イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.13

 

こんにちは、私は「演劇実験室 恵化洞1番地」です。

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演劇実験室恵化洞一番地 6期同人 春フェスティバル「シムシティ~都市ライフの費用」ポスター

韓国の演劇村と呼ばれている大学路(テハンノ)には100館を超える劇場が集まっています。ほとんどが客席数100席前後の小劇場ですが、その中でも客席数が50席しかない小さな劇場があります。「演劇実験室恵化洞(ヘファドン)1番地 연극실험실 혜화동1번지」という劇場です。本当の住所は恵化洞88番地だそうですが、大学路を代表する劇場の一つとして存在しています。その理由は、韓国で唯一、演出家の同人システムで運営されている劇場だからです。昔、小説家や詩人などが同人誌を通じて創作活動をすることは多かったですが、演劇の演出家たちが同人制度で劇場を運営するのは、世界的にも珍しいことではないかと思います。

1994年から始まったこのシステムは、商業的な演劇から離れ、個性の強い実験劇を追及することを目標とし、この劇場を中心に若手演出家が自由に新しい演劇を制作してきました。現在6期メンバーが活動中ですが、1期ごとに約6~7人のメンバーが集まり、3~5年間同人として活動したら、その後は後輩の演出家を推薦して同人を卒業する形で運営されてきました。

これまで、「演劇実験室恵化洞1番地」には、いまでは自身の劇団内外の作品を多数手がけ、活躍している演劇界で広く名を知られた演出家たちが同人として活動していました。以下に演出家名と近年の代表作を挙げてみます。
●イ・ユンテク(이윤택 劇団「演戯団コリぺ」代表)『問題的人間、燕山』『宮裏』
●パク・グニョン(박근형 劇団「コルモッキル」代表)『青春礼賛』『キョンスクとキョンスクの父』
●キム・グァンボ(김광보 ソウル市劇団芸術監督)『少しはみ出て殴られた』『M.Butterfly』
●キム・ジェヨプ(김재엽 劇団「ドリームプレイ」代表)『アリバイ年代記』『背水の孤島』
●ユン・ハンソル(윤한솔 劇団「グリーンピグ」代表)『インターネット・イズ・シリアス・ビジネス』
●キム・ハンネ(김한내 劇団「パーダバプ」代表)『テンペスト』『来来来来来』(コラムVol.9参照)

去年から開始した第6期には、チョン・ユンファン(전윤환 劇団「アンド・シアター」代表)、ソン・ギョンファ(송경화 劇団「浪漫流浪団」代表)、シン・ジェフン(신재훈 劇団「小さな部屋」代表)、ペク・ソキョン(백석현 劇団「チャンセ」代表)、キム・スジョン(김수정 劇団「新世界」代表)、ク・ジャヘ(구자혜 劇団「ここは当然、劇場」代表)が活躍をしています。彼らはこれまで「2015春フェスティバル:総体的難劇」「2015企画招請公演:セウォル号」「2015秋フェスティバル:商業劇」と題したシリーズ演劇を上演し、今年の春は、4月7日から6月26日まで「2016春フェスティバル:シムシティ~都市ライフの費用」を上演しました。今回は、そのなかの最後の一作だった女性演出家ク・ジャへによる『演劇実験室恵化洞1番地』をご紹介したいと思います。

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南山(ナムサン)芸術センターで上演された『Commercial, definitely~マカダミア、検閲、謝罪、そしてマンスプレイニング』舞台写真より

まず、劇場の名前そのものを演劇のタイトルにしていること自体が、好奇心を刺激します。彼女は去年の秋フェスティバルで発表した『Commercial, definitely~マカダミア、盗作、マーズ、そしてマンスプレイニング』を、今年4月に南山(ナムサン)芸術センターで『Commercial, definitely~マカダミア、検閲、謝罪、そしてマンスプレイニング』というタイトルで再演していました。上演当時に最も話題になっていたキーワード……例えば、大韓航空の「ナッツリターン」事件、有名演出家の戯曲が検閲された問題、韓国の有名小説家による盗作、男性が女性に対してまるで「教えてあげるような」しゃべり方で対話をする現象から生まれた新造語「マンスプレイニング(Man+Explain=Mansplaining)」などを取り上げ、俳優たちにはその問題の主人公を演じさせて、堂々と客席に向かって弁解をする機会を与えた作品でした。それと同時に、この作品を初演した、50席しかなく資金が乏しい民間劇場である恵化洞1番地と、規模を膨らませて再演した、公共劇場で450席もある南山芸術センターで公演を準備しながら感じたことや、上演環境の違い、助成金の金額と予算まで暴露した作品でもありました。

作・主演のイ・リ
開演前には女優自らチケットを販売

今回上演された『演劇実験室恵化洞1番地』は、ある意味、この前作の延長線上にある作品とも言えます。本作には、『Commercial, definitely…』にも出演していたイ・リという女優が登場します。開演前には自らチケットの受付、販売をし、劇中では照明や映像のオペレーションまで全部一人でこなしながら一人芝居をしなければならない彼女はボヤキ始めます。「いったいなんで私なんだろう?」と、どうしてこの空間で一人で90分もしゃべらなければならないのか、彼女は理解できず観客に向けて疑問を投げかけるのです。また、彼女は“ソウルで一人暮らしをしている40歳の女優”という設定なのですが、劇場を運営するための費用や家賃事情、ネコを飼うために必要な品物と費用、俳優業とは別にやっている副業の話、セックスの効能や自慰行為についてなど、短いエピソードをオムニバスドラマのように構成し、本音満載で赤裸々に語っていきます。

 

このように演出家ク・ジャへは、いまソウルで一人で生きている女性の実情と、狭い舞台の上で一人で演技をしている女優の姿をオーバーラップさせ、実験劇に仕上げたのです。起承転結のドラマはありませんが、約30年の歴史を持っている劇場と、約40年の人生を生きている女優の率直なエピソードが生々しく描かれ、イ・リのセリフに共感した観客たちの笑い声が絶えませんでした。公演スタイルもかなり斬新でしたが、最後には実際に飼っているネコを登場させて芝居を終わるなど、若手演出家らしい挑戦がさまざまな点で見られた作品でした。

そういえば、彼女が主宰している劇団の名前は、「ここは当然、劇場(여기는당연히, 극장)」。大胆な風刺とユーモアで韓国の若者の日常そのものを舞台上で表現しながら、“当たり前のように居続けている”劇場で彼女がこれからどんな舞台を見せてくれるのか、楽しみです。なお、11月には同じ劇場で別役実原作の舞台を上演することが決定しているそうですよ!


hefadon5【公演情報】
2016春フェスティバル:シムシティ~都市ライフの費用
演劇『演劇実験室恵化洞1番地 』(연극실험실 혜화동1번지)
2016年6月16日(木)~6月26日(日) 演劇実験室恵化洞1番地

出演:イ・リ

作:ク・ジャへ、イ・リ/演出:ク・ジャへ/美術:キム・ウンジン/音楽:目笑(モクソ)/衣装:キム・ウソン/ヘアメイク:チャン・ギョンスク/写真:キム・ドウン

写真提供:劇団「ここは当然、劇場」 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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