ドゥサンアートセンター Space111

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[後編]

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[後編]

 

ジェヨプ夫妻と幼い息子との一場面。イ・ソヨン(左)とチョン・ウォンジョ(右)

●ドイツ演劇シーンの事情が良くわかりました。では、その経験をどのように作品に落とし込まれるのでしょうか?
「それがまだうまく行かなくて……今みたいに自分でしゃべれればいいのに(笑)」

●(笑)。作品資料には「コメンタリー形式」にすると書いてありましたが、どんな感じですか?
「映画のDVDなどを見ると、監督や俳優が、あのシーンを撮ったときにはこうだった、みたいに副音声でコメントをするのがありますよね。それと似た感じで、2015年に起きたことに対して、距離を持ってコメントをしてみるのです。今回も(『アリバイ年代記』などと同様に)ジェヨプというキャラクターがいて、またチョン・ウォンジョがジェヨプを演じます。もう彼とは生涯契約しないといけませんね(笑)。彼が旅をするシーンを見せながら、コメントをしていくスタイルです。あとは、ドイツ人の俳優も出演するんですが、ドイツ語でセリフを言ったあと、いきなり韓国語で、これはこういう意味です、と教えてくれたりもします」

チョン・ウォンジョ(右)は、キム・ジェヨプ作品にはジェヨプ役、もしくはナレーター役で必ず登場する

●チョン・ウォンジョさんは、キム・ジェヨプ作品には欠かせない存在ですね。見た目などは全く違うイメージですが(笑)、ペルソナとも言われています。彼をいつも起用する理由を教えていただけますか?
「まず、観客の反応が良いですね。興行にとても役立つ人です(笑)。実は、大学時代から友達なんです。昔『朝鮮刑事ホン・ユンシク(조선형사 홍윤식 2007年作)』という作品でも一緒にやったことがありましたし。実は『アリバイ年代記』を作る前に、ウォンジョ君が何年か演劇をやめていた時期がありました。ある日、2年ぶりくらいに偶然劇場で会って、“いま何やってる?”と聞いたら、“何もやってない”と言うんです。当時は制作の仕事や地方の仕事もしていたようで。ちょうどそれが『アリバイ年代記』を上演する1年前くらいだったので、彼をキャスティングしようと決めました。父親役にはナム・ミョンリョル先輩をキャスティングしていたので、彼も格好いいから血統を考えると息子も格好良くないと、と思って(笑)。
チョン・ウォンジョが持っている最大の魅力は、真摯すぎる部分を少し薄めてくれるところです。僕もそういう意味でウォンジョ君と似ていますが、社会批判的な話をするとき、重くなったり、悲壮になったり、啓蒙的な態度になってしまうのが大嫌いです。そうなりそうな話を軽くて楽しいものだと考える感覚を、ウォンジョ君は持っているんです。
個人的な話ですが、ウォンジョ君は今、緑の党(녹색당)の党員です。彼自身が自分のやり方で、個人主義的な方法で、生活政治を実践しているんですね。その態度も僕とよく合うと思います。そして親近感と彼が持っている魅力ですかね。とても魅力的な人ですね」

淡々としていながらも、印象的な低音の声と存在感が光るチョン・ウォンジョ

●ウォンジョさんは、何もせずただ舞台に立っているだけでも、すごく雰囲気がある方ですよね。
「そうなんです。舞台上に立つ演技、人の話を聞いている演技、どこかを眺めている演技は、天才的です!(笑)。彼みたいにナレーターを務めてくれる俳優はあまりいないです。俳優は緊張したり、表現欲求があるから、自分が知っている以上のことを入れやすいですね。でも、ウォンジョ君はまずそういう性向ではないし、人の話をよく聞いて自分化する能力を持っているんです。元々学生の時からそうでしたし。だからとても信頼する俳優です。あと、今が演技の黄金期です。最近の出演作で、彼の俳優人生に残るような演技を何回か披露して、もうルネサンスですね(笑)。僕と始めたころは最悪の状態で出会ったのに(笑)」

●シーンスティーラー的存在の、チ・チュンソンさんもよく出演されますね。彼の魅力は何だと思いますか?
「彼は、懐がとても広い人です。権威的ではなく、深さとサイズを両方持っている人です。表現方式はとても堅実です。何よりも話術。年齢的には大先輩なのですが、彼の世代の演劇では、そんな話術で演技をする人はほとんどいなかったです。とても演劇的なしゃべり方、演劇的なエネルギーがたくさん入った演技をしたんですね。なのに、彼はとても現代的なんです。全ての点で僕とよく合いますし。今回はすごいアクション演技を見せますよ。期待しててください(笑)」

ハ・ソングァン(右)は、2014年にはキム・ジェヨプが演出し、ドゥサンアートセンターで上演した『背水の孤島』に出演した

●コメンタリー方式ということは、劇中で映像を使われるのでしょうか?
「映像をたくさん撮ってきました。2015年にもたくさん撮ったんですが、それは主に作品の材料になって、今年1月に3週間くらい、必要な部分を撮りに行ってきました。今回は実際に舞台で流せる風景を主に撮ってきたので、映像はたくさん使う予定です。観客と一緒にドイツツアーする感じにしたいと思います。異国の風景、例えば、カフェの映像があって、カフェの前を通る人たちも映っていて、それを見ていたらまるで自分がその場所に来ているような気分になるように、です」

