イ・ホンイ

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.19

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.19

 

地球と私のパラレルワールド『わが星』

地球ちゃん役のキム・ヒジョンと姉役のチョ・ハナ

日本の演劇関係者と話をすると、時々、韓国演劇は助成金制度が日本より充実していると言われたりします。大学路の多くの作品が国からサポートを受けて上演していることを考えると、ある意味、それは本当かもしれません。特に、毎年1月には上演作自体は少なくなる代わりに、厳しい審査を受けて生き残った期待の新人の作品が集中的に上演の機会を得ます。その中でも、代表的なプログラムが「NEWStage」ではないかと思います。

「NEWStage」は、ソウル文化財団ソウル演劇センターがデビュー10年未満の若手に対し、作品の創作から上演までをサポートするプログラムです。公募を通して選ばれた3~4人の若手演出家は、上演劇場が提供されるだけではなく、中間発表の場でフィードバックももらえ、宣伝までも担当してもらえる貴重な機会を得るのです。そのため、応募作も多く、競争が激しいのはもちろん、特にこれまでは創作劇(オリジナル演劇)が選考対象になっていました。

このプログラムに今年は、4人の若手演出家の作品が選ばれました。
①イ・ヨンジュ(이연주)『電話のベルが鳴る(전화벨이 울린다)』(1月5日~8日 トンスンアートセンター トンスン小劇場)
②キム・ジョン(김정)『お客たち(손님들)』(1月12日~15日 トンスン小劇場)
③イ・ウンソ(이은서)『I’m an artist』(1月14日~18日 萬里洞[マンリドン]芸術人住宅)
④シン・ミョンミン(신명민)『わが星(우리별)』(1月19日~22日 トンスン小劇場)
①コールセンターの労働者問題、②親を殺した少年の事件、③芸術家の視点から見た育児の問題など、4作品のうち、3作品は今の韓国社会の空気を反映するような作品が選ばれました。そして今回ご紹介する4番目の作品だけが、他の作品とは違い、何も起こらない日常を明るく楽しく描きます。きっと最後は作り手にも観客にもみんな笑顔になってほしいからでしょう。しかし、それよりも本作品にもっと注目すべき理由があるのです。「NEWStage」では珍しく、日本演劇の翻訳劇が選定されたからです。

地球ちゃん一家(写真左から、おばあちゃん役イ・セロム、地球ちゃん、姉、母役キム・スア、父役パク・ギドク)

『わが星』は、日本で2009年に初演された、劇団「ままごと」を主宰する柴幸男作・演出の作品です。彼はこの作品で、岸田戯曲賞を最年少で受賞しました。再演とワークショップを繰り返している作品ですので、日本でご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。本作の大きな特徴は、多くの台詞がラップになっていることです。口ロロ(クチロロ)というバンドと一緒に作ったそうで、そのためかこの作品はまるで一つの歌のように構成されていて、見終わった後もずっと頭の中で劇中のメロディーが流れてしまいます。今回の韓国版では、新たに若い韓国の音楽監督を招きました。戯曲の設定を韓国人の物語にする以外は、セリフなどはほとんど変えず、韓国語に合わせたラップを作りました。

地球ちゃんと月ちゃん役のホ・ジン

物語は、“地球”という少女の一生と、わが星である地球の誕生から消滅までをリンクさせた内容です。コスモス団地に引っ越してきた地球ちゃん。彼女には祖母、父、母、姉の家族がいます。いつもうるさくて、喧嘩もよくするんですが、いつの間にか仲直りして……と、こんな毎日を繰り返しています。地球ちゃんには、隣に住んでいる月ちゃんという友達がいます。二人は毎日のように遊んでは喧嘩し、また仲直りして遊んでいますが、徐々に二人の距離は少しずつ離れていきます。

同じ形の建物が並ぶ団地、でもその中にある、遠くから見てもすぐ分かる我が家の明かり、友達に送った手紙、誕生日プレゼント、父の帰りを待っている母、祖母が教えてくれること、姉ちゃんとの喧嘩、受験勉強などなど。決して特別ではないけれど、地球ちゃんにとっては大切な記憶が繰り返されたり、その記憶自体が遊びになったり、いきなり宇宙に飛んでしまったりする不思議な体験です。それを見ている観客の人生まで美しく輝く、魔法のような100分間。普段は感じ取れない日常の小さい幸せにメロディーをつけるために、演出家と俳優は細かいところまで計算しながら、ラップ作りに挑戦しているのですが……セリフは殆ど変わっていないとはいえ、音節の数や音の響きや言葉のニュアンスが違う韓国語版の台本にピッタリのラップを作り出すのは簡単ではありません。たった4日間という短い上演期間が惜しいくらいの苦労をしていて、その努力には大きな拍手を送ってあげたいです!

この韓国語版『わが星』の演出を務めるシン・ミョンミンは創作集団LASの演出部に所属しています。LASについては、私の第9回コラムでも紹介しましたが、大学路で最も期待されている若手劇団で、主宰のイ・キプム(이기쁨)はハイバイの岩井秀人作『て(손)』や、東野圭吾の同名小説が原作の『容疑者Xの献身(용의자 X의 헌신)』を演出し、日本の作品とも縁が深い演出家です(ちなみに、イ・キプム演出の『て』は5月末に大学路アルコ小劇場で再演予定です)。
シン・ミョンミン演出家が日本の戯曲を演出するのは『わが星』で二回目です。『わが星』の戯曲がとても気に入った彼は「NEWStage」に申請した後、勉強のために柴幸男のもう一つの戯曲『少年B』を読み、それを去年の6月、劇団制作公演として先に上演しました。『少年B』は第6回コラムで紹介した作品です。


『少年B』も『わが星』も、ものすごく幸運でもなく、かと言って不幸のどん底を経験したこともない、登場人物たちの平凡な人生を“物語”にしていた作品です。日常の中の何気ない出来事をキャッチし、それを繊細に変奏していきます。特に、劇的な展開や俳優たちの爆発しそうな熱演、社会・共同体としての問題意識が満ちている韓国の演劇界で、この柴幸男の小さな世界は一層特別な存在です。海の向こうから私をずっと見てくれたんだと感じさせる暖かい作品は、きっと多くの韓国の観客から愛されることでしょう。トンスン小劇場で起こる小さな奇跡を、ぜひご期待ください。


【公演情報】
演劇『わが星』(우리별)
2017年1月19日~1月22日 トンスンアートセンター トンスン小劇場

<出演>
●地球:キム・ヒジョン
●姉:チョ・ハナ
●父:パク・ギドク
●母:キム・スア
●月:ホ・ジン
●先輩:イム・ヨンウ
●男:チョ・ヨンギョン

原作:柴幸男/演出:シン・ミョンミン

●創作集団LAS 公式サイト⇒http://www.las.or.kr

写真提供:創作集団LAS ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.18

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.18

 

今ここでしか見られない『デスノート』2017ソウル版!


