イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.19

 

地球と私のパラレルワールド『わが星』

地球ちゃん役のキム・ヒジョンと姉役のチョ・ハナ

日本の演劇関係者と話をすると、時々、韓国演劇は助成金制度が日本より充実していると言われたりします。大学路の多くの作品が国からサポートを受けて上演していることを考えると、ある意味、それは本当かもしれません。特に、毎年1月には上演作自体は少なくなる代わりに、厳しい審査を受けて生き残った期待の新人の作品が集中的に上演の機会を得ます。その中でも、代表的なプログラムが「NEWStage」ではないかと思います。

「NEWStage」は、ソウル文化財団ソウル演劇センターがデビュー10年未満の若手に対し、作品の創作から上演までをサポートするプログラムです。公募を通して選ばれた3~4人の若手演出家は、上演劇場が提供されるだけではなく、中間発表の場でフィードバックももらえ、宣伝までも担当してもらえる貴重な機会を得るのです。そのため、応募作も多く、競争が激しいのはもちろん、特にこれまでは創作劇(オリジナル演劇)が選考対象になっていました。

このプログラムに今年は、4人の若手演出家の作品が選ばれました。
①イ・ヨンジュ(이연주)『電話のベルが鳴る(전화벨이 울린다)』(1月5日~8日 トンスンアートセンター トンスン小劇場)
②キム・ジョン(김정)『お客たち(손님들)』(1月12日~15日 トンスン小劇場)
③イ・ウンソ(이은서)『I’m an artist』(1月14日~18日 萬里洞[マンリドン]芸術人住宅)
④シン・ミョンミン(신명민)『わが星(우리별)』(1月19日~22日 トンスン小劇場)
①コールセンターの労働者問題、②親を殺した少年の事件、③芸術家の視点から見た育児の問題など、4作品のうち、3作品は今の韓国社会の空気を反映するような作品が選ばれました。そして今回ご紹介する4番目の作品だけが、他の作品とは違い、何も起こらない日常を明るく楽しく描きます。きっと最後は作り手にも観客にもみんな笑顔になってほしいからでしょう。しかし、それよりも本作品にもっと注目すべき理由があるのです。「NEWStage」では珍しく、日本演劇の翻訳劇が選定されたからです。

地球ちゃん一家(写真左から、おばあちゃん役イ・セロム、地球ちゃん、姉、母役キム・スア、父役パク・ギドク)

『わが星』は、日本で2009年に初演された、劇団「ままごと」を主宰する柴幸男作・演出の作品です。彼はこの作品で、岸田戯曲賞を最年少で受賞しました。再演とワークショップを繰り返している作品ですので、日本でご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。本作の大きな特徴は、多くの台詞がラップになっていることです。口ロロ(クチロロ)というバンドと一緒に作ったそうで、そのためかこの作品はまるで一つの歌のように構成されていて、見終わった後もずっと頭の中で劇中のメロディーが流れてしまいます。今回の韓国版では、新たに若い韓国の音楽監督を招きました。戯曲の設定を韓国人の物語にする以外は、セリフなどはほとんど変えず、韓国語に合わせたラップを作りました。

地球ちゃんと月ちゃん役のホ・ジン

物語は、“地球”という少女の一生と、わが星である地球の誕生から消滅までをリンクさせた内容です。コスモス団地に引っ越してきた地球ちゃん。彼女には祖母、父、母、姉の家族がいます。いつもうるさくて、喧嘩もよくするんですが、いつの間にか仲直りして……と、こんな毎日を繰り返しています。地球ちゃんには、隣に住んでいる月ちゃんという友達がいます。二人は毎日のように遊んでは喧嘩し、また仲直りして遊んでいますが、徐々に二人の距離は少しずつ離れていきます。

同じ形の建物が並ぶ団地、でもその中にある、遠くから見てもすぐ分かる我が家の明かり、友達に送った手紙、誕生日プレゼント、父の帰りを待っている母、祖母が教えてくれること、姉ちゃんとの喧嘩、受験勉強などなど。決して特別ではないけれど、地球ちゃんにとっては大切な記憶が繰り返されたり、その記憶自体が遊びになったり、いきなり宇宙に飛んでしまったりする不思議な体験です。それを見ている観客の人生まで美しく輝く、魔法のような100分間。普段は感じ取れない日常の小さい幸せにメロディーをつけるために、演出家と俳優は細かいところまで計算しながら、ラップ作りに挑戦しているのですが……セリフは殆ど変わっていないとはいえ、音節の数や音の響きや言葉のニュアンスが違う韓国語版の台本にピッタリのラップを作り出すのは簡単ではありません。たった4日間という短い上演期間が惜しいくらいの苦労をしていて、その努力には大きな拍手を送ってあげたいです!

この韓国語版『わが星』の演出を務めるシン・ミョンミンは創作集団LASの演出部に所属しています。LASについては、私の第9回コラムでも紹介しましたが、大学路で最も期待されている若手劇団で、主宰のイ・キプム(이기쁨)はハイバイの岩井秀人作『て(손)』や、東野圭吾の同名小説が原作の『容疑者Xの献身(용의자 X의 헌신)』を演出し、日本の作品とも縁が深い演出家です(ちなみに、イ・キプム演出の『て』は5月末に大学路アルコ小劇場で再演予定です)。
シン・ミョンミン演出家が日本の戯曲を演出するのは『わが星』で二回目です。『わが星』の戯曲がとても気に入った彼は「NEWStage」に申請した後、勉強のために柴幸男のもう一つの戯曲『少年B』を読み、それを去年の6月、劇団制作公演として先に上演しました。『少年B』は第6回コラムで紹介した作品です。


『少年B』も『わが星』も、ものすごく幸運でもなく、かと言って不幸のどん底を経験したこともない、登場人物たちの平凡な人生を“物語”にしていた作品です。日常の中の何気ない出来事をキャッチし、それを繊細に変奏していきます。特に、劇的な展開や俳優たちの爆発しそうな熱演、社会・共同体としての問題意識が満ちている韓国の演劇界で、この柴幸男の小さな世界は一層特別な存在です。海の向こうから私をずっと見てくれたんだと感じさせる暖かい作品は、きっと多くの韓国の観客から愛されることでしょう。トンスン小劇場で起こる小さな奇跡を、ぜひご期待ください。


【公演情報】
演劇『わが星』(우리별)
2017年1月19日~1月22日 トンスンアートセンター トンスン小劇場

<出演>
●地球:キム・ヒジョン
●姉:チョ・ハナ
●父:パク・ギドク
●母:キム・スア
●月:ホ・ジン
●先輩:イム・ヨンウ
●男:チョ・ヨンギョン

原作:柴幸男/演出:シン・ミョンミン

●創作集団LAS 公式サイト⇒http://www.las.or.kr

写真提供:創作集団LAS ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


←コラム第18回 | コラム第20回→

1件のコメント

ただいまコメントは受け付けていません。