イ・デヨン

[Special Interview]イ・デヨン【前編】

[Special Interview]イ・デヨン【前編】

 

韓国の劇場街、大学路(テハンノ)で観劇する際の醍醐味のひとつは、ドラマや映画に出演している演技派俳優たちの名演をじかに見られることです。アイドルや若手俳優などの主演陣を陰でサポートしつつ、さりげなく深みのある演技を見せる彼らは映像作品になくてはならない存在。特に“中堅俳優”と呼ばれる40~50代の俳優は、さまざまな現場で常にひっぱりだこです。今回インタビューをお届けするイ・デヨンさんはまさにそんななかの一人。常に多数の撮影現場を掛け持ちする多忙なスケジュールをこなしながら、いまもコンスタントに舞台に立ち続けている生粋の演劇俳優なのです。
今回、SF推理劇『The Nether(ネダー/네더)』で、これまでにないキャラクターに挑むデヨンさんへの取材が実現。人間味溢れるベテラン俳優に注目したインタビューは、韓国でも読める機会は少ないと思います。3つに分けた長い内容となりましたが、韓国演劇の近代史も垣間見える貴重なインタビューをご堪能ください。

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●今回は翻訳劇、しかもSFという斬新な『The Nether』への出演はちょっと意外でした。翻訳家のマ・ジョンファさんのたっての希望で決まったそうですね。
「ジョンファさんとは今回初めてお会いしました。実は『春の日(봄날)』※1(7月28日~8月6日までアルコ芸術劇場で上演された)への出演がもう決まっていて、終わった2週間後にこの作品が始まるスケジュールだったので、他にドラマの撮影もあるし、舞台に2作続けて出るのはちょっとしんどいなとも思いましたが、作品を気に入って出演を決めました。2月に『縁側のある家(툇마루가 있는 집)』という演劇に出たのですが、劇場にジョンファさんが演出家と二人でやってきて“どうしても先輩に演じてもらいたい”と。そこまで僕を欲しているなら、と (笑)」

●デヨンさんが『The Nether』で演じるドイルは、ペドフィリア(小児性愛者)の中年教師という難しいキャラクターです。なぜこの役をデヨンさんに演じて欲しかったのか、ちょっとマ・ジョンファさんにも伺いたいと思います。
マ・ジョンファ「イ・デヨン先輩が出演された作品を見ると、ほとんどが善人で、とても苦悩する男性の役でした。もっと面白い役がたくさんあるのに、男優も女優もある程度年齢を重ねると同じような役ばかりを演じるようになるんですね。それをいつも勿体ないと感じていたんです。実は、先輩がかなり前に主演された映画『ラクダ(たち)낙타(들)』(2001年作品)が大好きだったんですが、その映画は、偶然知り合い旅に出た男女が一夜限りの関係を持つという作品でした。デヨン先輩は劇中で自分が傷ついたときに、外にではなく内に向かうようなキャラクターをこういう風に演じるんだなと印象的で、それ以来ずっと興味を持っていたんです。私は俳優に会うといつもどんな役が合うだろう? と想像するのですが、昨年飲みの席で偶然お会いできて。この作品を翻訳したとき、個人的にはドイルのキャラクターに一番惹かれたのですが、とても善い方だと感じた先輩が、最悪の選択をして崩れてしまうような役を演じたら、どんなに面白いだろう? と思いました(笑)。それで、上演が決まったときに演出家にお願いしたんです。“じゃあドイル役は絶対イ・デヨンさんで”と。でも連絡先も知らなかったので、演出家に連絡してもらって(笑)。とてもお忙しい方なので実現するかな…? と思っていました」

●でも普通は、翻訳家がキャスティングまではしないですよね(笑)
マ・ジョンファ「ええ。最初は忙しいとおっしゃったので、また私が演出家と一緒にお願いしに行ったんですよ。“これでダメだったらどうする? 次は手紙でも書く?”とか言って(笑)。そうしたらスケジュールを調整してくださることになって。実際、翻訳家の望み通りの配役になるというのはほぼ不可能なんですが、今回は理想のキャスティングなので、もう作品が完成したような感じです。だから私は稽古で怠けているんです。(何も言わなくても)俳優さんたちが全部やってくれますから(笑)」

●デヨンさんは、ジョンファさんのラブコールを受けていかがでしたか?
「ここまで詳しく理由は言われなかったけど(笑)“ いくら考えても先輩にお願いしたい”と言ってくれて。時間的にちょっと無理みたいだからと丁重にお断りしたんだけど、ここまで言ってくれるなら、無理してでもやりましょう、ということになったんです。作品の設定そのものが興味深い状況だし、サイバー世界、仮想現実についても魅力的で。 人間という存在に対して、とても知的な質問を投げかける作品なのが魅力でした」

●ドイルがどんなキャラクターなのか教えていただけますか?
「ドイルは、定年を半年後に控えた優秀な教師です。教育者としての使命感に溢れ、 とても誠実で、それは家庭でも同じです。そんな男ですが、劇中の近未来では、学生たちがNetherのなかで勉強するので、実際の教育現場で教師は子どもたちがハッキングしてポルノを見ていないかと監視する役割に転落しています。この現実に深く挫折して昔のアナログ的時代の美しさに戻りたい、という思いがある人です。 その後、シムズが作ったNetherの空間に入り、自分で気づいていなかった性的嗜好の発見と、シムズという運営者に出会って、久々に知的な会話が可能なパートナーに会えたという喜びを覚えるんです。そのうちにますますこの世界に溺れていくのですが、結局はドイルもシムズも崖っぷちに立たされている人だと思いました」

稽古中もイ・ゴン演出家と丁寧に台詞について相談

●稽古を拝見したら、演出家や翻訳家と役柄や場面の解釈についてちょっと話し合っただけで同じシーンでもガラリと演技を変えられていて、こんなにも変化するのか! と感動しました。さすがはデヨンさんだ!と思いました。
「稽古というものは相手役がいて、俳優同士で互いに影響を与え合いながらやるものですからね。例えば翻訳家のアドバイスを聞いて、それに応じて自分もそのシーンに対する考えが変わるし、相手役も変わるんです。そしてその変化にまたお互いが呼応する…そんなところが、演劇の稽古の大きな楽しみですね。 そしてその過程で見つけたものが本物で、正解の時が多いんです。ひとりでぶつぶつと台本を呼んでいるだけでは絶対見つからない瞬間が訪れる時があります。 そしてまた、演劇が魅力的なのは、劇場で観客に会うと稽古の過程では探し出せていない答えが、観客を通じて探せる時があります。 演劇はそういう過程があるから本当に面白いんですね」

