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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.9

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.9

 

注目の韓国若手女性演出家3人

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キム・ハンネ演出、ソウル市立劇団『テンペスト』@世宗文化会館Mシアター

韓国の演劇界における女性演出家の活躍が目立ち始めたのは1980年代からです。日本との共同制作も多いキム・アラ(김아라)を筆頭に、ハン・テスク(한태숙)、イ・ジナ(이지나)、ムン・サムファ(문삼화)、チュ・ミンジュ(추민주)などが、近年までその系譜をたどりますが、最近はその次の世代を担う女性演出家が注目を浴び始めています。そこで今回は、キム・ハンネ、ブ・セロム、イ・キプムという、3人の女性演出家の作品が12月に話題になっていたので紹介したいと思います。

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キム・ハンネ演出家

最初に紹介したい演出家はキム・ハンネ(김한내)さんです。彼女は12月9日から来年1月31日まで世宗文化会館Mシアターで上演されている児童劇『テンペスト(템페스트)』の演出を努めています。ソウル市立劇団に所属してから初めての作品ですが、子供だけではなく大人も楽しめる作品を作り上げたと評価されています。
彼女の演出スタイルをもっと味わうことができたのが今年10月に国立劇団小劇場パンで上演した『迎えに来て!(데리러 와 줘!)』でした。この作品は日本の小説家・劇作家・演出家である本谷有希子さんの『来来来来来』の韓国翻訳版でしたが、原作の独特の世界観を繊細に読み取りながらも、幻想的な舞台をベースに全く新しいキム・ハンネバージョンを作り上げ、同世代の演劇人に刺激を与えました。特に、この作品は彼女が属しているもう一つの劇団パーダバプ(빠-다밥)主催で制作されました。この劇団は演出家とスタッフだけで構成されているため、その特徴を活用した良いチームワークが見られた作品とも言えます。

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本谷有紀子原作『来来来来来』を韓国で舞台化した『迎えに来て!』@国立劇場小劇場パン

彼女はソウル大学法学部出身という変わった経歴も持っていますが、知的好奇心が旺盛な方のためか、高い挑戦意識を要する戯曲を選んで上演しているのも魅力的です。難しいけど、それくらい価値がある作品が彼女によって作られているのです。


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劇団月の国椿の花の最新作『I an fine, too』@大学路ゲリラ劇場

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ブ・セロム演出家

次に紹介するのはブ・セロム(부새롬)さんです。12月3日から20日まで大学路ゲリラ劇場で上演した『I am fine, too(아이엠파인투)』を演出しました。彼女はコラムVol.5で紹介した『スヌ伯父さん(순우삼촌)』も演出していましたが、今回は彼女自身の劇団「月の国椿の花(달나라동백꽃)」の作品です。俳優との共同創作の性格が強いこの作品は2013年に上演した『Fine thank you, and you(파인 땡큐 앤드 유)』の続編とも言える作品で、今の韓国社会を象徴している言葉「怒りと憎悪」をキーワードにし、全く「Fine」ではない登場人物の物語を聞ける作品でした。

さらに9~10月にドゥサンアートセンターSpace111で上演された青少年劇『廊下で/美青年になる』(복도에서, 미성년으로 간다)も話題になりました。この原作戯曲は、去年7月に演劇実験室恵化洞(ヘファドン)1番地で上演されたオムニバス演劇『B青年(B성년)』で、イ・ヤング、ユン・へジンが演出した短編でした。当時、高校生が読んだり、演劇を作ったりするような戯曲がないという問題意識から若手劇作家が集まって企画・上演した小品でしたが、ブ・セロムさんの演出により今年再演する機会を得たのです。演出家兼舞台デザイナーでもある彼女は、虚構の物語を、まるで身近な世界のように感じさせる舞台を創り上げるのが最大の魅力だと思います。

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ブ・セロム演出『廊下で/美青年になる』@ドゥサンアートセンターSpaca111


 

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イ・キプム演出家

最後はイ・キプム(이기쁨)さんです。彼女が主宰している創作集団「LAS」という劇団は劇団員がみな30歳前後の親しい友人たちで構成されていて、若さが格別に感じられる劇団です。彼らのはつらつとした姿と親近感のためでしょうか、既に多くのファンを保有しています。イ・キプムさんは『大韓民国乱闘劇(대한민국 난투극)』、『虎を頼む(호랑이를 부탁해)』など、作・演出を両方担当したこともありますが、これまで主に創作劇を発表し続けながら活動してきました。去年、彼女が劇団外の作品である東野圭吾の小説を原作にした『容疑者Xの献身』の翻訳劇で演出を担当したのをきっかけに、今年には岩井秀人の代表作『て』で二度目の翻訳劇に挑み、好評を得ました。12月3日~13日大学路ナオン・シアターで上演された『て』は設定を韓国に変えた一種の翻案劇でしたが、人名と地名など固有名詞を変更しただけで、違和感なく韓国の話として受け入れられた不思議な作品でした。『て』はある一家の祖母の葬儀から始まるのですが、LASの初期作品『葬式の技術(장례의 기술)』は父親の葬儀を背景に、ある家族の話が描かれていたため、LASのファンにとってはこの2作品を見比べる楽しさもありました。若い力でさまざまな戯曲に挑む団のこれからの歩みとともに、イ・キプム演出家の成長も期待されています。

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岩井秀人原作『て』を韓国で舞台化@大学路ナオンシアター

この三人の女性演出家は、2015年の1年間で3~4作品を手がけてエネルギッシュな仕事ぶりを見せました。しかしそれだけではなく、彼女たちの上演作が演劇人や観客に刺激を与え続けていることがもっと大事なポイントでしょう。早く彼女たちの来年の上演作を見たいと思ってしまう理由もそこにあります。近い将来、新たなスター演出家が誕生することを楽しみにしています。

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土田真樹の「エーガな日々」Vol.10

土田真樹の「エーガな日々」Vol.10

 

第20回釜山国際映画祭リポート

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第20回釜山国際映画祭公式ポスター

今年で20周年を迎え、10月1日より開幕した第20回釜山国際映画祭(公式サイトFacebookツイッターに行ってきました。
昨年、多くの乗客が犠牲になった、セウォル号沈没事件における政府の対応を避難した映画『ダイビングベル(다이빙벨)』が政権与党でもある釜山市長を刺激し、釜山国際映画祭に対して上映差し止め要求を出したのですが、映画祭の独立性の旗印の下、映画祭サイドはこれを無視して上映を強行し両者の間には溝が深まりました。この顛末は、僕の第5回コラムで詳しく紹介しています。

そのせいか、釜山市の釜山国際映画祭への割当予算、国庫補助金ともに削減され、一説によると昨年比で20~30%減という厳しい予算での開催になりました。
ゲストの数も昨年より減ったのか、映画祭会場でもある海雲台のホテルの予約が今年は取りやすかったという裏話もあります。

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開幕式司会を務めたソン・ガンホ(右)とマリナ・ゴルバハーリ

のっけからお金の話をして恐縮ですが、ともあれ厳しい予算でありながら映画祭としての体裁は立派に保ったと、僕は思います。オープニングセレモニーはレッドカーペットイベントから始まり、華やかな韓国伝統結婚行列のパレードに続き、韓国を代表するソプラノ歌手であるスミ・ジョ―(チョ・スミ)が「アリラン」を熱唱しました。司会はソン・ガンホとアフガニスタン女優のマリナ・ゴルバハーリが進行しましたが、ソン・ガンホは司会経験がほとんどないこともあってか、ややぎこちなさが残り、ゴルバハーリよりも昨年のムン・ソリのほうが英語の実力が上かなと感じました。本業は役者なので仕方ありませんけどね。ともあれ、釜山国際映画祭は今年もソツなく始まりました。

開幕式の会場全景(写真左)/祝歌「アリラン」を歌ったスミ・ジョー

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今年から共同実行委員長になった韓国第1号ワールドスター女優カン・スヨン/レッドカーペットに登場したチョン・ウソン(左)とチュ・ジフン

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『思悼(サド)』舞台挨拶の様子(写真左)と、野外オープントークに登場した”時の人”ユ・アイン

