『M.Butterfly』『ガラスの動物園』『セールスマンの死』など、なかなか大劇場では演劇が上演されない韓国で、中劇場以上の大きな舞台に立った経験が多いイ・スンジュは、キム・グァンボ、ハン・テスクという、韓国演劇界の巨匠演出家が手掛けた作品への出演が非常に多い俳優です。舞台俳優は二つ以上の作品に掛け持ちで出演したり、芸能事務所に所属してドラマや映画界に進出することが、決められた成功の道のように思われていますが、そんな中、マイペースを維持している珍しいスターでもあります。彼はいま何を考え、何を目指しているのか? 現在出演中の『セールスマンの死』の公演を終えた彼と気楽に食事をしながら、韓劇.com初の“モクバン”(먹방=食事をする様子を見せる(放送する)という意味の流行語)スタイルでお話しを伺いました。
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●『セールスマンの死』今日もお疲れ様でした! この作品は昨年に続き再演となりますが、今回はいかがですか?
「戯曲自体が古典ですし、発表されてから長い時間が経っていますが、世界中で上演され続けている文学的な価値もある作品ですね。やはりそうなる理由があると実感しています。抜け目がない。よく書かれている戯曲なんだなーと。俳優としてそんな作品に出演するのはプレッシャーも大きいです。最近書かれたオリジナル作品だと、俳優それぞれの個性を付け足したり、自分の呼吸でやっていけるんですけど、このような古典は長く上演されながら、正解のような何かが形成されているじゃないですか。それが難しいと思います」
※注:『セールスマンの死』は、アメリカの劇作家アーサー・ミラーが1949年に発表した代表作。かつては敏腕セールスマンだったが、今では昔のような成果を出せなくなった63歳のウイリー・ローマンが、家族の問題や過去の幻影に悩まされ続ける。イ・スンジュは、高校時代にドロップアウト後も定職に就かず、父親の期待に応えられないことに葛藤するローマン家の長男ビフを演じた。
●このハン・テスク演出版は、昨年の初演からとても好評でした。今回の再演で変わった点はありますか?
「初演のときは、ウイリーの頭の中を連想させるオブジェが吊られていました。ウイリーの自殺と同時にそのオブジェが落ちたんですが、今回はそれが無くなりました。あとは、初演の時はもっとウイリーの異常行動とか彼の精神的なものにフォーカスを当てていたとしたら、今回は、息子のビフとハッピーの彷徨や苦悩にもっと注目しているんです」
●スンジュさんがアメリカンフットボールの防具をつけて快活に登場する学生時代の回想シーンと、その後苦悩するビフのギャップが印象的でした。
「日本でも似ていると思いますが、最近韓国は若年層の失業問題など、とても深刻な状況ですから。初演を見た多くの観客が、(親の期待に応えられずにいる)ビフとハッピーの兄弟にとても共感してくださったそうです。この作品を見て、自分の生活を振り返ってみた方も多いと思います。それで演出のハン・テスク先生も、新しく若者にフォーカスを当ててみる方向を提案してくださいました。でも、僕ら若手が演じるキャラクターの台詞を変えたり、何かを変えたわけではないんですよ。もっと切実に演じる、というか、演じ方を変化させた感じですかね」
●スンジュさん=生粋の演劇俳優のイメージがありますが、意外にもKBS公開採用俳優(テレビ局の専属俳優制度。現在は廃止されている)として活動を始めたそうですね。
「あの頃は、演劇のオーディションを受けても落ちてばかりで、そもそも演劇は劇団による上演が多かった時期でした。劇団に入るためには人脈も必要でしたし。演技したいのにできないので、KBSのみならず、とにかくオーディションがあったら全部書類を出してみました。その中でたまたまKBSに受かっただけです。特にドラマをやりたいと思ったわけでもなくて。同じころ演技塾の講師にも応募していたんですよ。今すぐ役者になれないなら、役者みたいな仕事をしようと。全く違う仕事をするよりはマシだと思ったんです。それで講師、モデルまで、全部書類を出しました。KBSに受かって、3カ月くらい研修を受けたんですけど、合わないなーと思ってやめました(笑)。俳優の活動として一番いいのは、ジャンルを問わず力量を発揮することですが、僕には演劇が最も合っていると思います」
●KBSドラマ「ザ・スリングショット~男の物語~」と「パートナー」に出演歴があります。
「それは研修の時ですね。採用されると最初に研修期間があるんです。だから義務的に出演した研修作品で、正式な出演ではなかったです。出演しないと修了できませんので。その後『ブレイン』という医療ドラマにも出演しました」
●最近、映画にも出演したそうですが、どんな作品ですか?
