[Special Interview]演劇『はなこ』キム・ミンジョン脚本家

 

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演劇『はなこ』ポスター

昨年2015年は、戦後70年、日韓国交正常化50周年の節目の年でした。それを締めくくるかのように年末に急きょ日韓合意を図った従軍慰安婦問題は、その後1カ月半以上経過した現在も進展は見られていません。合意内容は果たして、慰安婦だった人たちのことを本当に考えているのか? という印象は韓国のみならず、日本でも感じた方がいらしたのではないでしょうか?

今回脚本家インタビューを紹介するのは、昨年末から今年1月にかけて上演していた演劇『はなこ(하나코)』という作品です。偶然にも日韓合意の渦中に上演されていたことで、観客の大きな関心を呼び、チケットはほとんどの回で完売していました。作品のストーリー、概要については、イ・ホンイさんのコラム「ソウルde演劇めぐり」Vol.10で詳しく紹介してくださっていますので、このインタビューを読む前にご覧になると、より理解が深まると思います。

 

韓国で日ごろさまざまなお芝居を観ていますが、第二次世界大戦や日本植民地時代が背景にある作品に登場する日本人に、好人物はまずいません。ほとんどが暴力的で愚かな悪人として描かれるので、そういうシーンや描写を見るたびに、複雑な心境に陥るのですが、そうせざるを得ない社会状況や歴史的背景は理解しつつも、もう少しどうにかならないものか? というもどかしさも常に感じています。

そんな思いを抱えているなかで見た演劇『はなこ』は、従軍慰安婦問題をストレートに扱いながらも、慰安婦となった女性たちに寄り添っているような作品でした。これは脚本家、演出家ともに女性だったからこそ、創り上げることができたのかもしれません。劇中には、やはり慰安婦の“ハンブニ”にひどい仕打ちをする日本兵が出てきましたが、彼らも戦争の渦に巻き込まれた被害者であることがしっかりと描かれていたことに、非常に感銘を受けた作品でした。

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慰安婦となった少女時代のコップニ(幼いハンブニ パク・スジン 写真右)と妹グマ(ミン・ギョンウン 写真左)

そこで、この作品が生まれた背景が気になり、脚本家のキム・ミンジョンさんにインタビューをお願いしました。スケジュールの都合でメールインタビューとなりましたが、このインタビューを読んでくださった方が、改めて従軍慰安婦について考える契機のひとつとなればと思います。

インタビューの理解をスムースにするために『はなこ』の登場人物とキャラクターを説明します。

●ハンブニ(幼少名コップニ/はなこ):元慰安婦。カンボジアに残る妹グマを探している。
●レン:カンボジアで暮らす元慰安婦。ハンブニの妹グマではないかと疑われる。
●ソ・インギョン教授:女性学の教授。慰安婦のドキュメンタリー番組制作に協力。
●ホン・チャンヒョンPD:テレビ局のディレクター。慰安婦のドキュメンタリー番組を制作。
●パク・ジェサム:カンボジア取材の、現地韓国人コーディネーター
●キム・アルム:カンボジア取材でハンブニらの通訳を担当。
●メイリン:レンの孫娘。
●高橋:コップニを“はなこ”と呼び執着する若い日本軍兵士
●小津山:高橋の上官。妹グマは小津山との結婚を夢見ていた。
●佐々木:小津山の息子。ホンPDが取材のため日本に訪ねる。
●お父さん:ハンブニが過去を回想するシーンで登場。キャラクター説明はインタビューを参照。

*     *     *

●『はなこ』は10年ほど前からすでに構想があったとスタッフの方に伺いました。最初にこのテーマで戯曲を書いてみようと思ったきっかけは? 今回、戯曲を本格的に作品を仕上げて上演することになった経緯を教えてください。
「大学時代に見た、ビョン・ヨンジュ(변영주)監督の『ナヌムの家』(1995年公開 原題は『低い声(낮은 목소리)』)というドキュメンタリー映画は今もはっきり覚えています。ううっと涙が出てしまったのですが、それは元慰安婦のおばあさんたちのいまを描いていたドキュメンタリーでした。その時の記憶をずっと持っていて、のちに戯曲の勉強をしながら、その記憶を取り出すことになりました。ちょうどそのころ知人からもらった、そのおばあさんたちが絵を描いたハガキを今もちゃんと保管していますが、必ず戯曲を書いてみたいという気持ちになりました。それが2002年で、『はなこ』というタイトルで過去の人物のみが登場する一幕戯曲を書きました。その後、4~5年前に、再びその一幕戯曲と、それを書いたときに読んだ資料を検討しながら、作品を長編に拡張していきました。慰安婦問題を見る現在の私たちの視点で書いた作品が今の『はなこ』で、幸いにも2014年「創作産室台本公募」に選定され、上演する機会を得ました」