翌日からは映画上映と各種イベントが始まります。海外からの招待作品は多いのですが、もちろん最多は韓国映画。今年は話題作が豊富だったこともあり、多くの話題作が上映されました。中には『思悼(サド/사도)』のように、映画祭期間中にも劇場で公開中の作品も上映されるほどでした。そして、釜山国際映画祭で話題沸騰だったタレントは、この『思悼』に出演したユ・アインでしょう。上映会場はもとより、オープントークが行われた海雲台ビーチではユ・アインを見るために徹夜組が出ただけでなく、トークショーの時間は周辺の道路の流れが麻痺するほどのフィーバーぶりでした。ユ・アインは『思悼』だけでなく、観客動員数1000万人越えを達成した大ヒット作『ベテラン(베태랑)』にも出演しており、今一番ホットな若手韓国人俳優といえるでしょう。

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中華圏からゲストが多数来場。中国で活動する韓国人俳優ハン・ジソクとサイモン・ヤム(任達華)/ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督とチャン・チェン(張震)

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台湾のチェン・ボーリン(陳柏霖)はソン・イェジンをエスコートしてレッドカーペットに登場(左)/キム・テヨン監督と結婚後、韓国でさらに人気上昇したタン・ウェイ(湯唯)

釜山国際映画祭を訪れたのは韓国人ゲストだけではありません。日本からは『ピンクとグレー』の行定勲監督、中島裕翔、菅田将暉が舞台挨拶を行い、佐藤健や長澤まさみが参加しました。中華圏で圧倒的人気を誇るチェン・ボーリンとタン・ウェイ。ワールドスタークラスではハーヴェイ・カイテル、ティルダ・スウィントン、ソフィー・マルソーが海雲台ビーチでオープントークショーを行ったほか、審査員としてナスターシャ・キンスキーが映画祭全期間、釜山に滞在しました。

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『ピンクとグレー』の行定勲監督、中島裕翔、菅田将暉の舞台挨拶にはファン大集合!

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『海街diary』の是枝裕和監督と長澤まさみは野外ステージのオープントークにも登場(写真左)/アジアキャスティングマーケットの日本代表として参加した佐藤健

しかしながら、キラ星のようなスターを見るのも映画祭の楽しみですが、最大の魅力は、監督に直接質問をぶつけることができるQ&Aの時間でしょう。映画を見て気になったことを訊くことができるのは、映画祭ならではの醍醐味といえるのではないでしょうか。
そして、夜になると彼らが海雲台の屋台や飲み屋に出没して映画談義にくだを巻く、もとい花を咲かせている光景をよく目にします。

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映画上映後のGVは観客との交流の場。『ベテラン』のリュ・スンワン監督と俳優ファン・ジョンミン(写真左)/『二十歳』のイ・ビョンホン監督、俳優カン・ハヌル、ジュノ(2PM)

ここまで読むといいとこ取りの映画祭のように見えますが、光もあれば影もあります。
釜山国際映画祭のもひとつの顔といえるのが、フィルムマーケットですが、こちらは昨年に比べてバイヤーとセルラーへの優遇策が改悪されたようで、昨年に比べてマーケットにブースを出すコストがかかっていると、知り合いの映画会社の関係者はボヤいていました。それでも取引が活発に行われればよいのですが、明らかに昨年よりもマーケット会場を歩いている関係者は少なく、このまま先細りするのではまいかと危ぶまれるところです。

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大物ハリウッドスターも来韓! ティルダ・スウィントン(左)とハーヴェイ・カイテル

また、これまでの釜山国際映画祭の魅力のひとつが、映画人との映画ファンの近さだったのですが、それも近年は少々変わってきました。
かつては、映画スターが飲んでいるところへファンが顔を覗かせても気持ちよく対応する光景がよく見られたもので、例えば、チャン・グンソクとソン・ヘギョが日本の女性ファンと屋台で意気投合して楽しそうに話している光景を僕は見かけたこともあります。
しかしながらセキュリティの問題もあるのでしょうか、お店全体を借りきって入口にはガードマンを立たせるなど、ファンが近づけないようにしています。
現在の様子を見ると、昔の釜山国際映画祭は自由でした。釜山の旧市街地の中心部である南浦(ナンポ)洞で行われていた頃は、著名な映画人を屋台で見かけるだけでなく、道路にゴザを敷いて釜山の地元焼酎であるC1に喉を鳴らす姿をよく見かけたものです。
国際映画祭の体裁が整っていくことは、こうしたカオスが淘汰されていくことを意味し、で国際標準という味気ないものになることでもあるのです。

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80年代に世界的人気を博したトップスターも参加。『ラ・ブーム』の仏女優ソフィー・マルソー(写真左)/『パリ、テキサス』などで知られるナスターシャ・キンスキーは「ニューカレンツ審査委員」として参加。ハンドプリンティングイベントも行った

ともあれ、第20回釜山国際映画祭は大きな事故もなく、10月10日にクロージングを迎えました。総観客動員数は227,337人と過去最高を記録し、まずは大成功だったといえます。
前述したように予算は大幅に削られたとはいえ、これほどの成果を出したのは、映画祭に魅力があるからにほかなりません。今年から共同執行委員長になったカン・スヨンが「映画祭の主役は観客」と決算記者会見で述べたように映画ファンのみならず、釜山国際映画祭ファンの皆さん。強いて言えば、お祭り好きの国民性がそうさせているのかもしれませんね。
この勢いを持続して、来年は更にパワーアップした釜山国際映画祭になることを信じています。

韓国日報で連載している「韓国に暮らして」というコラムに拙稿「釜山国際映画祭の思い出」(⇒記事へ)と題し、第一回釜山国際映画祭にボランティアスタッフとして参加したときの体験談を紹介しております。
試行錯誤を模索していた釜山国際映画祭のドタバタぶりは、ある意味コメデイともいえます。
コラムは韓国語ですが、翻訳サイトなどを利用すると日本語でも読めます

写真提供:©2015 BIFF  ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.8

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.8

 

セウォル号を記憶する方法―『Before After』

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セウォル号事件以降、歌の衝動にかられたと語る、アコースティックラップデュオ、Xylbbi(ジャイルビ)のラッパー、チェグン

10月23日からドゥサン・アートセンターSpace111では「ドゥサン・アートセンター創作者育成プログラム」という企画の一環で、イ・ギョンソン演出の『Before After』という作品が上演されています。イ・ギョンソン演出家は韓国で演劇学科の名門の一つである中央大学を卒業した後、イギリスのセントラル・スピーチ&ドラマ・スクールで修士学位を修得し、2007年から劇団「Creative VaQi(クリエイティブ・ヴァキ)」を主宰しています。ちなみに、ヴァキとは、“Veritas(真理), art(芸術), Question(疑問), imagination(想像)”を略した名前だそうです。2010年に第47回東亜演劇賞「新概念演劇賞」、2014年には第5回ドゥサン・ヨンガン芸術賞を受賞し、多くの演劇ファンと評論家の注目を浴びている彼は、去年、『いくつかの方法の会話(몇 가지 방식의 대화들)』という作品を持って日本のフェスティバル/トーキョー(F/T14)に参加し、好評を得ていました。

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『before after』出演者とイ・ギョンソン演出家(前列右から2人目)

2010年には『あなたにソファをお運びします(당신의 소파를 옮겨드립니다)』(NAVERイメージ検索より)を光化門広場で上演。2014年に南山(ナムサン)芸術センターで上演した『南山ドキュメンタ:演劇の練習―劇場編(남산 도큐멘타: 연극의 연습-극장편)』(公式YouTube映像) は劇場の外から芝居を始めるなど、屋外を活用した作品を発表し、これまで劇場という空間と、文学性の強いストーリーから離れる試みをしてきました。特に、俳優の実体験を生かして作品を構成するドキュメンタリー的な作品が多い彼が、今回選んだテーマは「セウォル号事件」でした。2014年4月16日に起こったこの悲劇は、船のなかに閉じ込められた数百名が数時間にわたって海の中に沈んでいく過程を、全国民がただ見ていることしかできなかった、前代未聞の惨劇です。

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1990年5月9日、デモ隊に間違われたときのエピソードを話すチャン・ソンイク

 

芝居はこのように始まります。舞台が暗転し、客席の最前列の真ん中に座っている女優にスポットライトが当たります。彼女は自分の話を始めるのですが、その様子は2台のビデオで撮影され、舞台後方にある二つのモニターに映し出されます。女優が語るのは癌で亡くなった父親の話です。余命わずかだと診断されたときから、彼女はすぐそばで見ていた父の姿と自分が感じたことを語り、彼女は「死」について知りたいと言います。
そして中年の男性の俳優は、大学時代に撮っていた映画について話します。ちょうど学生運動が盛り上がっていた頃、彼は学生運動をテーマにした映画の主人公になります。より生々しいシーンを撮るために、デモの現場に行って群衆のなかで演技をした彼は、デモ隊と誤解されて警察に捕まり、弁解の機会もなく暴力を受け、刑務所に入ることになったそうです。
このように、自分にとって忘れられない事件を中心に、6人の俳優たちが“その前と後(Before-After)”について語っていくのです。

