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[COLUMN]韓国ドラマの舞台人 第1回『賢い医師生活』前編

[COLUMN]韓国ドラマの舞台人 第1回『賢い医師生活』前編

 

長年韓国ドラマ専門ライターとしても活動している筆者が、不定期ながら新連載を始めます。題して「韓国ドラマの舞台人」。タイトルそのままに、近年韓国ドラマでの活躍が目覚ましい舞台出身俳優の魅力を紹介します。

第1回はついに3月12日から韓国tvNで放送スタートする『賢い医師生活(슬기로운 의사생활)』(⇒ドラマ公式サイト)。『応答せよ』シリーズ3作を手掛けたシン・ウォンホ監督が、前作『賢い監房生活(슬기로운 감빵생활 邦題:刑務所のルールブック)から2年ぶりに発表する新作ドラマです。

主な配役は以下の通り

●肝胆膵外科医イクジュン:チョ・ジョンソク ※肝臓・胆嚢・膵臓の専門医
●小児外科医ジョンウォン:ユ・ヨンソク
●胸部外科医ジュンワン:チョン・ギョンホ
●産婦人科医ソクヒョン:キム・デミョン
●神経外科医ソンファ:チョン・ミド

5人は、99学番(1999年度入学)医大同期で20年来の親友同士。全員が40代突入を目前にした医師たちです。通常は、放送開始前に番組公式サイトには必ず公開されるキャラクター紹介や人物関係図が、今のところは全く出ていません。(制作の遅れなのか、あえて秘密にしているのか…)
新型肺炎の影響で、映像生中継を通して公開された制作発表会でもみな“スポ”(スポイラー=ネタバレ)にならないよう、緘口令がひかれているのか、具体的な内容についての話はあまりされなかったため、どんなドラマになるのかは見てのお楽しみ、という状況です。
現時点で分かるのは、過去のシン・ウォンホ監督作品と同様に、群像劇、人間ドラマという2大キーワードは維持。以前の作品では主人公を取り巻く家族の物語がかなり盛り込まれていましたが、それが今回は彼らが担当する患者の物語中心に代わるようです。

このドラマの主人公5人のうち、チョン・ギョンホを除く4人が舞台経験者。チョ・ジョンソクとユ・ヨンソクは、出演時期は異なるものの過去にミュージカル『ヘドウィグ』と『壁抜け男』に主演したことがあるという共通点を持っています。キム・デミョンは2014年のドラマ『ミセン』でブレイク前は、ミュージカル『地下鉄1号線』『アサシンズ』など舞台を中心に活動していた人です。

●チョ・ジョンソク 舞台出演作一覧(PlayDB)

●ユ・ヨンソク 舞台出演作一覧(PlayDB)

●キム・デミョン 舞台出演作一覧(PlayDB)

そして、今回紅一点のヒロインに抜擢されたのがチョン・ミドです。
韓国舞台シーンを代表するミッ・ポ・ペ(믿우=信じて観る俳優)でありながら、これまで映像ではほとんど活動しなかったことから、韓国でも本作のヒロインとして発表された際には「チョン・ミドとは誰?」という記事が出たほど、一般的には知られていない俳優でした。日本の韓国ドラマファンも、おそらく同じ印象を持ったことでしょう。
しかし彼女の凄さを知る人たちは「キターーーー!」と歓喜の嵐。韓国インターパークが運営する舞台情報サイトPlayDBでも、わざわざ記事が公開されるなど、キャスト発表と同時に舞台マニアの間では大きな話題となっていたのです。

(写真左)2016年『もしかしてハッピーエンディング』/(写真右)2014年『バンジージャンプする』

放送開始数日前に映像の生中継で公開された制作発表で明かされていたのは、シン・ウォンホ監督に彼女の起用を勧めたのはチョ・ジョンソクだったそうです。ユ・ヨンソクも彼女が出演する舞台を見て「以前からファンだった」と公言しています。彼らの推薦に加え、監督自身もヒロインは無名の新しい人を起用したかったと言っていたのですが、例えば『応答せよ1994』のチョンウや、『刑務所のルールブック』のパク・ヘスなど、実力はあるのに大衆への知名度が低かった俳優たちを大抜擢してブレイクさせてきた監督が、今回はチョン・ミドに白羽の矢を立てたのです。

(写真左)2018年『ドクトル・ジバゴ』/(写真右)2013年『ウェルテル』

とても小柄で華奢な彼女ですが、安定した演技力、歌唱力はもちろん舞台上での存在感も抜群。なのに演じるキャラクターに忠実で、自分自身を前面に出すタイプの人ではありません。そんな彼女ですから、共演者はもちろん、演出家や制作者も彼女との仕事を拒む人はまずいないと思います。
その代表が名優チョ・スンウ。2012年にミュージカル『ドクトル・ジバゴ』で共演後、『ラ・マンチャの男』『ウェルテル』『スウィーニー・トッド』と、彼女を連続して相手役に指名し共演しています。

●2015年の『ウェルテル』15周年記念公演時の雑誌「Scene PLAYBILL」のチョ・スンウ&チョン・ミドインタビュー

記事中では、かのチョ・スンウに「舞台を離れても常に側にいてほしい俳優です。学ぶべきところが多く、この人が与える刺激は計り知れない」とまで言わしめるほど。チョ・スンウがこれほど共演者を絶賛していたのはあまり見たことがありません。

また、演技派女優を中心に構成されている劇団メンシアターの団員でもある彼女は、数々の大劇場ミュージカルでヒロイン役を務めながら定期的に小劇場演劇にも出演。ほかにも国立劇団など、公的劇団が制作した作品でも主演を務めています。とにかく、舞台ではあちこちで引く手あまたの名女優なのです。

筆者も韓国で一人舞台女優を挙げるならば、迷うことなく彼女を選びます。個人的に、チョン・ミドの凄さを体感したのが、2014年に芸術の殿堂で上演された演劇『メフィスト』でした。ゲーテの『ファウスト』を大胆に解釈したこの作品で、『冬のソナタ』の父親役として日本では知られている演劇界の大御所、チョン・ドンファンを相手役に一歩も引けを取らず、エネルギッシュに悪魔メフィストを演じていました。
当時の映像が残っています。

こんな強烈な役もできれば、一方で可憐なヒロインもこなすことができるチョン・ミド。『賢い医師生活』で、ついに彼女の凄さがブラウン管を通してお披露目されます。チョ・ジョンソクを筆頭に、個性豊かな面々が揃うなか、監督が紅一点のヒロインを彼女に任せたのは、きっと大きな理由があるはずです。そして放送後の大ブレイクは必至。しかし一旦ブレイクしてしまうとなかなか舞台では見られなくなってしまうことが多い昨今ですが、それでも多くの方に舞台でのチョン・ミドの演技も堪能してもらいたいと切に願います。

第2回では、引き続き『賢い医師生活』に出演している多数の舞台出身助演俳優にスポットを当てて紹介予定です。

●チョン・ミド 舞台出演作一覧(Play DB)

※文中のリンクは、ドラマ関連サイトや、ミュージカル、演劇の映像などを紹介しています(すべて韓国語サイト)

文:さいきいずみ(韓劇.com)

●2013年のミュージカル『ウェルテル』(共演はオム・ギジュン)

●2014年のミュージカル『ONCE (ONCE ダブリンの街角で)』(共演はユン・ドヒョン)

●2016年の演劇『BEA』(共演は、劇団メンシアターの団員でもあり、『ブラックドッグ』などドラマでも活躍するイ・チャンフン)

●2018年のミュージカル『ドクトル・ジバゴ』(共演はパク・ウンテ)

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[コラム]ミュージカル『1976 ハーラン・カウンティ』レビュー

[コラム]ミュージカル『1976 ハーラン・カウンティ』レビュー

 

主人公ダニエル役のチョ・サンウン、ソ・スンウォン、キム・ダヒョン

日本はゴールデンウイーク10連休突入でこの記事をご覧になる方も少ないと思いますが、2019年上半期のベスト創作ミュージカルとなりそうな作品を見てきました。

実はこの作品、5月5日(日)で閉幕します。すでにご覧になった方には「何を今ごろ!」と言われそうですが、もしGWに韓国にいらっしゃる方は可能であれば、ぜひ見ておいてほしい! と思い、遅ればせながら記事にした次第です。

『1976ハーラン・カウンティ』は、1976年制作の米ドキュメンタリー映画『ハーラン・カウンティUSA』をモチーフにした創作ミュージカルです。
原作映画はケンタッキー州南東部にあるハーラン郡で起きた炭鉱労働者のストを追った内容でしたが、これに奴隷解放から100年以上経っても当時のアメリカ南部には根強く残っていた黒人労働者差別の物語を交錯させ、オリジナルストーリーに仕上げています。
釜山文化財団の青年演出家製作支援事業の支援作に選定され、2年ほどの準備期間を経て、今年1月に釜山でショーケースが行われたあと、4月からソウル公演が始まっています。

作・演出は『三銃士』の武術監督からスタートし、『ロビンフッド』『オール・シュック・アップ』などのワン・ヨンボム演出作品での助演出などを担当していたユ・ビョンウン。
彼は2016年に初の作・演出を手掛けた『ザ・アンダードッグ』という作品で、ひとり立ちしていたのですが、この作品は制作会社に問題が生じて早期終了してしまい、不運なデビューとなっていました。その後表立った活動をしていないなと思っていたのですが、この新作を準備していた、というわけですね。
そういえば『ザ・アンダードッグ』も、人間の都合で捨てられた犬たちを主人公にした物語でした。彼はまだ30代の若い演出家ですが、社会問題に切り込むような作品を好んで生み出しているようです。

主人公の白人青年ダニエル役は、釜山初演から引き続き出演しているソ・スンウォン、チョ・サンウンに加え、キム・ダヒョンが新加入。演技スタイル、歌声、ルックスと全く個性の異なるトリプルキャストとなっています。
この3人が、韓国公演情報サイトPlayDBで揃ってインタビューに答えています。
●「なかなかない作品、どんな俳優で見ても同じ感動を与えたい」(PlayDB)

●ソ・スンウォン単独インタビュー(ニュースカルチャー)

●チョ・サンウン単独インタビュー(ニュースカルチャー)

ダニエルは両親を亡くした自分を、長年親代わりのように面倒を見てくれた聾唖の黒人男性ライリーが自由に生きられるよう、ニューヨークへ向けた旅に出ます。
一方、ケンタッキー州の炭鉱の町ハーラン郡では、会社の暴挙に反発した鉱夫たちの労働組合が激しいストを敢行中。しかし鉱夫たちを率いていた労働組合長モリソンが何者かに襲われます。モリソンは死の直前、旅の途中で偶然居合わせたダニエルとライリーにある物を託すのです。

「私たちが生きていく世界」(ソ・スンウォン主演Ver.)