1月3日からいよいよ、ソウル芸術の殿堂オペラハウスにてミュージカル『デスノート』が再演されます。そして今回も私は稽古場で通訳として活動しています。

ライト役のハン・チサン ©CJeSカルチャー

すでに多くの方がご覧になったと思いますが、制作発表会とショーケースコンサート、ミュージックビデオなどを通して初演とはまた違った公演になることが予告されました。特に、再演で初めて合流したライト、ライトの父である総一郎、ミサミサ、刑事たちのほかアンサンブルは、自分だけのキャラクターを作り出すために、力いっぱい稽古をしています。主要なキャラクター全員が単独キャストで出演するからでしょうか? 俳優たちが作品とキャラクターに集中する姿は、どの現場よりも真剣で強烈です。
日本の同名漫画を原作にしたミュージカル『デスノート』は、フランク・ワイルドホーンの美しい音楽も有名ですが、何よりも”ノートに名前が書かれると死ぬ”という奇抜な設定で、善と悪の境界を行き来する二人の天才の頭脳対決が魅力的なドラマを構築します。

L(エル)役のキム・ジュンス ©CJeSカルチャー

 

この世界を描くために、今回新しくライトを演じるハン・チサン(한지상)は、ミュージカル『フランケンシュタイン(프랑켄슈타인)』『ザ・デビル(더 데빌)』、演劇『レッド(레드)』などで演技力と歌唱力の両方を認められた俳優です。彼は劇全般にわたって少しずつ現れる、ライトの変化を繊細に表現しています。高音が得意な俳優なので、特にLを演じるキム・ジュンス(김준수)と、互いに正体を隠してテニスをするシーンでは、こんな歌だったっけ!? と驚くほど、初演の時には味わえなかったエネルギーを感じられると思います。

一方、兵役に行く前の最後の作品ということで、誰よりも負担と期待を抱えているキム・ジュンスは、初演当時、原作のLのキャラクターを超えて、キム・ジュンスしか出せないユニークな人物像を誕生させたと評価されました。初演に作り上げたLをまた丁寧に蘇らせながら、同時に新メンバーたちと細かい部分を共有しながら、新たな発見をしていく演じ方は無邪気です。こんな様子は2年後には、もう見られないかもしれない姿ですね。

海砂(ミサミサ)役のBEN ©CJeSカルチャー

新メンバーの中で、原作キャラクターと100%のシンクロ率を見せるのは、人気アイドル、ミサミサ役の歌手BEN(벤)です。ミュージカルは初挑戦だそうですが、彼女のそばにはいつも死神レム役のパク・ヘナ(박혜나)がいます。稽古からミサの傍らで彼女を見守ってあげているレム……二人の切なくて美しいシーンは、間違いなくこの作品をより豊かにするでしょう。

もう一人の死神リュークは、今回もやはりカン・ホンソクが務めますが、今回は少し変わったリュークを見られるのではないかと思います。いつも通り愉快な姿の裏に、死神としての恐ろしい一面が時々現れるからです。一方、とても優しいライトの父である総一郎役のソ・ヨンジュ(서영주)は、優しさとともに持っているカリスマ性を発揮し、出番は少ないにもかかわらず、強い存在感を見せると思います。
準備は万全です。これからは客席の反応を待つことだけが残っています。

日本の皆さんもご存知のように、10月から韓国社会は混乱の中に落ちています。あちこちの劇場から観客がいないと心配の声が聞こえています。映画よりももっと映画のようなニュースが毎日流れていて、市民たちは劇場ではなく街に出ています。それは単純に、誰か一人に対する憎悪のためではありません。悪い事故はいつでも起こるし、悪い人はいつでも過ちを犯します。問題は誰もそれを防ぐことも処罰することもできなかったことです。悲惨な事故が起こっても誰も救ってくれない状況が繰り返されていて、検察、法律、国家システムへの信頼が崩れてしまい、市民たちはそれが見ていられなくなったのです。

死神レム役のパク・へナ(左)と死神リューク役のカン・ホンソク ©CJeSカルチャー

現在の状況を考えると、「本当の正義はどこだ!」と叫んでいるライトとLと群衆の声に力が入っているように聞こえるのは、当然のことかもしれません。実際に、稽古場の中でも休憩時間になると、例外なく誰もが携帯でニュースを見ていたし、稽古が早く終わる土曜日には、ロウソクデモに参加するために光化門広場に向かう人もいました。まさに、“もし今ソウルの光化門にデスノートが落ちるとしたら……?” そんな想像をしながら、『デスノート』2017ソウル版は作られているのです。
いろんな意味で今回の『デスノート』は、今のここ韓国じゃないと見られない公演になるでしょう。この機会を逃さないように、そしていつもよりももっと期待していただけたらと思います。


【公演情報】
ミュージカル『デスノート』(데스노트)
2017年1月3日~1月26日 芸術の殿堂オペラ劇場

<出演>
●夜神月(やがみライト)役:ハン・チサン
●L(エル)役:キム・ジュンス
●弥海砂(あまねみさ)役:BEN
●死神レム:パク・へナ
●死神リューク:カン・ホンソク
●夜神総一郎:ソ・ヨンジュ
●夜神粧裕(やがみさゆ):イ・スビン

プロデューサー:ぺク・チャンジュ/音楽:フランク・ワイルドホーン/脚本:アイヴァン・メンチェル/作詞:ジャック・マーフィー/演出:栗山民也/助演出:オ・ルピナ/音楽監督:キム・ムンジョン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.17

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.17

 

韓国語版『女優の魂』そして、『続・女優の魂』

joyunotamasii1今年の1月、私のほか、演出家マ・ドゥヨンと翻訳家マ・ジョンファがメンバーになっている劇団ディレクターグ42は、大学路の恵化(ヘファ)洞1番地という劇場で、『岡田利規短編小説選―女優の魂、続・女優の魂』(오카다 토시키 단편소설전-여배우의 혼, 여배우의 혼 속편)という演劇を上演しました。
これは、岡田利規が2012年に『美術手帖』で発表した短編小説「女優の魂」と、新しく執筆中の未発表/未完成の小説「続・女優の魂」の一部をひとつの演劇作品にしたものでした。「女優の魂」は、日本で佐々木幸子による一人芝居として舞台化(2012年、横浜STスポット初演)されたことがありましたが、韓国版では女優一人と美術作家一人が出演する、パフォーマンスとインスタレーションをミックスした二人芝居として制作しました。

この演劇が11月23日から27日まで、東京・アトリエ春風舎にて上演されます。韓国の演出家と俳優による韓国語上演で、日本語字幕が提供されます。この公演が実現できたのは、日本では岡田利規の戯曲が他の演出家によって制作された事例はほとんどなく、珍しいからではないでしょうか? その理由は、作・演出家としての岡田利規の世界/芸術観が非常にユニークで堅固なもののため、彼の戯曲を読んで新しい演出を試みることがなかなか難しいからかもしれません。個性の強い岡田利規の演出は韓国でも話題となり、多くの若手アーティストや舞台関係者が刺激を受けました。そのためか、1月の本作品上演後、韓国のある評論家が、翻訳とドラマターグを務めた私に「これは岡田作品の演出らしくない!」とわざわざ電話してきたくらい、演出家の岡田利規は韓国でも愛され、支持されているのです。

