に日本で初めてコンサートに出演されるわけですが、日本には一度ミュージカルを見に行かれたことがありましたよね。
「井上芳雄さんの『ルドルフ~ザ・ラスト・キス~』を2012年に見に行きました。韓国で『皇太子ルドルフ』を上演する前だったので、勉強のために。だから今回が本当に初めて日本の舞台に立つコンサートですね」

●日本版の「ルドルフ」をご覧になったときはどうでしたか?
「す~~っごく良かったし、面白かったです。舞台に立つ俳優さんたちの実力にも驚いたし。日本のミュージカルはとても繊細な感じが良かったです。オーストリア版の映像を見てから日本に行ったんですけど、井上(芳雄)さんの繊細な演技とか音楽的にもたくさんのことを学べました。もちろん僕は日本語が分からないので、アクションやニュアンス、手や足さばきなど全体のイメージでしか掴めなかったけど、感情的な部分までしっかりと伝わってきました。ルドルフ役を演じるにあたって、僕もそういう感情や表現力を身に着けなければいけない、と感じました。音楽も歌も完成度が高くて、『僕もこれくらいちゃんと歌えるかな?』と心配になったほどです」

8L6B3572a●それから約2年を経て、今回「MUSIC MUSEUM」に出演を決めた理由は?
「僕を見るために韓国まで足を運んで下さる日本のファンの皆さんにいつもすごく感謝しているんです。韓流スターに比べたら、それほど多くの方ではありませんが、繰り返し韓国に来てくださるのが最初は大きな衝撃でした。自分が役者という立場ではなく、個人的に日本とかアメリカとか、外国に俳優を見に行くとしたら大きな決心が必要だし、準備する時間も必要ですよね? それくらい僕に関心と愛を注いでくださることに対して有難く思っていることを伝えたくて、僕が日本に行けたらいいなとずっと思っていて……。今回のような機会を得て、皆さんの応援に応えられたら。そして僕をまだ知らない方には自己紹介になればいいなと思ったんです」

 

●日本のファンの皆さんもとても楽しみにしていらっしゃいますよ。
「いまから本当にワクワクしています。でももし僕がダメだと韓国のミュージカル俳優全体が悪く思われるかもしれないけど(笑)、そういう看板を背負って行くというよりも、韓国ミュージカル俳優の“良い部分”を少しでも多くお見せできるようにしたいです。期待とワクワク感、不安感が同時にありますね」

●関係者もたくさん見にいらっしゃるのでは?(笑)
「気楽に行きたいので、本当はあまり見にいらっしゃらないといいけど……(笑)。実はそういうお話は日本のスタッフの方からも伺ったんですけど、僕はどうしたらいいでしょ?(笑)。なので、すごくプレッシャーもありますけどね」

●どんな曲を歌う予定ですか?
「(取材の時点では)まだいま調整しているところで、具体的には言えないんですけど(坂元)健児さん、(新妻)聖子さんと歌うデュエット曲もあるし、ソロで歌う曲は今まで僕が出演してきた作品のなかから歌う予定です」

●うわ~!めちゃくちゃ期待できそうですね!
「いやいや、あまり期待しないでいてくださると有難い(笑)。期待が大きいと失望も大きいでしょ? 期待せずに見ると『わー良かった!』となるかもしれないけど、期待がこんなに(と言いながら両手を広げる)大きかったらとんでもないことに……(笑)。
日本で『ルドルフ』を見たときは残念ながらその時は(坂元)健児さんや(新妻)聖子さんの舞台を見れなかったし、他に日本の作品をいろいろと見たわけでもないので、日本の俳優さんたちがどんな歌をどう歌われるのかも楽しみで、僕自身が見てみたいんです」

 *      *      *

いつお会いしても誠実で、素敵な笑顔に優しいお人柄がにじみ出ているウンテさん。筆者の下手な韓国語にも我慢強く耳を傾け、分かり易い言葉でゆっくりと話す気遣いまで見せてくださり、感謝、感謝のインタビューでした。
約2週間後に迫った「MUSIC MUSEUM」でウンテさんがついに日本にいらっしゃいます! このタイミングでウンテさんの歌を日本で聴けるのは本当に奇跡的!!! 期待しないでと言われても期待するしかありません!(笑)。日本の皆さんには万難を排して駆けつけていただきたいと思います。これからもコンサートなどで日本のファンの方にお会いする機会をもっと作りたいとおっしゃっていたので、皆さん、今後の展開も楽しみにしていてくださいね!

