イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.12

 

演劇とドキュメンタリーの間で ― 『光の帝国』

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夫キヨン役のチ・ヒョンジュン(左)と妻マリ役のムン・ソリ

今年は韓国とフランスの修交130周年を迎えた年で、舞台芸術分野でもさまざまな企画が行われています。このような雰囲気のなか、今月は韓国の国立劇団とフランスのオルレアン国立演劇センターのコラボレーションにより制作された演劇『光の帝国(빛의제국)』をご紹介したいと思います。この作品は同名小説を原作にしていますが、この小説を執筆したキム・ヨンハ(김영하)は、1995年にデビューして以来、韓国で数々の文学賞を受賞しながら、アメリカ・フランス・ドイツ・日本・イタリアなど10カ国に著作が紹介されている小説家です。彼の代表作のなかで北朝鮮のスパイを主人公にした本作が、今回の上演作品として選ばれ、フランスの制作陣と韓国の実力派舞台俳優を集結して制作されたのです。フランスのスタッフは、小説家で演出家でもあるヴァレリー・ムレジャン(Valérie Mréjen)が脚色を、多くの海外共作に参加している演出家でオルレアン国立演劇センターの芸術監督のアルチュール・ノジシエル(Arthur Nauzyciel)が演出を務めています。ノジシエルは、本作を準備しながら去年、ジャン・ジュネの映画をベースにした『スプレンディーズ(Sprendid’s)』を同じ明洞芸術劇場で上演し、韓国の観客には馴染みのある演出家です。それから、演劇は6年ぶりの出演となった韓国を代表する映画俳優ムン・ソリ(문소리)と、同劇場で上演した『試練‐The Crucible(시련)』『旅立つ家族(길떠나는 가족)』などで主演を務めた俳優チ・ヒョンジュン(지현준)が出演することで開幕前から期待を集めていました。

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セットも衣装もすべてがグレートーンで統一

2016hikari1舞台セットは、二つの巨大なスクリーンが壁のように立てられていて、テーブルと椅子、ソファが置いてあるシンプルな構造です。舞台上にあるものは、俳優の衣裳を含めて全てがグレーのトーンに統一されていました。それは照明によって暖かいグレーにも見えたり、蛍光灯が使われるときには冷たいグレーに見えたりして、シーンによって異なる質感を見せました。それとは対照的に、バックにあるスクリーンにはとても美しくて多彩な色の映像が流れました。最近、韓国の演劇でも映像を取り入れるケースが多いですが、ここまで積極的に舞台の芝居とシンクロさせたのは珍しいと思います。加えて、ところどころ、俳優が肉声ではなく、舞台上に設置されているマイクを使って話すシーンもありました。例えば開演の際には、舞台上に既に上がっていた俳優のなかの一人が「公演中には携帯電話の電源を切ってください」などの案内コメントをしたのです。劇中では、俳優本人の北朝鮮に関する記憶がマイクを通して語られたりもしました。そのシーンは芝居と言うよりも、まるでプレゼンテーションでもするような印象がありました。

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室内や街中であらかじめ撮影された映像が舞台の演技とシンクロしていく

2016hikari6このような一風変わった演出方法を用いながら、本作は原作小説の世界を魅力的に描いていました。物語は、夫婦であるキヨンとマリのある一日を扱っています。映画輸入業者のキヨンはその日、妙なメールを受信します。そのメールが意味するのは「全てを捨てて、直ちに北朝鮮へ戻れ」というものでした。実は、彼は北朝鮮から来たスパイで、10年以上、何の指令ももらえないまま韓国で一般人のように過ごしてきたのです。彼は複雑な気持ちになり、同じく北朝鮮から潜入している仲間に会ったりタロット占いに行ったりします。一方、彼の妻であるマリはその日、不倫相手の大学生と会います。そして彼から自分の友だちと一緒に寝てほしいと言われ、三人でラブホテルに向かいます。しかし、もう一人、彼の友人(先輩)も外で待っていることを知り、彼女はその場を離れます。二人とも悲惨な一日を過ごしたその日の夜、キヨンは妻に真実を告白します。突然日常が壊れてしまったマリは戸惑い、彼に向かって「北朝鮮へ帰れ」と冷たく叫びます。でも、結局マリを離れないキヨンの姿を最後に、この物語は終わります。
2016hikari4舞台と映像を、そして肉声とマイクの声を横断させながら、この演劇はフィクションとドキュメンタリーの境界を曖昧にしていった作品だったと思います。それが可能だったのは、全てのエピソードがコラージュのように構成されていたからでしょう。「最も近いと信じていた人の秘密を知ったら?」という普遍的な話をベースにしながら、こんな嘘のようなことが本当に起こっても不思議ではない韓国を外からの視線で見ることができた、面白い体験でした。ストーリーに感情移入させるより、提示するイメージを通して観客に考えさせる意図が強かったと言えるでしょう。それに、小説だけではなく、ルネ・マグリットの同名絵画『光の帝国』―青く光っている空の下、街は夜のなかに沈んでいる絵―も連想させ、韓国の舞台ではあまり見られない視覚的な刺激があったのも楽しかったです。3年という長い準備期間を経て誕生した作品だからこそ味わえるチームワークも印象深に残ります。フランス人の演出家と韓国俳優が一つの目標に向かっているように感じられたからです。本作は3月27日までのソウル公演終了後、5月17日から21日までフランスのオルレアン国立演劇センターで上演される予定です。フランス人にとってはこの作品世界がどのように映るのか、とても気になります。


2016hikariposter【公演情報】
演劇『光の帝国』(빛의 제국)
2016年3月20日~3月27日 明洞芸術劇場

出演:ムン・ソリ、チ・ヒョンジュン、チョン・スンギル、ヤン・ドンタク、キム・ハン、ヤン・ヨンミ、キム・ジョンフン、イ・ホンジェ
原作:キム・ヨンハ/演出・脚色:アルチュール・ノジシエル/脚色:ヴァレリー・ムレジャン

●国立劇団(明洞芸術劇場)公式サイト 作品紹介ページ

写真提供:韓国国立劇団 ©NATIONAL THEATER COMPANY OF KOREA
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