この作品には、約10年間、演劇俳優をしてきた女優小山サダ子が登場します。彼女は自分の職業を愛していますが、もう続けることはできません。何故ならば、死んでしまったからです。彼女に役を奪われた後輩の女優が彼女を嫉妬し、殺してしまったのです。仕方なく死後の世界に入ろうとしたとき、彼女はそこで、芸術家になりたいけどなれなくて、しかも芸術家の意味もわからずに自殺した男性、和歌山に会います。二人は死後の世界への転入申告をするために書類を書きます。そのなかに、職業を継続することを希望するか/しないかを問う質問を発見する二人。女優を続けられることが嬉しい小山。一方、和歌山は「人種を変えることはできるか?」と聞きます。彼は日本人のままならば、芸術家を希望しないというのです。

joyunotamasii2「女優の魂」はここで終わります。実は真剣な話をこんなに愉快な想像力で描き出すことができるなんて! と、驚きつつ、演出家マ・ドゥヨン、女優チョ・アラ、美術作家イ・サンホンはこの小説を舞台化しながら、たくさん話し合いました。いくつかの単語だけ変えれば、自分自身を見ているような生々しい物語だからです。私たちは公演を準備しながら約40分の「女優の魂」とともに上演するもう一つの作品を探しました。この願いに答えてくれたのは、やはり作家の岡田利規! ちょうど続編を書く予定だったと話してくださり、「続・女優の魂」の原稿を少しずつ送っていただきました。その原稿には、死後の世界で大劇場の舞台女優になり演技を錬磨する小山がまた登場します。そして落ち込んだ状態から逃れられず、さらに奈落の底に落ちてしまった和歌山がもう一度蘇る過程が描かれます。死後の世界では、また書類を出せば生き返ることも可能だったのです。

1月の韓国初演では、演劇・芸術をめぐる愛情、風刺、皮肉が効いたブラックコメディーとして客席を揺らしました。レビューのなかには「現実的な論理を軽く超えてしまう自由な想像力が、すっきりした気分を感じさせる」「自分たちが持っているものを自由に表現し、観客に声をかける方法を知っている劇団だ」(演劇評論家キム・オクラン/月刊『客席』2016年3月)というような劇評も出て、とても嬉しかったです。俳優、演出家、美術作家、翻訳家だけではなく、舞台・衣装・照明デザイナーまで、「私たちそれぞれが、自分の芸術を精一杯やっていますねー」と言い交わしたくらい、私たちは50席しか置かれていない小さな劇場のなかで、無限に自由を感じることができたのです。
10カ月ぶりの再演となる日本公演では、少し形を変えていますが、日本の観客の皆さんが岡田利規の演出を見られない失望の代わりに、“作家”岡田利規が生み出した鋭くて奇抜なセリフから新しい発見ができる機会になればいいなと思っています。もし、まだ岡田利規の作品をご覧になったことがないようでしたら、何の先入観もないうちにこの愉快な作家による死後の世界を満喫していただけたら嬉しいです。ご期待をよろしくお願い致します。

韓国語翻訳版「わたしたちに残された時間の終わり」

余談ですが、1月の韓国初演を見に来てくださった観客の中には、韓国の出版社アルマの方々もいらっしゃいました。岡田利規の作風にひとめぼれしたという出版社の代表から、翻訳・出版の提案をいただき、異例の猛スピードで今年の8月に『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(우리에게 허락된 특별한 시간의 끝)韓国版を出版しました。韓国で出版された初の単行本であるこの本のカバーは、和歌山を演じた美術家イ・サンホンがイラストを担当しました。(そのイラストはシールにもなりました)この単行本を始め、岡田利規の小説はこれからも韓国で翻訳し紹介されていく予定です。


【公演情報】
フェスティバル/トーキョー16連携作品
ディレクターグ42
岡田利規 短編小説選 『女優の魂』『続・女優の魂』
2016年11月23日~11月26日 アトリエ春風舎(⇒劇場アクセス)

<出演>
チョ・アラ/イ・サンホン

原作:岡田利規/演出:マ・ドゥヨン/翻訳・ドラマターグ:イ・ホンイ

●こまばアゴラ劇場公式サイト⇒ http://www.komaba-agora.com/play/3685

写真提供:ディレクターグ42 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.15

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.15

 

二人の女優の戦い―『短編小説集』

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演劇『短編小説集』主演のチョン・グッキャン(左)とキム・ソジン

いつからなのか分かりませんが、ソウルの劇場には圧倒的に女性の観客が多くなりました。だいたい20代~40代の彼女たちのために、即ち、彼女たちをターゲットにして作品を制作するのは、今では普通のことになっています。例えば、魅力的な男性が主人公で、ドラマが強い作品が多くなったのです。女優たちは危機感を感じ始めました。それは、自分が演じる役が、定型化した誰かの恋人、姉、妹、母・・・しかないかもしれないという、一種の不安から来たものだと言えるでしょう。去年、本谷有希子作(「劇団、本谷有希子」主宰)の『来来来来来』(この作品も女優6人だけが出演します)の韓国版『데리러 와 줘!(迎えに来て!)』制作に参加した時、出演者の一人から「今回みたいに悩んだり考えたり分析する役をもらったことがないから、とっても嬉しい」と言われ、ショックだったことを覚えています。

tanpen2このような環境のなかで、8月12日からアメリカの作家ドナルド・マーグリーズが1996年に書いた演劇『短編小説集(단편소설집)』が、韓国で初演されます。この作品は私も所属している創作ユニット「DIRECTURG 42」のメンバー、マ・ジョンファがドラマターグを務めている作品です。20年も前に書かれたこの戯曲を今、韓国で上演する理由は何でしょうか? 彼女に訊いてみたところ、やはり「最初に挙げられるのは、女優だけが出演する二人芝居ということです」と答えました。そして「今も女優二人だけが出る作品があまりないです。だから今、この作品を見ると新鮮だと思える。しかも、劇中この二人の関係は先生と弟子です。普通、女性二人の関係がメインに扱われる作品は、母と娘という設定が多かったですよね」と続けました。

確かに、今まで韓国で女性が主人公だった作品を考えてみると、『実家の母(친정엄마)』『お母さんをお願い 엄마를 부탁해)』など、母と娘の関係を描いていました。それでなくとも、女性のキャラクターは、主に誰かとの関係によって葛藤を抱き、決定的な選択をし、癒されたり、壊されたりする作品が多いです。しかし、この『短編小説集』は、登場する人物のプライベートな悩みは一切触れず、二人のキャリアの争いのみにフォーカスを当てています。自身の仕事に対する野望が、大きな事件・葛藤の原因になっているのです。

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稽古場の様子より。人気作家のルース(左)と、学生リサ。師弟関係は当初和気藹々としていたが……

物語の舞台はニューヨークのグリニッジヴィレッジです。成功した女流作家で大学教授でもあるルース・スタイナーのところに、彼女のゼミの学生で作家志望のリサ・モリスンが訪れます。リサは、憧れの作家ルースのアシスタントとして仕事をしながら、彼女のアパートで個人レッスンを受けることになったのです。それから6年が経ち、リサは小説を発表して、新聞に批評も掲載されるようになります。そして、リサが初めて長編小説を書いた後、二人は喧嘩をすることになります。その小説の内容が、ルースがリサだけに話した自分の過去の傷を基にしていたからです。「泥棒だ!」と叫ぶルース、「先生に教えてもらった通りにしただけだ」と言い張るリサ……二人の関係は、壊れてしまうのです。