●観客から予想もしなかった反応が返ってくることもあるでしょうね?
「誰かが言ってたけど、劇場の扉が閉まった瞬間、その中にいる人たちの間に一種の共同体というか、同じムードが流れて、それに俳優が影響を受けるんです。 そして、“あ、自分の考えは合ってたな”と快感を得られるときもあるし、観客の反応を通して正解が分かるときもありますね」

●韓国は未成年への性犯罪者に対し、日本以上に厳しい視線が向けられるのでぺドフィリア(小児性愛者)を取り上げた作品がどう受け止められるか気になります。この作品を観客にどう見てもらいたいでしょうか?
「ん~そうですね…敏感なストーリーでもありますが、具体的に表現するのではなく、台詞で暗示する感じです。この仮想世界では小児性愛だけでなく、例えば、斧で少女の体をメッタ刺しにしたりもするんです。だけど、それは言葉だけで表現されますから。この仮想現実について説明するセリフのなかに魅力的な表現がいくつかあるんです。“自分たちが選んだ形で、自身の体外で交流して関係を結ぶようなこの驚異的な世の中”という台詞があるのですが、これは結局、疎外(感)に対する話ではないだろうか? と。 疎外や孤独、存在に対する質問や疑問など、私は疎外に対する問題だと受け取りました」

●8月初旬まで出演されていた『春の日』の初日前にあばら骨にヒビが入るケガをされて、それを押して出演を続けられ、『The Nether』の稽古にも参加されていたと聞いて驚きました
「それでも私はほとんどケガをしないほうです。しかし周りでは例えばクォン・ヘヒョさんは『私に会いに来て(날 보러와요)』という作品に出たとき、暗転するシーンで骨が曲がるほど鼻をぶつけたんです。彼が演じていた刑事は連続殺人犯が捕まえられず、後半で泣くシーンがあるのですが、演出家が“今日の演技は最高だ!”と思ったら、実は鼻が痛くて泣いてた(笑)。カン・シニルさんは昔『アリラン』という作品で舞台から落ちて仙骨を痛めて立ち上がれなくなり、公演が中止になったとか、こういう話が多いんです。僕がケガした日は、『春の日』の最終稽古のあと、テレビ局での撮影が入っていたので後半出演がない場面の間に、早く帰れるよう服を準備しておこうと、普段は通らない通路を通ったらぶつけてしまって(笑) 」

●『春の日』はかなり前から上演されているイメージがあるんですが、初演から出演されているんですか?
「2009年からです。 初演は1984年ですが、09年にソウル演劇祭30周年記念として、これまで出品した作品のなかから“再び見たい作品10”に『春の日』が選ばれたんです。 初演の時からオ・ヒョンギョン先生が父親役でしたが、その時はまだ40代後半で、09年からはどんどん役柄の年齢に近くなられ、むしろ今では超えていらっしゃいますが、09年、11年、12年、そして今年また再演となりました」

●『春の日』で演じられていた長男は、常に弟たちを想い、まるで母親のごとく温かく包みこむような役柄でしたね。
「写実主義のような作品ではなく、 一種のファンタジーのような物語ですよね。父親はものすごいケチで、息子たちから搾取する権力者のような人ですが、そんな父にも老いはやってきます。そして病弱な末っ子の存在。彼ら弟たちを受け入れる長男の母性愛的な姿……これは脚本家が最初から書いていたんです。それで、設定に合わせて表現しようとしました」

●この作品と役柄に、とても愛着をもっていらっしゃるようです。
「そうですね。 愛着がある作品だし、私が本当に尊敬していて、ロールモデルでもあるオ・ヒョンギョン先生と一緒に演じられるので、再演のたびに良くてやっていますね。多少の義務感もあり(笑)、また再演するとしても特別な理由がない限りはやらねばならないでしょう」

※注1:演劇『春の日』は、山村に貧しく暮らす、老いてもなお絶対的な権力をもつ父親と7人の息子たちの姿を通して家父長制を問う作品。イ・デヨンは弟たちと頑固な父親の間をとりもち、家事も引き受けて母親代わりを務める思いやり溢れる長男を演じている。
韓国演劇界を代表する元老俳優の一人で、現在81歳となるオ・ヒョンギョンが、1984年の初演から父親役を演じ、09年に25年ぶりとなった再演以降も出演を続けている。09年からは劇団「白首狂夫(백수광부)」の代表でもあるイ・ソンヨルが演出し、イ・デヨンも継続して出演している。

2011年公演の様子。父親役オ・ヒョンギョン、長男役イ・デヨンのほか、11年公演では三男役に映画、ドラマで活躍するチョン・マンシクも出演していた(アルコ芸術劇場公式映像より)

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作品に向かう姿勢、ストーリの解釈などベテランならではの重みを感じていただけたと思います。⇒インタビュー中編からは、イ・デヨンさんの“俳優人生”について伺っています。

【インタビュー中編→】 【インタビュー後編→】


【公演情報】
演劇『The Nether(ネダー)』(네더)
2017年8月24日~9月3日 東洋芸術劇場3館(大学路)

<出演>
●ドイル役:イ・デヨン
●シムズ役:キム・ジョンテ
●モーリス役:キム・グァンドク
●ウードナッツ役:イ・ウォンホ
●アイリス役:チョン・ジアン

原作:ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/舞台:イム・ゴンス/照明・映像:シン・ジェヒ/映像共同制作:ソン・ギョンビン/衣装:チョン・ミンソン/小道具:パク・ヒョニ/ヘアメイク:キム・グニョン/音楽監督:ピ・ジョンフン/振付:イ・ハンナ/助演出:アン・ミビン/舞台監督:イ・ヒョンジン

写真提供:劇団的(チョク)


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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[Special Interview]イ・デヨン【中編】

[Special Interview]イ・デヨン【中編】

 

ここでいきなり筆者の個人的な話で恐縮ですが、俳優イ・デヨンに興味を持つきっかけとなったのが、2005年の『復活(부활)』というドラマでした。主演したオム・テウンの出世作として知られるこの作品は、ある事件をきっかけに主人公ハウンの出生の秘密、事件の背後にある巨悪を暴いていく巧妙なストーリーで放送当時「復活パニック」という熱狂的なファンを生んだ作品でした。劇中でイ・デヨンさんは刑事ハウンの上司であるキョン・ギド班長を演じ、事件の重要なカギを握る役を担っていたのです。

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●2005年に出演されたドラマ『復活』は助演陣に渋いベテラン俳優がたくさん出演していましたが、俳優のプロフィールを調べてみると、ほとんどが演劇俳優だったんですよね。
「そう、演劇出身俳優が多かったですね。(キム・)ガプス兄さん、(キ・)ジュポン兄さん……。『復活』は韓国で今でもファン層が形成されていて、マニアのファンがとても多いです。ファンの希望が通って初めてディレクターズカット版DVDも出たし、劇場を丸ごと借りてイベントをやったりもしました」