この事件をきっかけに、ダニエルはモリソンの娘エレナや鉱夫たちと出会い、彼らの労働運動に加担せざるをえなくなっていくのですが、とにかく驚いたのが鉱夫を演じるアンサンブルを含めた合唱シーンの声の厚さ。それもそのはず。実はこの作品、さまざまな作品で助演やアンサンブルを多数経験済みの百戦錬磨のメンバーが揃っているのです。
鉱夫たちがストを起こすミュージカル、と聞いて『ビリー・エリオット』を思い出す方もいらっしゃるかもしれません。本作には組合長モリソン役のオム・ジュンシク、鉱夫役のコ・チョルスンと2017年の『ビリー・エリオット』でも鉱夫を演じていた俳優が起用されているのです。
ほかにも鉱夫のリーダー的存在ながら、会社側におもねるベイジル役のワン・シミョンは『タイタニック』『ゴースト』『ジキル&ハイド』などに出演。ベイジルWキャストのイ・ギョンスは劇団四季出身で、持ち前の歌声を買われ、ヤン・ジュンモ演出の小劇場オペラ『リタ』にチェ・ジェリムと共に主演していました。

●ベイジル役イ・ギョンス単独インタビュー(Stage Talk)

ほかにも、エレナ役は『女神様が見ている』の元祖女神様イ・ジスク。鉱夫たちに圧力をかける悪役ピーターソン役には『三銃士』のジュシャク役を長年演じていたキム・サンヒョン。鉱山会社社長トニー・ボイル役は『風月主』『レッド・ブック』『ファリネッリ』などで見せた一癖あるサブキャラクターが上手いウォン・ジョンファン……などなど、韓国のミュージカルファンに、その実力を認められている「信じて観る俳優(믿고 보는 배우)」たちが揃っているのです。

tbsの番組「公演に熱くハマった」解説映像

●稽古場映像 「誤解」(キム・ダヒョン)

●稽古場映像 ダニエルソロナンバー(ソ・スンウォン)

●NAVER生中継ハイライト(チョ・サンウン主演Ver.)

劇中でダニエルと聾唖者のライリーが交わす会話には必ず手話を付けていたのがとても新鮮に映りました。この部分を除けばユ・ビョンウン演出家の演出スタイルや物語の進めかたは、極めてベーシック。ストーリーの流れに破綻した部分などはなく、初めて見た人にも分かりやすく入り込めるようエピソードを繋げてありました。シリアスなストーリーのなかに時折、思わず吹き出すようなセリフやシーンも盛り込んであり、それも良い具合に息抜きになっていたのではないかと思います。
また、最近の新作創作ミュージカルは曲が練られておらず、マイナーコードを多用し、キツめのストリングスが入った似たようなメロディーの楽曲が散見されるのですが、本作の場合は過度にドラマチックにしたり、妙な転調を入れたりもせず、スタンダードながら大劇場でも十分成立するナンバーが多かったのも好印象。助演陣にもソロナンバーが与えられ、難度の高い曲もしっかりと演じ歌いこなしていて、とても安心して見ることができました。これも、キャリアを重ねている俳優が多いからできたことだと思います。

ベイジル役の見せ場となったソロナンバー「夢を見る」稽古場映像(ワン・シミョンVer.)

日本の多くの方がご覧になったことがあるであろう、大劇場ミュージカルで見られるような甘いロマンスや豪華な舞台、きらびやかな衣装などとは対極にある作品ですが、じんわりと深い感動が残りました。
カーテンコールでは筆者を含む多くの観客が、“ご贔屓への義理”や“前が見えないから”立つのではなく、心からのスタンディングオベーションで俳優を出迎えていました。
残念ながら、この作品は上演期間が約1カ月と短いため、プロモーションもあまりできていなかったせいか、満席とはいかない状態でしたが、残りわずかな公演をご覧になれる方は今すぐチケッティングを! そして、将来再演された際にはぜひ観劇してみてください。

カーテンコール映像(キム・ダヒョン主演Ver.)


【公演情報】
ミュージカル『1976ハーラン・カウンティ』〈1976 할란카운티〉
2019年4月2日(火)~5月5日(日) 弘益大大学路アートセンター 大劇場

<出演>
●ダニエル役:キム・ダヒョン、ソ・スンウォン、チョ・サンウン
●ライリー役:キム・ユンホ、イ・ジュンヨン
●エレナ役:イ・ジスク、イ・ハギョン
●ジョン役:キム・ヒョンギュン、ユン・ソグォン
●ナタリー役:リュ・スハ、グ・オクブン
●ベイジル役:イ・ギョンス、ワン・シミョン
●ピーターソン役:カン・ソンジン、キム・サンヒョン
●トニーボイル役:ウォン・ジョンファン
●フランク役:キム・ユル、パク・サムソプ
●モリソン役:オム・ジュンシク
●オリバー役:ソン・イル
●アンバー役:キム・ミンソル、チョ・へイン
●アンサンブル:コ・チョルスン、イ・ドクジェ、イ・ジンソン、キム・ヒョビン、シン・ウンジョン、イム・チャンヨン、ウ・ジニョン、チョン・ウンジ

プロデューサー:シム・ムンソプ、カン・ホウォン/芸術監督:ソ・ビョング/作・演出:ユ・ビョンウン/作曲・音楽監督:カン・ジンミョン/振付:ユ・ナレ/小道具:キム・ジョンヒ/ヘアメイク:チェ・リラ/技術:イ・ユウォン/舞台監督:キム・ボムシク/助演出:チン・ソユン/音楽助監督:イ・ヘス/制作総括:イ・スギョン/制作PD:カン・ヒョミ/カンパニーマネジャー:パク・ミソ

●公式Facebook⇒https://www.facebook.com/2ternaljourney/

●インターパーク⇒(韓国語サイト) (グローバル日本語サイト)


文:さいきいずみ(韓劇.com)

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[コラム]2018年韓国舞台読者アンケート結果発表

[コラム]2018年韓国舞台読者アンケート結果発表

 

1月末に公開しました「2018年韓国ミュージカル/演劇の見どころは?」という記事のなかでお願いした読者アンケートを集計しました。回答にご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。
いま韓国の舞台に興味をお持ちの方が、注目されている作品や俳優を知ることができて、とても興味深い結果となりました。


3年ぶりの再演は11月、ブルースクエア インターパークホールで上演 ©EMKミュージカルカンパニー

【2018年に見たい韓国ミュージカルは?】
2018년에 보고 싶은 한국 뮤지컬은?

1位『エリザベート』(엘리자벳)
2位『フランケンシュタイン』(프랑켄슈타인)
3位『ファントム』(팬텀)
4位『ジキル&ハイド』(지킬 앤 하이드)
5位『ドクトル・ジバゴ』(닥터 지바고)

見事、過去にヒットした大型ミュージカルの再演作品が並びました。なかでも『エリザベート』はぶっちぎりの1位です。アンケートには3作品記入可能なように設定していましたが、『エリザベート』は項目①②へ優先的にご記入いただいた方が多かったです。2位の『フランケンシュタイン』は韓国創作(オリジナル)作品のなかでは他を圧倒。ほか項目①にご記入が多かったのが『三銃士 10周年記念公演』でした。上位作品は日本版が上演されているものも多く、既にストーリー等を理解していて、安心して観られる作品を好まれる印象を受けました。
一方、日ごろ創作ミュージカルや小劇場作品まで幅広くご覧になっているんだろうな、という印象を受けた回答を下さった方は全体の1割程度だったのは少々残念でした。

ちなみに公演情報サイトPlay DBの調査では、新作は『笑う男』『マチルダ』、再演作は『フランケンシュタイン』『バンジージャンプする』という結果が。

公演情報サイトStage Talkの調査では新作『マチルダ』『レッド・ブック』、再演作では『フランケンシュタイン』『ストーリー・オブ・マイライフ』と、韓国では日本の観客とは作品の嗜好が若干異なる結果となっています。


モーツァルト役はチョ・ジョンソク、キム・ジェウク、キム・ソンギュ(INFINITE)とトリプルキャストとなった『アマデウス』はチケット争奪戦必至の話題作。©Page 1

【2018年に見たい演劇は?】2018년에 보고 싶은 한국 연극은?
1位『アマデウス』(아마데우스)
2位『ネヴァー・ザ・シナー』(네버 더 시너)
3位『リチャード三世』(리처드 3세)
4位『ミザリー』(미저리)
5位『Bea』(비)