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『はなこ』キャストとスタッフたち。前列センターで水色の服を着ているのが脚本家キム・ミンジョンさん。前列右端にいるのが演出家のハン・テスクさん。

●『はなこ』を上演するにあたり、演出家のハン・テスクさんと一緒に創ることになった理由は? 稽古を始める前にお二人でこの作品をどのように上演したいと考えられましたか?
「台本公募で選定された後、この作品を一緒に作ってくださる演出家を探さなければなりませんでしたが、ハン・テスク先生がすぐに思い浮かびました。脚色者として先生と一緒にお仕事をしたことが2回あるのですが、先生は深く作品を分析をして稽古を進めていかれるのが素晴らしいと思いましたし、演劇に対してとても情熱的な方ですので、その姿に惚れて『はなこ』を演出してくださいと、お願いしました。
作品については、従軍慰安婦の話を扱う戯曲や公演が多いので、それらとどのような差別性を持つべきか、常に悩んでいました。演出のハン先生は涙で訴えるようなセリフや感受性が従来の作品と重なってしまう可能性があるから、堅固に整えていこうとおっしゃいました。何よりも、辛い傷を抱える被害者の方々に迷惑をかけないように、そして演劇を観てくださる観客がこの痛みに共感しながら自分自身を振り返ってほしかったのです」

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ハンブニ(イェ・スジョン 写真右)と、妹ではないかと疑うレン(チョン・グギャン)の対面シーン

●元慰安婦ハンブニ(はなこ)役にイェ・スジョンさんを起用された理由は? ほかの俳優についても、キャスティング秘話があれば教えてください。
「演出家のハン先生がハンブニという人物を考えた時、最初に思い浮かんだ俳優がイェ・スジョンさんだったそうです。イェ・スジョンさんも、台本を読んでいない状態で出演を決めました。演出家への信頼が大きかったからです。私も、ハンブニの自意識の強い性格と、イェ・スジョンさんの存在感には相通ずるものがあると感じました。
カンボジアに住む元慰安婦レンの孫娘メイリン役のカン・ダユンさんの顔がとても異国的で、観客だけではなく、稽古に来た照明デザイナーや舞台デザイナーなども、彼女が本当にカンボジアから来た人だと勘違いしました。メイリンだけではなく、テレビ局のホンPDやコーディネーターのパク・ジェサム、女性学教授のソ・インギョンなど、すべての人物が適役だと、多くの人から褒められました。嬉しいことですね。
実は“レン”を演じたチョン・グキャンさんと、現代に生きる日本人将校の子息“佐々木”を演じるシン・ヒョンジョンさんは実際に夫婦ですが、お二人には外国語のセリフで演技しなければならないという負担があったのにもかかわらず、愉快に稽古ができました。
2014年4月にリーディング公演をしてから本公演になるまで、キャストが変わるのではないかと心配した俳優もいたそうですが、一人残らず本公演の舞台でまた出会いました。このようなこともあって、チームワークがとても良い『はなこ』チームでした」

●稽古を始めるときに、俳優たちに作品の意図、ストーリーについて何かアドバイスやディレクションをされましたか?
「戯曲を書いたときに読んだ、元慰安婦のおばあさんたちの証言記録を一緒に読んだり、ドキュメンタリー映画を見たりしました。この作品は、慰安婦被害を受けた第1世代のハンブニとレンの話、そして彼女たちを取材し、その証言を記録する第2世代のホン・チャンヒョンPDとソ・インギョン教授。加えて、取材の通訳をするキム・アルムとメイリンのような若い第3世代の物語を多層的に扱いながら、“日本の従軍慰安婦問題を見る現代人の視覚”が重要な役割を果たしていると話したことを覚えています。結局、“慰安婦被害”という不幸の前でも、利己的な現代人の姿を見せなければならないと、話しました」

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コップニ(パク・スジン)は神風特攻隊に徴兵され、死に怯える若い兵士・高橋(クォン・ギョムミン)に虐待を受ける。後ろにはそれを見つめる上官の小津山(リュ・ヨンス)