●演出したパク・チャンホン監督のファンクラブもありましたよね(笑)。このドラマでデヨンさんは警察の捜査班の班長役でした。
「はい。キョン・ギド班長(笑)(※名前の発音は、韓国の地域名、京畿道にかけてある)班長は、ドラマの中盤で刺されるのですが、ストーリー上、重大な秘密を握っているので殺すことはできない。それで、3、4話くらいは病院で横になっているだけで出演料をもらいました(笑)」

●(笑)。このドラマ以降、大学路(テハンノ)でデヨンさんの出演作もいろいろと見るようになりましたが、『春の日』や『私に会いに来て』のように韓国の創作演劇に出演されることが多かったように思いますが?
「創作劇だけではなく、翻訳劇も実はたくさんやってきたんですよ。私が所属してきた劇団『シンシ(신시 現シンシカンパニー)』や、劇団『演友(ヨヌ)舞台(연우무대)』、キム・ガプス先輩が主宰していた『俳優世界(배우세상)』でもちょっとやっていたんです。それぞれが創作劇を優先的に作る劇団だったので、その劇団に所属していたときはほとんど創作劇でしたが、2006~7年? くらいからは大学路で、劇団(で作品を制作、上演する)という概念がやや瓦解していって、プロダクションによる制作システムに変わってからは翻訳劇にもたくさん出演してきました」

●ここからはデヨンさんのこれまでのキャリアについてお伺いしたいです。プロフィールには名門、延世大学の神学科出身となっています。
「はい、延世大の神学科出身はほかにアン・ネサン、ウ・ヒョン。もっと上にはミョン・ゲナム先輩がいますね。アン・ネサンさんは神学科の中にある演劇サークルで活動していて、ウ・ヒョンさんはほとんどやってなかったけど、二人ともデモを一生懸命やっていたほうでした(笑)。実は私と同じ歳なんですが、二人とも浪人したから1学年下で、今も会うと“兄さん”とか“先輩”と呼ばれるんけど、ほぼ友達ですよ。同い年なんだから(笑)」

●やはり皆さん演劇出身俳優ですよね。でも一般的に神学を学ぶ人は神聖でお堅いイメージがあり、なぜ演劇を始めたのか、どうにも結びつかなくて不思議だったんです(笑)
「他の教団の神学校と違って、延世大の神学科は、特定の教団が設立したものではなく、教派連合的な性格もありました。民衆神学と1970~80年代に南米で起きた解放の神学の影響を受けて、若干の政治的な性向も帯びた民衆神学の本山でした。それですごく自由主義的な性向が強く、デモなどの社会運動にもたくさん参加していたんです。一般的に神学校を卒業すると牧師になったり、神学科の教授になる学校とは違って、延世の場合はとてもリベラルで総合大学の中にあるからか、いろんな関心も持てたんです。卒業後にも牧会や一般神学の勉強を続ける比率が50%にも満たない。 30~40%ぐらいかな? それで変わった奴が出ているんです。例えば同級生には映画監督や演劇演出家、警察官もいて、金融監督院に入った奴もいます。神学科にしては幅が広いんですよ」

●元々キリスト教徒なんですよね?
「うちは三代キリスト教の母体信仰(※生まれながらにしてキリスト教を信仰していること)で、幼いころから自然に教会に通っていた敬虔なキリスト教徒でした。でも高校3年生のとき、むやみに胸が熱くて、空しくて、訳もなく世の中が悲しくなり、死にたくなったことがあったんです。ところが自分が20年近く信じて来た信仰がそれを助けることが出来なかったんですよ。 それでさらに迷って彷徨もたくさんしました。その頃に酒も覚えて(笑)。それから大学入試のとき本当は哲学科とか国文科くらいに行ければいいかと思っていたけど試験の点数が微妙で、哲学科はちょっと危なく、神学科は安全圏でした。それで神学だろうが哲学だろうがもう、反抗心のようなものもあり、迷いが生じた時には何の役にも立たなかったこの信仰に一度正面からぶつかってみようという子供じみた考えもありました。当然延世大という看板にも惹かれ、ロマンももっていました。イ・ムンヨル(이문열)という作家の『人の息子(사람의 아들)』という小説を読んで感じた、神が人間の問題で悩む神学が、格好よく見えたりもして神学科に行きました」

●そういえば以前インタビューした俳優(⇒イ・スンジュ編参照)も、本当は哲学科に行きたかったと言っていました。
「だけど、いざ神学科に入ったら、民衆神学を支持した教授たちはみな追い出され、とても厳格でつまらない教授だけが残っていて、思っていたほどの面白さがなかったんです。 春に入学したばかりの新入生がデモして連行されている姿ばかり見てとても胸が痛むけど、石を投げる勇気はない……そんな憂鬱な日々を送っていたら、ある日高校の同級生がすごく楽しそうにしているんですよ。“お前、何やってんの?”と訊いたら、“演劇をやっていてすごく面白い”と。それで“僕もそこに入ってみるか?”となったんです。その演劇サークルに入る前は、実は演劇を1作しか見たことがなかったんです。『エクウス(에쿠우스)』※2 という作品で、その頃ずっと信仰や異性の問題に悩んでいた自分とぴったり合致する作品でした。それまでは演劇に魅力を感じたことがなかったのに、作品が本当に強烈で。今でこそ俳優が全裸で出るような作品もありますが、当時は舞台で女性が下着しか身に着けていない姿を間近で初めて見てかなりショックを受けました。それでその友達にくっついて演劇サークルに入りました。演劇自体の面白さはよく分からなかったけど、若者たちがひとつのことにこだわり、今にして思えば大したことでもないのに、酒を酌み交わしながら演劇や芸術の話をするのが素晴らしく思えたんです。メンバーもとてもいい人たちで、俺が夢見ていた大学生活はこれだ!と。演劇自体よりも人と会って騒いで少し芝居する……すると、格好よく見えるし、その雰囲気が好きでサークル活動をしていました」

※注2 演劇『エクウス』は英国の劇作家ピーター・シェーファーが1973年に発表した戯曲。愛馬の目を突いた少年アランと精神科医ダイサートとの対話から家族の問題、思春期の性など、彼の背景が徐々に明らかになっていく。韓国では劇団実験劇場が1975年に初演し、チェ・ミンシク、チョ・ジェヒョンなど多数の有名俳優が出演してきた。2016年には韓国40周年記念公演も行われた。