演劇は『アマデウス』ほぼ一択という結果に。有名キャストが名を連ねるだけに、改めて人気を実感しました。ミュージカルの欄に『アマデウス』と書かれていた方が多かったのですが(今回は演劇として集計しました)、歌を歌うかどうかよりも作品を(俳優を)とにかく見たい、というお気持ちの現れかと思いました。また、ミュージカルにはたくさんのタイトルをご記入いただいている方が、演劇で見たいものは「ない」もしくは無回答の方もかなりいらっしゃいました。
日本国内だとミュージカルよりも演劇ファンのほうが幅広くいらっしゃる印象があるのですが、やはり言葉の問題か……韓国で演劇までご覧になるのはハードルが高いようです。演劇のほうがチケットも安いし、多様な作品が見られると思うんですけどねぇ。。。

公演情報サイトのPlay DBStage Talkも共に、人気作家東野圭吾原作で、朗読公演も好評だった『ナミヤ雑貨店の奇跡』が期待作1位となっています。再演作ではStage Talkの調査で『カポネ・トリロジー』が1位となっています。


日本の観客にはダントツの1位を誇ったパク・ウンテさん主演の『ドクトル・ジバゴ』は2月27日よりシャーロッテシアターで開幕。©ODカンパニー

【好きな韓国舞台俳優は?】좋아하는 한국 배우는?
1位:パク・ウンテ(박은태)
2位:ホン・グァンホ(홍광호)
3位:オク・ジュヒョン(옥주현)
4位:チョン・ドンソク(전동석)
5位:チョ・ジョンソク(조정석)

好きな俳優も3名まで記入いただけるよう設定していましたが、おそらく韓国国内で人気投票したら結果が違うかも? と思いました。優先順位①の項目に最も多く名前が挙がっていたのがパク・ウンテさん。最近大作に次々と主演されていますが、日本の皆さんがどの作品でウンテさんに魅了されたのか? とても気になりました(『フランケンシュタイン』再演への期待度?)。そして、チョン・ドンソクさんの人気が高いのは、現在『ザ・ラスト・キス』が上演中であることと、過去に何度か日本でコンサートをされたことが大きいのかな? と思いました。また、女優さんの名前はほとんど挙がらなかったなか、オク・ジュヒョンさんが男優陣を抜いて3位というのはさすが。韓国ミュージカル界の女王の面目躍如です。

実は俳優部門は、歌手やアイドル出身俳優が上位に入るのでは? と予想していたのですが、兵役で活動休止中だったり、特に出演予定作がないときは大きく関心度が落ちるということが分かりました。K-POPファンの方が、もう少し舞台にも興味を持ってくだされば、韓国の公演界をさらに盛り上げることができるのではないでしょうか?

俳優に関しては、かなり票が割れてしまい、1票しか入らなかった方については、以下にお名前だけ紹介します。なかには筆者が名前を知らなかった俳優もいて、まだ無名の俳優を日本から応援されている、というその情熱に感服しました。

<グラフ掲載外の俳優(あいうえお順)>
イ・ジフン/イ・チャンヨン/イ・ドンファ/イ・ホウォン/イ・ユル/イム・ヒョンス/イム・へヨン/オ・マンソク/カン・ヨンソク/キム・ウヒョン/キム・ソヒョン/キム・ソンチョル/キム・チャンジョン/キム・チャンホ/キム・デヒョン/キム・ヨンチョル/クォン・ギジュン/クォン・ヨングク/コ・ウンソン/コ・フンジョン/コ・ヨンビン/シン・ソンウ/ソ・スンウォン/ソ・ヨンジュ/ソン・ヨンジン/ソンジェ/チェ・ウォンソプ/チェ・ミンチョル/チャ・ジヨン/チャン・ウナ/チャン・スンジョ/チュウォン/チョ・グォン/チョ・スンチャン/チョ・ソンユン/チョ・ヒョンギュン/チョ・プンレ/チョン・カフィ/チョン・ソンウ/チョン・テグン/チョン・ドンファ/チョン・ミド/パク・ジュンフィ/パク・ソングォン/パク・トンハ/パク・ハングン/パク・ミンソン/パク・ヨンス/ハン・ジュニョン/ピョン・ヨハン/ファン・チャンソン/ぺク・ヒョンフン/ユン・ジオン/ユン・ジュンサン/ユン・ソホ/ユン・ナム/リョウク/ルイス・チョイ


【今まで見た韓国舞台作品で良かったものは?】지금까지 본 공연 중 가장 사랑하는 작품은?
1位『フランケンシュタイン』(프랑켄슈타인)
2位『エリザベート』(엘리자벳)
3位『ジキル&ハイド』(지킬 앤 하이드)
4位『ファントム』(팬텀)
5位『レベッカ』(레베카)

上位は「2018年に見たい作品」とほぼ同じような結果となりました。大作ミュージカルは、人気俳優が出演し、セットや衣装も豪華なので、チケットはどうしても高くなりますが、そのぶん満足度も高いようです。日本から韓国に行かれる場合、多くの方が週末利用のケースが多いと思うのですが、限られたスケジュールの中で何を観るか? と考えると、未知の作品に挑戦するよりは、こういうセレクトにならざるを得ないのかもしれません。

俳優同様、良かった作品も投票はかなり割れました。1票のみの作品は以下の通りです。
演劇が1作も入ってなかったのはこれまた残念です。

<グラフ掲載外の作品(あいうえお順)>
30の頃に/愛は雨に乗って(サ・ビ・タ)/阿娘歌(アランガ)/イン・ザ・ハイツ/オー!キャロル/オール・シュック・アップ/キム・ジョンウク探し/共同警備区域JSA/ゴレゴレ/30の頃に/ジャック・ザ・リッパー/スウィーニー・トッド/ストーリー・オブ・マイライフ/砂時計/洗濯(パルレ)/ドリアン・グレイ/ナポレオン/ファリネッリ/僕とナターシャと白いロバ/マイ・スケアリー・ガール/マタ・ハリ/マディソン郡の橋/モンテクリスト/ラフマニノフ/ルドルフ/忘れられた顔1895/私の愛 私の花嫁

今回は150名ほどの方にご回答いただきました。改めてアンケートにご協力いただいた皆様、ありがとうございました。今後もまた機会を見て、このようなアンケートを実施してみたいと思っています。
その際はご協力をお願い致します。

文:さいきいずみ(韓劇.com)

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[コラム]2018年韓国ミュージカル/演劇の見どころは?

[コラム]2018年韓国ミュージカル/演劇の見どころは?

 

シンシカンパニー2018年作品(左から『ビリー・エリオット』『シカゴ』『マチルダ』と演劇『The Play That Goes Wrong』)

早くも1月が終わろうとしていますが、韓国では2月中旬の旧正月以降が本格的な新年度のスタートとなります。そのお正月休みを前にようやく2018年ラインナップが出そろいました。そこで今年のおすすめ作品を紹介します。

※大手制作会社や、公営劇場は年間スケジュールを早々に決めて動くため、ほぼ予定は確定していますが、大学路の小劇場などで上演されるミュージカル、演劇は、長期スケジュールを事前に公開しないためラインナップに漏れている作品が多数あることをあらかじめご了承ください。

【ミュージカル】

2018年も昨年に引き続き新作は少なめ。しかし、大劇場ヒット作の再演タームが来た年となっており、人気作の再演が多いのが特徴です。

ODカンパニー2018年作品(左から『タイタニック』『ドクトル・ジバゴ』『マン・オブ・ラ・マンチャ』『ジキル&ハイド』『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』)

ライセンスミュージカルの新作はティム・バートンの同名映画が原作の『ビッグ・フィッシュ』と、映画『ジャイアント・ピーチ』や『チャーリーとチョコレート工場』で知られるロアルド・ダールの児童文学が原作の『マチルダ』が韓国初演となります。特に5歳の少女が主人公となる『マチルダ』は現在再演中の『ビリー・エリオット』をはじめ、英国ウエストエンドの人気作を韓国で上演し、着実に実績を残しているシンシカンパニーが制作するとあって、クオリティの高さは保証できると思います。一方『ビッグ・フィッシュ』は、『キンキーブーツ』『ボディーガード』と映画を舞台化した作品を精力的に上演しているCJ E&Mが制作。昨年日本版が上演されたようですが、原作映画のファンタジックな作品世界を、どう舞台に落とし込み、韓国の観客に見せてくれるのか楽しみです。

EMKミュージカルカンパニー2018年作品(左から『笑う男』『エリザベート』『ファントム』)

韓国創作ミュージカルの新作では『レッド・ブック』『笑う男』は必見です。
『レッド・ブック』は名作『女神さまが見ている』を生んだ、ハン・ジョンソク脚本家とイ・ソンヨン作曲家が再タッグを組んだ作品。“女性の性表現の解放”をテーマに、『女神さま~』同様に楽曲のバリエーションと独自のストーリー展開が群を抜いていた作品です。昨年、新作の創作を支援する「創作産室」の選定作としてショーケースとして上演済で、準新作的作品ですが、今年初めて長期本公演が行われます。
一方、『笑う男』は、韓国を代表するミュージカル制作会社EMKミュージカルカンパニーが、5年の準備期間を経て『マタ・ハリ』に継ぎ発表するオリジナル作品です。『レ・ミゼラブル』の原作者でもあるヴィクトル・ユーゴーの同名小説が原作。口が大きく裂かれて常に笑ったように見えるグウィンプレンを主人公に、彼の数奇な運命と当時の貴族社会を鋭く風刺した作品です。演出に『レベッカ』『マリー・アントワネット』などを手掛けたロバート・ヨハンソン、作曲フランク・ワイルドホーン、作詞ジャック・マーフィー、音楽監督キム・ムンジョン、美術オ・ピリョンと過去のEMK作品に参加した豪華スタッフが揃い、『マタ・ハリ』同様に海外での上演も視野に入れた作品になりそうです。