マ・ジョンファは、「去年、韓国には著名な作家たちの盗作が次々と発覚されて、多くの人々が衝撃を受けました。この作品にも、“盗む”というキーワードが出てきます。ある意味、芸術作品を作ること――つまり“インスピレーションを受けること”は、何か自分のものではないものを持ってくることですね。それはどこまで許されるのか? それを考えさせる作品だと思います。それから、先生と弟子との葛藤というのは、今の韓国社会での世代の葛藤も連想させます。全ての先生は弟子によって必ず何かを奪われます。それは否定できないことです。だからこの作品は“教えるというのは何か?”を問い直す作品でもあります」と話していました。

tanpen4主人公の二人を演じるのは、演劇だけではなく、映画やテレビドラマでも活躍しているという共通点を持っている女優たちです。ベストセラー作家ルース役は、コラム第10回で紹介した、従軍慰安婦を取り上げた演劇『はなこ(하나코)』でレンお婆さんを演じていたチョン・グッキャン。そして、作家志望のリサ役は、ミュージカル『あの日々』2015年公演では司書役を、2014年に韓国版を上演した『背水の孤島』(劇団TRASHMASTERS中津留章仁原作 イ・ホンイ翻訳)では主人公の女性ユウを演じたキム・ソジンです。演技の強弱をうまく調節しなければならない難しい二人芝居で、死に向かっている年老いた人気作家と、成功に向かって疾走を始める新人作家をどのように表現してくれるでしょうか?
さらにこの作品は知的な演出家と評判のイ・ゴン(劇団「的(チョク 적)」主宰、劇団「小さな神話」演出部出身)とのコラボレーションも期待されています。特に彼は、劇中に映像を使う演出家としても知られていて、物語のなかで経過する6年の時間と二人の変化を表現するのに、どのような映像が登場するのか? それもきっと重要な見どころとなるでしょう。彼はコロンビア大学に留学後、主にアメリカの若手作家の作品を翻訳して演劇を制作したり、逆に韓国の優れた戯曲を翻訳して欧米に紹介する活動も行っているのですが、そんな彼が選んだ作品らしく、この戯曲はドラマもキャラクターもとても緻密に描かれています。気鋭の若手演出家が創り上げる本作が、どのように韓国の観客に伝わるかを想像しながら、二人の女優の戦いを応援したいと思います。


tanpenposter【公演情報】
演劇『短編小説集』(단편소설집)
2016年8月12日~8月21日 大学路芸術劇場 小劇場

<出演>
●ルース・スタイナー役:チョン・グッキャン
●リサ・モリスン役:キム・ソジン

原作:ドナルド・マーグリーズ(Donald Margulies “Colledted Stories”)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/助演出:パク・セリョン/舞台:イム・ゴンス/照明:シン・ジェヒ/衣装:チョン・ミンソン/ヘアメイク:キム・グンヨン/音楽:ピ・ジョンフン/音響:イ・ハンギュ、ソ・ヒスク

写真提供:劇団「的(チョク)」 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.14

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.14

 

今を生きる韓国の若者を慰める言葉「おやすまなさい」

neruna3今年1月、大学路では「素敵な新人が現れた!」という噂が広がりました。その主人公は、若手劇団「偉大なる冒険(위대한 모험)」を主催する俳優・演出家キム・ヒョンフェ(김현회)です。元々「サンスユ(산수유)」(女性演出家リュ・ジュヨン主宰)という劇団の俳優だった彼は、2014年12月、日本で劇団「五反田団」を主催する前田司郎作『偉大なる生活の冒険』をワークショップ公演として上演したあと、劇団「偉大なる冒険」を旗揚げしました。

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1役のキム・ミンジ(左)と、2役で劇団を主宰するキム・ヒョンフェ

彼がこの作品と出会ったのは、2014年に「韓日演劇交流協議会」が主催した「現代日本戯曲朗読公演」の時でした。この協議会は、日本の「日韓演劇交流センター」とともに、隔年で互いの国の現代戯曲を紹介する事業を行っています。毎回5作品を選定して翻訳・出版すると同時に、そのうち3作品は朗読公演として上演しています。当時、佃典彦作/リュ・ジュヨン演出の朗読公演『ぬけがら』に俳優として参加したキム・ヒョンフェは『ぬけがら』と一緒に紹介された前田司郎の戯曲『偉大なる生活の冒険』を読んで一目ぼれ。その時から自らの演出による上演を準備したそうです。そしてその公演は好評を得て、東京でも上演されることになったのです。2015年4月、前田司郎の劇団「五反田団」の拠点とも言えるアトリエ・ヘリコプターにて無事に上演。その後、初演から約2年間の旅程を経て今年1月、再び大学路で上演し、ベテラン演出家並みの巧みな舞台を披露して、「まるで役者ではなく本物の普通の人の生活を見ているようだ」と評判になりました。元カノの家に居候して、ゲームばかりしている男が主人公のこの作品は、将来のことは全く考えていないダメ男が、ついに彼女にプロポーズをするまでの日常を描いています。一見何の希望も情熱もないように見えますが、ただ生きていることが“偉大なる冒険”になってしまう主人公の日常は、今の韓国の若者の自画像を見ているようだと評価され、何よりも、若い観客から大きく支持されました。

その後、彼が劇団の第2弾作品として選んだ戯曲が『おやすまなさい』です。同じ作家、しかも日本人作家の作品を続けて上演することに対し、周りから心配もされたそうですが、彼が今回も前田司郎の戯曲を選んだ理由は、今の自分をありのまま表現してくれる、と言っても単純に劇中人物のキャラクターに似ているということではなく、素直な日常の姿や頭の中の小さな悩みに共感できる作品だと感じるからだそうです。

この戯曲は2003年に前田司郎の作・演出で初演された二人芝居です。登場人物は1と2。二人の性別も年齢も、人物に関する情報は一切書いてありません。ただ、寝ようとしている2と、そんな2が眠れないように邪魔をする1がいるだけです。1は2に、延々と話しかけます。

1:寝るのもったいない、、なんか、なんも出来ないじゃん、寝ちゃうと
2:寝てるじゃん
1:え
(中略)
1:じゃあずっと寝てろって言われたら寝てる
2:寝てる
1:、、、1年とかだよ
2:うん
1:100年とかだよ
2:え、うん
1:じゃあ、100年寝なよ

こんな感じで1時間以上、二人の対話が続くなか、途中でいきなりヒトデや貝などが現れたりして、妙なオフビート感を感じさせます。1は2に、はっきりと「寝ないで」とは言いませんが、その代わり最後にやっと「おやすまなさい」という言葉を投げるのです。この作品のタイトルでもある「おやすまなさい」は、原作者の前田司郎が「寝て欲しくないときのあいさつ」という意味で作った新造語だそうです。韓国版では、この最後の台詞をどう翻訳するか? いろいろと試してみたのですが、作品のタイトルは1の本音をそのまま現す『寝ないで(자지마)』にしてあります。タイトルとしてのインパクトなども考慮しながら、無理やり訳した感じに見えないよう、このタイトルにしてみました。でも劇中で1がずっと言えなかった言葉をタイトルにしてストレートに言ってしまうのは、韓国人らしい発想かもしれないですね。

neruna2この戯曲のように、主人公のキャラクターや背景に具体的な設定が何もないことは、作り手が自由に解釈できることを意味します。日本国内でも本作は、初演以降、これまで詩森ろば(劇団「風琴工房」)、岩井秀人(劇団「ハイバイ」)、多田淳之介(劇団「東京デスロック」)などの演出家によって上演されてきたそうです。演出はそれぞれに異なり、眠ることを「死」と象徴した演出もいれば、一度の公演で同じストーリーを3回繰り返す演出もあったそうです。そのほか、女性二人が主人公のバージョンや、1を女性、2を男性が演じたり、その逆のバージョンもありました。また、韓国で去年の夏、とあるカフェで朗読公演したユン・へジン(윤혜진、若手女性演出家、代表作は『ほこりの島(먼지섬)』『美青年になる(미성년으로 간다)』など)演出版では、主人公二人を男性が演じて、初の男性版が誕生しました。そして今回のキム・ヒョンフェ演出版は、1役を女、2役を男の配役で上演されます。キム演出家ならではの特徴は、完全に“韓国の若者の物語”として描いているところです。

