土田真樹の「エーガな日々」Vol.6

 

 

キム・ヘス ~年齢と共に進化する女優~

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映画『チャイナタウン』より ©CGV ART HOUSE

日本では韓流スターを中心に紹介され、中堅どころの俳優はそれほど知られていませんが、韓国芸能界におけるキム・ヘスの位置づけは、押しも押されぬビッグスターであり、僕は今の韓国映画界で一番旬な女優だと考えています。

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映画『チャイナタウン』試写会より ©Maki Tsuchida

キム・ヘスは1970年生まれですから今年で45歳。しかしながら、中学生のときに撮影した『カンボ(깜보)』(1986)で映画デビューした芸歴30年のベテラン女優です。僕が彼女を初めて知ったのはMBCドラマ『一つ屋根の3家族(한지붕 세가족)』(1986~1994)でした。新婚夫婦の若妻役を演じ、現代っ子らしい振る舞いで問題を起こすトラブルメーカーの役回りでした。彼女の演技云々よりもアニメの「カリメロ」に似た女優だなというのが、僕の第一印象でした。

20代の頃のキム・ヘスは、ルックスの愛くるしさからテレビドラマを中心に人気はあったのですが、映画ではこれといったヒット作に恵まれず苦戦が続きました。それでもコンスタントに映画出演を続け、ハン・ソッキュと共演した『ドクター・ポン(닥터 봉)』(1995)、アン・ジェウクが憧れる年上の女性を演じた『チム~あこがれの人~(찜)』(1998)など話題作に出演しましたが、主人公の当て馬的な役回りで、映画女優としては脱皮しきれずにいました。金城武が主演し、ニューヨークを舞台にした『ニューヨーク デイドリーム』(1998)にも出演しましたが、台詞もなく、ただ韓国人女優が出演した事実を残すのみに留まっています。

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映画デビュー作『カンポ』©合同映画

映画女優として伸び悩んでいたキム・へスでしたが、大ヒット作『風林高(신라의 달밤)』(2001)に出演したことで、一気にブレークします。かわいさにコメディセンスが加わり、映画も大ヒット。翌年に公開された『爆裂野球団(YMCA야구단)』(2002)もヒットを記録し、集客力がある女優としての地位を確固たるものにしました。
集客力のある女優となったものの、この頃のキム・ヘスは迷走していたのではないかと僕は考えます。自身のイメチェンを計ろうとしたのか、『顔のない美女(얼굴 없는 미녀)』(2004) 、『赤い靴(분홍 신)』(2005)と立て続けにスリラー作品に出演するのですが、興行面で苦戦を強いられ、彼女の女優としての評価をむしろ下げたと思います。
迷走していたキム・ヘスが新たな役に挑戦してはまり役となったのが、『タチャ イカサマ師(타짜)』(2006)で演じた妖艶で怪しげな女性像でした。熟れた体で男を手玉にとる女性・チョンマダムを演じたのですが、これが見事にはまり役。これまで封印してきたヌードも披露し、2006年の韓国映画界のビッグイシューとなりました。また、映画の中でチョンマダムが「私は梨花女子大学を出た女よ!(난 이대 나온 여자야!)」という台詞が話題に。韓国で梨花女子大学といえば、卒業生の多くが政治家や一流企業のCEO、医者などといった社会的地位のある男性と結婚するケースが多く、女子大の中でも最難関校なのですが、闇社会を牛耳っているマダムが、高学歴をひけらかす滑稽さから、ちょっとした流行語にもなりました。

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映画『チャイナタウン』より ©CGV ART HOUSE

アラサーとなってますます妖艶さを増したキム・ヘスは、『10人の泥棒たち(도둑들)』(2012) でもその魅力を充分に発揮。ここ数年はマダムキャラが定着していたのですが、4月29日に韓国で劇場公開された映画『チャイナタウン(차이나타운)』では、妖艶さを封印。白髪混じりの老けメイクで、強引な借金取り立てや臓器売買などの悪事で金稼ぎをするチャイナタウンの影の実力者を演じています。
映画『チャイナタウン』は、コインロッカーに捨てられた孤児のイリョン(キム・ゴウン)が浮浪者に発見されるところから物語が始まります。やがて、母さん(キム・ヘスク)と呼ばれるチャイナタウンの裏社会を牛耳る女性に拾われて育てられるのですが、母親に命ぜられるまま、借金の取立て屋となって生きていく道を強いられます。ある日、取立てに訪れた家で債務者の息子・ソッキョンと出会ったことで、イリョンはチャイナタウンの仲間にはなかった人の温もりを初めて知ります。親の借金のカタに息子の臓器を売るため、ソッキョンを殺せと母親はイリョン命じるのですが、イリョンはどうしてもできません。母親はソッキョンを殺し、用済みとなったイリョンを外国に売り飛ばそうとするのですが、イリョンは間一髪で逃亡に成功します。そして母親の刺客から追われるイリョンの日々が始まるのでした。

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映画『チャイナタウン』試写会より キム・ヘスとキム・ゴウン ©Maki Tsuchida

イリョンを演じているキム・ゴウンは映画『ウンギョ(은교)』(2012)で彗星のごとくデビューし、高い演技力が評価された23歳の新進気鋭の女優です。男優優位の韓国映画界において、主演が女優だけというのは近年珍しいといえます。キム・ゴウンは短かめのザンバラ髪、キム・へスも白髪混じりで一見パンクっぽく髪を逆立て、おなかとお尻にパッドを入れて太目に見せるなどセクシーさを封印しています。母親を演じるにあたり、キム・ヘスは「母親のキャラは魅力的で演じたいと思っていたのですが、シナリオからは抽象的なイメージしか湧きませんでした。そこで考えたの母親の外見にこだわろうと。メイクチームと衣装チームと相談し外見からキャラ作りをすることで母親に入っていけました」と役作りのために、これまでの自身のイメージを捨てるのにためらいはなかったそうです。
しかしながら、母親は冷酷非情なだけではありません。イリョンと母親の関係は愛憎表裏一体。実の母娘ではなくても愛情は存在し、愛情があるからこそ憎さ百倍となるのでしょう。映画の中で母親の台詞はほとんどありませんが、シチュエーションを存在感だけで物語るカリスマ性を発揮し、愛憎の二面性を見事に体現しています。キム・ヘスが演技派といわれるゆえんです。

現在のところ次回作は発表されていませんが、いかなる作品を選ぶのでしょうか。『チャイナタウン』はジャンルで分けるとノワール映画に属します。ノワール映画といえば男中心でしたが、女性中心というのは世界的にもレアなケースです。「商業映画として、新しいことに挑戦していかないと映画は先細りになってしまう」と語っているキム・ヘス。今年で45歳となり、40代を折り返しますが、『チャイナタウン』を契機に女優として新たなステージに突入したと僕は思います。次回作はきっと、芸能生活30年を迎える大御所にふさわしい作品に出演することでしょう。

映画『チャイナタウン』予告映像(NAVER TV CASTより)


映画『チャイナタウン』制作ビハインド映像(NAVER TV CASTより)

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