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ヒマラヤ滞在中のエピソードを語るキム・ダヒン

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劇中では演技しながらビデオの撮影などもこなすキム・ダヒン

この作品は、作者クレジットに俳優の名前も書いてあります。出演者たちの実際のエピソードをそのまま演劇になっているからです。作品がどのように作られたか、とても気になったので、ここで、出演者の一人であるキム・ダヒンさんに伺った話を紹介します。

「イ・ギョンソンさんの演出スタイルは、まず話したいテーマを決めて、それに対する俳優個々の意見を集め、それらを組み合わせて作品を作るんです。作品のテーマも、セウォル号事件に対する見方もみんな少しずつ違っていたので、それを収集して組み合わせ、枠を作って俳優たちが演じてみて、討論して、また修正して……みたいな作業の繰り返しでした。イ・ギョンソンさんの作品には、俳優としては5作目、スタッフだった作品も含めると7作目の参加です。彼の良いところは、俳優個々の話を尊重してくれること。世の中を見る視点も良いと思います。僕が彼と作業するうえで最も重きを置くのは、舞台に作品が上がる瞬間まで、僕たちの話として成立するようにすることです。俳優個人の体験を物語にしても、ある瞬間、それが演出家の話になってしまう場合があります。そういう時に、それをまた僕たちの物語に戻すためにたくさん話をするんです。この作業がうまくいくと、舞台上で自分自身にも責任感が生まれてくるんです」

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セウォル号沈没当日のエピソードを話すナ・ギョンミン(写真左)と、朴槿恵大統領の「国民談話」を涙ながらに読み上げるソン・スヨン(写真右)

劇中でキム・ダヒンさんが事件当時はヒマラヤにいたというエピソードを話すところから、セウォル号の話が出てきます。彼は当時の感情を正確に覚えていないと言います。一方、事件の前に、同じ船に乗って修学旅行に行ってきた妹を持つ俳優は、恐ろしい想像をして体が震えるのです。彼らのエピソードと共に、実際にラジオで流れたDJのコメントが挟まれます。「確かに悲しいことだが、いつまでも落ち込んではいけない。景気を悪くしてはいけない」という旨の内容です。実は、これは当時韓国でどこに行っても聞かれた言葉です。セウォル号の中で交わされた高校生の会話~おそらく彼らの携帯に残されていたメッセージの内容~も、俳優のセリフを通して語られます。死を知りたがっていた女優は、船のなかで死んでいく学生を演じ、事故後、朴槿恵大統領が涙を流しながら語ったことで知られる談話の原稿を泣きながら読んでいきます。その隣で中年の男性俳優が、悲しみを共感させる演技とは何かを語るのです。

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開演前に観劇の注意事項を説明する出演者たち(左から、チョン・スジン、チャン・ソンイク、ソン・スヨン、チェグン

私が観劇した直後、もっとドラマチックな出来事がありました。大学路で演劇人によるリレーデモが行われたのです(関連ニュース記事:イーデイリーNEWSIS)。10月17日~18日に大学路のシアターカフェで上演されたゲリラ演劇『この子(이 아이)』が、セウォル号事件を連想させるという理由で、主催者側によって上演妨害されたことが知られ、俳優・作家・演出家・評論家など先輩演劇人がリレーで一人デモを始めたのです。このリレーデモにはイ・ギョンソン演出家も参加しています。私はこの出来事を、インターネットの記事を通して知りましたが、自然と『Before After』を見た日が思い浮かびました。開演前に観劇の注意事項を、ある俳優が説明したのですが、緊急事態が起こった場合のために、非常口と案内スタッフの顔を紹介していました。それに加え、「危険なときには、劇場にいる観客は互いを頼りにしてここから脱出しなければならない」と念を押し、両隣にいる観客同士が手を握るよう促しました。「隣の人の顔をチェックし、顔が見えない状況も想定して手の感触を覚えておくように」と。

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俳優たちが高校生に扮してセウォル号の船内を再現。分刻みで角度を表示し船が傾く様子を実況

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最後は俳優たちが静かに折り重なるように倒れていく

この作品を見ていた私たちは同じ船に乗っていたのでしょう。私も芝居を観ながら、ずっと声を出して泣き出さないように涙を拭きました。しかし、どんどん客席のあちこちからすすり泣きの音がして、なぜか安堵感を感じたことを覚えています。それでもセウォル号事件に対する悲しみ、絶望感、罪悪感は解消されないでしょうが、少なくともこの感情が共有され、共感されていることを確信し、大切な癒しになったと思います。これが、イ・ギョンソン演出家がこの作品を劇場のなかで上演した理由ではないかと思っています。


beforeafterposter【公演情報】
演劇『Before After』(비포 애프터)
2015年10月23日~11月7日 ドゥサンアートセンター Space111

<作・出演>
チャン・ソンイク、ナ・ギョンミン、チョン・スジン、ソン・スヨン、チェグン、キム・ダヒン

作・構成・演出:イ・ギョンソン/ドラマターグ:チョン・ガンヒ/舞台:シン・スンリョル/照明:コ・ヒョクジュン/サウンドデザイン:Kayip/ボイスコーチ:チェ・ジョンソン/映像:VISUALS FROM./動作指導:イ・ソヨン/グラフィックデザイン:プンダンデザイン/写真:ソウル写真館

<劇場公式サイト>http://www.doosanartcenter.com/

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土田真樹の「エーガな日々」Vol.9

土田真樹の「エーガな日々」Vol.9

 

イ・ギョンヨン -逆境から復活を遂げた往年のスター-

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『パイレーツ(海賊)』(2014)と『暗殺』(2015)記者会見でのイ・ギョンヨン ©Maki Tsuchida

映画やドラマを見ていると名前を知らなくても「この人、見たことある」という俳優がいると思います。
中でも最近やたらと露出が多いのが、イ・ギョンヨンです。今年の夏休み期間中に公開された映画だけでも『暗殺(암살)』『ベテラン(베태랑)』『侠女 追憶の剣(협녀 칼의 기억)』『ビューティーインサイド(뷰티인사이드)』『治外法権(치외법권)』と、毎週出演作が公開されるほどの売れっ子で、韓国映画界では、イ・ギョンヨンが出演しているか、していない映画かに分けられるほど。今でこそ、ロマンスグレーな悪役を演じることが多いイ・ギョンヨンですが、1990年代にはスター俳優として活躍していました。今回はイ・ギョンヨンについて掘り下げてみましょう。

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初主演作『秋旅行』(1992)(左)と出世作『雨降る日の水彩画』(1989)より

韓国中部に位置する忠州(チュンジュ)で生まれたイ・ギョンヨンは、医者になることを夢見ていましたが、映画好きが高じて漢陽(ハニャン)大学で演劇を学びます。1987年に映画『燕山日記(연산일기)』の端役でデビュー。するとすぐに韓国映画界の巨匠イム・グォンテク監督の『アダダ(아다다)』(1987)のスリョン役に抜擢され、その名が知られるようになりました。
しかしながら、役者としての注目度はイマイチで、彼の出世作となったのは、『猟奇的な彼女』のクァク・ジェヨン監督のデビュー作でもある『雨降る日の水彩画(비 오는 날의 수채화)』(1989)でしょう。主役は当時の美男子スター、シン・ソンイルの長男であるカン・ソッキョンだったのですが、主役を食うほどの存在感を示し、彼の飄々とした演技と甘いマスクは、多くの韓国女性を魅了しました。1989年といえば、僕が韓国に移住した年であり、リアルタイムで映画館で見た作品だけに、名前も知らないこの役者は売れるな、と確信したのを覚えています。
それからは多くの作品に出演するようになるのですが、主演俳優に次ぐナンバー2的な役回りが多いながらも次第に顔を知られるようになっていきました。
満を持して主役となったのは、クァク・ジェヨン監督の第2作である『秋旅行(가을여행)』(1992)です。当時絶大な人気を誇ったハイティーンスターであるイ・ミヨンの相手役でした。感覚的な映像と音楽が心地よい爽やかな青春ロードムービーだったのですが、興行面では苦戦を強いられたものの、イ・ギョンヨンの時代がついに来たと感じさせる映画でした、余談ですが、劇中にイ・ギョンヨンをモデルにしたコンピューターゲームが登場し、クァク・ジェヨン監督はこれを「韓国映画初のCG」と主張しています(笑)。