1:動物って、、、なんで生きてんだろう、生きてる意味なくない、、楽しいのかな、
2:、、、どうだろうね
1:別に、きれいなもの見てもきれいって思わないし、おいしいとかも思わないんでしょ
2:、、でも悲しいとも思わないかもよ

neruna4いま韓国では、日本の「さとり世代」のように「3放世代〈3포세대)」という言葉があります。若年層の失業率が深刻な社会問題になり、20~30代の若者たちが「恋愛」「結婚」「出産」を諦めている現象を示す俗語です。自分を諦めることが当たり前のようになった時代だからでしょうか? 最近は、諦めなければならない項目がどんどん増えて、「5放世代」「7放世代」…次々と新しい流行語が更新されています。
この作品を見た観客のなかには、主人公1と2の状況をそのまま素直に受け取る人もいるでしょうが、キム・ヒョンフェ演出家は、劇中の「寝る/休む」という行為を「放棄する/諦める」という意味に捉えたのではないかと思います。「休みたい(=諦めたい)」2に向かって散々話しかけてもどうしようもなく、最後にはただ手を握って一緒に寝ることしかできない1の姿は、涙が出るほど切なく映るのです。
例えば、原作者・岩井秀人のひきこもり体験を基にした『ヒッキーソトニデテミターノ』や、14歳の少年のいわゆる“中2病”を描いた柴幸男原作『少年B』など、去年韓国版が上演され、若い観客たちに共感を得た日本の戯曲を見てみると、彼らは辛い日常をおくるなかで、自分を慰めてくれるような言葉を求めているかのようにも思えます。
キム・ヒョンフェ演出版の『おやすまさない』も、再び韓国の若者たちに共感を得られればいいなと、期待しています。


【公演情報】
演劇『おやすまなさい』(韓国題『寝ないで(자자마)』)
2016年7月13日(水)~7月24日(日) 背の低い松の木劇場(키작은 소나무 극장)

<出演>
1役:キム・ミンジ、イ・へイン
2役:キム・ヒョンフェ

原作:前田司郎(『おやすまなさい』)/翻訳:イ・ホンイ/演出:キム・ヒョンフェ/美術:チャン・ハ二/照明:イ・ギョンウン/音楽:キム・ソンテク/広告美術・写真:普通の現象(キム・ソル)/企画:キム・シネ/助演出:キム・へイン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.13

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.13

 

こんにちは、私は「演劇実験室 恵化洞1番地」です。

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演劇実験室恵化洞一番地 6期同人 春フェスティバル「シムシティ~都市ライフの費用」ポスター

韓国の演劇村と呼ばれている大学路(テハンノ)には100館を超える劇場が集まっています。ほとんどが客席数100席前後の小劇場ですが、その中でも客席数が50席しかない小さな劇場があります。「演劇実験室恵化洞(ヘファドン)1番地 연극실험실 혜화동1번지」という劇場です。本当の住所は恵化洞88番地だそうですが、大学路を代表する劇場の一つとして存在しています。その理由は、韓国で唯一、演出家の同人システムで運営されている劇場だからです。昔、小説家や詩人などが同人誌を通じて創作活動をすることは多かったですが、演劇の演出家たちが同人制度で劇場を運営するのは、世界的にも珍しいことではないかと思います。

1994年から始まったこのシステムは、商業的な演劇から離れ、個性の強い実験劇を追及することを目標とし、この劇場を中心に若手演出家が自由に新しい演劇を制作してきました。現在6期メンバーが活動中ですが、1期ごとに約6~7人のメンバーが集まり、3~5年間同人として活動したら、その後は後輩の演出家を推薦して同人を卒業する形で運営されてきました。

これまで、「演劇実験室恵化洞1番地」には、いまでは自身の劇団内外の作品を多数手がけ、活躍している演劇界で広く名を知られた演出家たちが同人として活動していました。以下に演出家名と近年の代表作を挙げてみます。
●イ・ユンテク(이윤택 劇団「演戯団コリぺ」代表)『問題的人間、燕山』『宮裏』
●パク・グニョン(박근형 劇団「コルモッキル」代表)『青春礼賛』『キョンスクとキョンスクの父』
●キム・グァンボ(김광보 ソウル市劇団芸術監督)『少しはみ出て殴られた』『M.Butterfly』
●キム・ジェヨプ(김재엽 劇団「ドリームプレイ」代表)『アリバイ年代記』『背水の孤島』
●ユン・ハンソル(윤한솔 劇団「グリーンピグ」代表)『インターネット・イズ・シリアス・ビジネス』
●キム・ハンネ(김한내 劇団「パーダバプ」代表)『テンペスト』『来来来来来』(コラムVol.9参照)

去年から開始した第6期には、チョン・ユンファン(전윤환 劇団「アンド・シアター」代表)、ソン・ギョンファ(송경화 劇団「浪漫流浪団」代表)、シン・ジェフン(신재훈 劇団「小さな部屋」代表)、ペク・ソキョン(백석현 劇団「チャンセ」代表)、キム・スジョン(김수정 劇団「新世界」代表)、ク・ジャヘ(구자혜 劇団「ここは当然、劇場」代表)が活躍をしています。彼らはこれまで「2015春フェスティバル:総体的難劇」「2015企画招請公演:セウォル号」「2015秋フェスティバル:商業劇」と題したシリーズ演劇を上演し、今年の春は、4月7日から6月26日まで「2016春フェスティバル:シムシティ~都市ライフの費用」を上演しました。今回は、そのなかの最後の一作だった女性演出家ク・ジャへによる『演劇実験室恵化洞1番地』をご紹介したいと思います。

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南山(ナムサン)芸術センターで上演された『Commercial, definitely~マカダミア、検閲、謝罪、そしてマンスプレイニング』舞台写真より

まず、劇場の名前そのものを演劇のタイトルにしていること自体が、好奇心を刺激します。彼女は去年の秋フェスティバルで発表した『Commercial, definitely~マカダミア、盗作、マーズ、そしてマンスプレイニング』を、今年4月に南山(ナムサン)芸術センターで『Commercial, definitely~マカダミア、検閲、謝罪、そしてマンスプレイニング』というタイトルで再演していました。上演当時に最も話題になっていたキーワード……例えば、大韓航空の「ナッツリターン」事件、有名演出家の戯曲が検閲された問題、韓国の有名小説家による盗作、男性が女性に対してまるで「教えてあげるような」しゃべり方で対話をする現象から生まれた新造語「マンスプレイニング(Man+Explain=Mansplaining)」などを取り上げ、俳優たちにはその問題の主人公を演じさせて、堂々と客席に向かって弁解をする機会を与えた作品でした。それと同時に、この作品を初演した、50席しかなく資金が乏しい民間劇場である恵化洞1番地と、規模を膨らませて再演した、公共劇場で450席もある南山芸術センターで公演を準備しながら感じたことや、上演環境の違い、助成金の金額と予算まで暴露した作品でもありました。

