イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.23

 

カナダの人気ドラマを舞台で上演!『キムさんのコンビニ』

(写真中から時計回りに)チャン・ヨンチョル、パク・ヨンギュ、アン・ジェヨン、チェ・ヨンミ、イ・ファジョン ©国立劇団

韓国国立劇団では、いま「韓民族ディアスポラ展」と題したシリーズ演劇を5作連続で上演しています。“ディアスポラ(diaspora)”とは、元々パレスチナを離れて暮らしながらも、ユダヤ教の規範と生活慣習を守っているユダヤ人の総称でしたが、最近は故国を離れ、その地に定住している共同体を指す言葉としてよく使われています。
6月1日から始まったこの演劇シリーズでは、アメリカ、イギリス、カナダ、フランスで活動している韓国系作家を招き、これまでに4作、上演してきました。
●ヨンジン・リー(Young Jean Lee)
『龍飛御天歌(용비어천가/Song of the Dragons Flying to Heaven)』
●インスク・チャペル(In-sook Chappell)
『これはロマンスではない(이건 로맨스가 아니야/This isn’t Romance)』
●ジュリア・チョ(Julia Cho)
『茄子(가지/Aubergine)』
●ミア・チョン(Mia Chung)
『あなたのための私のためのあなた(널 위한 날 위한 너/You For Me For You)』

そしてシリーズ最後となる5作目の作品が、今回紹介する『キムさんのコンビニ(김씨네 편의점/Kim’s Convenience)』です。
この作品はカナダではテレビドラマとしてのほうが有名です。2016年にカナダの国営放送CBCのテレビシリーズで、2017年カナディアン・スクリーン・アワード11部門にノミネートされ、話題となったシットコム(=シチュエーション・コメディ)です。

演劇からドラマ化の過程を語る出演者&スタッフインタビュー(カナダCBC公式YouTubeチャンネルより)

原作者のインス・チェ ©国立劇団

この脚本を書いたのは、幼少時に韓国からカナダへ移民したインス・チェ(Ins Choi)。彼は俳優でもあるのですが、アジア人であるがゆえになかなか役に恵まれない日々が続き、自身を含めアジア系の俳優がたくさん出演できるような作品を作ろうと、直接脚本を書いてみたそうです。そして2011年に、最初は演劇として作ったこの作品を「トロント・フリンジ・フェスティバル」という総合芸術祭で上演し、見事に「ベスト・フリンジ10」に選ばれ、パトロンズ・ピック(PATRON′S PICK)賞(≒観客賞)を受賞。翌年には、トロント演劇批評家協会の「最優秀カナダ演劇」としても選定され、彼の脚本家デビュー作は、その後もカナダのみならず、イギリス、アメリカなどでも上演されています。さらに2016年からはテレビ・シリーズへと発展し、ますます多くの人に愛される作品になったのです。

この物語の主人公は、妻、娘とコンビニを経営している韓国系カナダ人のミスターキム。移民して数十年が経ちましたが、ミスターキムはまだまだ韓国人です。典型的な家父長主義で、韓国を愛し、日本が嫌いで、黒人は信用できません。そんな彼が自分の人生について真剣に考えていたある日、不動産屋の知り合いから、世界最大のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート(Wal-Mart Stores)」が出店する前に店を売って、安定した老後を準備しなさいと忠告されます。しかし、彼にそんな気はさらさらありません。娘のジャネットに店を継いで欲しいとさえ思っているのです。そんな中、彼の頭の中には自分と不仲のため、家を出て暮らしている息子ジョンが思い浮かびます。

移民である作家自身の人生を反映しているこの戯曲は、移民が多い国だけにカナダの観客たちに「うちの家族も同じだ」と大きな共感を呼んだそうです。
この作品の演出を務めるのは、ミュージカル『僕とナターシャと白いロバ(나와 나타샤와 흰 당나귀)』『ラフマニノフ(라흐마니노프)』や、演劇『年老いた少年たちの王国(늙은 소년들의 왕국)』『報道指針(보도지침)』などの話題作を次々と手がけ、いま韓国の舞台シーンで最も注目を集めている若手劇作家・演出家のオ・セヒョクです。彼は特に、コミカルな描写に才能を発揮する人なのですが「台本を読んだときに何の違和感もなく、まるで自分が書いた本みたいだと感じました」と話していたそうです。

『夫婦』朗読公演の模様 ©創作集団LAS
『夫婦』朗読公演の模様 ©創作集団LAS

この『キムさんのコンビニ』をはじめ、「韓民族ディアスポラ展」で上演した作品は、厳密に言うとすべて“翻訳劇”になりますが、ちょうど同じ時期にドゥサン・アートセンターでも「DAC戯曲リサーチ」というタイトルで海外の戯曲に焦点を当てた企画上演が行われました。
「DAC戯曲リサーチ」はアメリカ、イギリス、日本の最新戯曲を6人の翻訳家が企画・翻訳し、朗読公演として上演。カンファレンスも行われました。
上演作のひとつだった岩井秀人原作の『夫婦(부부)』は、私が翻訳者として参加し、同じく岩井原作の『て(손)』を2015年から韓国で翻訳上演している創作集団LASと朗読上演しました。
『夫婦』『て』ともに脚本家自身の家族の物語を舞台化した作品でしたが、観客からは「まるで自分の家族を見ているようだ」「これは韓国の脚本家が書いたと言っても信じられる」「生々しくてびっくりした」という反応がありました。国は違っても、やはり家族の物語は万国共通の普遍性があるようです。翻訳劇を見るときには、例えば“日本色が強い”“いかにもアメリカっぽい”とか、“フランス作品は難解だ”など、原作の国に対する多少偏見混じりの視線を持つことが多いですが、国籍は一旦忘れて作中のキャラクターに集中すれば、まるで自分のことのように物語を受け入れられることでしょう。カナダに住む韓国人一家の物語、『キムさんのコンビニ』も、近所のコンビニでの出来事を見るように面白さを感じられるのではないかと、期待しています。


【公演情報】
「韓民族ディアスポラ展」
演劇『キムさんのコンビニ』(김씨네 편의점)
2017年7月14日~7月 国立劇団ペク・ソンヒ チャン・ミンホ劇場

<出演>
●父(ミスターキム)役:チャン・ヨンチョル
●母役:チェ・ヒョンミ
●娘ジェニー役:イ・ファジョン
●息子ジョン役:アン・ジェヨン
●マルチマン(一人多役):パク・ワンギュ

作:インス・チェ(Ins Choi)/翻訳:イ・オジン/演出:オ・セヒョク/ドラマターグ:ソン・ウォンジョン/舞台:キム・スヒ/照明:マ・ソンヨン/衣装:イ・ユンジョン/小道具:ペク・へリン/ヘアメイク:イ・ジヨン/音楽:オム・ブレ/音響:チョン・ユンソク

写真提供:国立劇団、創作集団LAS


←コラム第22回 | コラム第24回

2件のコメント

ただいまコメントは受け付けていません。