●大学を卒業したあと、本格的に演劇俳優として活動を始められたんでしょうか?
「大学1、2年生の時は、本当にただ友達と話してお酒を飲んで遊ぶ楽しさだけでした。そのあと、短期間軍隊(兵役)に行ったあと、演劇の勉強をきちんとしてみようと思い、本も一生懸命に読んだし、舞台もマメに見に行って、これを自分の一生の仕事にしようかな?と悩んだ末に、やろう、と決めました。他に面白さを感じるものもなく、自信もなく、 サラリーマンはやりたくなかった。私はたまたまタイミングが良かったんです」

●でも、ご両親は反対されたのではないですか?
「当然反対しました。 私は父が50歳を過ぎてできた子なんです。両親は朝鮮戦争のときに越南(北朝鮮から韓国に降りて来た)してきたのですが、姉が二人いたけど、歳を取ってからできた長男だから大事に育てられました。そんな息子が演劇をするというんだから(笑)。しかし父は理解がある人でしたから“演劇をやるのはいいけど、それは金持ちの子がすることで、自分がいつまで助けてやれるか分からない”と、そういう心配をしてくれたんです。私は二代独子※3 だったので、本当は兵役が30カ月のところを6カ月だけ勤務をしたのですが、“軍隊に行ったつもりで2年だけやってみます”と言い張ったんです。 ですが、それが30年になりましたね」

※注3 二代独子(イデドクチャ/이대독자)とは、父、子二代続けての一人息子(=一家の跡取り)という意味。二代独子の場合、以前は兵役期間が短縮されたり公益勤務に着いたりしていた。現在は一人息子でも基本的にはこのような優遇措置はないという。

●最初に出演されたのはどんな作品でしたか?
「サークル外の作品に出たのは大学3年の冬休み、1987年でした。演劇部の先輩であるキム・テス演出家※4 が他の演出家の作品の助演出をしていました。『不細工な美女(米女)못생긴 미녀』※5 という作品でしたが、アメリカを風刺するような一種の反米演劇でした。出演者の中の一人が、初日の3週間前に突然逃げたんですよ。それで俳優が一人いなくなったので誰か探して来い、と言われたテス兄さんが、まだ学生だけど、そんなに大きな役ではないので、演出家に一度使ってみてくださいと言って、私が起用されたんです。それが87年の1月か2月でした。ちょうどパク・ジョンチョル※6 が拷問されて死んでから間もないころでした。 これが最初ですが、大学を卒業してから出演したのは『立ち上がれアルバート(일어나라 알버트 原題は「WOZA ALBERT!」)』という作品が私のデビュー作だと思います」

※注4 キム・テス(김태수)演出家 劇団「卍模様(완자무늬)」の代表。同劇団は、イ・デヨンと同じく延世大学神学科出身の俳優ミョン・ゲナムらと共に1984年に設立。社会問題を題材にした創作劇や、翻訳劇も硬派な作品を多数上演している。
※注5 韓国語ではアメリカのことを美国(미국 ミグク)と表記するため、美女=アメリカ人女性の意味。美女を指すのは同じ文字・発音の(미녀 ミニョ)。
※注6 パク・ジョンチョル(박종철) 当時ソウル大学の学生だった民主活動家。全斗煥(チョン・ドファン)大統領が独裁体制を敷いていた第5共和国末期の1987年に公安当局に拘束され、拷問を受けて死亡した。これを政権が隠蔽しようとしたことから「6月抗争」と呼ばれる多数の民主化運動が起こり、のちに13代大統領となる盧泰愚(ノ・テウ)が「6.29民主化宣言」を出すことになった。

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中編では俳優イ・デヨンの誕生秘話をじっくり語っていただきました。⇒インタビュー後編 では、これまで出演してきた演劇について。そして出演作が50本を超える映画やドラマについても伺っています。

【←インタビュー前編】 【インタビュー後編→】


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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[Special Interview]イ・デヨン【後編】

[Special Interview]イ・デヨン【後編】

イ・デヨンさんをはじめ、彼と同世代の演劇出身俳優たちの多くは、80年代末から90年代以降の韓国舞台シーンを席巻した名優たちです。確かな演技力と存在感で、映像界でも確固たる地位を築いている理由が、デヨンさんのお話しからも伝わってくると思います。

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演劇『私に会いに来て』20周年記念公演ではキム班長を演じた(2016年)プレスコールより

●初舞台以降、本当にいろんな作品に出演されましたがデヨンさんの出演作を調べると、ドラマと映画だけでも100本くらいはありました。
「データが出てないものもありますからね。映画が40~50本くらい? ドラマが70作くらいかな。演劇も同じくらいあると思います。でも数が多いだけですね(笑)」

●膨大な数の中で今も記憶に残っているのはどんな作品ですか?
「そうですね……演劇だと『私に会いに来て(날 보러와요)』※7、それと『アート(아트)』※8 という作品も忘れられないですね」

●個人的にデヨンさんの芝居を大学路で初めて見たのが『アート』でした。めちゃくちゃ面白かったです!
「そうでしたか。『アート』は本当に面白かったでしょう? クォン・ヘヒョ、チョ・ヒボンとの息もピッタリで。面白かったことも印象深いけど、もう一つは普段の僕イ・デヨンと、劇中の役ドクスとのキャラクターがあまりにも似ていたので、俳優として人物を作り出すのに大して悩みもせずとも答えが出たような作品でした。 賞までもらえたのでさらに記憶に残る作品です」(05年『アート』で第41回東亜演劇賞男性演技賞を受賞)

※注7 『私に会いに来て』 韓国の代表的な未解決事件として知られる「華城(ファソン)連続殺人事件」を題材に、劇団「演友(ヨヌ)舞台(연우무대)」創立メンバーだったキム・グァンリムが1996年に発表した戯曲。連続猟奇殺人を捜査する捜査本部を舞台に、犯人に振り回される刑事たちと、彼らをめぐる人間模様がリアルかつコミカルに描かれる。ポン・ジュノ監督はこの作品をもとに名作映画『殺人の追憶』を創り上げた。
※注8 『アート』 原作戯曲はフランスのヤスミナ・レザが1994年に発表したブラックコメディ。長年の親友関係にある男3人のうちの一人が、キャンバスに白一色の絵画を高額で購入したことで、その絵の価値をめぐって論戦を繰り広げ、3人が長年抱えていた本音が露になっていく。

演劇『私に会いに来て』20周年記念公演プレスコールより (写真左からクォン・ヘヒョ、ユ・ヨンス、キム・レハ、イ・デヨン)