作・主演のイ・リ

開演前には女優自らチケットを販売

今回上演された『演劇実験室恵化洞1番地』は、ある意味、この前作の延長線上にある作品とも言えます。本作には、『Commercial, definitely…』にも出演していたイ・リという女優が登場します。開演前には自らチケットの受付、販売をし、劇中では照明や映像のオペレーションまで全部一人でこなしながら一人芝居をしなければならない彼女はボヤキ始めます。「いったいなんで私なんだろう?」と、どうしてこの空間で一人で90分もしゃべらなければならないのか、彼女は理解できず観客に向けて疑問を投げかけるのです。また、彼女は“ソウルで一人暮らしをしている40歳の女優”という設定なのですが、劇場を運営するための費用や家賃事情、ネコを飼うために必要な品物と費用、俳優業とは別にやっている副業の話、セックスの効能や自慰行為についてなど、短いエピソードをオムニバスドラマのように構成し、本音満載で赤裸々に語っていきます。

 

このように演出家ク・ジャへは、いまソウルで一人で生きている女性の実情と、狭い舞台の上で一人で演技をしている女優の姿をオーバーラップさせ、実験劇に仕上げたのです。起承転結のドラマはありませんが、約30年の歴史を持っている劇場と、約40年の人生を生きている女優の率直なエピソードが生々しく描かれ、イ・リのセリフに共感した観客たちの笑い声が絶えませんでした。公演スタイルもかなり斬新でしたが、最後には実際に飼っているネコを登場させて芝居を終わるなど、若手演出家らしい挑戦がさまざまな点で見られた作品でした。

そういえば、彼女が主宰している劇団の名前は、「ここは当然、劇場(여기는당연히, 극장)」。大胆な風刺とユーモアで韓国の若者の日常そのものを舞台上で表現しながら、“当たり前のように居続けている”劇場で彼女がこれからどんな舞台を見せてくれるのか、楽しみです。なお、11月には同じ劇場で別役実原作の舞台を上演することが決定しているそうですよ!


hefadon5【公演情報】
2016春フェスティバル:シムシティ~都市ライフの費用
演劇『演劇実験室恵化洞1番地 』(연극실험실 혜화동1번지)
2016年6月16日(木)~6月26日(日) 演劇実験室恵化洞1番地

出演:イ・リ

作:ク・ジャへ、イ・リ/演出:ク・ジャへ/美術:キム・ウンジン/音楽:目笑(モクソ)/衣装:キム・ウソン/ヘアメイク:チャン・ギョンスク/写真:キム・ドウン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.11

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.11

 

韓国創作オペラの意味深長なる一歩
『月が水面に忍び来るがごとく』

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トラック運転手のスナムは、スナックのホステス、キョンジャと恋に落ちて結婚する ©ソウル市オペラ団

韓国ミュージカル界では、創作=オリジナル作品の制作・上演がさかんに行われていますが、最近はオペラ界でもその動きがみられるようになってきました。今回は、演劇がオペラに生まれ変わり、注目を浴びた『月が水面に忍び来るがごとく(달이 물로 걸어오듯)』という作品を紹介したいと思います。

この作品は、2008年にコ・ヨノク作、イム・ヨンウン演出で初演された小劇場演劇でした。コ・ヨノクは演出家キム・グァンポと組んで作品を多数発表している女性脚本家で、昨年は『私の名前は川(내 이름은 강)』『私は兄弟だ(나는 형제다)』などを上演しています。このオペラの台本もコ・ヨノクが担当、ここに作曲家チェ・ウジョンが音楽を完成させて上演したのが2014年11月で、当時、興行の面でも作品性の面でも韓国創作オペラとしては珍しく大きな評価を得ました。その結果、E daily文化大賞クラシック部門最優秀作として選ばれ、より完成度を高めて2月19日から21日まで再演されました。

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キョンジャの罪をかぶり収監されたスナムに面会に来たキョンジャ ©ソウル市オペラ団

主人公は、50代のトラック運転手スナムです。彼は、20歳も年の離れたスナックのホステス、キョンジャと恋に落ちて結婚します。やがてキョンジャは妊娠し、幸せな生活が続くと夢見ていた矢先、仕事を終え家に戻ったスナムを待っていたのはキョンジャと二つの死体。その死体はキョンジャが幼い時から憎んでいた継母と妹でした。スナムは妻と子を守るために、身代わりとなって自首します。ですが、周囲の人々はスナムがキョンジャに利用されたと疑い、スナム自身もキョンジャが本当に自分を愛しているのか、わからなくなってしまいます。結局、彼は法廷で真実を暴露し、キョンジャは死刑囚に。約3カ月後、彼女の本心を知りたいスナムは生まれた赤ちゃんを抱いて、面会に行くのですが、結局何も答えてくれないキョンジャ。しかし急に泣き出した赤ちゃんの声で、彼女はお乳が溢れて止まらなくなってしまうのです。

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スナムの嘘がバレて、キョンジャは死刑囚となる ©ソウル市オペラ団

王子様が救い出したシンデレラとは違って、誰からも救われない現実のなかのキョンジャ、そして彼女の気持ちが知りたくて苦しむスナムの物語は、オペラに脚色したことで演劇版よりも素晴らしくなったと評価されると同時に、斬新なオペラとして韓国オペラ界に衝撃と刺激を与えました。主に歴史的な英雄を扱った従来の創作オペラと違い、本作は現代を舞台に、主人公はトラック運転手とホステスという普通の人の姿を描いているからです。バリトンが演じるスナムが「私はトラックの運転手です。荷台に何を積んでいるのかもわからないまま目的地に向かって走るんです」と歌うアリア、そして最後にキョンジャが何もかも諦めて「全てが去り、一人残った」と歌うアリアも、胸に深く残る、悲しくて美しい歌になっていました。この作品のタイトルも、劇中でスナックのマダムの声を通して、「男と女は“月が水面に忍び来るがごとく出会うもの”だ」と静かに響きます。こうして、韓国語の会話をそのままメロディーに乗せたような音楽によってセリフと歌の境界がスムースに流れていく点は、今回の再演時に、より発展させたと評価されていました。

このように、異例的に創作オペラの秀作が誕生した背景には、この作品を制作したソウル市オペラ団の尽力がありました。ハングルを作った朝鮮時代の王様「世宗(セジョン)」とオペラというジャンルを誕生した中世イタリアのサークル「カメラ─タ」を合わせて名付けられた「セジョン・カメラ─タ」というワークショップ・グループを作り、最高の劇作家と作曲家たちを招き、作品を開発するようにサポートした最初の成果が、この作品なのです。

2014年公演より「スナムのアリア」(世宗文化会館公式YouTubeより)

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初演、再演と演出を務めた青年団の齊藤理恵子 ©ソウル市オペラ団