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イ・ギョンヨン監督作品『帰天図」(左)と『夢中人』のポスター

その後はラブコメから社会派まで、ジャンルを問うことなく多くの作品に主演して、1990年代はアン・ソンギ、パク・チュンフンと並ぶ人気を誇りました。そしてついには監督業に進出し、剣劇SF映画『帰天図(귀천도)』(1995)を多くの作品で共演した盟友キム・ミンジョンを主演に迎えてメガホンを取ります。人気スターが撮った映画とあり話題にはなりましたが、お世辞にも完成度が高いとは言えない映画でした。
それでも監督への執念はついえることはなく、故郷の忠州を舞台にした映画『夢中人(몽중인)』(2001)を撮ります。イ・ギョンヨン自身が主演し、ハ・ヒラ演じるヒロインとの友情に近い30代の恋、日本人妻との間にできた愛娘ユメとの親子愛を描いた甘く切ないラブロマンス映画でした。
イ・ギョンヨンにとっては、この頃が一番よい時代だったといえます。

役者として監督として順風満帆だったイ・ギョンヨンですが、まさかのスキャンダルで人生を狂わせてしまいます。
未成年者と性行為を行ったとして2002年に警察に逮捕され、裁判の結果、懲役10カ月、執行猶予2年の刑が確定しました。自身が主演し、中年男性と若い女性との恋を描いたドラマ『青い霧(푸른안개)』(2001)を実践したとして、当時は大騒ぎになりました。
イ・ギョンヨンは家族も仕事も名誉も失い、事件後に母親までも亡くしてしまい、ただじっと耐えるしかない謹慎生活を送っていました。彼自身、後日談として「虚偽の報道がなされた部分もあるが、関係を持ったのは事実」と罪を認めることしか、自分にできることがなかったと語っています。

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『折れた矢』(2011年) ©アウラピクチャーズ

執行猶予が明けた後も彼がスクリーンやテレビに登場することはありませんでした。そんな彼に真っ先に手を差し伸べたのが初監督作にも起用するほどかわいがっていたキム・ミンジョンでした。小さい役ではありましたが、キム・ミンジョン主演の映画『シュロの森(종려나무 숲)』(2005)に出演しました。芸能活動は再開したものの、出演するのは友情出演や特別出演ばかり。色モノに見られても、とにかく演じることに飢えていたイ・ギョンヨンは、なりふり構わず、出演オファーがあれば断ることなく受けてきました。
そうしている内に出演作はどんどん増え、2011年には『折れた矢(부러진 화살)』『カウントダウン(카운트 다운)』など8本の作品に出演しました。2012年は10本に出演し、以降は毎年10本前後の作品をこなしています。10本という数字ですら驚異的ですが、同時に昨年大ヒットした『ミセン(未生)』などのケーブルテレビドラマにも出演するなど、いまでは韓国の芸能界で最も多忙な俳優のひとりであるのは間違いありません。
彼がこれだけ多くの作品に出演するのは、演じることへの渇望、借金返済のためなど様々な理由があるでしょうが、根本的なことは彼を起用する側にあります。韓国の韓流スターといえば、チャン・ドンゴン、イ・ビョンホン、チョン・ウソンなど、いずれも40代男優の層が厚いのに対し、50代の男優の層はかなり薄いといえます。イ・ギョンヨンは悪役からロマンスまでをこなす演技の幅プラス色気があります。50代で艶のある中高年俳優はイ・ギョンヨンが唯一無二と言っても過言ではないでしょう。演じることへの渇望と俳優不足、両者の利害が合致することにより、今日のイ・ギョンヨンがあるといえるでしょう。

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『西部戦線』(2015) ©ロッテエンターテインメント

彼の最新作は、9月24日に韓国公開されたソル・ギョング&ヨ・ジング主演の『西部戦線(서부전선)』。部下に無茶な命令を出す韓国軍中佐という嫌な奴ですが、それでも彼にはそうせざるをえない理由があったというのが映画のラストで明らかになります。
大活躍のイ・ギョンヨンですが、地上波のドラマだけは未だに出演を果たせていません。イ・ギョンヨンが地上波に復帰し、完全復活を遂げる日は、そう遠くないと僕は信じています。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.7

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.7

 

野球を通して「アメリカ」を語る『God Bless Baseball』

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国立アジア文化殿堂全景 ©韓劇.com

9月4日、韓国南西部にある町、光州市に「国立アジア文化殿堂(국립아시아문화전당 Asian Culture Complex)」が開館しました。5つの文化施設で構成されているなか、先行してオープンした「アジア芸術劇場(아시아예술극장)」では、9月20日まで開幕フェスティバルが行われ、世界各国から33の作家や団体が参加しました。日本からは映画監督足立正生の新作『断食芸人』、御年90歳というフランスの演出家クロード・レジと日本の俳優によるメーテルリンク原作の『室内』、作・演出家の岡田利規が初めて日韓共同製作プロジェクトに挑む『God Bless Baseball』などが上演されました。アジア文化殿堂のオープニングにふさわしく、普段はなかなか見られない作品に出会えるフェスティバルになったのです。

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ウィ・ソンヒ(左)と野津あおい ©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

今回は、開幕フェスティバル参加作のなかから、私が翻訳・通訳・ドラマトゥルクとしてかかわった『God Bless Baseball』(以下GBB)をご紹介したいと思います。岡田利規はチェルフィッチュという劇団の主宰であり、作・演出家、そして小説家としてもよく知られていますね。今まで彼の作品は、『3月の五日間』、『ホットペッパー、クーラーそしてお別れの挨拶』、『現在地』、『地面と床』が韓国で上演されたことがあり、4作品すべてがとても好評を得ました。本作品は5番目の韓国上演作となるわけですが、韓国人俳優との作業は今回が初めてです。去年の夏に行われたオーディションを通して、韓国からは劇団「第12言語演劇スタジオ」所属のイ・ユンジェとダンサーで振付家のウィ・ソンヒが選ばれました。そして日本からはダンサーの捩子(ねじ)ぴじんと劇団「サンプル」の野津あおいが参加しましたが、韓国のみならず、日本人キャストも岡田とは初めての作業になりました。

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©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

そして現代美術作家の高嶺格(たかみねただす)氏が舞台美術として参加し、シンプルながら強烈な印象の舞台を作ってくださいました。特に、彼の美術作品『God Bless America』が、『GBB』の創作にインスピレーションを与えたこともあり、彼の存在はとても大きかったと思います。『God Bless America』は粘土で巨大なオブジェを作るプロセスを撮影し編集した作品でしたが、『GBB』では方式が異なり、パラボラアンテナのような(あるいはスピーカーのような)巨大な造形物が登場します。そして白い線やホームベース、二つの電光掲示板(劇中では日本語、韓国語、英語の字幕掲示版として使われます)など球場のような舞台美術もあります。

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©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

お芝居は、野球のことが全く分からない二人の女の子の話で始まります。彼女たちの前にある「男」が現れ、一生懸命に野球を説明しますが、彼女たちにはどうしても理解できません。そのとき、イチローに似ているもう一人の男が登場します。彼もやはり、野球とは何かを教えようとするのですが、それから物語は意外な方向に展開していきます。
本作は、野球に関する父親との記憶から出発した岡田利規の小さな発想をモチーフにし、その父子関係はアメリカと日本の関係を連想させ、またそれはアメリカと韓国との関係にも繋がります。野球が人生のアレゴリー(比喩)に例えられるように、イチローの背番号51の話は思いもよらないところに至るなど、観客が爆笑したり涙を流したりしている間に、さまざまなエピソードの断片をパズルのようにつなぎ合わせ、まるで元々そこに存在していたかのように物語を完成させます。従来の岡田作品とは異なった、ダイレクトに伝わる作品の世界観も見どころですが、俳優たちの美しい動きによって、一つの美術作品を見ているような錯覚に陥るのも気持ちいい体験になると思います。
長い準備期間の間、不思議なほど順調に一歩一歩進めながら作り上げたこの作品は、今年の11月19日~29日までフェスティバル/トーキョー15(F/T15)参加作として、池袋のあうるすぽっとで上演され、その後、来年の1月から2月にはアメリカで5都市ツアーが予定されています。本作品で描かれている日米韓の関係は、日本やアメリカの観客にはどのように受け止められるでしょうか。ご期待をお願い致します。