●そして『私に会いに来て』は昨年20周年記念公演もありましたが、この作品でもデヨンさんは捜査チームの班長役でした(笑)
「記念公演も見ましたか。実は初演の時はキム班長役じゃなかったんですよ。他の作品に出演していて最初から稽古に参加できなかったんです。結局、演じる予定だった容疑者役をユ・テホ兄さんがやることになり、私は容疑者の友人として少しだけ登場する役を演じました。でもそれで百想芸術大賞演劇部門の新人賞を受賞したんです。チャ・ボムソク先生※9 が審査委員でしたが、“確かにあの役を上手く演っていたけど、いや、なんで5分しか出てこない役なのに”とおっしゃって(笑)。当時演劇界の新人賞は飛行機のマイレージのような感じで、ある程度いいね、という作品が4、5個貯まるといい俳優だからと新人賞が与えられるという慣行が以前はあったんです」

※注9 チャ・ボムソク(차범석)戦後の韓国演劇を率いた劇作家、演出家の一人。2006年、82歳で没。

●てっきり百想芸術大賞の新人賞は、班長役で受賞されたと思っていました(笑)
「その時は容疑者の友達役でした。周りのみんなにも“どうやったら5分出ただけで新人賞がもらえるんだ”と冷やかされたりもしました(笑)」

演劇『私に会いに来て』20周年記念公演プレスコールより(2016年)

●これまで所属されていた劇団について教えていただけますか?
「私が最初に劇団に所属したのは『シンシ』という、故キム・サンヨル先生が創られた劇団でした。創立公演だった『エニケーン(애니깽)』という作品を見て“わぁ、この劇団に入りたい!”と思ったのですが、新人は採用していないと入団できなかったんです。その後、ある音楽劇をシンシと合同公演をやることになり、キム先生にお会いできたんです。先生は噂に聞いていたとおり演劇を始めたばかりの者からすれば学ぶことがとても多い方でした。その公演が終わるころに、いまはシンシカンパニーの代表で、当時は企画室長だったパク・ミョンソンさんに“君、劇団に入らない?”と声をかけられて“僕は元々入りたかったんですよ!”と、即入団しました。時々俳優は他の人の芝居を見ていると、時々“あ、あの役は自分のものだ”と思うときがあります。『エニケーン』を見ていたときがそうで、主人公はキム・ガプス兄さんらが演じた平民たちでしたが、私はチェ・ジョンウ兄さんが演じていた高宗(朝鮮末期26代王)を自分が上手くできそうだと思っていたんです。ところが、突然ジョンウ兄さんが出演できなくなり私にチャンスが回ってきて、入団したての新入に大役を任せられてとても気分が良かったですね。入りたかった劇団で、演じたかった役もできて……それから4、5年活動したんですが、だんだんと劇団がお金になるライセンスミュージカルを制作するようになって。そこに、外部公演の出演オファーが来たので、キム先生に許可を得て一つ、また一つと出るようになったんです」

●近年は現在所属していらっしゃる劇団「チャイム」※10 のイ・サンウ先生の作品への出演が多いですよね。
「外部公演に出るようになってから劇団『演友(ヨヌ)舞台』に出るようになったのですが、イ・サンウ先生も演友舞台出身なんです。劇団『漢陽(ハニャン)レパートリー(한양레퍼토리)』 のチェ・ヨンヒ先生、劇団『ハクチョン(학전)』のキム・ミンギ先生も演友舞台の団員から分化して自分の劇団を創ったんです。演友舞台での最初の作品は『夕暮れ(해질녘)』という作品で、もともとはソン・ガンホがワークショップから出演していた作品でした。評判がいいので本公演をやることになったのですが、ガンホが出演できなくなり、私にオファーがきて演友舞台との縁ができたんです」

劇団「チャイム」20周年記念公演記者会見より(2015年)(左からイ・ソンミン、ミン・ボッキ代表、劇団創立者、作・演出家イ・サンウ)

●イ・サンウ先生とのご縁はここから始まったんですね?
「公演を見にいらして目に留まったようで“チャイムで一緒にやろう”となったんです。シンシでは演劇を始めたばかりだったのでキム・サンヨル先生から多くを学びましたが、シンシの作品は厳しくて堅苦しくて、先生は元々恐い方だったので、よくいじけていたんです。でも演友は作品自体もそうだけど、俳優や演出家の年齢も自分に近いし、作品もコメディーが多いから、気楽に演ってるのが面白い、上手いと言ってもらえて。それまで演技は当然、かしこまって恰好つけてやるものだとばかり思っていたのが、演友に来てから自分自身も楽しみながら面白く、軽くできる他の演技方法に出合えて楽しかったんです。 それでチャイムにも入ることにしました。その他には、キム・ガプス兄さんが、チョ・ジェヒョン、コ・インベさんらと出資して作った『俳優世界(배우세상)』という劇団にもちょっとだけ参加したことがあります」

※注10 劇団「チャイム」 は、劇作家・演出家のイ・サンウが1995年に創団。創設メンバーにはソン・ガンホ、ユ・オソンらもいた。現在の所属俳優はムン・ソングン、カン・シニル、チェ・ドンムン、パク・ウォンサン、イ・ソンミン、オ・ヨン、パク・ジア、チョン・へジンなど、映画、ドラマで活躍するそうそうたる顔ぶれがそろっている。

●ところで、劇団「チャイム」の俳優たちはなぜ、ドラマにたくさん出るんでしょう?(笑)
「そうなんです。 よくわからないけど、あえて劇団で言うなら、劇団『木花(モッカ)』と『チャイム』出身が多いんですよ。ムン・ソングン、カン・シニル、イ・ソンミン、私、チェ・ドンムン、パク・ウォンサン、チョン・ヘジン、ミン・ソンウクなどたくさんいますね」

●例えばKBSの時代劇とか見ると、必ず何人か一緒に出ています(笑)
「別に何かあるわけではないのですが、テレビや映画の関係者はいつも演劇に注目しているんですよ。そういう関係者がチャイムの舞台をたくさん見に来ました。いまもKBSにいますが、ハム・ヨンフンというプロデューサーがいて、彼がチャイムの俳優を監督たちにたくさん紹介してくれました。『復活』のときもそうです。だから私たちは彼をチャイムの秘密団員だと(笑)冗談で言ったりしていますが、チャイムの俳優たちは、リラックスした演技ができて、瞬発力もあり、若干のユーモアのセンスもある。ドラマに適合した俳優たちが集まっている劇団だからではないでしょうか?」

●それでは映画のほうはどうですか? かなりたくさん出演されていますよね。
「大体50作くらい出たでしょうか。『明日に流れる川(내일로 흐르는 강)』(1996年)という作品が最初の映画でしたが、これも私には人に会う縁、人福があるようです。製作者が演劇部の先輩でしたから。イ・チャンホ(이장호)監督の助監督出身でしたが、生活苦のために映画を辞めて、映像制作をやっていたんです。私もその会社でナレーションなどのアルバイトをしていましたが、ある日その先輩が突然“映画をやるぞ”というので、出演することになりました。それからパク・ジェホ(박재호)監督が意気投合して参加しました。当時韓国映画の平均制作費が20~30億ウォンの頃に、10分の1の予算で製作したんです。その作品は1、2部に分かれていたのですが、2部の主人公を演じて、それがデビュー作になりました。これをきっかけに映画界に繋がりができたんです。観客は多くなかったけど、映画関係者たちは全部見てますから。 それから映画のほうもたくさんやるようになりました」