実はこの作品の演劇版は2010年、日本語に翻訳され劇団青年座によって日本で上演されたことがあります。その時に演出を努めた齊藤理恵子がオペラ版の初演と再演に演出家として参加しています。彼女は青年座の演出部に所属する演劇演出家ですが、ミュージカルとオペラの演出助手をした経験を持ち、テキスト分析だけではなく、細かく楽譜を読みながら音楽に対する独自の解釈を入れ、作曲家と指揮者と一緒に討論しながら稽古を進めてきました。それぞれ異なる分野の劇作家、演劇演出家、作曲家、指揮者が素敵なアンサンブルを成して、まるで元々一つのチームだったかのように良いチームワークを見せたこと、これこそが大成功の要因ではないかと思います。ちなみに、演出家の齊藤理恵子はコ・ヨノク作家の代表作『人類最初のキス』の日本版を準備しています。今年の10月に青年座の演劇として上演される予定で、この作品はこれからどのように発展されるか楽しみです。

今回の再演では、初演メンバーのなかでマダム役のみ変更になり、主役のスナム、キョンジャともにトリプルキャストでしたが、今回はパートナーを変えて舞台に立ちました。なかでもスナム役とのハン・ギュウォンは日本でも活躍しているバリトン歌手。キョンジャ役の一人、チャン・ユリは忠武アートホールで上演した、ヤン・ジュンモ演出による小劇場オペラ『リタ』に主演していたソプラノ歌手です。検事、刑事、弁護士、スナックのホステスたちと酔客、いちご売りなど、出演者ひとりひとりが素敵な演技を見せましたが、その中でもスナムとキョンジャの歌手は普段演じたことがない難役に挑戦し、多くの苦労をしたはずです。しかし、この作品を通じて普段オペラを見たことない観客からも愛される魅力の俳優になれたことでしょう。


operatsukiposter【公演情報】
世宗カメラータ オペラシリーズⅡ『月が水面に忍び来るがごとく』(달이 물로 걸어오듯)
2016年2月19日~21日 世宗文化会館Mシアター

<出演>
●キョンジャ役(ソプラノ):チョン・ヘウク、チャン・ユリ、ハン・ギョンソン
●スナム役(バリトン):ヨム・ギョンムク、キム・ジェソプ、ハン・ギュウォン
●検事役(テナー):オム・ソンファ
●マダム役(メゾソプラノ):チェ・ヘヨン
●ミナ役(ソプラノ):ユン・ソンフィ
●国選弁護士(テナー):チェ・ボハン
●刑事ほか(バリトン):イ・ヒョク
●いちご売りほか(ベースバリトン):イ・ドゥヨン

芸術総監督:イ・ゴンヨン/作曲:チェ・ウジョン/脚本:コ・ヨノク/演出:齊藤理恵子/指揮:ユン・ホグン

●世宗文化会館公式サイト 作品紹介ページ

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.9

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.9

 

注目の韓国若手女性演出家3人

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キム・ハンネ演出、ソウル市立劇団『テンペスト』@世宗文化会館Mシアター

韓国の演劇界における女性演出家の活躍が目立ち始めたのは1980年代からです。日本との共同制作も多いキム・アラ(김아라)を筆頭に、ハン・テスク(한태숙)、イ・ジナ(이지나)、ムン・サムファ(문삼화)、チュ・ミンジュ(추민주)などが、近年までその系譜をたどりますが、最近はその次の世代を担う女性演出家が注目を浴び始めています。そこで今回は、キム・ハンネ、ブ・セロム、イ・キプムという、3人の女性演出家の作品が12月に話題になっていたので紹介したいと思います。

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キム・ハンネ演出家

最初に紹介したい演出家はキム・ハンネ(김한내)さんです。彼女は12月9日から来年1月31日まで世宗文化会館Mシアターで上演されている児童劇『テンペスト(템페스트)』の演出を努めています。ソウル市立劇団に所属してから初めての作品ですが、子供だけではなく大人も楽しめる作品を作り上げたと評価されています。
彼女の演出スタイルをもっと味わうことができたのが今年10月に国立劇団小劇場パンで上演した『迎えに来て!(데리러 와 줘!)』でした。この作品は日本の小説家・劇作家・演出家である本谷有希子さんの『来来来来来』の韓国翻訳版でしたが、原作の独特の世界観を繊細に読み取りながらも、幻想的な舞台をベースに全く新しいキム・ハンネバージョンを作り上げ、同世代の演劇人に刺激を与えました。特に、この作品は彼女が属しているもう一つの劇団パーダバプ(빠-다밥)主催で制作されました。この劇団は演出家とスタッフだけで構成されているため、その特徴を活用した良いチームワークが見られた作品とも言えます。

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本谷有紀子原作『来来来来来』を韓国で舞台化した『迎えに来て!』@国立劇場小劇場パン

彼女はソウル大学法学部出身という変わった経歴も持っていますが、知的好奇心が旺盛な方のためか、高い挑戦意識を要する戯曲を選んで上演しているのも魅力的です。難しいけど、それくらい価値がある作品が彼女によって作られているのです。


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劇団月の国椿の花の最新作『I an fine, too』@大学路ゲリラ劇場

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ブ・セロム演出家

次に紹介するのはブ・セロム(부새롬)さんです。12月3日から20日まで大学路ゲリラ劇場で上演した『I am fine, too(아이엠파인투)』を演出しました。彼女はコラムVol.5で紹介した『スヌ伯父さん(순우삼촌)』も演出していましたが、今回は彼女自身の劇団「月の国椿の花(달나라동백꽃)」の作品です。俳優との共同創作の性格が強いこの作品は2013年に上演した『Fine thank you, and you(파인 땡큐 앤드 유)』の続編とも言える作品で、今の韓国社会を象徴している言葉「怒りと憎悪」をキーワードにし、全く「Fine」ではない登場人物の物語を聞ける作品でした。

さらに9~10月にドゥサンアートセンターSpace111で上演された青少年劇『廊下で/美青年になる』(복도에서, 미성년으로 간다)も話題になりました。この原作戯曲は、去年7月に演劇実験室恵化洞(ヘファドン)1番地で上演されたオムニバス演劇『B青年(B성년)』で、イ・ヤング、ユン・へジンが演出した短編でした。当時、高校生が読んだり、演劇を作ったりするような戯曲がないという問題意識から若手劇作家が集まって企画・上演した小品でしたが、ブ・セロムさんの演出により今年再演する機会を得たのです。演出家兼舞台デザイナーでもある彼女は、虚構の物語を、まるで身近な世界のように感じさせる舞台を創り上げるのが最大の魅力だと思います。

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ブ・セロム演出『廊下で/美青年になる』@ドゥサンアートセンターSpaca111


 

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イ・キプム演出家

最後はイ・キプム(이기쁨)さんです。彼女が主宰している創作集団「LAS」という劇団は劇団員がみな30歳前後の親しい友人たちで構成されていて、若さが格別に感じられる劇団です。彼らのはつらつとした姿と親近感のためでしょうか、既に多くのファンを保有しています。イ・キプムさんは『大韓民国乱闘劇(대한민국 난투극)』、『虎を頼む(호랑이를 부탁해)』など、作・演出を両方担当したこともありますが、これまで主に創作劇を発表し続けながら活動してきました。去年、彼女が劇団外の作品である東野圭吾の小説を原作にした『容疑者Xの献身』の翻訳劇で演出を担当したのをきっかけに、今年には岩井秀人の代表作『て』で二度目の翻訳劇に挑み、好評を得ました。12月3日~13日大学路ナオン・シアターで上演された『て』は設定を韓国に変えた一種の翻案劇でしたが、人名と地名など固有名詞を変更しただけで、違和感なく韓国の話として受け入れられた不思議な作品でした。『て』はある一家の祖母の葬儀から始まるのですが、LASの初期作品『葬式の技術(장례의 기술)』は父親の葬儀を背景に、ある家族の話が描かれていたため、LASのファンにとってはこの2作品を見比べる楽しさもありました。若い力でさまざまな戯曲に挑む団のこれからの歩みとともに、イ・キプム演出家の成長も期待されています。

