二人の女優の戦い―『短編小説集』
いつからなのか分かりませんが、ソウルの劇場には圧倒的に女性の観客が多くなりました。だいたい20代~40代の彼女たちのために、即ち、彼女たちをターゲットにして作品を制作するのは、今では普通のことになっています。例えば、魅力的な男性が主人公で、ドラマが強い作品が多くなったのです。女優たちは危機感を感じ始めました。それは、自分が演じる役が、定型化した誰かの恋人、姉、妹、母・・・しかないかもしれないという、一種の不安から来たものだと言えるでしょう。去年、本谷有希子作(「劇団、本谷有希子」主宰)の『来来来来来』(この作品も女優6人だけが出演します)の韓国版『데리러 와 줘!(迎えに来て!)』制作に参加した時、出演者の一人から「今回みたいに悩んだり考えたり分析する役をもらったことがないから、とっても嬉しい」と言われ、ショックだったことを覚えています。
このような環境のなかで、8月12日からアメリカの作家ドナルド・マーグリーズが1996年に書いた演劇『短編小説集(단편소설집)』が、韓国で初演されます。この作品は私も所属している創作ユニット「DIRECTURG 42」のメンバー、マ・ジョンファがドラマターグを務めている作品です。20年も前に書かれたこの戯曲を今、韓国で上演する理由は何でしょうか? 彼女に訊いてみたところ、やはり「最初に挙げられるのは、女優だけが出演する二人芝居ということです」と答えました。そして「今も女優二人だけが出る作品があまりないです。だから今、この作品を見ると新鮮だと思える。しかも、劇中この二人の関係は先生と弟子です。普通、女性二人の関係がメインに扱われる作品は、母と娘という設定が多かったですよね」と続けました。
確かに、今まで韓国で女性が主人公だった作品を考えてみると、『実家の母(친정엄마)』『お母さんをお願い 엄마를 부탁해)』など、母と娘の関係を描いていました。それでなくとも、女性のキャラクターは、主に誰かとの関係によって葛藤を抱き、決定的な選択をし、癒されたり、壊されたりする作品が多いです。しかし、この『短編小説集』は、登場する人物のプライベートな悩みは一切触れず、二人のキャリアの争いのみにフォーカスを当てています。自身の仕事に対する野望が、大きな事件・葛藤の原因になっているのです。
物語の舞台はニューヨークのグリニッジヴィレッジです。成功した女流作家で大学教授でもあるルース・スタイナーのところに、彼女のゼミの学生で作家志望のリサ・モリスンが訪れます。リサは、憧れの作家ルースのアシスタントとして仕事をしながら、彼女のアパートで個人レッスンを受けることになったのです。それから6年が経ち、リサは小説を発表して、新聞に批評も掲載されるようになります。そして、リサが初めて長編小説を書いた後、二人は喧嘩をすることになります。その小説の内容が、ルースがリサだけに話した自分の過去の傷を基にしていたからです。「泥棒だ!」と叫ぶルース、「先生に教えてもらった通りにしただけだ」と言い張るリサ……二人の関係は、壊れてしまうのです。
マ・ジョンファは、「去年、韓国には著名な作家たちの盗作が次々と発覚されて、多くの人々が衝撃を受けました。この作品にも、“盗む”というキーワードが出てきます。ある意味、芸術作品を作ること――つまり“インスピレーションを受けること”は、何か自分のものではないものを持ってくることですね。それはどこまで許されるのか? それを考えさせる作品だと思います。それから、先生と弟子との葛藤というのは、今の韓国社会での世代の葛藤も連想させます。全ての先生は弟子によって必ず何かを奪われます。それは否定できないことです。だからこの作品は“教えるというのは何か?”を問い直す作品でもあります」と話していました。
主人公の二人を演じるのは、演劇だけではなく、映画やテレビドラマでも活躍しているという共通点を持っている女優たちです。ベストセラー作家ルース役は、コラム第10回で紹介した、従軍慰安婦を取り上げた演劇『はなこ(하나코)』でレンお婆さんを演じていたチョン・グッキャン。そして、作家志望のリサ役は、ミュージカル『あの日々』2015年公演では司書役を、2014年に韓国版を上演した『背水の孤島』(劇団TRASHMASTERS中津留章仁原作 イ・ホンイ翻訳)では主人公の女性ユウを演じたキム・ソジンです。演技の強弱をうまく調節しなければならない難しい二人芝居で、死に向かっている年老いた人気作家と、成功に向かって疾走を始める新人作家をどのように表現してくれるでしょうか?
さらにこの作品は知的な演出家と評判のイ・ゴン(劇団「的(チョク 적)」主宰、劇団「小さな神話」演出部出身)とのコラボレーションも期待されています。特に彼は、劇中に映像を使う演出家としても知られていて、物語のなかで経過する6年の時間と二人の変化を表現するのに、どのような映像が登場するのか? それもきっと重要な見どころとなるでしょう。彼はコロンビア大学に留学後、主にアメリカの若手作家の作品を翻訳して演劇を制作したり、逆に韓国の優れた戯曲を翻訳して欧米に紹介する活動も行っているのですが、そんな彼が選んだ作品らしく、この戯曲はドラマもキャラクターもとても緻密に描かれています。気鋭の若手演出家が創り上げる本作が、どのように韓国の観客に伝わるかを想像しながら、二人の女優の戦いを応援したいと思います。
【公演情報】
演劇『短編小説集』(단편소설집)
2016年8月12日~8月21日 大学路芸術劇場 小劇場
<出演>
●ルース・スタイナー役:チョン・グッキャン
●リサ・モリスン役:キム・ソジン
原作:ドナルド・マーグリーズ(Donald Margulies “Colledted Stories”)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/助演出:パク・セリョン/舞台:イム・ゴンス/照明:シン・ジェヒ/衣装:チョン・ミンソン/ヘアメイク:キム・グンヨン/音楽:ピ・ジョンフン/音響:イ・ハンギュ、ソ・ヒスク
写真提供:劇団「的(チョク)」 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。
2件のコメント
ただいまコメントは受け付けていません。