HJカルチャーの新作『ジョン・ドゥ』と『ザ・フィクション』キャスト写真

小劇場では『ファリネッリ』『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』など世界の偉人を取り上げた作品群で知られるHJカルチャーが、初めて韓国の偉人、世宗大王を主人公にした『1446』をはじめ、米映画『群衆』原作の『ジョン・ドゥ』、大邱ミュージカルフェスティバルから誕生した創作劇『ザ・フィクション』、イタリアの名バイオリニストを取り上げた『パガニーニ』など新作4本を上演予定で、他を圧倒しています。

6年ぶりの再演となる『ドクトル・ジバゴ』(©ODカンパニー)

再演作品のなかでは、リュ・ジョンハン、パク・ウンテ主演で6年ぶりに上演する『ドクトルジバゴ』。初演メンバーを筆頭に日本でも人気のキャストが揃った『三銃士 10周年記念公演』。2017年のミュージカル賞を総なめした『もしかしてハッピーエンディング』の脚本家・作曲家コンビによる同名映画原作『バンジージャンプする』の5年ぶりの再演も見逃せません。
ほかにも『マン・オブ・ラ・マンチャ』『ノートルダム・ド・パリ』『フランケンシュタイン』『ジキル&ハイド』『エリザベート』『ファントム』と、豪華キャストは必至の大作が目白押しです。

まだ発表されていない大学路の小劇場ミュージカルはどのような作品が上演が上演されるのか? 今後の情報解禁にもご注目ください。


【演劇】

公営劇場である国立劇団南山(ナムサン)芸術劇場や、韓国の2代企業メセナであるドゥサンアートセンターLGアートセンターを中心に、今年も興味深い作品が揃いました。
李明博、朴槿恵政権時代の「文化芸術人ブラックリスト」問題が明るみとなり、これまで大きな影響を受けていた演劇界は徐々にではありますが、作品や運営方法に風通しの良さを感じさせ始めています。
国立劇団は新しい芸術監督に劇団「白手狂夫(ぺクスカンブ)」を主宰するイ・ソンヨルを迎え、“シーズン団員”と呼ばれる専属俳優を一新しました。メンバーにはキム・ハン、チョン・ウォンジョ、イ・ジョンム、チュ・イニョンなど、過去数々の演劇に主演した実力派俳優も含まれており、彼らの活躍に期待が膨らみます。

国立劇団2018シーズン団員紹介映像(国立劇団公式YouTubeより)

一方、公営劇場でありながら、社会問題をテーマにした作品を積極的に上演してきた南山芸術劇場は、その矜持は保ちつつもより多彩な作品を上演しようとしています。両劇場ともに新人演出家、脚本家に上演の機会を与えて次世代演劇人を育てようという姿勢も見えます。
また、数年をかけて改装工事中の国立劇場は、通常は大劇場のヘオルム劇場で上演しているパンソリの芝居=唱劇(チャングク)2作を明洞芸術劇場を借りて上演します。アクセスしやすく、舞台も見やすい同劇場でこの機会に伝統演劇の世界に触れてみてはいかがでしょうか?

 

『アマデウス』に主演するチョ・ジョンソク(左)とキム・ジェウク(©Page 1)

『ネヴァー・ザ・シナー』ポスター(©ダルカンパニー)

一方、民営の制作会社作品のなかでは、やはりチョ・ジョンソク&キム・ジェウク主演の『アマデウス』が上半期の注目度ナンバー1と言えるでしょう。加えてファン・ジョンミン10年ぶりの演劇主演作『リチャード三世』、キム・サンジュン、キム・スンウなどが出演する『ミザリー』など、ドラマ、映画で活躍する人気俳優が出演する作品が人気を集めそうです。

またミュージカル『スリル・ミー』のモチーフとなった実在する殺人事件「レオポルト&ローブ事件」を取り上げた、演劇『RED』の脚本家ジョン・ローガン原作の『ネヴァー・ザ・シナー』はマニアならずとも必見。キャストには『スリル・ミー』や名作演劇『ヒストリー・ボーイズ』経験者など若手からベテランまで実力者ぞろいです。

韓国では最近日本原作の映画やドラマの制作が増えているのですが、舞台シーンでもその動向が見えます。韓国では村上春樹の人気を抜いたと言われる東野圭吾原作『ナミヤ雑貨店の奇跡』は、朗読ショーケースが好評でした。実際にセットを組んでの本公演ではどういう仕上がりになるのか注目です。ほかショーケースではチョン・ミドの熱演が話題を呼んだ『Bea』の本公演は再度彼女が主演した場合は見ておきたい一作です。そしてシンシカンパニーが今年唯一上演するコメディ『The Play That Goes Wrong』はキャスティングも含め、年末の注目作の一つとなりそうです。

2016年にチョン・ミド主演で上演された演劇『BEA』ハイライト映像(ウラン文化財団公式YouTube映像より)

演劇はミュージカルと比べると上演期間も短く、情報も多くはないため海外の観客にはハードルが高いかもしれませんが、意外と台詞を正確に聞き取れなくとも十分に楽しめます。さらに秀作に出会えたときに得られる感動や印象深さはミュージカルの比ではありません。俳優たちの高い演技力や息遣いの醍醐味を一人でも多くの方に直接劇場で体感してほしいと思います。

※2月8日まで公開しておりました、ダウンロード済みの年間ラインナップ表は個人の閲覧用にのみご利用ください。ブログやネット上での公開や転載、転用、商用利用は禁止です。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.25

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.25

 

ケラリーノ・サンドロヴィッチの作品が韓国初上陸!
『消失(The Disappearance)』

兄チャズ役のイ・ガプソン(左)と弟スタンリー役のキム・ドゥボン(以下写真はすべて稽古場にて撮影)

今年、6周年を迎える韓国大田(テジョン)市のフェスティバル「大田アーティエンス2017」にケラリーノ・サンドロヴィッチ作の演劇『消失』が9月27日から3日間上演されます。この公演は、ケラリーノ・サンドロヴィッチの作品が初めて韓国に紹介されるという点で、とても意味深い公演となりそうです。

原作では大倉孝二が演じた兄チャズは弟思いだが、その優しさの裏には狂気を秘めている

原作ではみのすけが扮したピュアな弟スタンリー。演じるキム・ドゥボンは2013年の演劇『兄弟の夜』で大きく注目された

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が主宰する劇団「ナイロン100℃」で2004年に初演された『消失』は、数ある彼の作品のなかでも評価の高い作品です。
二つの月が空に浮かんでいる、廃墟になった町。時は未来、もしくは架空の時代を舞台にしています。主人公は28年前、親に捨てられ、互いを頼りに生きてきたチャズとスタンリー兄弟。クリスマス・パーティを準備していたある日、弟スタンリーは、片思い中のスワンレイクに告白を決意します。兄チャズも積極的に手伝おうとするのですが、作戦は失敗してしまいます。その次の日から、スタンリーの主治医ドーネンをはじめ、空き部屋を借りに来た女性ネハムキン、ガスの点検にきたというリント…と、兄弟の家には怪しい客が次々とやってきます。悪人は一人も登場しないこの物語は、登場人物6人それぞれの秘密が明かされながら、とんでもない結末へと向かいます。

スタンリーの担当医師ドーネン役のチョン・ミョングン(左)と、空き部屋を借りにやってきたネハムキン役のイ・ジョンヒョン

この作品を上演する大田は、ソウルから高速鉄道のKTXまたはSRTを利用すれば約1時間で行けるほど近い、韓国中部の都市です。大田には韓国科学技術院(KAIST)をはじめ、韓国最高の科学大学や研究所が集まっていて、昔から「科学都市」として名高いところです。その特徴を生かし、大田文化財団が芸術(アート)+科学(サイエンス)を融合した「アーティエンス」というフェスティバルを作ったのです。当初は主に美術作品の展示が中心でしたが、一般市民が参加したキャンプ、科学者と芸術家をつなぐレジデンス・プログラム、科学に関する映画の上映、演劇の上演まで、徐々に幅を広げています。特に、演劇の上演はまだ2年目で、初年度だった去年は日本の劇団「青年団」によるロボット演劇『働く私』と『さようなら』が上演されました。

原作では八嶋智人が演じた謎の男リントは、キム・グァンボ演出作や、劇団メンシアター作品などに出演してきたパク・ギドク。彼の持ち味であるとぼけた味のあるキャラで笑わせる

原作では三宅弘城が演じたヤブ医者のドーネンを独特の怪しさで好演していたチョン・ミョングン。新進劇団「炎の戦車」の看板役者

前回のコラムでも紹介したようにSFものの上演が少ない韓国では、まだ「科学演劇」を発掘し開発することは簡単なことではありません。将来的には演劇人と科学者とのマッチングを課題にしながらも、今の段階では優秀なSF演劇を探して、その作品を大田から発信している状態です。このような大田側の努力と、長い間『消失』の上演を準備してきたaSocietyが出会い、韓国で初演が決まったのです。

aSocietyは、旗揚げしたばかりのカンパニーですが、主宰者兼演出家のイ・ウニョンは、キム・グァンボ演出家が率いる劇団チョンウの演出部に所属し、大小様々な作品で演出及び演出助手をした経験を持っています。演出家としての代表作は、平田オリザ作の『隣にいても一人』、アイルランドの詩人・劇作家イェイツの詩を基にして脚色/演出を務めた音楽劇『妖精の歌』などがあります。とても美人な彼女ですが、実は元アイドル歌手で、元女優でもあり、世界的な演出家である鈴木忠志の『リア王』にも出演、日本や中国ツアーにも参加するなど演技経験も豊富な人です。いま何よりも演劇に情熱を傾けている彼女は、丁寧なテキストの分析と着実な作品作りで俳優やスタッフからの信頼も厚く、同世代の若手演出家の中でも目立つ存在になっています。それもあってか、今回の上演チームには、豪華なメンバーが集まりました。