●『God Bless Baseball』のドラマトゥルク金山寿甲による舞台裏レポート「ウラGBB!」もお楽しみください。
http://ura-gbb.tumblr.com/


GBBposter【公演情報】
F/T15 『God Bless Baseball』
2015年11月19日~26日 あうるすぽっと(東京・池袋)

●出演:イ・ユンジェ、捩子ぴじん、ウィ・ソンヒ、野津あおい

●作・演出:岡田利規/翻訳:イ・ホンイ/舞台美術:高峰格 /衣裳:藤谷香子(FAIFAI)/ドラマトゥルク:金山寿甲(東葛スポーツ)、イ・ホンイ

写真提供:Asian Arts Theatre (Moon So Young) ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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土田真樹の「エーガな日々」Vol.8

土田真樹の「エーガな日々」Vol.8

 

「2015年夏の韓国映画総決算」

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『暗殺』の主演陣(左から)ハ・ジョンウ、チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、イ・ギョンヨン ©Maki Tsuchida

まだまだ残暑が続く日々ですが、韓国の映画界は暑い夏が続いています。並み居るハリウッド系映画を押しのけ、韓国映画の座席占有率が8月16日現在で51.1 %と過半数越えを記録するなど好調さをキープしております。今回は私が見た夏休み映画を総ざらいしてご紹介します。

この夏一番のヒット作は、8月19日現在で観客動員数1100万人を突破した『10人の泥棒たち(도둑들)』(2012)のチェ・ドンフン監督最新作、『暗殺(암살)』(7月22日公開)でしょう。1933年の上海と京城を舞台に、日本軍の高官と彼に追随する親日派(韓国では日本に魂を売った売国奴を指す)の朝鮮人豪商を暗殺するため、朝鮮上海臨時政府から送られた3人のテロリストの物語です。しかしながら、彼らの記述は歴史には残っていません。朝鮮提督を狙った暗殺なら歴史に記述されていたのでしょうが、日本軍高官というわけで、数ある暗殺事件のひとつに埋もれてしまった感があります。しかし、このぐらいの小物(?)でないと、「本当にあったのかも」というリアリティは出ないのでしょう。
親日派のカン・イングク役を演じたイ・ギョンヨンは、これまで数々の映画で悪役を演じてきましたが「自分が演じてきた役の中で最悪」と語っています。韓国人にとって、国を裏切るというのは、演技とはいえ、何にもまして許しがたい行為なのかもしれません。

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『ベテラン』出演陣(左から)ファン・ジョンミン、ユ・アイン、チャン・ユンジュ、オ・ダルス、ユ・へジン、リュ・スンワン監督 ©Maki Tsuchida

『暗殺』を追随しているのが、『ベルリンファイル(베를린)』(2012)を大ヒットさせたリュ・スンワン監督の新作『ベテラン(베테랑)』(8月5日公開)。やりたい放題の財閥三世と彼の悪行を追うベテラン刑事の対決を描く、勧善懲悪アクションムービーに仕上がっています。大韓航空元副社長のナッツリターン事件や、昨今のロッテの重光(韓国名は辛)一族の覇権争いなど、財閥一族が引き起こした韓国国民にとっては妬みと軽蔑の対象となっている事件が続々と起こっています。映画の公開は偶然このタイミングにハマったのですが、国民の怒りを解消してくれる痛快さがヒットの要因にもなっています。
8月19日現在の観客動員数の累計は700万人を超え、このペースで行けば観客動員数1000万人越えは十分に狙えるでしょう。ファン・ジョンミンは『国際市場へようこそ(국제시장)』(2014)でも観客動員数1000万人越えを達成しており、チケットパワーの強さを誇示したといえます。
8月16日現在のボックスオフィスでは『ベテラン』が圧倒的1位でそれを『暗殺』が追う展開となっており、夏休み興行を牽引しています。

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『スリー・サマー・ナイト』出演陣(左から)キム・ドンウク、リュ・ヒョンギョン、ソン・ホジュン、イム・ウォニ、ユン・ジェムン、キム・サンジン監督 ©Maki Tsuchida

韓国映画が好調という喜ばしいニュースばかりが伝えられていますが、『スリー・サマー・ナイト(쓰리 썸마 나잇)』(7月15日公開)と『客(손님)』(7月9日公開)は早々と消えていきました。
『スリー・サマー・ナイト』は『極道修行 決着(おとしまえ)(깡패수업)』(1996)や『風林高(신라의 달밤)』(2001)などで知られるヒットメーカー、キム・サンジン監督作品。ある事件に巻き込まれてしまう3人のアラサーの男たちをコミカルに描いているのですが、残念ながらかつての輝きは色あせ、コメディセンスが今の時代にマッチしていない感じがしました。観客の感性も時代とともに変化していることもあり、スベらないコメディ映画作りも難しくなったといえます。観客総動員数は77,621人と、ロードショー作品では惨敗といえる数字を記録しました。

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『客』の主演陣(左から)リュ・スンニョン、イ・ソンミン、チョン・ウヒ、イ・ジュン ©Maki Tsuchida

『客』は、グリム童話「ハーメルンの笛吹き男」をモチーフに、1950年代韓国の地図にない村で起こったある事件を描いた異色作品です。重い心臓病の息子の治療のためにソウルを目指す笛吹き男は、地図にないある村に迷い込みます。村はネズミの被害に困っており、笛吹き男が村人のためにネズミを退治するのですが、村長は笛吹き男に取り返しのつかないひどい仕打ちをする物語です。地図にない村という『トンマッコルへようこそ(웰컴 투 동막골)』のような現実味のないファンタジー感、リュ・スンリョン、イ・ソンミン、イ・ジュン、チョン・ウヒという玄人好みの役者を揃えていたのですが、西洋の物語に違和感があったのでしょうか、公開週は順当な滑り出しだったもののすぐに失速してしまい、観客総動員は828,029人と伸び悩みました。

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『ミス・ワイフ』主演 ソン・スンホン(左)とオム・ジョンファ ©Maki Tsuchida

8月に入っても話題作の公開は続き、8月13日にはソン・スンホン、オム・ジョンファ主演の『ミスワイフ(미쓰 와이프)』、イ・ビョンホンがひさびさに韓国映画に主演した『侠女 剣の記憶(협녀, 칼의 기억)』が公開されました。
『ミスワイフ』は、敏腕弁護士ヨヌが不慮の事故で突然死。しかしながら生命管理事務所の手違いで寿命がまだまだ先であることが判明します。管理事務所の所長は手違いでひと月早く天国に送ってしまった彼女の魂を、ある女性の肉体に魂を宿し、ひと月後には元の体に戻す提案をします。選択肢のない彼女はしぶしぶ提案を受け入れるのですが、目が覚めたときは地方公務員のイケメン夫とふたりの子供をもつ女性になっていて、ひと月を耐えることになるのです。基本的には、オム・ジョンファが苦労するドタバタ喜劇なのですが、家族の大切さを訴えるメッセージが込められています。

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『侠女』の出演陣(左から)キム・ヨンミン、イ・ギョンヨン、パク・フンシク監督、チョン・ドヨン、キム・ゴウン、ぺ・スビン ©Maki Tsuchida

『侠女、剣の記憶』は総製作費120億ウォンの大作映画。高麗時代の民乱の世を背景に強い者が立身出世した時代。ある事件をきっかけに袂を分けた男女と、自分を裏切った男を殺すためだけに養女にされた娘。三人の数奇な運命を描いた武侠アクション映画で、主演はイ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ゴウンと韓国内では人気・実力を兼ね備えた役者が出演しています。しかし、武侠映画でありながらアクションの切れはいまいち。パク・フンシク監督は、チョン・ドヨンと組んだ『私にも妻がいたらいいのに(나도 아내가 있었으면 좋겠다)』(2001)、『初恋のアルバム 人魚姫のいた島(인어 공주)』(2004)などヒューマン・ドラマを得意としていますが、『侠女』では実力が十分に発揮できていないように見受けられました。もっとも、撮影から2年近い月日が経っており、イ・ビョンホンのスキャンダルの影響で劇場公開が危ぶまれていた映画。不朽の名作でもない限り、映画もある程度は鮮度が大事だという実例でしょう。

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『殺人才能』のチョン・ジェホン監督(左)と主演のキム・ボムジュン ©Maki Tsuchida