■「MUSIC MUSEUM」 ⇒公式サイト
4月26日(土)~28日(月) AiiA Theater Tokyo(全4回公演)
出演:新妻聖子、坂元健児
岡田亮輔、内藤大希、岡村さやか、佐野まゆ香
スペシャルゲスト:パク・ウンテ

⇒インタビュー前編を読む

 

[SPECIAL INTERVIEW]パク・ウンテ<前編>

[SPECIAL INTERVIEW]パク・ウンテ<前編>

 

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韓劇.comのオープニングを飾る、インタビュー第1回は韓国ミュージカル界屈指の人気と実力を兼ね備えた若手俳優パク・ウンテさんが登場。前・後編の2回に分けてお送りします。

今年最高の話題作、ミュージカル「フランケンシュタイン」でビクター・フランケンシュタイン博士を支える友人アンリと博士が創造する生命体“怪物”の二役を演じているウンテさん。役柄へのハマり具合が尋常ではない素晴らしさで、この作品は“パク・ウンテを見に行く作品”と言っても過言ではありません。まずは開幕直前に伺った、作品への思いをじっくり語ってもらった前編をどうぞ。

*      *      *

●「フランケンシュタイン」ではアンリ/怪物と二役を演じられると知ったときは驚きました。実際演じてみていかがですか?
「怪物の役はすーっごく大変です。『フランケンシュタイン』の原作ではビクター・フランケンシュタイン博士が怪物を創り出すところから始まりますよね? でもこのミュージカルでは怪物を創造するのは2幕のストーリーで、1幕は博士とアンリの話なんです。なぜ博士が生命を創造するに至ったか? その理由をフィクションで作って、2幕では怪物がなぜ、博士や人間に対して復讐心を抱くしかなかったのか? というストーリーなんです」

●2幕では決闘場のシーンがあるそうですね。
「僕が制作発表会で『私は怪物だ』という曲を歌いましたよね? あの時は演技もしていなかったし、どんな状態で歌わなきゃいけないのか知らずに歌ってたんですよ。だけど、実際に演技しながら歌うと、絶対にあんな風には歌えない曲だった。歌にならないんです(笑)。実は、日本のコンサート(4/26-28開催『MUSIC MUSEUM』⇒リンク参照)でも歌いたいと思ってたけど、芝居のなかで演技しながら歌ってこそ、本当の醍醐味が味わえる曲なんです。歌だけ歌っても十分に表現できないというか……。もし作品を日本で上演することがあれば、そのシーン自体をお見せしたいです。なので、いま歌おうかどうしようか迷ってるんです」

8L6B3348a ●そんなに制作発表のときと違うんですか?
「ぜんぜん、ぜんっっっぜん!違います! 自分でコントロールできないくらいです。『ウワーーーッ!!!』と叫びながら歌う曲なので。だから稽古では自分がどこまでいけるのかやってみて、本公演が(歌や演技を)思うままコントロールできるようになるための時間になると思います。だけどそれがうまくいかないんです。怪物がものすごく可哀想で、役にハマりきってしまう。もっと客観的になって歌わなきゃいけないのに、舞台に出ると役から抜けられないんです」

●「ジーザス・クライスト=スーパースター」のジーザスみたいに?
「ジーザスよりもっとしんどいです。ジーザスも凄く大変でしたが……。両方ともフォーマットは同じですよ。ジーザスは神に『毒杯を受けてください』(注:劇中曲「ゲッセマネ」の歌詞の一節)と言うし、怪物は創造者に『なぜ、自分を創ったのか?』と訴えます。でも対象は似ていても内容が違うんです。ジーザスの場合は“(毒杯を)お受けしましょう”だけど、怪物の場合は“私はお前を殺すだろう”と、質問を投げかけたあとの行動(答え)が全く違う。ジーザスはもちろん号泣するし悲しいけど、受け入れられた後は心を整えてから逝くので。一方、怪物は復讐まで行きつくのでさらに変えないといけないんです。身体もすごく辛いし、もう死にそうなくらいです。2幕では怪物が復讐に至る物語が展開されます」