●そのなかで記憶に残る作品は?
『JSA』(2000年)は記憶に残っていますね。それと 『復讐者に憐れみを(복수는 나의 것)』(2002年)、『オールドボーイ(올드보이)』(2003年)、『親切なクムジャさん(친절한 금자씨)』(2005年)と、パク・チャヌク監督の“復讐三部作”には唯一私がすべてに出演した俳優になりました。『親切なクムジャさん』では、刑務所長役でしたがほとんど編集されてしまい、よーく見ないとわかりませんが(笑)。最近撮ったのは『思悼(사도)』『誠実な国のアリス(성실한 나라의 앨리스)』『チャイナタウン(차이나타)』(すべて2014年)、『セシボン(쎄이봉)』(2015年)は特別出演でしたね」

2014年に出演した演劇『マン・フロム・アース』プレスコールより(左からイ・デヨン、ソン・ジョンハク、イ・ウォンジョン)

●出演作すべてを追いきれないほどの多さです(笑)。これにドラマや舞台も入るわけで。スケジュール調整はいったいどうされてるのでしょう?
「1年に少なくとも演劇を一本はやろう、というのは今まで守ってきています。でも今年はこれで演劇が3本目なので、ちょっと多いですが、それでもスケジュールを調節すれば済むことです。主人公だったら時間をやりくりするのは難しいですよね。いま放送している『名不虚伝(명불허전)』でも、もちろん主演俳優たちは撮影が終わるまで他の仕事は出来ない状態です。でも私が担当する役はそれほど時間を割くような役ではないですから」

●いつも気になっていました。映画やドラマに切れ目なく出演されているのに、必ず舞台にも出演されているので。
「そうです。 演劇が面白いから。 無理に誰かの指示を受けているわけじゃないです」

●演劇は映像の仕事とどんな違いがありますか?
「そうですね、先ほどお話ししたように、演劇は稽古の過程がとても大きいです。演劇は“作る”という感じだとすれば、映画やドラマは“する”という感じなんです。映画では監督と作品や背景の話を一緒に悩む時間はあまりもらえないです。もちろん主演俳優は監督と話しますよ。でも演劇は一緒に作る過程が重要で、またその過程が結果として出てきますから。演劇はそういう楽しさがあります。 ところが映画やドラマは、あるものをポンと投げて出なきゃならない。ある俳優が“映画やドラマは自分を貸し出す感じだ”と、そんな表現をしている人もいました」

●いま撮影中のドラマ『名不虚伝(명불허전)』では初めて医師役を演じているそうですね。
「そうなんですよ。医師、教授役は今までやったことがなかったんです。私があまり知的に見えないのか(笑)、医師や弁護士などを演じたことはほとんどないです。ドラマでは胸部外科課長で、主人公のキム・アジュンさんの指導教授です。でもずっとアジュンさんを苦しめて、無理を強いるような役柄です(笑)」

ドラマ『名不虚伝』1話予告編(tvN公式映像より)

●こんな風にスタジオと劇場を行き来して、お仕事ばかりなんでしょうか? 趣味などは?
「私はそういうのがないんですよ。時間があればちょっと登山に行ったり、あとは他の人の公演を見に行ってお酒飲んで。こういうのが趣味です。良い作品を見たら楽しく飲んで、つまらない作品を見たら悪口言いながら飲んで(笑)。それが楽しいです。趣味というものがないので、本当に面白くない人間ですよ(笑)」

*     *     *

時間が出来ても他の作品を見に行ってしまうというデヨンさん。「演出などには興味はないんですか?」と訊くと「あぁ」と首を横に振り「演じるほうがいいね」との答え。芝居に魂を捧げ、志を貫いてきた“役者バカ”の横顔が見えました。

そしてここで朗報をひとつ。11月に立教大学で行われるという、詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)の生誕100年行事に、デヨンさんも参加される予定だそうです。取材時点ではまだ具体的なことは決まっていないとのことでしたが「詩の朗読をするのかな?」とおっしゃっていました。映画『空と風と星の詩人 尹東柱の生涯』などで、尹東柱の再評価が高まるなかでのイベントだけに、日韓で注目されるのは間違いなし。まだ一度も日本に行ったことがないという名優イ・デヨンを見られるチャンスです。詳しい情報は分かり次第、別途お知らせしたいと思います。

【←インタビュー前編】 【←インタビュー中編】


【プロフィール】イ・デヨン(이대연 Lee Dae-Yeon)
1964年11月13日生まれ。延世大学神学科在学中から「延世劇芸術研究会」という演劇サークルに所属し、1987年に初舞台を踏む。その後劇団「シンシ」の専属俳優となり、劇団「演友舞台」での活動を経て、現在は名優が名を連ねる劇団「チャイム」に所属。『年老いた泥棒話(늘근도둑 이야기)』『そこ(거기)』『蜚言所(B언소)』など、チャイムを主宰するイ・サンウの作、演出作品に多数出演している。2007年にはチェ・ミンシク、ユン・ジェムン、チェ・ジョンウと共演した『ピローマン(필로우맨)』が大きな話題を呼んだ。また2012年にはシンシカンパニー制作、キム・グァンボ演出で上演した畑澤聖悟原作の『親の顔が見たい(니 부모 얼굴이 보고 싶다)』にも出演している。テレビドラマは現在、韓国で放送中のキム・ナムギル、キム・アジュン主演『名不虚伝』に出演中。ほかナ・ムニ、イ・ジェフンと共演した映画『アイ・キャン・スピーク(아이 캔 스피크)』が9月に公開を控えている。
●公式サイト:http://justright.co.kr/lee-dae-yoen/


取材・文:さいきいずみ 翻訳:イ・ホンイ ポートレート撮影:キム・ジヒョン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.24

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.24

 