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岩井秀人原作『て』を韓国で舞台化@大学路ナオンシアター

この三人の女性演出家は、2015年の1年間で3~4作品を手がけてエネルギッシュな仕事ぶりを見せました。しかしそれだけではなく、彼女たちの上演作が演劇人や観客に刺激を与え続けていることがもっと大事なポイントでしょう。早く彼女たちの来年の上演作を見たいと思ってしまう理由もそこにあります。近い将来、新たなスター演出家が誕生することを楽しみにしています。

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.2

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.2

 

「DIRECTURG42の第1作―『傷だらけの運動場』」

今回は、私が所属している創作集団「DIRECTURG42(ディレクターグ42/디렉터그42)」をご紹介したいと思います。日本に比べると、韓国は若手劇団の活躍はあまり目立たないように見えますが、実はいろんな形の試みが行われています。「DIRECTURG42」もその一つです。

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「DIRECTURG42」主宰のマ・ドゥヨン

「DIRECTURG42」は、Director(演出家)+Dramaturg(ドラマターグ)+42(「間」を意味する韓国語「サイ」が数字の42と同じ発音です)で作られた言葉です。劇団第12言語演劇スタジオ(제12언어연극스튜디오)に所属する俳優・演出家のマ・ドゥヨンが主宰し、主に英語圏作品の翻訳・ドラマターグとして活動しているマ・ジョンファ、そして私イ・ホンイの3人がメンバーの小さな団体です。
特に、マ・ドゥヨンは、劇団月の国椿の花(달나라동백꽃)の『ロプンチャン旅芝居一座(로풍찬 유랑극단)』『くるくるくる(뺑뺑뺑)』や、昨年大学路芸術劇場で上演された『DEMOCRACY(데모크라시)』、東京デスロック作品の韓国版『三人いる!(세 사람 있어!)』、そして青年団の『東京ノート』の韓国版『ソウルノート(서울노트)』など、数多くの演劇に出演したベテラン俳優で、日本でも『カルメギ』『シンポジウム』『多情という名の病』などの舞台に立ったことがあります。漢陽(ハニャン)大学の在学中の2004年から演出を始めましたが、本格的に演出家としてデビューしたのは2012年『Dr.Fritz or』(David Ives作)からです。彼はこれまで上演したティム・クローチ作『オークツリー』(2013)、ヨン・フォッセ作『私は風』(2014、2015)など、奇抜なコンセプトを持つ海外作品を翻訳し、独自の解釈を入れるという演出の特徴を持っています。

しかし、意外と翻訳劇を上演するためには、多数の難関を突破しなければなりません。勿論、翻訳劇は既に原作戯曲が観客から評価を得て検証された作品を再び作り上げるので、いろんな意味で安全かもしれません。でも創作劇でないと助成金を申請できないケースもあります。また、有名な演劇賞を受賞した作品や既に検証された作家の作品ではない限り、「韓国で上演しても面白いか?」「いま韓国で上演する価値があるか」について厳しく問われます。今も世の中には面白い作品が次々と生まれているのに、どうしても上演するまでに時間差ができてしまうのがもったいない気がするのも正直な気持ちです。そこで、韓国を含めて世界のあちこちにアンテナを張り、さまざまな素材を集めて実験をしてみようと思って始めたのが「DIRECTURG42」です。そのために、従来の劇団の形ではなく、俳優が所属していないクリエイター集団を作り、海外と韓国演劇のハブ―いわば、ネットワーキングのような機能を果たすことを目標としているのです。

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『傷だらけの運動場』ポスター

そしてその第1歩として上演するのが『傷だらけの運動場(상처투성이 운동장 Gruesome, Playground, Injuries)』です。今アメリカで最も注目を浴びている作家の一人、ラジヴ・ジョセフ(Rajiv Joseph)が2009年に発表した作品ですが、同年に初演された彼の別の作品『バグダッド動物園のベンガルタイガー(Bengal Tiger at the Baghdad Zoo)』は、今年12月8日から27日まで東京・新国立劇場小劇場で上演されます。昨年ドゥサンアートセンターで上演した『背水の孤島』の原作者である劇団TRASHMASTERSの中津留章仁さんが演出するこの作品は、実話に基づいたイラク戦争をめぐる物語ですが『傷だらけの運動場』は男女二人だけが出演する、かわいい……でも少しグロテスクな演劇です。

物語はケイリンとダグの8歳から38歳までを描いています。まず登場する舞台はある学校の保健室。高いところから落ちて怪我したダグと、お腹の調子が悪いケイリンが出会い、二人は友達になります。ケイリンはダグの傷を手で触ってあげるのですが……ここでシーンが変わり、二人は20歳になっています。次の舞台は病院で、ダグは前歯一つと左目をなくしていて、見舞いにきたケイリンに、自分の傷を触ってほしいと頼むのですが、今度は断られてしまうのです。
この作品は2幕8場で構成されているんですが、以降も、13歳、28歳、18歳、30歳、23歳……と、過去と未来が交互に登場し、二人が38歳になる最後のシーンまでが描かれます。すべてのシーンでダグは怪我をしていて、どんどん身体がボロボロになっていくのです。なのにケイリンが自分の傷を触ってくれたら治ると信じているダグを見ていると、この物語はコミック・ファンタジーなのかと疑ってしまうほどです。でも、もし私たちが大人になるまで負う心の傷を身体の傷に変換したら、ダグに負けないくらいの満身創痍になるかもしれない、という作品です。

本公演は5月8日(金)の夜7時半から、1回のみ上演される予定です。地下鉄4号線恵化(ヘファ)駅4番出口そばにあるソウル演劇センターの2階、アカデミールームにて無料で行われます。このかわいいカップルを演じるのは、コミカルな演技が素晴らしい劇団第12言語演劇スタジオの俳優ペク・ジョンスンさんとパンソリを専攻しながらコンテンポラリ・アートの世界でも大活躍中のチョ・アラさんです。舞台セットは作らず、俳優が観客の前で戯曲を読むリーディング形式で上演されます。

今後「DIRECTURG42」は、主に英語圏と日本の最新作を韓国に紹介しながら、マ・ドゥヨンというアーティストの生々しい成長の軌跡を見守っていきたいと思っております。ご期待宜しくお願い致します!


2015sskys【公演情報】
「ソウル創作空間演劇祭」参加作
DIRECTURG42『傷だらけの運動場(상처투성이 운동장)

リーディング公演

5月8日(金) 夜7時半開演 ソウル演劇センター2F
出演:ペク・ジョンスン、チョ・アラ

●「ソウル創作空間演劇祭」公式ブログ⇒ http://cafe.naver.com/creatingspace
●「ソウル演劇祭」公式サイト⇒ http://www.stf.or.kr/
●ソウル演劇センター公式サイト⇒ http://www.e-stc.or.kr/
●ソウル演劇センター地図⇒ (NAVER地図)


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