大作の影に隠れていますが、インディーズ映画にも味のある作品が登場しています。
『豊山犬(풍산개)』(2011)のチョン・ジェホン監督が発表した新作は、会社をリストラされた男の中に芽生えた殺人衝動を描いた『殺人才能(살인재능)』(7月30日公開)』。キム・ギドク作品の助監督出身らしいエログロは健在ですが、普通の観客受けする内容ではなく、興行成績は観客総動員数1,526人に留まっています。
一方、歌手イ・ジョンヒョンが自分の置かれた境遇を呪い、社会への復讐を誓うブラックコメディ映画『誠実な国のアリス(성실한 나라의 앨리스)』は、韓国映画アカデミー(KAFA)の学生たちが作った映画でありながら、全州国際映画祭韓国映画コンペ部門で作品賞を受賞するなど、高い評価を受けて8月13日から一般劇場公開されています。興行から1週間で観客動員数25,129人とインディーズ作品としては大ヒットを記録しています。 学生映画で劇場公開された例は、当時中央大学映画学科の学生だった『わるいやつら(범죄와의 전쟁 : 나쁜 놈들 전성시대)』(2012)のユン・ジョンビン監督が撮った『許されざる者たち(용서 받지 못한 자)』(2005)がありますが、本作のアン・グクジン監督もメジャーデビューするかもしれませんね。

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『誠実な国のアリス』シーン写真より 主演のイ・ジョンヒョン ©KAFA

夏休みが終わると、日本では旧盆にあたる秋夕(チュソク)連休が9月末に控えています。この時期になると映画会社各社は大作・話題作をぶつけてきます。現在までにソル・ギョング、ヨ・ジング主演の戦争映画『西部戦線(서부 전선)』、ソン・ガンホ、ユ・アイン主演の時代劇『思悼(사도)』が9月公開を控えており、こちらも要注目です。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.6

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.6

 

柴幸男の『少年B』が大学路へ!

shonenb1今回は私が翻訳家として参加した『少年B』という作品をご紹介したいと思います。前回の第5回コラムと同じく、大学路のソンドル劇場で8月23日まで上演中です。劇団「ヨンミ」(극당 연미)により上演される本作は、日本の劇団「ままごと」の主宰であり作・演出家でもある柴幸男の戯曲を原作とした、脚色バージョンです。ちょうど日本では、8月22日~30日まで彼が執筆した『TATAMI』(杉原邦生演出)という作品がKAAT神奈川芸術劇場で上演予定です。

ここで簡単に作家、柴幸男をご紹介しますと、彼は1982年、愛知県出身。日本大学芸術学部の在学中に執筆した『ドドミノ』で第2回せんだい劇のまち戯曲賞大賞を受賞。2010年は、地球の誕生から消滅までの話をある少女の一生に例えて描いたラップ・ミュージカル『わが星』で第54回岸田戯曲賞を受賞しました。特に彼は東京だけではなく地方でもさまざまな公演を手掛けながら、精力的に作品を発表しています。
『少年B』の初演は2009年、東京こまばアゴラ劇場で行われました。当時「キレなかった14才♡りた~んず」といったタイトルで柴を含む1982年と84年生まれの若手演出家6人が合同企画公演したなかのひとつでした。このとき一緒に参加していたのは「柿食う客」の中屋敷法仁、元「快快」の篠田千秋など、いまでは日本の演劇界を担う、気鋭の演出家たちでした。
『少年B』のモチーフとなったのは、1997年の神戸連続児童殺害事件(通称:酒鬼薔薇聖斗事件)だそうです。被疑者と同年代である演出家たちにとってこの事件は、自分の14歳当時を振り返るきっかけになったようです。14歳といえば、いまでは「中2病」という単語もあるほど、自意識が強くなる時期です。自分は特別だと思い込んだその時期、ある人はそれを良い方向に、あるいは歪んだ方向に持っていきます。多くの人々はそのまま普通に生きて満足しますが、本作では、普通に生きられず挫折の日々をおくる30代の主人公が、昔は普通の生き方を拒否していた「14歳の私」と交差する方式で物語が展開します。好きな女の子が話しかけてくれた瞬間。お笑い芸人を夢見ながらネタを作っていた日々。合唱コンクールの指揮を辞めさせられたこと、学校を騒がせた動物虐待行為などなど……。本当は彼にとって恥ずかしかった記憶が膨らまされたり、またそれが暴露されたりします。主人公は「これはおかしい。ずっと頑張っているのに、何で僕は普通に生きることもできないんだ!?」と思うのです。原作では、彼の慰めとなるのが、昔の合唱曲や歌謡曲なんですが、原作ではスピッツの楽曲などが使われていました。韓国版ではその曲がもつ意味とニュアンスを生かし、演出家イ・ソングォンが丁寧に選んだ韓国の歌謡曲が使われています。

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私が『少年B』を翻訳するきっかけとなった裏話を公開しますと…。私が柴幸男の作品を翻訳したのは、今回が初めではありません。2010年に韓国南西部にある亀尾(クミ 구미)市という地方都市で開催された「 サムゾゴ・アジア演劇祭(現・亀尾アジア演劇祭の前身)」に参加した『反復かつ連続』という作品が最初でした。短編ですが、女優が一人芝居をループさせて大家族を演じる独特な作品でした。個人的には、日本の小劇場演劇を見始めたころ、偶然に下北沢のある劇場に入って観たのが彼のデビュー作『ドドミノ』だったので、不思議な縁を感じたりもしましたが、それよりも、まるで工学のように緻密に計算されている彼の演劇に魅了され、その後も彼を応援してきたのです。それで劇団ままごとのホームページで彼の戯曲が無料公開中であることを知り、『少年B』も読んでいたのです。ちょうどそのころ、演出家のイ・ソングォンさんから、大学入試試験が終わる11月にふさわしい作品を探しているという連絡が来て、「それなら『少年B』だ!」と思い、私はすぐこの戯曲を送り、制作が決まったのです。その後、2014年11月に仁川(インチョン)にある劇場で、韓国版『少年B』は無事に初演を迎え、2回の追加公演まで決まるほど好評を得ることができました。
韓国の地方都市亀尾(クミ)から始まった柴幸男作品との出会いが、仁川~ソウルの大学路へとどんどん上京していく過程がとても嬉しくて、日本の皆さんにもその旅を見守っていただけたらと思っております。
この作品は、例えば、急に気持ちが落ち込んで「あ~もうダメだ!」となったときに見るといいかもしれません(!?)。そんな気分のときは『少年B』をおすすめします!


shonenb3【公演情報】
演劇『少年B』(소년B)
2015年8月5日~23日 大学路ソンドル劇場 ⇒劇場紹介

出演:イ・ハニ、イ・グァンヨン、キム・ドッカン、ハン・サンワン、チョン・ユンギョン、キム・ヒョジン
演出:イ・ソングォン
主催・制作:劇団ヨンミ(극당 연미)

写真提供:劇団ヨンミ ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.5

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.5

 

『ワーニャ伯父さん』のソウル版、『スヌ伯父さん』

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蚕室島があった漢江の橋の下に立つ『スヌ伯父さん』のキャストたち ©Wooje Jang

大学路のソンドル劇場(선돌극장 ⇒劇場紹介・地図)では、いま7月26日まで演劇『スヌ伯父さん(순우삼촌)』が上演されています。大学路の小劇場で創作劇を観ることは、日本の方には多少勇気が要ると思いますが、この作品はチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の舞台をソウルに置き換えた作品です。日本の劇作家・演出家の岩松了が1998年に発表し、昨年16年ぶりに再演された『水の戯れ』は『ワーニャ伯父さん』に登場する二人の人物「エレーナ」と「ワーニャ」からモチーフを得て創作された戯曲でしたが、この作品と比較できるでしょうか。しかし韓国版の方は、原作の痕跡がより強く残っています。

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劇場に掲示されている蚕室島と漢江の地図。開発前(1963年・左)と開発後(1978年・右)の変化が一目瞭然 ©Lee HongYie

この『スヌ伯父さん』を少しでも早く見るために初日直前の最終リハーサルにお邪魔してきました。地下1階にある劇場へ降りていくと、壁には1960~70年代の蚕室(チャムシル)の地図や資料などが展示されていました。なぜならば本作の舞台が「1973年の蚕室島」だからです。今の蚕室は、ロッテワールドやデパート、野球場などの大型ランドマークがあり、高層マンションが立ち並ぶ現代的な街並みですが、当時は漢江にある島だったそうです。細かい設定はストーリに合わせて変えたところもあるそうですが、まだ川に渡し場があったころ、蚕室島で始まった都市開発工事を背景にしています。