『悪女(악녀)』(⇒NAVER映画情報)という映画です。ちょっとだけ出るんですけど。『殺人の告白(내가 살인범이다)』『俺たちはアクション俳優だ(우린 액션배우다)』のチョン・ビョンギル監督の映画です。主人公の殺し屋スッキを演じるのがキム・オクビンさんで、彼女が悪女になる原因は、ある男のせいなんですが、その男ジュンサンを演じるのがシン・ハギュンさんです。僕はチュンモという彼の右腕の役です」
●右腕ということは、ヤクザみたいな役ですか? スンジュさん、全然悪い男には見えないのに!?(笑)
「逆に、だから監督が興味を持ってくれたと思うんです。悪そうに見えない人に、こんな役を演じさせようと。それは僕も同感します。勿論、映画の場合は、演劇やドラマとも違って、一瞬で、ある人物を説明しなければなりませんよね。それでキャスティングに俳優のイメージが大きな影響を与えるのだと思います。特に韓国では見た目でいい人っぽい、悪い人っぽい、みたいな。すぐ分かるようにです。
でも、監督さんは、そういう典型的なイメージでキャストを決めるのが面白くないと判断されたと思います。元々、常に新しさを求める方ですので。やっている行動が悪いだけで、見た目まで悪そうな人が演じる必要はないと」
●じゃ、衣装とかもチンピラっぽく…?(笑)
「そうですねー黒い服着て…(笑)。なんでいつも悪党は黒い服を着るんですかね? むしろ映画とかテレビは、そういう偏見というか慣習みたいなのを持っている気がします。もっと新しいことをどんどんやっていかないといけないのに、ひどいと思います。勿論、最近は多様なコンテンツが生産されていますが」
●普段のイメージと全く違うキャラクターを見られるのはとても楽しみです!
「公開されたら海外に逃げようかと思っているんです(笑)。僕は演劇が一番好きですが、演劇が一番好きだといえるのは、演劇と映画は違うという意味が含まれているからです。映画はやっぱり違うんです。感情を表現する演じ方も、話術も違うし。今こんな風にしゃべっている声より、もっと小さな声で話しても、息をする音まで伝わりますから。むしろ小さくしゃべったほうが、もっとエネルギーが伝わったりもするんです。僕は大学で演劇映画学科を専攻しましたけど、学校ではこういうことを教えてくれません。だから、そういうコツを知る方法は、経験のみです。その経験を、僕は短編映画ではなく、最初からいきなり商業映画でやったのですから。現場で初めていろいろ経験して、僕はまだまだだなと……あー、演劇がいいです。だから海外に逃げようかと思ったんです。(笑)冗談です。とてもいい経験でした(笑)」
●映画は、今回が本当に初めて?
「大学の時、同期の卒業作品に一回出演したことがあります。友達同士で楽しく撮ったもので。あれはまぁ、独立(インディーズ)映画とでも言えない…ワークショップみたいなものでした」
●これからは映画やドラマなど、映像でも活動したいですか?
