イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.11

 

韓国創作オペラの意味深長なる一歩
『月が水面に忍び来るがごとく』

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トラック運転手のスナムは、スナックのホステス、キョンジャと恋に落ちて結婚する ©ソウル市オペラ団

韓国ミュージカル界では、創作=オリジナル作品の制作・上演がさかんに行われていますが、最近はオペラ界でもその動きがみられるようになってきました。今回は、演劇がオペラに生まれ変わり、注目を浴びた『月が水面に忍び来るがごとく(달이 물로 걸어오듯)』という作品を紹介したいと思います。

この作品は、2008年にコ・ヨノク作、イム・ヨンウン演出で初演された小劇場演劇でした。コ・ヨノクは演出家キム・グァンポと組んで作品を多数発表している女性脚本家で、昨年は『私の名前は川(내 이름은 강)』『私は兄弟だ(나는 형제다)』などを上演しています。このオペラの台本もコ・ヨノクが担当、ここに作曲家チェ・ウジョンが音楽を完成させて上演したのが2014年11月で、当時、興行の面でも作品性の面でも韓国創作オペラとしては珍しく大きな評価を得ました。その結果、E daily文化大賞クラシック部門最優秀作として選ばれ、より完成度を高めて2月19日から21日まで再演されました。

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キョンジャの罪をかぶり収監されたスナムに面会に来たキョンジャ ©ソウル市オペラ団

主人公は、50代のトラック運転手スナムです。彼は、20歳も年の離れたスナックのホステス、キョンジャと恋に落ちて結婚します。やがてキョンジャは妊娠し、幸せな生活が続くと夢見ていた矢先、仕事を終え家に戻ったスナムを待っていたのはキョンジャと二つの死体。その死体はキョンジャが幼い時から憎んでいた継母と妹でした。スナムは妻と子を守るために、身代わりとなって自首します。ですが、周囲の人々はスナムがキョンジャに利用されたと疑い、スナム自身もキョンジャが本当に自分を愛しているのか、わからなくなってしまいます。結局、彼は法廷で真実を暴露し、キョンジャは死刑囚に。約3カ月後、彼女の本心を知りたいスナムは生まれた赤ちゃんを抱いて、面会に行くのですが、結局何も答えてくれないキョンジャ。しかし急に泣き出した赤ちゃんの声で、彼女はお乳が溢れて止まらなくなってしまうのです。

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スナムの嘘がバレて、キョンジャは死刑囚となる ©ソウル市オペラ団

王子様が救い出したシンデレラとは違って、誰からも救われない現実のなかのキョンジャ、そして彼女の気持ちが知りたくて苦しむスナムの物語は、オペラに脚色したことで演劇版よりも素晴らしくなったと評価されると同時に、斬新なオペラとして韓国オペラ界に衝撃と刺激を与えました。主に歴史的な英雄を扱った従来の創作オペラと違い、本作は現代を舞台に、主人公はトラック運転手とホステスという普通の人の姿を描いているからです。バリトンが演じるスナムが「私はトラックの運転手です。荷台に何を積んでいるのかもわからないまま目的地に向かって走るんです」と歌うアリア、そして最後にキョンジャが何もかも諦めて「全てが去り、一人残った」と歌うアリアも、胸に深く残る、悲しくて美しい歌になっていました。この作品のタイトルも、劇中でスナックのマダムの声を通して、「男と女は“月が水面に忍び来るがごとく出会うもの”だ」と静かに響きます。こうして、韓国語の会話をそのままメロディーに乗せたような音楽によってセリフと歌の境界がスムースに流れていく点は、今回の再演時に、より発展させたと評価されていました。

このように、異例的に創作オペラの秀作が誕生した背景には、この作品を制作したソウル市オペラ団の尽力がありました。ハングルを作った朝鮮時代の王様「世宗(セジョン)」とオペラというジャンルを誕生した中世イタリアのサークル「カメラ─タ」を合わせて名付けられた「セジョン・カメラ─タ」というワークショップ・グループを作り、最高の劇作家と作曲家たちを招き、作品を開発するようにサポートした最初の成果が、この作品なのです。

2014年公演より「スナムのアリア」(世宗文化会館公式YouTubeより)

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初演、再演と演出を務めた青年団の齊藤理恵子 ©ソウル市オペラ団

実はこの作品の演劇版は2010年、日本語に翻訳され劇団青年座によって日本で上演されたことがあります。その時に演出を努めた齊藤理恵子がオペラ版の初演と再演に演出家として参加しています。彼女は青年座の演出部に所属する演劇演出家ですが、ミュージカルとオペラの演出助手をした経験を持ち、テキスト分析だけではなく、細かく楽譜を読みながら音楽に対する独自の解釈を入れ、作曲家と指揮者と一緒に討論しながら稽古を進めてきました。それぞれ異なる分野の劇作家、演劇演出家、作曲家、指揮者が素敵なアンサンブルを成して、まるで元々一つのチームだったかのように良いチームワークを見せたこと、これこそが大成功の要因ではないかと思います。ちなみに、演出家の齊藤理恵子はコ・ヨノク作家の代表作『人類最初のキス』の日本版を準備しています。今年の10月に青年座の演劇として上演される予定で、この作品はこれからどのように発展されるか楽しみです。

今回の再演では、初演メンバーのなかでマダム役のみ変更になり、主役のスナム、キョンジャともにトリプルキャストでしたが、今回はパートナーを変えて舞台に立ちました。なかでもスナム役とのハン・ギュウォンは日本でも活躍しているバリトン歌手。キョンジャ役の一人、チャン・ユリは忠武アートホールで上演した、ヤン・ジュンモ演出による小劇場オペラ『リタ』に主演していたソプラノ歌手です。検事、刑事、弁護士、スナックのホステスたちと酔客、いちご売りなど、出演者ひとりひとりが素敵な演技を見せましたが、その中でもスナムとキョンジャの歌手は普段演じたことがない難役に挑戦し、多くの苦労をしたはずです。しかし、この作品を通じて普段オペラを見たことない観客からも愛される魅力の俳優になれたことでしょう。


operatsukiposter【公演情報】
世宗カメラータ オペラシリーズⅡ『月が水面に忍び来るがごとく』(달이 물로 걸어오듯)
2016年2月19日~21日 世宗文化会館Mシアター

<出演>
●キョンジャ役(ソプラノ):チョン・ヘウク、チャン・ユリ、ハン・ギョンソン
●スナム役(バリトン):ヨム・ギョンムク、キム・ジェソプ、ハン・ギュウォン
●検事役(テナー):オム・ソンファ
●マダム役(メゾソプラノ):チェ・ヘヨン
●ミナ役(ソプラノ):ユン・ソンフィ
●国選弁護士(テナー):チェ・ボハン
●刑事ほか(バリトン):イ・ヒョク
●いちご売りほか(ベースバリトン):イ・ドゥヨン

芸術総監督:イ・ゴンヨン/作曲:チェ・ウジョン/脚本:コ・ヨノク/演出:齊藤理恵子/指揮:ユン・ホグン

●世宗文化会館公式サイト 作品紹介ページ

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