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兄ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)と共に蚕室島の農場を守ってきた伯父のスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『ワーニャ伯父さん』は老教授セレブリャーコフと彼の若き後妻エレーナが、老教授の前妻との子ソーニャとその伯父ワーニャが長年管理してきた田舎の屋敷に住み始めたことで巻き起こる人間模様を描いた作品ですが、『スヌ伯父さん』のあらすじは次の通りです。まだ独身のスヌ(=ワーニャ)はアメリカで留学中の腹違いの兄ゴヌ(=セレブリャコーフ)のために一生懸命に節約しながら働いてきた農夫です。彼のそばにはいつもゴヌの娘ジスク(=ソーニャ)がいます。二人は家族が代々暮らしてきた蚕室島で地道に働いているのです。しかし10年間の留学を終え文学博士になったゴヌが若い女性タジョン(=エレーナ)を連れて家に戻った後、彼らの生活はガラリと変わります。そこに漢江開発事業も発表され、彼らは蚕室島を離れなければならなくなるのです。

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ゴヌの妻タジョン(キム・ジョン)に迫る、医者ソクジュン(オ・デソク) ©Wooje Jang

sunu7『ワーニャ伯父さん』のなかの人物関係をうまくシンクロさせた、この面白い世界を作り上げたのは劇団「月の国椿の花(달나라동백꽃)」を主催する劇作家キム・ウンソンで、2009年ソウル市劇団の「ソウル+記憶」創作開発事業の一環で本作品を執筆し、同年初演されました。今回は「月の国椿の花」の共同代表ブ・セロムが演出を務め、劇団「ドゥビチュム(두비춤)」の制作で再演を迎えたのです。ちなみに、劇団「月の国椿の花」は、2011年に劇団を旗揚げした翌年、『ガラスの動物園』(テネシー・ウィリアムズ作)を現代の韓国に置き換えた『月の国連続ドラマ(달나라연속극)』、『ショパロヴィッチ巡業劇団』(リュボミル・シモヴィッチ作)を近代の韓国に置き換えた『ロ・プンチャン流浪劇場(로풍찬유랑극장)』、『かもめ』(アントン・チェーホフ作)を1980年代の韓国に置き換えた『干潟(뻘)』など、名作戯曲をベースにした作品を次々と発表し、観客と評論家の両方から高く評価されました。そして今、キム・ウンソンとブ・セロムのコンビが手がけたもう一つのチェーホフの脚色版『スヌ伯父さん』も予想通り、高い評価を受けています。
韓劇.com読者のなかには、今年1月に東京・世田谷パブリックシアターのシアタートラムで上演され大好評を得たリーディング公演『木蘭姉さん』をご覧になった方がいらっしゃるかもしれませんね。『木蘭姉さん』はキム・ウンソン脚本家の作品なんですよ。

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兄ゴヌ(ムン・イルス)につかみかかるスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『スヌ伯父さん』に出演している素敵な俳優のなかには、劇団「ドゥビチュム」の俳優だけではなく、劇団「月の国椿の花」所属のイ・ジヘとノ・ギヨンがゴヌの娘ジスクと渡しの番を演じます。それから演劇『ヒストリーボーイズ』の校長役や、昨年ドゥサンアートセンターで上演された韓国版『背水の孤島』(中津留章仁作)に出演していたオ・デソクが医者ソクジュン役(=アーストロフ)に。そして東京デスロックの多田淳之介が演出した日韓合作『カルメギ(かもめ)』に出演していたソン・ヨジンがスヌの母ムンジャ(=マリヤ)に扮しているなど、日本の作品に縁のある俳優も出演しています。

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ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)に歌を聴かせるタジョン(キム・ジョン)©Wooje Jang

舞台転換の際には俳優たちがギターやハーモニカなどを演奏するため、小劇場ならではの魅力を十分味わっていただけるのではないかと思います。ソンドル劇場は座席数132席の小さな劇場ですが、さまざまなヒット作が生まれているところです。大学路にいらした際には、このような小劇場にもぜひ一度足を運んでみてください!


sunu8【公演情報】
演劇『スヌ伯父さん』(순우삼촌)
2015年7月9日~7月26日 大学路ソンドル劇場

出演:ムン・イルス、ソン・ヨジン、オ・デソク、イ・サンフン、カン・マルグム、キム・ジョン、イ・ジへ
脚本:キム・ウンソン/演出:ブ・セロム/音楽監督:ぺ・ミリョン/舞台:キム・ダジョン/照明:ソン・ミリム/企画:ナ・ヒギョン

写真提供:Play for Life ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.4

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.4

 

韓国版『デスノート』、ついに幕が上がる!

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制作発表での2ショット ホン・グァンホ(左)とキム・ジュンス ©CJeS Culture

いよいよ明日のプレビューからミュージカル『デスノート』が開幕します! 本公演は、6月20日から8月9日まで、約1800席の座席数を誇る、京義道・城南(ソンナム)市にある、城南アートセンターのオペラハウスにて上演されますが、チケット発売日にあっという間に全席完売を記録し、すでに韓国では上半期最高の話題作になっています。栗山民也演出、フランク・ワイルドホーン作曲、ジャック・マーフィー歌詞、アイヴァン・メンチェル脚本といった豪華なクリエイターたちとともに、夜神月(ヤガミライト、以下ライト)役にホン・グァンホ、L(エル)役にはキム・ジュンスがキャスティングされ、いま城南アートセンターには、まさにアメリカ、日本、韓国のミュージカル界のスターたちが集結しているのです。

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夜神月(ヤガミライト)役のホン・グァンホ ©CJeS Culture

作品のクオリティは4月に東京・日生劇場で上演された日本版ですでに証明されましたが、韓国版を制作するにあたり、少々変更された部分もあります。音楽の面ではキーが変わったり、弦楽器がさらに追加されたりしましたし、振付も俳優の役作りに合わせて修正したところがあります。この細かな変化を加えるために、日本版に参加していたスタッフたちがブロードウェイや東京から、ソウルに来ていたのです。そのため、今回私は久しぶりに通訳スタッフに変身して制作に参加しました。これまでコラムでは私が翻訳した作品を紹介してきましたが、それに負けないくらいの愛情を込めて本作品をお勧めします!

何より本作品はミュージカル化されることで、ストーリーはシンプルに、その代わりキャラクターはより鮮明になったと思います。まるでキャラクターの力でドラマが展開されるかのような気までしています。韓国版では登場人物を演じる俳優それぞれの個性によって作品の印象も大きく変わるでしょう。

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L(エル)役のキム・ジュンス ©CJeS Culture

例えば、少年のような明るさと集中する時の鋭さを両方持っているホン・グァンホさんは、「そこまで自分の信念に確信を持てるか」と思わせるライトの性格を、観客が納得できる方向に作り上げています。加えて、ライトの衣装は韓国にいるごくふつうの男子学生とそれほど変わらないため、普遍的な“目の前にいるひとりの人間”としても、リアリティのある人物像を感じさせます。一方、日本語がとても上手で日本の演出部とも自由に意見を交わしていたキム・ジュンスさんは、実存しないようなキャラクターをとても繊細に描いています。Lに感情が入っていくことで、彼の純粋さと狂気は客席の隅から隅まで届くことでしょう。この二人が自分の中の確かな何かを信じながら「我こそ正義(ネガジョンイダ/내가 정의다)」と歌い出すとき、それぞれの違う音色はパワフルな争いを連想させ、劇的な効果を生みだすはずです。

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爆発的なエネルギーに期待! 死神リューク役のカン・ホンソク ©CJeS Culture

ほかにも、死神リュークを演じるカン・ホンソクさんは、彼特有のはつらつとした愉快な人柄を生かし、ライトのパートナーになります。それからアイドル・スター、弥 美砂(アマネミサ)役のチョン・ソナさんと彼女を守るもう一人の死神レム役のパク・へナさんのケミストリー(化学反応)も絶対逃してはいけない見どころです!