仮想世界の中の倫理を問うSF捜査劇『The Nether』

SF推理劇に挑む、名優イ・デヨン

韓国人である私にも中々解けない韓国の謎が一つあります。それは、なぜか韓国では推理やSFなどのジャンルがあまり愛されていないことです。物語より目の前の現実がもっとドラマチックだったからでしょうか? 小説や映画も見ても、歴史物やドキュメンタリーの方がずっと人気があるのです。推理とSFはマニア=少数が楽しむジャンルだという認識があり、私も子どもの時から推理小説やSF小説が読みたくなったら、図書館の海外文学コーナーの隅で本を探すのが当たり前でした。欧米ドラマのヒットにより、推理やサスペンスはどんどん人気を得てきましたが、それに比べても特にSFはいつも遠い存在でした。勿論、これは演劇界も同じで、今まで韓国演劇の歴史のなかで「SF」と言えるような作品はほぼなかったと言えます。
しかし最近、人工知能の人気が高まり、科学と芸術の融合事業を支援する基金が設立されたことで、演劇界のなかでもSFに対する関心が増えています。翻訳者としても、変化を実感していて、ほんの2年前にはSF的な要素が入った作品をプロデューサーや演出家に紹介すると断られてしまいましたが、最近は新鮮な素材に興味を持つ創作者が出てきています。こんな雰囲気のなかで、8月24日から大学路で上演される演劇『The Nether(네더 ネダー)』がどのような成果を見せるか、興味津々です。

稽古中のドイル役イ・デヨン

『The Nether』は、アメリカの女性作家ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)が2012年に発表した作品です。本作でヘイリーは、優れた女性作家に与えられるSusan Smith Blackburn賞を受賞し、翌年にはLA Ovation awards Best Play賞も受賞しました。それだけではなく、イギリス、ドイツ、スウェーデン、トルコ、ノルウェーなど16カ国で上演されました。
この作品が好評を得た理由は、未来の物語ですが、今からよく考えて討論しなければならない問題を扱っているからだと思います。SFといえば映画のように華麗なCGの画面をイメージされる方が多いかもしれませんが、『The Nether』は、最初のSF小説だと言われている『フランケンシュタイン』がそうだったように、人間の欲望から生まれた科学の成果が我々の価値観にどのような変化をもたらすかを問う作品です。

物語は、女刑事モーリスが事業家シムズを未成年売春の容疑で取り調べをするシーンから始まります。しかしモーリスが把握している容疑者の情報とは全く異なる人物であるシムズは堂々と嫌疑を否定します。やがて、その容疑者の情報が、シムズが「Nether」のなかで作ったアバターのような仮想の彼自身と一致することが明らかになっていきます。

刑事モーリス(キム・グァンドク)は、容疑者シムズを追求する

「Nehter」とは、現在のインターネットに当たる仮想世界です。本作の舞台となる近未来では、この「Nether」の空間を通して人間の五感すべてを生々しく感じることができるようになっています。会員となってログインすれば現実と同じ仮想のファンタジーが体験でき、教育や仕事はもちろん、売春などの違法行為まで「Nether」を通して行われるため、身体に生命延長装置を付着して「Nether」のなかに完全に入りこんでしまった人まで出てくるほど、ユーザーを支配しています。
シムズは、自身の小児性愛嗜好がどんな薬でも治らないことに気付き、「Nether」のなかに秘密の空間を作った人物です。クラシカルな美しい邸宅に純粋な女の子たちを集め、彼女たちに“パパ”と呼ばれているシムズは、現実では決して許されない欲求を会員たちに提供しているのです。次にモーリスはこの空間の会員である中年の化学教師ドイルを参考人として呼び、捜査に協力するよう依頼。やがてモーリスはウードナッツという男性として「Nether」にログインし、シムズが作った秘密空間に潜入して、その空間で生きる少女アイリスと出会ったことで、事件の真相に迫っていくのです。

(左から)ドイル役イ・デヨン、シムズ役キム・ジョンテ、モーリス役キム・グァンドク

Netherに秘密の空間を創るシムズ役キム・ジョンテ

モーリスに追求されたシムズは彼女に問い返します。「私たちは現実では絶対許されない欲求を仮想世界で解決する。現実では誰も傷つかない。この空間を無くしてしまうとどうなるか分かっているのか。それでも無くしたいのか」と……。
このサイバー空間で人間の本質を問うという、これまでにない物語に挑むため、韓国演劇界でも屈指の実力派俳優が揃いました。小児性愛者のシムズを演じるのは『トイレットピープル』『テンペスト』『デモクラシー』など、公立劇場の演劇に多数出演してきたキム・ジョンテ。15年には密室で展開する英国発の翻訳劇“トリロジー”シリーズの第2弾『カポネトリロジー』にも出演して注目されました。
シムズを追う刑事モーリス役を『サム・ガールズ』『ノイズ・オフ』『下女たち』など数々の話題作に出演してきたキム・グァンドク。そして、もう一人の重要な容疑者となるドイルを、ドラマ『雲が描いた月明り』、映画『思悼(サド)』など、数々のドラマ、映画に出演してきた名優イ・デヨンが演じます。

アイリス役:チョン・ジアン(左)、ウードナッツ役イ・ウォンホ

鋭い論戦が展開される取調べ室、そして実在しないNetherの秘密空間……この二つの空間を往来しながら展開する、この作品世界を構築するのは、演出家イ・ゴン(コラムVol.15『短編小説集』参照)と翻訳家でドラマターグも務めるマ・ジョンファ(コラムVol.2『傷だらけの運動場』、15『短編小説集』を参照)です。このコンビの実力は、去年上演した演劇『短編小説集』の大成功で検証済みですが、実はその前から『Nether』の上演を企画していたそうで、それほど入念な準備期間を経て、上演するに至った作品なのです。
帰国子女だったマ・ジョンファは演劇学を専攻した研究者でもあるため、稽古にも積極的に参加するドラマターグですが、彼女とパートナーを組んだイ・ゴンもアメリカ留学派で、現在は青雲(チョンウン)大学演技芸術学科の教授です。二人のエリートが「シムズが正しいか、モーリスが正しいのか」という問いを投げかけるこの戯曲に惹かれたのは当然だったかもしれません。『Nether』は間違いなく観劇後、観客がテーマや内容について討論したくなるような作品だからです。

ドイル(イ・デヨン)はシムズ(キム・ジョンテ)に同志にも似た感情を覚える

個人的には、『Nether』の最も魅力的な部分は、物語自体はSFの領域なのに、それを表現する様式がアナログな演劇的方法を取っていることです。推理・SF小説が好きで、幼い頃から海外文学に親しんできた韓国の読者たちが、この作品をきっかけに演劇で楽しむ推理・SFの新鮮さを体験し、新しい「観客」になってくれることを期待しています。そしてこの作品が、韓国の劇作家にも良い刺激になればいいなと思います。

⇒ドイル役、イ・デヨンさんのスペシャルインタビューへ


【公演情報】
演劇『The Nether(ネダー)』(네더)
2017年8月24日~9月3日 東洋芸術劇場3館(大学路)

<出演>
●ドイル役:イ・デヨン
●シムズ役:キム・ジョンテ
●モーリス役:キム・グァンドク
●ウードナッツ役:イ・ウォンホ
●アイリス役:チョン・ジアン

原作:ジェニファー・ヘイリー(Jennifer Haley)/演出:イ・ゴン/翻訳・ドラマターグ:マ・ジョンファ/舞台:イム・ゴンス/照明・映像:シン・ジェヒ/映像共同制作:ソン・ギョンビン/衣装:チョン・ミンソン/小道具:パク・ヒョニ/ヘアメイク:キム・グニョン/音楽監督:ピ・ジョンフン/振付:イ・ハンナ/助演出:アン・ミビン/舞台監督:イ・ヒョンジン

写真提供:劇団的(チョク)


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[PLAY]映画『殺人の追憶』原作、『私に会いに来て』豪華キャストで20周年特別公演!