日本で女優として舞台経験もある美貌の若き演出家イ・ウニョン。真剣なまなざしで稽古を見守る

原作舞台では大倉孝二が演じた兄のチャズ役は、演劇『容疑者Xの献身』韓国版で主人公の湯川に扮したイ・ガプソン。みのすけが演じた弟のスタンリー役キム・ドゥボンは『隣にいても一人』(平田オリザ作)『偉大なる生活の冒険』(前田司郎作)に出演と、日本戯曲の翻訳作品に縁の深い二人が主演します。ほかのキャストも日本の原作舞台で演じた各俳優のイメージにピッタリな面々が勢ぞろい。さらに制作陣もミュージカル『インタビュー』『スモーク』『ロミオとジュリエット』の舞台デザイナー、イ・ウンソクをはじめ、数々の話題作を創り上げた最高のスタッフが集結しています。

スタンリーと恋仲になったものの問題続出! 原作では犬山イヌコが演じたスワンレイク役のハ・ヒョンジ(左)は『小人たち』初演に出演するなどミュージカルでも活躍中

演劇を観る習慣があまりないという大田の観客のために、日本語の言葉遊びのような台詞を中心に少しカットし、約2時間の上演時間になりましたが、それでも内容は忠実に再現できたと確信しています。前半はコミカルな展開ですが、見終わったときには、“善人だけでも悲劇は起きる”という憂うつなテーマに気付かされるはずです。劇中で多様な感情を表現しなければならないこの作品は、俳優にとっては楽しい挑戦であり、観客にとっては最もドキドキするポイントとなることでしょう。『消失』は、地球上には世界をより良くしようとする人たちがたくさんいるのに、人も地球も、もしくは宇宙もいつかは無くなってしまうのでは? という、切ない未来図を見せているのです。これは時代や国境を越えて共感できるテーマではないかと思います。韓国版『消失』がSF演劇という新たな概念を提示しながら、新作の発信地を目指す大田から、次はソウルなどの他の都市や、日本をはじめ他の国でも上演できたらいいなと思っています。

ドーネンの往診を受けるスタンリー。物語は中盤から徐々に彼らの秘密が明かされていく


【公演情報】
演劇『消失(The Disappearance)』(소실-언젠가는 없어져버릴 우주 이야기)
2017年9月27日~9月29日 大田芸術家の家(대전예술가의 집)

<出演>
●チャズ・フォルティー役:イ・ガプソン
●スタンリー・フォルティー役:キム・ドゥボン
●ホワイト・スワンレイク役:ハ・ヒョンジ
●ドーネン役:チョン・ミョングン
●エミリア・ネハムキン役:イ・ジョンヒョン
●ジャック・リント役:パク・ギドク

原作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/翻訳:イ・ホンイ/演出:イ・ウニョン/美術:イ・ウンソク、照明:イ・ドンジン/衣装:ホン・ムンギ/音楽:チャン・ハンソル/小道具:チョン・ソユン/舞台監督:コ・ソビン/企画:チョ・ヒョンジ、シン・ジュフン

●稽古場フォトギャラリー ⇒韓劇.com公式Facebook

●「大田アーティエンス」⇒公式ブログ作品情報 ⇒公式Facebook予告映像

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.24

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.24

 

仮想世界の中の倫理を問うSF捜査劇『The Nether』

SF推理劇に挑む、名優イ・デヨン

韓国人である私にも中々解けない韓国の謎が一つあります。それは、なぜか韓国では推理やSFなどのジャンルがあまり愛されていないことです。物語より目の前の現実がもっとドラマチックだったからでしょうか? 小説や映画も見ても、歴史物やドキュメンタリーの方がずっと人気があるのです。推理とSFはマニア=少数が楽しむジャンルだという認識があり、私も子どもの時から推理小説やSF小説が読みたくなったら、図書館の海外文学コーナーの隅で本を探すのが当たり前でした。欧米ドラマのヒットにより、推理やサスペンスはどんどん人気を得てきましたが、それに比べても特にSFはいつも遠い存在でした。勿論、これは演劇界も同じで、今まで韓国演劇の歴史のなかで「SF」と言えるような作品はほぼなかったと言えます。
しかし最近、人工知能の人気が高まり、科学と芸術の融合事業を支援する基金が設立されたことで、演劇界のなかでもSFに対する関心が増えています。翻訳者としても、変化を実感していて、ほんの2年前にはSF的な要素が入った作品をプロデューサーや演出家に紹介すると断られてしまいましたが、最近は新鮮な素材に興味を持つ創作者が出てきています。こんな雰囲気のなかで、8月24日から大学路で上演される演劇『The Nether(네더 ネダー)』がどのような成果を見せるか、興味津々です。

稽古中のドイル役イ・デヨン

『The Nether』は、アメリカの女性作家ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)が2012年に発表した作品です。本作でヘイリーは、優れた女性作家に与えられるSusan Smith Blackburn賞を受賞し、翌年にはLA Ovation awards Best Play賞も受賞しました。それだけではなく、イギリス、ドイツ、スウェーデン、トルコ、ノルウェーなど16カ国で上演されました。
この作品が好評を得た理由は、未来の物語ですが、今からよく考えて討論しなければならない問題を扱っているからだと思います。SFといえば映画のように華麗なCGの画面をイメージされる方が多いかもしれませんが、『The Nether』は、最初のSF小説だと言われている『フランケンシュタイン』がそうだったように、人間の欲望から生まれた科学の成果が我々の価値観にどのような変化をもたらすかを問う作品です。

物語は、女刑事モーリスが事業家シムズを未成年売春の容疑で取り調べをするシーンから始まります。しかしモーリスが把握している容疑者の情報とは全く異なる人物であるシムズは堂々と嫌疑を否定します。やがて、その容疑者の情報が、シムズが「Nether」のなかで作ったアバターのような仮想の彼自身と一致することが明らかになっていきます。

刑事モーリス(キム・グァンドク)は、容疑者シムズを追求する

「Nehter」とは、現在のインターネットに当たる仮想世界です。本作の舞台となる近未来では、この「Nether」の空間を通して人間の五感すべてを生々しく感じることができるようになっています。会員となってログインすれば現実と同じ仮想のファンタジーが体験でき、教育や仕事はもちろん、売春などの違法行為まで「Nether」を通して行われるため、身体に生命延長装置を付着して「Nether」のなかに完全に入りこんでしまった人まで出てくるほど、ユーザーを支配しています。
シムズは、自身の小児性愛嗜好がどんな薬でも治らないことに気付き、「Nether」のなかに秘密の空間を作った人物です。クラシカルな美しい邸宅に純粋な女の子たちを集め、彼女たちに“パパ”と呼ばれているシムズは、現実では決して許されない欲求を会員たちに提供しているのです。次にモーリスはこの空間の会員である中年の化学教師ドイルを参考人として呼び、捜査に協力するよう依頼。やがてモーリスはウードナッツという男性として「Nether」にログインし、シムズが作った秘密空間に潜入して、その空間で生きる少女アイリスと出会ったことで、事件の真相に迫っていくのです。

(左から)ドイル役イ・デヨン、シムズ役キム・ジョンテ、モーリス役キム・グァンドク

Netherに秘密の空間を創るシムズ役キム・ジョンテ

モーリスに追求されたシムズは彼女に問い返します。「私たちは現実では絶対許されない欲求を仮想世界で解決する。現実では誰も傷つかない。この空間を無くしてしまうとどうなるか分かっているのか。それでも無くしたいのか」と……。
このサイバー空間で人間の本質を問うという、これまでにない物語に挑むため、韓国演劇界でも屈指の実力派俳優が揃いました。小児性愛者のシムズを演じるのは『トイレットピープル』『テンペスト』『デモクラシー』など、公立劇場の演劇に多数出演してきたキム・ジョンテ。15年には密室で展開する英国発の翻訳劇“トリロジー”シリーズの第2弾『カポネトリロジー』にも出演して注目されました。
シムズを追う刑事モーリス役を『サム・ガールズ』『ノイズ・オフ』『下女たち』など数々の話題作に出演してきたキム・グァンドク。そして、もう一人の重要な容疑者となるドイルを、ドラマ『雲が描いた月明り』、映画『思悼(サド)』など、数々のドラマ、映画に出演してきた名優イ・デヨンが演じます。

アイリス役:チョン・ジアン(左)、ウードナッツ役イ・ウォンホ

鋭い論戦が展開される取調べ室、そして実在しないNetherの秘密空間……この二つの空間を往来しながら展開する、この作品世界を構築するのは、演出家イ・ゴン(コラムVol.15『短編小説集』参照)と翻訳家でドラマターグも務めるマ・ジョンファ(コラムVol.2『傷だらけの運動場』、15『短編小説集』を参照)です。このコンビの実力は、去年上演した演劇『短編小説集』の大成功で検証済みですが、実はその前から『Nether』の上演を企画していたそうで、それほど入念な準備期間を経て、上演するに至った作品なのです。
帰国子女だったマ・ジョンファは演劇学を専攻した研究者でもあるため、稽古にも積極的に参加するドラマターグですが、彼女とパートナーを組んだイ・ゴンもアメリカ留学派で、現在は青雲(チョンウン)大学演技芸術学科の教授です。二人のエリートが「シムズが正しいか、モーリスが正しいのか」という問いを投げかけるこの戯曲に惹かれたのは当然だったかもしれません。『Nether』は間違いなく観劇後、観客がテーマや内容について討論したくなるような作品だからです。

