[Special Interview]イ・デヨン【前編】

 

韓国の劇場街、大学路(テハンノ)で観劇する際の醍醐味のひとつは、ドラマや映画に出演している演技派俳優たちの名演をじかに見られることです。アイドルや若手俳優などの主演陣を陰でサポートしつつ、さりげなく深みのある演技を見せる彼らは映像作品になくてはならない存在。特に“中堅俳優”と呼ばれる40~50代の俳優は、さまざまな現場で常にひっぱりだこです。今回インタビューをお届けするイ・デヨンさんはまさにそんななかの一人。常に多数の撮影現場を掛け持ちする多忙なスケジュールをこなしながら、いまもコンスタントに舞台に立ち続けている生粋の演劇俳優なのです。
今回、SF推理劇『The Nether(ネダー/네더)』で、これまでにないキャラクターに挑むデヨンさんへの取材が実現。人間味溢れるベテラン俳優に注目したインタビューは、韓国でも読める機会は少ないと思います。3つに分けた長い内容となりましたが、韓国演劇の近代史も垣間見える貴重なインタビューをご堪能ください。

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●今回は翻訳劇、しかもSFという斬新な『The Nether』への出演はちょっと意外でした。翻訳家のマ・ジョンファさんのたっての希望で決まったそうですね。
「ジョンファさんとは今回初めてお会いしました。実は『春の日(봄날)』※1(7月28日~8月6日までアルコ芸術劇場で上演された)への出演がもう決まっていて、終わった2週間後にこの作品が始まるスケジュールだったので、他にドラマの撮影もあるし、舞台に2作続けて出るのはちょっとしんどいなとも思いましたが、作品を気に入って出演を決めました。2月に『縁側のある家(툇마루가 있는 집)』という演劇に出たのですが、劇場にジョンファさんが演出家と二人でやってきて“どうしても先輩に演じてもらいたい”と。そこまで僕を欲しているなら、と (笑)」

●デヨンさんが『The Nether』で演じるドイルは、ペドフィリア(小児性愛者)の中年教師という難しいキャラクターです。なぜこの役をデヨンさんに演じて欲しかったのか、ちょっとマ・ジョンファさんにも伺いたいと思います。
マ・ジョンファ「イ・デヨン先輩が出演された作品を見ると、ほとんどが善人で、とても苦悩する男性の役でした。もっと面白い役がたくさんあるのに、男優も女優もある程度年齢を重ねると同じような役ばかりを演じるようになるんですね。それをいつも勿体ないと感じていたんです。実は、先輩がかなり前に主演された映画『ラクダ(たち)낙타(들)』(2001年作品)が大好きだったんですが、その映画は、偶然知り合い旅に出た男女が一夜限りの関係を持つという作品でした。デヨン先輩は劇中で自分が傷ついたときに、外にではなく内に向かうようなキャラクターをこういう風に演じるんだなと印象的で、それ以来ずっと興味を持っていたんです。私は俳優に会うといつもどんな役が合うだろう? と想像するのですが、昨年飲みの席で偶然お会いできて。この作品を翻訳したとき、個人的にはドイルのキャラクターに一番惹かれたのですが、とても善い方だと感じた先輩が、最悪の選択をして崩れてしまうような役を演じたら、どんなに面白いだろう? と思いました(笑)。それで、上演が決まったときに演出家にお願いしたんです。“じゃあドイル役は絶対イ・デヨンさんで”と。でも連絡先も知らなかったので、演出家に連絡してもらって(笑)。とてもお忙しい方なので実現するかな…? と思っていました」

●でも普通は、翻訳家がキャスティングまではしないですよね(笑)
マ・ジョンファ「ええ。最初は忙しいとおっしゃったので、また私が演出家と一緒にお願いしに行ったんですよ。“これでダメだったらどうする? 次は手紙でも書く?”とか言って(笑)。そうしたらスケジュールを調整してくださることになって。実際、翻訳家の望み通りの配役になるというのはほぼ不可能なんですが、今回は理想のキャスティングなので、もう作品が完成したような感じです。だから私は稽古で怠けているんです。(何も言わなくても)俳優さんたちが全部やってくれますから(笑)」