「機会があれば……。でも、今回映画を撮ったのは本当に偶然で、実は映画出演は一度も考えたことがなかったです。良い俳優になれば、40、50、60歳になっても、必ずどこからか呼ばれると思うんです。やはり舞台上でやり続けた力は無視できないと思います。『セールスマンの死』で僕の母リンダを演じているイェ・スジョン先輩も、最近はドラマや映画で活躍されています。先輩は30~40代の頃は、わざとテレビや映画の仕事はしなかったそうです。ドラマに先輩が出演されているのをたまに見たりすると「あ! お母さんだ!」と、画面に見入るんですが、先輩は何もせず、ただ息をしているだけでも、すごい存在感を表現できるんです。それは、舞台で作られた力だと僕は思っています。先輩のように、上手く演れたらいいなと思っていますが、僕はまだ、それを挑戦するには早いですね。自分のカラーを見つけ出せる日が来たら、僕がカメラを見るだけでも何かを伝えられると思います。だから、まだ、映画の出演とか興味がなかったんです」
●では、『悪女』にはどうやって出演することになったんでしょうか?
「監督が演劇を観て、連絡をくださったんです。周りからは理解してもらえなかったですが、実は最初は断ったんです。でもとても情熱的な監督で、彼といろいろとお話をしたら、この方なら、まだ未熟な僕がぶつかってみてもいいのではないかと思いました。結果が良くなくても仕方ないと。そう信じるように、監督が声をかけてくださいました」
●最近は演劇俳優が出演するテレビドラマもどんどん増えていますよね。
「ドラマのディレクターがよく劇場に足を運んでいるそうです。でも舞台俳優も、もっと賢くなる必要があると思います。自分がうまく発散できるものは何か。下手したら消耗するだけで終わってしまう可能性もあるんです。舞台でずっと築いてきたものが、テレビ画面の中ではある種の類型として使われてしまうかもしれないのです。
演劇とは……僕にとっては最高の芸術なんです。ほとんどの人の目には、演劇というと“辛い”というイメージがあって…。そうですね。確かに辛いし、厳しい道です。でも自分の信念を持って、自分が本当に舞台の上で地球を、宇宙を作るんだと信じてやっていけたらいいなと思っています。こんな舞台を作る俳優が何人かいた方が良くないか? そんな俳優が僕だったらいいなと。とても良い機会があって、タイミングもちょうど合って。僕もやりたいと思った時には、テレビや映画に挑戦すると思いますが、それが今ではない気がします。一度経験してみたから、もっと演劇を頑張らなきゃ。
でも、よく考えてみてください。今回映画に出演できたのも、僕が演劇をやっていたから可能だったことですよね? だから僕はずっと舞台やらないといけません」
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演劇について話し出すと止まらなくなるほどの愛と情熱を傾けていることが伝わってきたスンジュさん。自身の演技をとても謙虚に評価していた映画『悪女』は、5月に開催される「第70回カンヌ映画際」に公式招請作として選定され、大きな注目を集めています。韓国での公開日はまだ決まっていませんが、大きなスクリーンに映るスンジュさんを見る日も遠くありません。期待しましょう!
⇒インタビュー後編では、俳優イ・スンジュの意外な!? 学生時代と将来の夢などを伺います。
【公演情報】
演劇『セールスマンの死』
2017年4月12日~4月30日 芸術の殿堂CJトウォル劇場
<出演>
●ウイリー・ローマン役:ソン・ジンファン
●リンダ・ローマン役:イェ・スジョン
●ビフ・ローマン役:イ・スンジュ
●ハッピー・ローマン役:パク・ヨンウ
●チャーリー役:イ・ムンス
●ベン役:イ・ナミ
●バーナード役:イ・ヒョンフン
ほか、ミン・ギョンウン、イ・ファジョン、キム・ヒョンギュ、チェ・ジュヨン
脚色:コ・ヨノク/演出:ハン・テスク/ドラマターグ:キム・テギョン/振付:クム・べソプ/音楽監督:ジミー・サート/衣装:キム・ウソン、チョン・ヨナ/ヘアメイク:ペク・ジヨン/小道具:キム・サンヒ/映像:キム・チャンヨン/照明:キム・チャンギ/技術:ユン・デソン/音響:ハン・グクラン、イ・ガンジン/助演出:キム・ソヒ、クン・ジョンチョン/舞台監督:ソン・ミンギョン
取材:イ・ホンイ/さいきいずみ 文:イ・ホンイ 撮影:キム・ジヒョン
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