ドイル(イ・デヨン)はシムズ(キム・ジョンテ)に同志にも似た感情を覚える

個人的には、『Nether』の最も魅力的な部分は、物語自体はSFの領域なのに、それを表現する様式がアナログな演劇的方法を取っていることです。推理・SF小説が好きで、幼い頃から海外文学に親しんできた韓国の読者たちが、この作品をきっかけに演劇で楽しむ推理・SFの新鮮さを体験し、新しい「観客」になってくれることを期待しています。そしてこの作品が、韓国の劇作家にも良い刺激になればいいなと思います。

⇒ドイル役、イ・デヨンさんのスペシャルインタビューへ


【公演情報】
演劇『The Nether(ネダー)』(네더)
2017年8月24日~9月3日 東洋芸術劇場3館(大学路)

<出演>
●ドイル役:イ・デヨン
●シムズ役:キム・ジョンテ
●モーリス役:キム・グァンドク
●ウードナッツ役:イ・ウォンホ
●アイリス役:チョン・ジアン

原作:ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/舞台:イム・ゴンス/照明・映像:シン・ジェヒ/映像共同制作:ソン・ギョンビン/衣装:チョン・ミンソン/小道具:パク・ヒョニ/ヘアメイク:キム・グニョン/音楽監督:ピ・ジョンフン/振付:イ・ハンナ/助演出:アン・ミビン/舞台監督:イ・ヒョンジン

写真提供:劇団的(チョク)


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.23

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.23

 

カナダの人気ドラマを舞台で上演!『キムさんのコンビニ』

(写真中から時計回りに)チャン・ヨンチョル、パク・ヨンギュ、アン・ジェヨン、チェ・ヨンミ、イ・ファジョン ©国立劇団

韓国国立劇団では、いま「韓民族ディアスポラ展」と題したシリーズ演劇を5作連続で上演しています。“ディアスポラ(diaspora)”とは、元々パレスチナを離れて暮らしながらも、ユダヤ教の規範と生活慣習を守っているユダヤ人の総称でしたが、最近は故国を離れ、その地に定住している共同体を指す言葉としてよく使われています。
6月1日から始まったこの演劇シリーズでは、アメリカ、イギリス、カナダ、フランスで活動している韓国系作家を招き、これまでに4作、上演してきました。
●ヨンジン・リー(Young Jean Lee)
『龍飛御天歌(용비어천가/Song of the Dragons Flying to Heaven)』
●インスク・チャペル(In-sook Chappell)
『これはロマンスではない(이건 로맨스가 아니야/This isn’t Romance)』
●ジュリア・チョ(Julia Cho)
『茄子(가지/Aubergine)』
●ミア・チョン(Mia Chung)
『あなたのための私のためのあなた(널 위한 날 위한 너/You For Me For You)』

そしてシリーズ最後となる5作目の作品が、今回紹介する『キムさんのコンビニ(김씨네 편의점/Kim’s Convenience)』です。
この作品はカナダではテレビドラマとしてのほうが有名です。2016年にカナダの国営放送CBCのテレビシリーズで、2017年カナディアン・スクリーン・アワード11部門にノミネートされ、話題となったシットコム(=シチュエーション・コメディ)です。

演劇からドラマ化の過程を語る出演者&スタッフインタビュー(カナダCBC公式YouTubeチャンネルより)

原作者のインス・チェ ©国立劇団

この脚本を書いたのは、幼少時に韓国からカナダへ移民したインス・チェ(Ins Choi)。彼は俳優でもあるのですが、アジア人であるがゆえになかなか役に恵まれない日々が続き、自身を含めアジア系の俳優がたくさん出演できるような作品を作ろうと、直接脚本を書いてみたそうです。そして2011年に、最初は演劇として作ったこの作品を「トロント・フリンジ・フェスティバル」という総合芸術祭で上演し、見事に「ベスト・フリンジ10」に選ばれ、パトロンズ・ピック(PATRON′S PICK)賞(≒観客賞)を受賞。翌年には、トロント演劇批評家協会の「最優秀カナダ演劇」としても選定され、彼の脚本家デビュー作は、その後もカナダのみならず、イギリス、アメリカなどでも上演されています。さらに2016年からはテレビ・シリーズへと発展し、ますます多くの人に愛される作品になったのです。

この物語の主人公は、妻、娘とコンビニを経営している韓国系カナダ人のミスターキム。移民して数十年が経ちましたが、ミスターキムはまだまだ韓国人です。典型的な家父長主義で、韓国を愛し、日本が嫌いで、黒人は信用できません。そんな彼が自分の人生について真剣に考えていたある日、不動産屋の知り合いから、世界最大のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート(Wal-Mart Stores)」が出店する前に店を売って、安定した老後を準備しなさいと忠告されます。しかし、彼にそんな気はさらさらありません。娘のジャネットに店を継いで欲しいとさえ思っているのです。そんな中、彼の頭の中には自分と不仲のため、家を出て暮らしている息子ジョンが思い浮かびます。

移民である作家自身の人生を反映しているこの戯曲は、移民が多い国だけにカナダの観客たちに「うちの家族も同じだ」と大きな共感を呼んだそうです。
この作品の演出を務めるのは、ミュージカル『僕とナターシャと白いロバ(나와 나타샤와 흰 당나귀)』『ラフマニノフ(라흐마니노프)』や、演劇『年老いた少年たちの王国(늙은 소년들의 왕국)』『報道指針(보도지침)』などの話題作を次々と手がけ、いま韓国の舞台シーンで最も注目を集めている若手劇作家・演出家のオ・セヒョクです。彼は特に、コミカルな描写に才能を発揮する人なのですが「台本を読んだときに何の違和感もなく、まるで自分が書いた本みたいだと感じました」と話していたそうです。

『夫婦』朗読公演の模様 ©創作集団LAS

『夫婦』朗読公演の模様 ©創作集団LAS

この『キムさんのコンビニ』をはじめ、「韓民族ディアスポラ展」で上演した作品は、厳密に言うとすべて“翻訳劇”になりますが、ちょうど同じ時期にドゥサン・アートセンターでも「DAC戯曲リサーチ」というタイトルで海外の戯曲に焦点を当てた企画上演が行われました。
「DAC戯曲リサーチ」はアメリカ、イギリス、日本の最新戯曲を6人の翻訳家が企画・翻訳し、朗読公演として上演。カンファレンスも行われました。
上演作のひとつだった岩井秀人原作の『夫婦(부부)』は、私が翻訳者として参加し、同じく岩井原作の『て(손)』を2015年から韓国で翻訳上演している創作集団LASと朗読上演しました。
『夫婦』『て』ともに脚本家自身の家族の物語を舞台化した作品でしたが、観客からは「まるで自分の家族を見ているようだ」「これは韓国の脚本家が書いたと言っても信じられる」「生々しくてびっくりした」という反応がありました。国は違っても、やはり家族の物語は万国共通の普遍性があるようです。翻訳劇を見るときには、例えば“日本色が強い”“いかにもアメリカっぽい”とか、“フランス作品は難解だ”など、原作の国に対する多少偏見混じりの視線を持つことが多いですが、国籍は一旦忘れて作中のキャラクターに集中すれば、まるで自分のことのように物語を受け入れられることでしょう。カナダに住む韓国人一家の物語、『キムさんのコンビニ』も、近所のコンビニでの出来事を見るように面白さを感じられるのではないかと、期待しています。


【公演情報】
「韓民族ディアスポラ展」
演劇『キムさんのコンビニ』(김씨네 편의점)
2017年7月14日~7月 国立劇団ペク・ソンヒ チャン・ミンホ劇場

<出演>
●父(ミスターキム)役:チャン・ヨンチョル
●母役:チェ・ヒョンミ
●娘ジェニー役:イ・ファジョン
●息子ジョン役:アン・ジェヨン
●マルチマン(一人多役):パク・ワンギュ

作:インス・チェ(Ins Choi)/翻訳:イ・オジン/演出:オ・セヒョク/ドラマターグ:ソン・ウォンジョン/舞台:キム・スヒ/照明:マ・ソンヨン/衣装:イ・ユンジョン/小道具:ペク・へリン/ヘアメイク:イ・ジヨン/音楽:オム・ブレ/音響:チョン・ユンソク

写真提供:国立劇団、創作集団LAS


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.22

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.22

 

キム・ジェヨプのドイツ体験記 『思想は自由』

5月23日からドゥサンアートセンターSpace111で、韓国演劇界を牽引する気鋭の劇作家、演出家キム・ジェヨプの新作演劇『思想は自由(생각은 자유)』が開幕しました。このタイトルはドイツの民衆歌謡「Die Gedanken sind Frei(思想は自由)」から借りてきたそうです。

この作品には「キム・ジェヨプ」を演じる俳優が登場し、実際に彼が2015年に一年間過ごしたドイツでの出来事を舞台で再現しながら、またそのときの記憶について語っていきます。ベルリンという都市、ドイツの演劇界、そしてそこで出会った韓国人の生活を舞台上に並べ、それらを通して今の韓国を客観的に見ようとした作品です。

新作が常に注目を浴びるキム・ジェヨプ

まるで私小説を連想させるこのような劇作術は、いつしかキム・ジェヨプを代表するものになりました。2013年に初演し、代表作となった『アリバイ年代記(알리바이 연대기)』は、彼と彼の父親の人生を描きながら、彼らが出会ってきた歴代大統領の話を、まるで目で見るエッセイのように表現した作品でした。また、去年発表した『検閲-彼らの言葉-(검열언어의 정치학: 두 개의 국민)』は、韓国演劇界に衝撃を与えた検閲問題に対し、関連した人々の言葉をそのまま集めて作りあげたものでした。
これら日本でも上演されて好評を得た作品や、韓国の近現代を生きた詩人キム・スヨン(김수영 1921-1968)が書いた詩の題名をそのまま使い、自分の中のキム・スヨン探しを試した『なぜ私は小さなことだけに憤慨するだろうか(왜 나는 조그마한 일에만 분개하는가)』など、彼の多くの作品が同様の形式で作られています。
ごく個人的な話をしているのに、作品全体が持つテーマはいつも社会的で政治的であるため、彼の作品は決して「私」的な物語という印象より、一種の「公」的な歴史のような印象を観客に与えます。そのため、よく「ドキュメンタリー」的だと説明されるキム・ジェヨプの作品は、実際に作品の素材だけではなく表現方法においてもドキュメンタリーのような作品が多いのです。