●デヨンさんは、ジョンファさんのラブコールを受けていかがでしたか?
「ここまで詳しく理由は言われなかったけど(笑)“ いくら考えても先輩にお願いしたい”と言ってくれて。時間的にちょっと無理みたいだからと丁重にお断りしたんだけど、ここまで言ってくれるなら、無理してでもやりましょう、ということになったんです。作品の設定そのものが興味深い状況だし、サイバー世界、仮想現実についても魅力的で。 人間という存在に対して、とても知的な質問を投げかける作品なのが魅力でした」

●ドイルがどんなキャラクターなのか教えていただけますか?
「ドイルは、定年を半年後に控えた優秀な教師です。教育者としての使命感に溢れ、 とても誠実で、それは家庭でも同じです。そんな男ですが、劇中の近未来では、学生たちがNetherのなかで勉強するので、実際の教育現場で教師は子どもたちがハッキングしてポルノを見ていないかと監視する役割に転落しています。この現実に深く挫折して昔のアナログ的時代の美しさに戻りたい、という思いがある人です。 その後、シムズが作ったNetherの空間に入り、自分で気づいていなかった性的嗜好の発見と、シムズという運営者に出会って、久々に知的な会話が可能なパートナーに会えたという喜びを覚えるんです。そのうちにますますこの世界に溺れていくのですが、結局はドイルもシムズも崖っぷちに立たされている人だと思いました」

稽古中もイ・ゴン演出家と丁寧に台詞について相談

●稽古を拝見したら、演出家や翻訳家と役柄や場面の解釈についてちょっと話し合っただけで同じシーンでもガラリと演技を変えられていて、こんなにも変化するのか! と感動しました。さすがはデヨンさんだ!と思いました。
「稽古というものは相手役がいて、俳優同士で互いに影響を与え合いながらやるものですからね。例えば翻訳家のアドバイスを聞いて、それに応じて自分もそのシーンに対する考えが変わるし、相手役も変わるんです。そしてその変化にまたお互いが呼応する…そんなところが、演劇の稽古の大きな楽しみですね。 そしてその過程で見つけたものが本物で、正解の時が多いんです。ひとりでぶつぶつと台本を呼んでいるだけでは絶対見つからない瞬間が訪れる時があります。 そしてまた、演劇が魅力的なのは、劇場で観客に会うと稽古の過程では探し出せていない答えが、観客を通じて探せる時があります。 演劇はそういう過程があるから本当に面白いんですね」

●観客から予想もしなかった反応が返ってくることもあるでしょうね?
「誰かが言ってたけど、劇場の扉が閉まった瞬間、その中にいる人たちの間に一種の共同体というか、同じムードが流れて、それに俳優が影響を受けるんです。 そして、“あ、自分の考えは合ってたな”と快感を得られるときもあるし、観客の反応を通して正解が分かるときもありますね」

●韓国は未成年への性犯罪者に対し、日本以上に厳しい視線が向けられるのでぺドフィリア(小児性愛者)を取り上げた作品がどう受け止められるか気になります。この作品を観客にどう見てもらいたいでしょうか?
「ん~そうですね…敏感なストーリーでもありますが、具体的に表現するのではなく、台詞で暗示する感じです。この仮想世界では小児性愛だけでなく、例えば、斧で少女の体をメッタ刺しにしたりもするんです。だけど、それは言葉だけで表現されますから。この仮想現実について説明するセリフのなかに魅力的な表現がいくつかあるんです。“自分たちが選んだ形で、自身の体外で交流して関係を結ぶようなこの驚異的な世の中”という台詞があるのですが、これは結局、疎外(感)に対する話ではないだろうか? と。 疎外や孤独、存在に対する質問や疑問など、私は疎外に対する問題だと受け取りました」