●何だか、壮大なストーリーになりそうですね。感動して泣いてしまうかも。
「(芝居のなかで)“僕が”いっぱい泣きますね。観客の皆さんも僕に共感してくださったら、泣けるでしょう。でもビクターもビクターで責任を免れられない哀しさがある。だから僕は、お客さんが見ていて辛くなるんじゃないかな? と半ば心配しています。よく芸術的な映画などで、あまりにもリアルすぎて観るのが辛い作品ってありますよね? そんな感じで『もう2度と見たくない』と思われたらどうしよう(笑)。演じてる僕らもかなりしんどいんですよ。特にビクターとアンリはとても大変な役だと思います」

●相手役、ビクターを演じる先輩3人のキャラクターはどんな感じですか?
「お三方ともすべてが違いますね。日々進行形で共演する瞬間、瞬間で印象が変わっています。もともとお三方とも違うイメージをお持ちですが、キャラクターとともに生きて、新しい表現を探っていらっしゃるので、公演が開幕したらもう少しはっきりと先輩方のキャラクターを掴めるようになると思います。これは僕のキャラクターについても同じですね」

●アンリ/怪物を演じるハン・チサンさんとウンテさんもまったく違う?
「うん、全然違うでしょうね。チサンさんのほうが母性本能を刺激する感じもあるし、よりパワフルなところもあるし。チサンさんの怪物もとても魅力的ですよ」

8L6B3359a●日本のファンの方々に、この作品のどういう部分を見てほしいですか?
「日本語字幕があったらよかったんですけど、セリフのなかにとても切ない部分が多くて、怪物はどの役柄よりも哲学的なようです。例えば『俺は誰なのか?、なぜ生まれてきたのか?』というように、人間に対してずっと問いかけるんです。キーポイントは何かと言えば、1幕は“ビクターがなぜこうせざるを得なかったか?”、2幕はなぜ怪物が復讐せざるを得なかったのか?”ということです。さらに見どころは、2幕の闘技場のシーンでみんな一人二役になるじゃないですか、そのシーンでは怪物が人間らしく見えて、闘技場にいる人間たちが怪物のように見える。そこから初めて誕生した生命が怪物に変わっていく過程が描かれるんです」

●公式資料には「人間のなかに元来秘めている暗部が表現される」というような説明がありました。
「そうそう、その通りです。一人二役で、2幕ではビクターが(闘技場主)ジャックになるし、エレンはジャックの妻エヴァになる……というふうに、表向きには貴族的で清いイメージがある人たちが、闘技場では怪物を苦しめる悪人になる。そういう部分が魅力だと思います。怪物が本当は優しくて……みたいな概念じゃなくて、ひとつの命なのに、人間(アンリ)という部分を怪物という部分がぶち壊す過程が徹底して描かれるので、キャラクターに完全にハマって演じてみると酷いですよ。ワン演出家が苦しめる過程をかなり非情に作られたようです。原作にある博士に復讐する物語も古典的で素晴らしいけど、ミュージカルではもっと直接的なきっかけを作り出されたので、より分かりやすくなっていると思います。そこを理解されれば面白味が増すし、作品の重みも感じていただけるんじゃないかと思います」

*      *      *

怪物の話を始めると、スッと役が降りてきたかのように思わず話に力が入っていたウンテさん。直々に教えてくれた作品のポイントを読んで観劇すれば「フランケンシュタイン」をより深く堪能できるのではないでしょうか?
後編では、ウンテさんのセルフバイオグラフィーについて、そしてスペシャルゲストとして出演するミュージカルコンサート「MUSIC MUSEUM」(4月26日~28日 東京・AiiA Theater Toyko)についてお伺いしています。スペシャルプレゼントもありますので、後編もお楽しみに!

⇒後編記事はこちら