●俳優にとっては、身体的にも精神的にも簡単な作業ではないシーンが多かったです。稽古中の印象深いエピソードがあれば教えてください。
「稽古中にも泣きそうになるシーンがあって、そのシーンではスタッフも視線を外したり、演出家の先生ははめていたマスクをさらに上げたりしていました。俳優たちも涙も鼻水も一緒に出てしまって、時には服で、また時にはハンカチで何度も拭わねばなりませんでした。
“お父さん”役を演じる俳優は、最後のシーンの自虐的なパフォーマンスをするために、自分の体を叩きすぎて手が腫れて曲がらなくなったりしました。コップ二(꽃분이=ハンブニの子供時代の呼び名)役のキム・スジンさんは走りながら転んだりするシーンを何度もやらなくてはいけなかったので、足にたくさんのあざができました。
ほかにも、“サック(当時のコンドームの呼称)”というのがどのような形をしているか、昔のものはどんな形だったか、調べたり研究したりすることから、日本兵がナイフでハンブニの背中を切り付けるシーンがあるのですが、背中にどんな言葉を刻んだのかも、悩まなければなりませんでした。結局“クソ(糞)”という言葉と刀の痕跡を刻みました」

●一般的に、韓国の作品では、戦時中や日本植民地時代を背景にした作品に登場する日本人は悪人的キャラクターとして描かれることが多いです。しかし『はなこ』の若い兵士、高橋のキャラクターは戦争が彼に狂気をもたらしたことがしっかりと、客観的な視点で描かれていたのが印象的でした。日本人のキャラクターをこのように表現しようと思われた理由は?
「戦地で死ななければならない少年兵と設定しました。太平洋戦争の末期に神風特攻隊に動員され、出撃すればすぐ死ぬことになる軍人だと設定したのです。単線的な悪人ではなく、立体的な人物になるために作ったキャラクターが高橋です。しかしどんな理由があったとしても、コップニにとっては、そして多くの慰安婦被害者の女性たちにとっては、残忍で狡猾な悪人であることは間違いないでしょう。高橋のほか、上官の小津山、そして小津山の息子・佐々木と劇中に日本人は三人登場するんですが、なるべく客観的な視線を維持しながら人物に接していこうと努力しました」

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長い年月を経てもハンブニの記憶のなかをさまよう“お父さん”(パク・ジョンテ 写真中)が彼女を苦しめる

●劇中には“お父さん”と呼ばれる人間とも偶像とも取れるようなキャラクターが登場しますね。戦時中の日本の深い闇を表現したのような存在ではないかと思いましたが、このようなキャラクターを設定した意図は?
「“お父さん”は、もともと台本上では声だけが登場する人物でした。ですが、台本の修正を重ねていきながら、立体感のある人物として存在させてほしいという演出家からの提案があって、現在の姿に変えました。彼は過去と現在をつなぐ人物であり、暗闇を表現する象徴的な人物としてハンブニの記憶の中をさまよう悪霊のような人物です。資料を読んだ時、慰安所で置屋をしていた人たちを、慰安婦の少女たちに“お父さん”と呼ばせていたと。その言葉が残忍だと感じられて、その配役をお父さんと名付けたのです」

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慰安婦のドキュメンタリー番組を制作するため、ハンブニと同行取材するホン・チャンヒョンPD(ソン・アンジン 写真右)と、女性学教授のソ・インギョン(ウ・ミファ 写真左端)

●ホンPDやパク・ジェサムなどは若干、悪役というか、女性の立場から見た批判的なキャラクターに描かれていたように思います。韓国人男性の意識を象徴したような存在かな? とも思いましたが、どのような意図があったのでしょうか?
「韓国人男性を象徴したわけではないですね。彼らは元慰安婦のおばあさんたちのためになる事をする、という目標はあるのですが、その過程で思わず口に出す言葉が、おばあさんたちをもう一度傷つけることになる、という事実を喚起する人物です。他人の心の傷に共感すること、そして具体的にそれを知り、慰めることは容易なことではない、ということを話したかったです。ホンPDとパク・ジェサムは良かれと思ってドキュメンタリーを作ったり、レンおばあさんの状況を韓国の関係者に情報提供しますが、それを実行する過程でおばあさんたちをひどく傷つける人物ですね。今の現代人の姿がそうではないかと、振り返ってみたかったんです。“女性対男性”として、その視覚の差を表したい意図はありませんでした」