待望の新作だけに、すでに残席が少ない回もあるという『思想は自由』。台本の最初のページには、「演劇じゃなくてもいい演劇」と書いてありました。一般的な演劇の形式から離れた作品になりそうで、今回は、彼のどんな体験が描かれるのだろうか? と多くの観客に期待されるなか、開幕前の稽古場を訪ね、創作の背景を伺いました。

⇒キム・ジェヨプ インタビュー[前編]へ

【プロフィール】
キム・ジェヨプ(김재엽 Kim Jae-Yeoup)
劇団「ドリームプレイ テーゼ21」代表/世宗大学映画芸術学科教授
1973年大邱生まれ。98年に『9つの砂時計』で韓国演劇協会創作劇公募に当選。02年には『ペルソナ』が韓国日報 新春文芸に当選し、若手劇作家として頭角を現す。同年、故パク・クァンジョンが代表を務めた劇団「パーク」の創立メンバーとして参加し、『チェックメイト』を作・演出して演出家としても始動。03年に劇団の前身となる「ドリームプレイ プロジェクト」の活動をはじめ、05年には劇団「ドリームプレイ」を創立。劇団第1作の『幽霊を待ちながら(유령을 기다리며)』はゴチャン国際演劇祭大賞と演出賞をW受賞した。以降も『誰が大韓民国の20代を救うのだろうか(누가 대한민국 20대를 구원할 것인가?)』(09年)、『ここ、人がいる 여기, 사람이 있다』(11年)など演劇賞の受賞作も多く、新作戯曲は常に注目を集めている。13年に初演した『アリバイ年代記』は最も歴史ある東亜演劇賞の作品賞と戯曲賞を受賞。韓国演劇評論家協会「今年の演劇ベスト3」、月刊「韓国演劇」の「今年の演劇ベスト7」に選ばれるなど、主要な演劇賞を総なめした。
また11年には蓬莱竜太原作『まほろば(마호로바)』、14年には中津留章仁原作『背水の孤島(배수의 고도)』など、日本作品の演出も手がけている。
●劇団「ドリームプレイ」公式Facebook https://www.facebook.com/theaterdreamplay/


【公演情報】
ドゥサン人文劇場 2017:葛藤 Conflict
演劇『思想は自由』(생각은 자유)

2017年5月23日~6月17日 ドゥサンアートセンターSpace111

<出演>
●スンオク役:カン・イェシム
●ジョンホ役:チ・チュンソン
●イ・サンボク役:ハ・ソングァン
●ジェヨプ役:チョン・ウォンジョ
●ソヨン役:イ・ソヨン
●ツカサ役ほか:ユ・ジョンヨン
●コ・ナギョン役ほか:キム・ウォンジョン
●クォン・ユンビ役ほか:パク・ヒジョン
●インカ役ほか:ユン・アンナ(Anna Rihlmann)
●キュレーター役ほか:フィリップ・ヴィンディッシュマン(Philipp Windischmann)

作・演出:キム・ジェヨプ/美術:シン・スンリョル/照明:チェ・ボユン/音楽・音響:ハン・ジェグォン/小道具:イ・スビン/人形作家:キム・ギホン/衣装:オ・スヒョン/ヘアメイク:イ・ジヨン/映像撮影:イム・ソンア/映像:ユン・ミンチョル

取材協力:ドゥサンアートセンター


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.21

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.21

 

国立劇団、創作劇開発プロジェクト第1弾
『かごを持って出かけるんですね、また』

去年から、韓国国立劇団が新しく始めていた新人劇作家サポート・プログラム「作家の部屋(작가의 방)」が、ついに成果を出しました。その主人公はユン・ミヒョン劇作家。彼女は今年1月、東京の座・高円寺で上演された「韓国現代戯曲ドラマリーディング Vol.8」に唯一の女性劇作家として参加し、自身の代表作である『若い軟膏―ア・ラブストーリー 젊은 후시딘—어 러부 스토리』(2013)を日本の観客に紹介したことがあります。そんな彼女が今回、「作家の部屋」を通して執筆した新作『かごを持って出かけるんですね、また (광주리를 이고 나가시네요, 또)』が、4月7日から23日まで、国立劇団小劇場パンにて上演されています。

ポップなデザインが目を引く『かごを持って出かけるんですね、また』ポスター

国立劇団の「作家の部屋」は、デビュー5年から10年以内のプロ劇作家を対象に国立劇団が参加者を募集し、そのなかから選ばれた10名の若手劇作家が約5カ月間、先輩劇作家からのアドバイスをもらったり、作家同士で討論をしながら、新作を書き下ろしていくというプログラムです。去年11月には参加者たちが朗読公演を行いましたが、そのなかでも観客と評論家から大きく支持されたのがユン・ミヒョンが手掛けた作品でした。その結果、本作は「作家の部屋」第1期作品のなかで、国立劇団の正式公演として上演される幸運を得ることになったのです。彼女だけではなく、今後も同じ第1期メンバーのユン・ソンホ『漏水工事』とチョン・ソジョン『ドリームタイム』が、5月に同劇場でショーケースとして公開される予定です。
30代後半であるユン・ミヒョンは、20代には詩と小説を書き、30代になってから劇作家としてデビューしたという韓国では珍しい経歴を持っている劇作家です。何よりも詩と小説を執筆しながら磨いた独自の筆力と観察力が彼女の武器です。特に『かごを持って~』は、彼女が「老人3部作」と名付けた作品の一つで、劇中に登場する老人たちの優れた描写が見どころだと言えます。

定年退職後、家でドラマばかり見ている息子をよそに、母(おばあさん)はかごに食料などをひそませて精力的に外へ売りに出かける

この物語の主人公は、こっそりと家の食材などをかごに入れて、一人暮らしの老人たちに売り歩いているおばあさんです。彼女は、若い頃も同様にかごに品物を入れて商売し、子供たちを育て上げたのですが、そのお金で買った家を息子夫婦にあげたことを今は後悔しています。彼女が再びかごを持って出かけるようになったきっかけは、息子の定年退職。息子は、引退後はサプリメントでも売って老後をおくろうと思っていたものの、厳しい現実に挫折し、毎日ソファーに寝っ転がっては、マクチャン(막장)ドラマ(ドロドロ系ホームドラマ)を見る怠惰な日々を送っています。それを見て不安を感じた息子の妻は、米やラーメンなど食材を大量に買い溜めし始めるのです。

孫娘ミミは祖母の行動を見て「早く年寄りになりたい」と容貌までも変え始める。

この三人の異常行動を観察し、その理由を探そうとするのは、孫娘のミミです。ミミは、大学院生の時に担当教授からセクハラされて以来、10年間も引きこもっている人物です。つまり、この家族は“誰もお互いを養うことができない”状態なのです。その後、ミミはおばあさんに似せて髪を白髪に染め、老婆のような服を着はじめます。「もう何もかも諦めて早くお年寄りになりたい」とつぶやき、ミミが将来自分に訪れるであろう中年を飛ばして、老人になるために練習をしていく過程を見せながら、現代の老人たちの生活をリアルかつコミカルに描いていきます。
実際に老人を観察するため、ひと夏の間ずっと公園で過ごしたというユン・ミヒョンは、作品の中で、500ウォンとアンパンをもらうために教会に並ぶ老人たち、必要なのはリンゴ一個と半分以上使った歯磨きだという老人。自分が一人で死んだ後に(死臭が外に出て)早く見つかるようにしたいと、小さな扇風機を買う老人など、貧しい独居老人などの厳しい現実を繊細に描写していました。かごを持って行商するおばあさんを演じたホン・ユニをはじめ、韓国演劇界の重鎮オ・ヨンスなど、小劇場作品や、特に若い制作陣の作品ではなかなか出会えない大ベテラン俳優が出演し、「老い」の生々しさとともに、深い味のある演技を見せてくれました。

主人公のおばあさんをユーモアたっぷりに演じたホン・ユニ(右)と、独居老人の悲哀を圧巻の存在感でを見せた、韓国演劇界の重鎮オ・ヨンス(左)

この一人一人の俳優に声をかけたのも、ユン・ミヒョン自身。演劇の現場では、演出家を中心に作品の方向性が決められるのが一般的ですが、「作家の部屋」は何よりも作家の意思を最優先にして作品に反映したため、このキャストが実現できたそうです。特に彼女は、去年11月に先行して行った朗読公演では演出も兼任したため、劇作家と俳優の間に特別な信頼関係を築くことができたようです。朗読公演に出演後、個人的な事情で参加できなかった女優一人を除いては、全員が今回の本公演にも出演しました。
新作発掘のために様々なプログラムが企画されていますが、劇作家に演出やキャスティングの権限まで与えた事例は今までなかったと思います。若手芸術家にとっては、公募に作品を出さないと上演の機会さえ得られないのが現実だそうですが、そんな中、劇作家と戯曲に集中して選考する国立劇団の「作家の部屋」が、今後どのような役割を果たせるか、とても興味深いです。すでに「作家の部屋」の第2期活動もスタートしており、1期のユン・ミヒョンは2期にも参加する予定だそうです。来年さらに成長した彼女の新しい作品に出会えるように、これからも応援したいと思います。