[PLAY]映画『殺人の追憶』原作、『私に会いに来て』豪華キャストで20周年特別公演!

 

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ドラマ、映画でおなじみの名優が勢ぞろい!(上段左から)ソン・ジョンハク、ファン・ソクジョン、クォン・ヘヒョ (下段左から)イ・デヨン、キム・レハ、リュ・テホ

映画『殺人の追憶』の原作として知られ、名優たちとともに再演を繰り返してきた演劇『私に会いに来て』が、初演から20周年を迎える2016年に特別公演を実施する。

『私に会いに来て』は、京畿道・華城(ファソン)市で、1986年からの5年間に10人もの女性が殺害された未解決事件「華城連続殺人事件」をモチーフに、劇作家・演出家のキム・グァンリムがシナリオを執筆。1996年に劇団ヨヌ舞台により文芸会館小劇場(現、アルコ芸術劇場小劇場)で初演された。以降10年間、キム・グァンリムが演出も務め、その後は劇団パークの代表でもあった、俳優の故パク・クァンジョンの演出で2度上演されたこともある。この間、数公演で助演出を務めたビョン・チョンジュが2006年から昨年まで演出を引き継ぎ、着実に再演を行ってきた。

ちなみに『私に会いに来て』とは、劇中にも登場する、事件当時流行していた歌謡曲の題名だ。
物語は次々と起こる猟奇的殺人事件の捜査を担当するため、ソウルからエリートの若手キム刑事が華城警察署に派遣される。怪しい人物を次々と取り調べていくが、決定的な証拠がつかめず焦りはつのるばかり。そんななか、キム刑事に惚れる茶房の従業員ミス・キムとの恋愛や、チョ刑事とパク記者の秘めた関係など、捜査本部の人間模様も絶妙に盛り込まれたヒューマン・ミステリーになっている。
事件の資料をもとに創作された、犯行の残酷性や猟奇性を鋭く描き出したセンセーショナルな内容と、捜査に当たる刑事たちのビハインドストーリー、それを演じる俳優たちのウイットに富んだ演技は観客や評論家からも高い評価を得た。同年の百想芸術大賞で戯曲賞(キム・グァンリム)と、新人賞(イ・デヨン)を受賞。さらに、ソウル演劇祭では作品賞と演技賞・人気賞(リュ・テホ)を受賞している。以降も、チェ・ジョンウ、ソン・セビョク、チェ・ジェウンなど、舞台からドラマや映画へも活動の幅を広げる多くのスターたちが出演してきた。
ポン・ジュノ監督は、本作をもとに2003年に映画『殺人の追憶』を制作。観客500万人を突破して、当時としては記録的な大ヒットとなった。主演のソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイルらはこの作品で一躍映画界のトップスターの座を得た記念すべき作品でもある。

このようなヒストリーを経て、2016年に20周年を迎える『私に会いに来て』の記念公演にはOBとYBの2チームに分けた、新旧の豪華キャストが揃っている。

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初演メンバー中心のOBチーム(上段左から)リュ・テホ、イ・ハンナ、イ・デヨン、クォン・ヘヒョ、ユ・ヨンス (下段左から)キム・レハ、ファン・ソクジョン、チャ・スンべ、コン・サンア

OBチームは2006年の10周年記念公演を最後に、この作品を後にした初演メンバー、クォン・ヘヒョ、キム・レハ、ユ・ヨンス、リュ・テホ、ファン・ソクジョン、コン・サンアが復帰する。加えて百想芸術大賞で新人賞を受賞したイ・デヨンが、捜査チームの責任者キム班長を演じる。また映画『思悼(サド)』やドラマ『ヨンパリ』など映像界でも活躍するチャ・スンべが容疑者の友人役など一人多役のマルチマン役となる。

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近年の再演を率いてきたYBチーム (上段左から)イ・ヒョンチョル、ウ・ミファ、ソン・ジョンハク、キム・ジュンウォン、キム・デジョン (下段左から)イ・ウォンジェ、イ・ボンリョン、ヤン・テクホ、イム・ソラ

一方のYBチームは、2006年以降の再演に出演したメンバーで構成されている。キム班長役がはまり役のソン・ジョンハクを筆頭に、『ピローマン』でもソン・ジョンハクと共演したキム・ジュンウォンとイ・ヒョンチョル、2014年公演に出演したイ・ボンリョン、イ・ウォンジェ、ヤン・テクホに、今回唯一の新人であるミス・キム役のイム・ソラが参加している。

この豪華メンバーに加え、作・演出家のキム・グァンリムが10年ぶりに演出に復帰して、さらに期待を高める『私に会いに来て』20周年特別公演は、1月22日から国立劇団 明洞芸術劇場で上演される。


2016naruboroposter【公演情報】
演劇『私に会いに来て』(날 보러와요)
2016年1月22日(金)~2月21日(日) 明洞芸術劇場

<出演>
●キム班長役:イ・デヨン(OB)、ソン・ジョンハク(YB)
●キム刑事役:クォン・ヘヒョ(OB)、キム・ジュンウォン(YB)
●チョ刑事役:キム・レハ(OB)、イ・ウォンジェ(YB)
●パク刑事役:ユ・ヨンス(OB)、キム・デジョン(YB)
●容疑者役:リュ・テオ(OB)、イ・ヒョンチョル(YB)
●パク記者役:イ・ハンナ(OB)、ウ・ミファ(YB)
●ミス・キム役:コン・サンア(OB)、イム・ソラ(YB)
●ウチョル役ほか:チャ・スンべ(OB)、ヤン・テクホ(YB)
●ナム氏夫人役:ファン・ソクジョン(OB)、イ・ボンリョン(YB)

作・演出:キム・グァンリム/音楽:イ・ナリメ/舞台:パク・ドンウ/照明:グ・クンヒ/衣装:パク・ジヘ/ヘアメイク:キム・グニョン/プロデューサー:ホン・ユンギョン

写真提供:Pro’s LAB ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。