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ハンブニの妹グマ(ミン・ギョンウン 写真中)は、小津山を慕い、結婚して日本に渡ることを夢見る

●観客や、俳優、関係者など公演を見た人たちからはどんな反応がありましたか?
「初日は客席からすすり泣きの声がたまに聞こえましたが、とても静かでしたので、あまりにもシリアスすぎる演劇なのかと心配しました。でも、カーテンコールの時、大きな拍手の音が聞こえて、心から感動してくださったんだなと、ありがたいと思いました。
上演5日目に、『慰安婦協商妥結』のニュースを聞いたのですが、それは被害者であるおばあさんたちを排除した協商だったので、俳優も関係者も観客もみな複雑な心境で『はなこ』を見ることになりました。おばあさんたちのためだと言いながら、当事者を排除して行った協商がおばあさんたちを再三傷つけているんだと思いました。観客もそのように思っていたのか、特に最後のハンブニの独白シーンが、さらに胸が痛くなり涙が出たそうです」

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ハンブニが日本に渡り、慰安婦だった当時のことを語りながら、日本兵に切り付けられた背中の傷を見せるラストシーンの独白は圧巻

●最後に『はなこ』を通じて、もっとも伝えたかったこと、このインタビューを読んでくださった日本の方々にメッセージがあればお願いいたします。
「劇中のソ・インギョン教授の仕事は慰安婦被害者のおばあさんの証言を採録することです。今回の演劇を準備しながら、私はこの戯曲や公演も、同じ意味での記録だと思いました。だからこそ客観的な視線を維持しようとかなり努力しました。『はなこ』の公演チームは、慰安婦という被害を受けたおばあさんの痛みや傷を『はなこ』という公演で記録しています。戦争という災いの前で私たちはみな被害者です。狂気に捕らわれた歳月のなかで加害者と被害者が作られるでしょう。誰も望まなかった歴史で、恥ずべき歴史でも記録しなければいけないと思います。加害者の役割を果たしたとしても、それを無理やり消して忘れようとしてはいけないでしょう。そうしないと不幸が繰り返されるからです。記録としてのこの公演『はなこ』を記憶していただけたらと思います。幸せになる権利を持って生まれた一人の人間としてコップニ、グマ(ハンブニの妹)、そしてハングミ(レンの韓国名)の傷を、どうかお忘れなく記憶していただけたらと思います」

hanako12【Profile】キム・ミンジョン(김민정 Kim Min-Joung )

1974年生まれ。檀国大学 人文科学大学 国語国文学 卒業(1997年)/韓国芸術総合学校 演劇院 芸術専門士 劇作専攻 卒業(M.F.A) (2004年)
2004年『家族のワルツ(가족의 왈츠)』 国立劇場 新作戯曲フェスティバルでデビュー

<代表作>
2004 『家族のワルツ(가족의 왈츠)』 国立劇場 新作戯曲フェスティバル 当選
2005 『十年後、(십년 후,)』 劇団小さな神話(작은 신화) 我々の演劇作り 当選
2006 『私、ここにいる!(나, 여기 있어!)』 ソウル演劇祭「戯曲よ飛び出せ!」公募 当選、ソウル演劇祭 公式参加作 当選
2007 『海にかかる霧(해무)』 2007韓国演劇ベスト7選定
2009 『海にかかる霧(해무)』 創作ファクトリー優秀作 選定
2009 『キルサンボン伝(길삼봉뎐)』 ソウル文化財団 公演芸術作品公募 創作支援事業 選定
2010 『君の左手(너의 왼손)』 南山芸術センター 現代史連作シリーズ公演
2011 『オイディプス(오이디푸스)』 国立劇団 再創団公演 脚色 / 演出 ハン・テスク
2013 『アンティゴネ(안티고네)』 国立劇団レパートリー公演 脚色 / 演出 ハン・テスク
2014 『家族ワルツ(가족 왈츠)』 ソウル演劇人大賞 劇作賞受賞
2014 『異血(이혈))
2014 『はなこ(하나코)』 創作産室台本公募 優秀作 当選
2015 『コサ(고사)』 第15回 二人芝居フェスティバル 戯曲賞受賞
2015 『はなこ(하나코)』 創作産室 優秀作製作支援 選定

※日本の劇団、公演関係者の方で『はなこ』の戯曲に興味をお持ちの方、および作品上演を検討したいという方は問合せフォームからご一報ください。

取材協力:イム・ヒョンヒ(Lim-AMC) 翻訳協力:イ・ホンイ

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