【公演情報】
演劇『かごを持って出かけるんですね、また』 (광주리를 이고 나가시네요, 또)
2017年4月7日~23日 国立劇団小劇場パン

<出演>
ホン・ユニ、オ・ヨンス、パク・へジン、イ・ヨンソク、シン・アンジン、パク・ジア、イ・ジヘ、チョ・ヨンウン、イ・ヒョンジュ、キム・チャンドン、ソン・ドンハン、キム・ミラン、イ・ソヨン、クァク・ジョンファ、チョ・ミンギョ、パク・ヒョンス

作:ユン・ミヒョン/演出:チェ・ヨンフン/舞台:イ・オムジ/照明:ナ・ハンス/衣装:チャン・ギチョン/音楽:イ・ヒョンジュ/小道具:コ・ジェハ/ヘアメイク:ペク・ジヨン/音響チョン・ユンソク

写真提供:国立劇団 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.20

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.20

 

翻訳劇制作の世界、演劇『ナミヤ雑貨店の奇蹟』

朗読公演『公演、出会う 同行』のポスター ©デミョン文化工場

南山アートセンターで今年初めて行われる朗読公演「サーチライト」2017 ©南山アートセンター

韓国では、1月から大学路では生まれたばかりの赤ちゃんのようなショーケース作品がたくさん上演されました。前回のコラムで紹介した「NEWStage」とほぼ同じ時期から始まった「創作産室(창작산실)」の作品群も2月まで上演が続きました。「創作産室」は、オリジナルの演劇・ミュージカルを公募し制作するプログラムですが、韓国は3月から年度が変わるため、2月は一種の成果発表の場になっているのです。

それと同時にソウル文化財団の助成金公募申請の締切りも2月にありました。大学路で活動する多くの演劇人は助成金をもらって作品を制作するため、2月は大学路のあちこちで申請書類を作成する演劇人を目にします。厳しい競争のなかで助成金を得て新しい作品を作るためには、入念な準備が必要なのです。

韓国にはさまざまな助成金プログラムがありますが、どうやって選定作を決めるか気になる方もいらっしゃると思います。例えば、ソウル文化財団は書類審査を通して、「創作産室」は書類審査とショーケースを通して作品を選定します。加えて、最近は、“朗読公演”という形式を活用するケースが増えています。ショーケース公演に比べて制作期間と予算を節約でき、事前に観客の反応を見ることができるからでしょう。去年から試験的に朗読公演を行い、今年からは定期的なプログラムとして編成する予定のドゥサン・アートセンター、加えて今年3月に行われる南山アートセンターの「サーチ・ライト」がそれです。以前からアート志向の強い作品をサポートしているこの二つの劇場だけではなく、このような試みは一般観客の反応に、より敏感な商業劇の世界では実はもっと前から行っています。日本でも上演された『女神様が見ている』などを生んだ、CJ文化財団が実施している「CJクリエイティブマインズ」がその代表的なプログラムです。
そして、2014年のオープン当初から話題の小劇場作品を多数上演し、新たな大学路のメッカとなっている「デミョン文化工場」も去年から新作発掘プログラム「公演に出会う、同行(공연, 만나다 동행)」(以下「同行」)を始めています。「同行」は創作劇と翻訳劇を問わず、デミョン文化工場が制作できそうな良い脚本があれば誰でも応募できるプログラムで、書類審査を受けて選ばれた3作品は、全2回の朗読公演を行い、観客からのフィードバックを検討した上で、一つの作品を選定。その作品は正式にデミョン文化工場のレパートリーとして本公演になるのです。

今年行われた第2回「同行」には、一つ特徴がありました。それはミュージカル『Boys in the band(보이즈 인더 밴드)』以外の二つの作品、音楽劇『曲がれスプーン(구부러져라, 스푼)』と演劇『ナミヤ雑貨店の奇蹟(나미야 잡화점의 기적)』は、日本の作品を原作にしていることでした。『曲がれスプーン』は劇団ヨーロッパ企画の上田誠による同名原作をミュージカル『洗濯(パルレ)』の作・演出家チュ・ミンジュが脚色と演出を務めた作品。一方、東野圭吾の同名小説が原作の演劇『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は劇団キャラメルボックスの成井豊の脚本を、『女神様が見ている』の演出家パク・ソヨンが演出した作品です。
翻訳劇の場合は、ある程度、既に検証されたコンテンツだと思われることが多く、なかなか新作のためのサポートは受けられないのですが、数少ない創作支援の機会の中で、韓国演劇界とミュージカル界の全体的な翻訳劇の比率を考えてみても、日本の作品が二つも入っていたのは、やはり珍しいことでした。

『同行』で上演された『曲がれ!スプーン』(写真左)と『Boys In The Band』 ©デミョン文化工場

2014年に上演された演劇『容疑者Xの献身』のポスター

今回、演劇『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を準備したのは、実は去年の第1回「同行」で朗読上演されたミュージカル『容疑者Xの献身』も制作した「ダル・カンパニー」でした。同じく東野圭吾の原作小説/成井豊の脚本をベースに、2014年に上演された演劇『容疑者Xの献身』(イ・キプム演出)を見て「同行」の朗読公演につなげたダル・カンパニーが、再び力を入れて作ったのです。
ちなみに、東野圭吾は韓国で最も愛されている日本の小説家の一人です。韓国を代表する大型書店、教保(キョボ)文庫によると、2007年~2016年の間、日本の小説で最も売れたのが「ナミヤ雑貨店の奇蹟」で、特に2014年からは3年連続1位を記録したほどのベストセラーになっているそうです。「容疑者Xの献身」も6位に入るほど、東野作品は韓国で親しまれているのですが、それゆえに、今年の「同行」は期待と共に心配の声も高かったのも事実でした。そんななかで最も反応が良かったのは、やはり『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の朗読公演で、特に俳優の力が大きかったと評判になりました。ナミヤ雑貨店に盗みに入る、敦也、翔太、幸平を演じたホン・ウジン、チュ・ミンジン、チェ・ソンウォンは、まるで本公演のように台本を持たず台詞を全て覚え、動きもつけて演じました。何よりも、ドラマ『応答せよ1988』出演後、白血病が発覚して舞台を離れていたチェ・ソンウォンが9カ月ぶりに復帰するとあって、舞台ファンのみらなずマスコミも注目していました。また、この作品は登場人物がとても多いのですが、前出の3人以外の26名の登場人物を7名の俳優が巧妙に演じ分けました。朗読公演ながらも俳優全員にとって、とても負担が大きい作品でしたので、それを見事にこなした俳優への拍手が大きかったのです。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』朗読公演より。(写真左から)チュ・ミンジン、チェ・ソンウォン、ホン・ウジン ©デミョン文化工場

『ナミヤ』チームが稽古を始めたのは1月23日で、朗読公演の2月10日~11日まで約3週間の時間がありました。翻訳者として参加した私もこの期間の間、たくさん学び、またいろんなことを感じることができました。

  1. 多くの観客に既に読まれた小説を舞台化するにあたり、どうすれば新鮮だと感じてもらえるか。
  2. 大劇場用として作られた脚本を小劇場、それに朗読公演という形式にうまく作れるかどうか。
  3. 日本人の人物名が、韓国の観客には難しくて覚えにくいが、30名に近い登場人物をどのように整理すれば良いか。
  4. 日本語だからこそ可能な駄洒落のようなセリフをどうするか。
  5. 韓国の観客には受け入れがたい日本独特の部分をどうするか。

などの課題があり、それをスタッフや俳優とみんなで悩む時間でもありました。
は、演出家パク・ソヨンの奇抜なアイデアで、朗読するときに俳優が台本を置く譜面台の前に役名とキャラクターイメージの絵を描いた紙を掛けておき、紙芝居のような楽しさとともに、役柄の情報を観客に提供しました。
は、原作を最大限変更しない、という方針になりました。

全ての翻訳劇がそうですが、このように翻訳の過程は翻訳者一人の作業だけでは終わりません。俳優に読んでもらってからわかることもありますし、今の韓国社会の雰囲気に影響される場合もあります。例えば、2014年に翻訳を担当し、ドゥサンアートセンターで上演した『背水の孤島』(中津留章仁原作)は、東日本大震災を取り上げた作品でしたが、稽古が始まるころにセウォル号事件が起こったことで、観客たちの作品の解釈に大きな影響を与えました。ほかにも、去年、著名な芸術家によるセクハラや性的暴行事件が相次いで話題となったため、最近は性的な冗談や女性を卑下する表現などに観客が敏感となってしまい、抗議をすることも多くなりました。このような背景もあり、①から⑤までを慎重にクリアしていくことは制作陣にとってとても大事な作業となりました。

このように、さまざまな試行錯誤を経て、作品はようやく観客に出会うことができるのですが、翻訳者には、最後の仕事が残ります。一所懸命に楽しく観劇すること。加えて観客の反応をつぶさに観察することです。トイレやロビーで観客たちが交わす対話、SNSでのつぶやきの全てを丁寧にモニターして、特定の台詞が気に入らなかった、とか、逆に良かった、などのコメントが出ていないか確認するのです。このモニタリングで特に指摘がなければ、作品は観客に何の違和感もなく、自然に受け入れられたことを意味するので、翻訳者として安心しても大丈夫だという証拠になるとも言えます。

2015年にLGアートセンターで上演『少しはみ出て殴られた』プレスコール写真より

そういえば昔こんなことがありました。2015年にLGアートセンターで上演した演劇『少しはみ出て殴られた』(土田英生原作)を観劇したミュージカル俳優のホン・グァンホさんが、終演後に「これ翻訳劇だったんですか? 全然分からなかった。オリジナル脚本だと思いました」と言ってくれたのです。これは、個人的には最高の褒め言葉でした。アイロニーですが、翻訳者は存在感が薄ければ薄いほど、嬉しいのです。今回の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の朗読公演も、翻訳者として少しでも成長する機会を与えられたことを心から感謝しています。

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