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韓国版ミサミサはかなり大人っぽいキャラに? 弥美砂役のチョン・ソナ ©CJeS Culture

最高のエンターテインメントを見せてくれるはずの韓国版『デスノート』。しかしこの作品は「このような腐った世界を作った神」と「世の中の腐っている人たちを審判するキラ」のうち、どちらが正しいのか? という質問を投げかけ、今まで護られていた「正義」と「信念」という言葉に疑いを持たせます。現キャストの組み合わせでは今後見たくても見られない幻の舞台になるかもしれない韓国版『デスノート』ですが、超満席になっている客席を想像しながら、「ハラハラ、ドキドキ!」幕が上がることを楽しみにしております。

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韓国のイディナ・メンゼルの異名を持つ歌唱力に期待 死神レム役のパク・ヘナ ©CJeS Culture


【公演情報】
ミュージカル『デスノート』(데스노트)韓国版
2015年6月19日(プレビュー公演)、6月20日~8月9日(本公演)
城南アートセンター(⇒会場までのアクセス、劇場紹介)

出演:ホン・グァンホ、キム・ジュンス、チョン・ソナ、カン・ホンソク、パク・ヘナ、イ・ジョンムン、イ・スビンほか
演出:栗山民也/作曲:フランク・ワイルドホーン/作詞:ジャック・マーフィー/脚本:アイヴァン・メンチェル/音楽監督:キム・ムンジョン

写真提供:CJeS Culture ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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土田真樹の「エーガな日々」Vol.7

土田真樹の「エーガな日々」Vol.7

 

「韓国のアイドル映画今昔」

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韓国映画界で”演技ドル”の先頭を走る3人―『同窓生』のT.O.P、『海にかかる霧』のユチョン、『映画は映画だ』のイジュン ©Maki Tsuchida

日本では1970年代から80年代にかけて多くのアイドル映画が作られていました。最たるものは、田原俊彦、近藤真彦、野村義男の3人が出演する、いわゆる「たのきんトリオ」が主演した映画が、夏休みや冬休みに公開されて一世を風靡し、僕もよく映画館に出かけたものです。
一方の韓国ではいかがだったでしょうか。今回は韓国のアイドル映画の系譜をご紹介しましょう。

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元祖”演技ドル”はチョー・ヨンピルだった!?『その愛が恨となり』ポスターとシーン写真 ©泰昌興行(株)

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『ダムダディ』シーン写真 左がイ・サンウン

韓国映画界にはアイドル女優や男優は昔からいましたが、歌手が映画に出演するケースはそれほど多くありませんでした。そんな中で異彩を放っているのが、1980年代の大スターであるチョー・ヨンピル。日本では「釜山港へ帰れ」のヒットで演歌歌手として知られていますが、韓国では人気ロックスターでもありました。そんな彼が主演した映画が『その愛が恨となり(그 사랑이 한이 되어)』(1981)。田舎から出てきたチョー・ヨンピル演じる歌手志望の青年の成功と病魔に犯された女性音楽プロデューサーとの愛を描いた物語です。今や韓国歌謡界の大御所となったチョー・ヨンピルですが、当時は若手歌手。映画主演はこれ一本だけで、役者としては大成しませんでした。
能天気ともいえるアイドル映画の登場には、更に10年の時間を要します。韓国の新人歌手の登竜門といわれるMBC江辺(カンビョン)歌謡祭で1988年度のグランプリを受賞したイ・サンウン。日本ではLee-tzche名義で活動していた彼女は、デビュー曲「ダムダディ(담다디)」(1989)と同名映画で女優デビューします。演じた役が音楽の妖精と彼女自身であるイ・サンウンの一人二役。音楽の妖精が失恋した高校生に音楽の才能を与え、彼が作った歌をイ・サンウンが歌うという物語なのですが、映画そのものの評価も芳しくないようでした。


近年では最後の究極アイドル映画『花美男(イケメン)連続ボム事件』予告編(Daum Movieより)

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H.O.T.総出演のSF(!)映画『平和の時代』ポスター ©S.M. Entertainment Co., Ltd

その後もアイドル歌手を主演に迎えた映画は続々と登場します。H.O.T.を主演に迎え、銀河系を舞台に異星人とサッカーの試合を行う『平和の時代(평화의 시대)』(2000)。SUPER JUNIORのメンバーが総出演し、美少年ばかりを狙って人糞を投げつけるという『花美男(イケメン)連続ボム事件(꽃미남 연쇄 테러사건)』(2007)など、国民的アイドル歌手ありきで企画された映画も製作されましたが、映画そのものの評価がいずれも低く、多くのファンを抱えているにも関わらず、興行成績には直結しませんでした。
チ・ヒョヌや元2PMパク・ジェボムが出演し、アイドル歌手としてデビューを夢見る男性ユニットのサクセスストーリーを描いた映画『Mr.アイドル(Mr.아이돌)』(2011)も作られました。彼らが歌うのは、TUBEの「サマードリーム」をカバーしたもの。韓国のアイドルが日本の歌を歌うというユニークさもあったのですが、それほど話題にはなりませんでした。

ここまで読むとアイドルが主演する映画はダメなのかと思われるかもしれませんが、必ずしもそんなことはありません。BIGBANGのメンバーであるT.O.Pは映画に出演するとき、本名であるチェ・スンヒョンを使い『戦火の中へ(포화속으로)』(2010)、『同窓生(동창생)』(2013)、『タチャ-神の手-(타짜-신의 손)』(2014)に主演し、興行面でも成功しました。映画の成功はT.O.Pの知名度はもちろんですが、彼に合った役であり、適材適所のキャスティングだったといえます。
T.O.P以外にも演技に定評のあるアイドルが今、韓国映画に続々と出演しています。多くのテレビドラマで主演を務めたJYJのユチョンが、満を持して映画に進出した『海にかかる霧(해무)』(2014)では、密航船の船員をストイックに演じ、韓国映画評論家協会新人賞など、多くの新人賞を受賞しました。MBLAQの元メンバーのイジュンは、初主演作『俳優は俳優だ(배우는 배우다)』(2013)の中で、俳優として絶頂に昇りつめるオ・ヨンを演じ、大胆な濡れ場など、アイドルとしてのイメージを壊す役に挑戦して話題となりました。

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映画界で頑張る”演技ドル”女優編―『建築学概論』のスジ、『朝鮮美女三銃士』のガイン、『パイレーツ』のソルリ ©Maki Tsuchida

がんばっているアイドル歌手は男性だけではありません。miss Aのスジは『建築学概論(건축학 개론)』(2012)で、主人公の初恋の女性を演じ、そのピュアな魅力が話題となり映画も大ヒットしました。また、Brown Eyed Girlsのガインは『朝鮮美女三銃士(조선미녀삼총사)』(2013)でスクリーンデビューし、新たなラブコメクィーンの誕生を予感させました。f(x)のソルリにいたっては、『パイレーツ(해적 바다로 간 산적)』(2014)、『ファッション王(패션왕)』(2014)と出演作が立て続けに公開され、韓国映画界を率いる女優の一角を占めるようになりました。

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映画界でのさらなる活躍に期待!『家門の帰還:家門の栄光5』のドゥジュン、『20歳』のジュノ、『カート』のディオ ©Maki Tsuchida

アイドルが出演しているのは、上記のような娯楽映画ばかりではありません。ZE:Aのイム・シワンは映画『弁護人(변호인)』(2013)の中で学生運動によって警察に逮捕される大学生の演技が高く評価されただけでなく、アイドルが出演した映画としては韓国内で初めて観客動員数1000万人超えを達成しました。大型ショッピングマートを舞台に非正規雇用者の労働争議を描いた『カート(카트)』(2014)には、EXOのディオが、本名ト・ギョンス名義で出演しています。
これらの映画は韓国で社会告発映画と呼ばれ、ろうあ者福祉施設に入所している児童への性的虐待を描いた『トガニ 幼き瞳の告発(도가니)』(2011)の場合、モデルとなった施設に検察の再調査が入り、2012年に閉所されるなど現実社会を動かしました。アイドル歌手にとって、このような作品に出演することは、自身のキャリアにとってプラスになります。製作サイドも出演アイドルのファンである若年層へ作品をアピールすることになり、互いにとってWIN-WIN関係であるといえます。

イム・シワンの体当たりの熱演が注目された『弁護人』予告編(NEW公式より)

もちろん、このような社会派作品だけでなく、娯楽作品や家族映画的な作品にもアイドル歌手は出演しています。
結論として、韓国映画界におけるアイドルの存在は無視できない状況になっています。前述しましたが、アイドル歌手ありきの企画映画でなく、あくまで役者のひとりとしてキャスティングするようになったのはよいことでしょう。しかしながら、アイドル映画全盛時代の日本で育った筆者としては、韓国の今のアイドルによる能天気ともいえる企画映画を見てみたい気もします。韓国映画が今後も更なる多様性を持つには、そのような映画を当てるノウハウを積み重ねる努力も必要ではないでしょうか。

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