●8月初旬まで出演されていた『春の日』の初日前にあばら骨にヒビが入るケガをされて、それを押して出演を続けられ、『The Nether』の稽古にも参加されていたと聞いて驚きました
「それでも私はほとんどケガをしないほうです。しかし周りでは例えばクォン・ヘヒョさんは『私に会いに来て(날 보러와요)』という作品に出たとき、暗転するシーンで骨が曲がるほど鼻をぶつけたんです。彼が演じていた刑事は連続殺人犯が捕まえられず、後半で泣くシーンがあるのですが、演出家が“今日の演技は最高だ!”と思ったら、実は鼻が痛くて泣いてた(笑)。カン・シニルさんは昔『アリラン』という作品で舞台から落ちて仙骨を痛めて立ち上がれなくなり、公演が中止になったとか、こういう話が多いんです。僕がケガした日は、『春の日』の最終稽古のあと、テレビ局での撮影が入っていたので後半出演がない場面の間に、早く帰れるよう服を準備しておこうと、普段は通らない通路を通ったらぶつけてしまって(笑) 」

●『春の日』はかなり前から上演されているイメージがあるんですが、初演から出演されているんですか?
「2009年からです。 初演は1984年ですが、09年にソウル演劇祭30周年記念として、これまで出品した作品のなかから“再び見たい作品10”に『春の日』が選ばれたんです。 初演の時からオ・ヒョンギョン先生が父親役でしたが、その時はまだ40代後半で、09年からはどんどん役柄の年齢に近くなられ、むしろ今では超えていらっしゃいますが、09年、11年、12年、そして今年また再演となりました」

●『春の日』で演じられていた長男は、常に弟たちを想い、まるで母親のごとく温かく包みこむような役柄でしたね。
「写実主義のような作品ではなく、 一種のファンタジーのような物語ですよね。父親はものすごいケチで、息子たちから搾取する権力者のような人ですが、そんな父にも老いはやってきます。そして病弱な末っ子の存在。彼ら弟たちを受け入れる長男の母性愛的な姿……これは脚本家が最初から書いていたんです。それで、設定に合わせて表現しようとしました」

●この作品と役柄に、とても愛着をもっていらっしゃるようです。
「そうですね。 愛着がある作品だし、私が本当に尊敬していて、ロールモデルでもあるオ・ヒョンギョン先生と一緒に演じられるので、再演のたびに良くてやっていますね。多少の義務感もあり(笑)、また再演するとしても特別な理由がない限りはやらねばならないでしょう」

※注1:演劇『春の日』は、山村に貧しく暮らす、老いてもなお絶対的な権力をもつ父親と7人の息子たちの姿を通して家父長制を問う作品。イ・デヨンは弟たちと頑固な父親の間をとりもち、家事も引き受けて母親代わりを務める思いやり溢れる長男を演じている。
韓国演劇界を代表する元老俳優の一人で、現在81歳となるオ・ヒョンギョンが、1984年の初演から父親役を演じ、09年に25年ぶりとなった再演以降も出演を続けている。09年からは劇団「白首狂夫(백수광부)」の代表でもあるイ・ソンヨルが演出し、イ・デヨンも継続して出演している。

2011年公演の様子。父親役オ・ヒョンギョン、長男役イ・デヨンのほか、11年公演では三男役に映画、ドラマで活躍するチョン・マンシクも出演していた(アルコ芸術劇場公式映像より)

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作品に向かう姿勢、ストーリの解釈などベテランならではの重みを感じていただけたと思います。⇒インタビュー中編からは、イ・デヨンさんの“俳優人生”について伺っています。

【インタビュー中編→】 【インタビュー後編→】


【公演情報】
演劇『The Nether(ネダー)』(네더)
2017年8月24日~9月3日 東洋芸術劇場3館(大学路)

<出演>
●ドイル役:イ・デヨン
●シムズ役:キム・ジョンテ
●モーリス役:キム・グァンドク
●ウードナッツ役:イ・ウォンホ
●アイリス役:チョン・ジアン

原作:ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/舞台:イム・ゴンス/照明・映像:シン・ジェヒ/映像共同制作:ソン・ギョンビン/衣装:チョン・ミンソン/小道具:パク・ヒョニ/ヘアメイク:キム・グニョン/音楽監督:ピ・ジョンフン/振付:イ・ハンナ/助演出:アン・ミビン/舞台監督:イ・ヒョンジン

写真提供:劇団的(チョク)


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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