●『思想は自由』というタイトルだけに、大統領選挙が終わったいま、この作品が上演される特別な意味もあると思います。
「2015年にこの作品を書いたときには、ベルリンでとても幸せな時間を送っていました。でもそのころ韓国では悪いことばかりで。MERS(マーズ)もありましたし、セウォル号事件から1年経っても何も解決できていなかったし、演劇界も…。僕はとても気楽に過ごしていたので、Facebookなどを通してでも、一所懸命に活動をしたいと思っていましたが、妻が言うには韓国に戻る前には暗く、気力もなくなり、うつ病みたいになってたと。帰りたくないんだなと(笑)。
1年間、ベルリンで暮らしながら150作品ほど演劇を見たんです。でも、それにくらべると整理はうまく出来ていない状態でした。韓国に戻って向かい合わねばならない状況が悲惨でしたし、『検閲-彼らの言葉-』の準備もしなければならなかったからです。でも2016年、17年と、時間が経つにつれ、今は稽古をしながら、どのように距離を調整するかを探っています。演劇は同時代的でないといけませんので、今の観客にどのような意味を持つか、その視線で、稽古をしつつ台詞を修正しています」

稽古中も以心伝心という感じの二人

●稽古では俳優と一緒に創りあげている感じですか?
「はい。稽古では僕があるシーンの説明をするんです。すると俳優から、今僕が話した内容が台本にはないと言われるんです(笑)。おかしいな、でもこのシーンはこのように書かれているんだと、僕が言うと、じゃぁ、と反応が来るんですね。特にチョン・ウォンジョは、僕の頭の中が見えているような気までするんです。“ここであの話をしないといけない。この台詞を入れよう”とか。“この台詞は早すぎる、もっと後で語ることにしよう”とか。それで僕は“あの時点ではこう感じた”と言い張ると、彼は“物語の流れを考えると後の方が良い”と言う。それで結局後にすると決めたら、今回はなかなか台詞を入れるタイミングがない。“じゃあ、お前が決めてくれ”と(笑)。こんな風に、対話し続けています。何でウォンジョ君といつも一緒にやっているか、その理由を考えると、彼とは演劇を作る方法が共有できているからだと思います」

●ウォンジョさんはもはや分身みたいな存在なんですね(笑)。
最後に、日本公演のお話を伺いたいです。特に昨年は、検閲などの問題に焦点が当たるあまり、作品自体の魅力がうまく伝わっていない印象も受けました。日本の演劇人とはどんな交流をされましたか?
『アリバイ年代記』(2015年)も『検閲-彼らの言葉-』(2016年)も同じ上野ストアハウスという劇場で上演しました。『背水の孤島』の原作者、劇団TRASHMASTERSの中津留章仁さんの作品と二本立てで上演したんです。
『アリバイ年代記』を見て、『検閲-彼らの言葉-』を見てくださった観客は、これが同じ脚本家の作品なのか! と驚いたようです(笑)。よく見ると似ているんですけどね。
やっぱり日本の観客には、今の韓国の現実に直接反応をしていることが衝撃的だったようです。評論家の西堂行人先生も見に来てくださって、日本はいま自己検閲が内面化されているため、韓国と本質的な状況は変わらないのに、それに対応する方式が確実に違うと、おっしゃっていました。
韓国の演劇人たちが光化門広場に作ったブラックテントも、日本のアングラ世代、つまり60~70年代の学生運動の時に日本では黒テントがあったんですね。ただ、その時日本は世界史的な流れと同時に動いたんです。68革命(フランスで1968年に起きた「五月革命」)もありましたし。

ユ・ジョンヨン(左)は、カン・エシム(右)扮する在独韓国人スンオクと親しい日本人ジャーナリスト「ツカサ」役で登場

韓国は20年くらい後の80年代にそういう動きがあって、最近またそれがフラッシュバックして朴槿恵まで至り、いま新たに変化しているところです。このように韓国が持っている力動性、そしてその力動性が演劇に反映されることに興味を持ってくださっていると思います。ちょうど劇団コルモッキルのパク・グニョン先輩が僕が日本に行く1カ月前にフェスティバルトーキョーで『哀れ、兵士』を上演したこともあって、より関心が高かったと思います。日本では検閲がないと思っていたけど、韓国と同じだ、似ているとおっしゃるんですよ。安倍も朴槿恵も。細かな部分では違うでしょうけど、韓国ではあまりにも問題が出てきましたから。韓国では日本に比べると韓国人は市民革命に対する記憶や想像力を持っていますから、それを舞台に再現させる方法もより積極的なんでしょう。劇場の方々ともたくさん話しましたが、確かに、日本が韓国に興味をたくさん持っていることを知りましたね」

*     *     *

本公演の模様 ©ドゥサンアートセンター

おそらく日本の舞台ではなかなか見られないやり方で、今も自分の演劇を作っているキム・ジェヨプさん、そして彼の素敵な仲間たちである俳優とスタッフ。幕が上がる前から既に話題作となっていた『思想は自由』が、また海を越え、日本で上演されるかも? と期待しながら、愉快なインタビューを終えました。彼の3年ぶりのドゥサンでの新作上演に、皆さんも足を運んでみてください。

⇒キム・ジェヨプ インタビュー[前編]へ

⇒『思想は自由』作品紹介コラムへ

取材・文:イ・ホンイ 取材協力:ドゥサンアートセンター

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[前編]

[PLAY]『思想は自由』作・演出家 キム・ジェヨプ インタビュー[前編]

 

ジェヨプ役のチョン・ウォンジョ(右)と、在独韓国人イ・サンボクを演じるハ・ソングァン(左)

稽古ではシーンごとにフロアに出向き、俳優の立ち位置や動きを決めていた

●まず、作品の舞台であるドイツに行かれることになったきっかけを教えてください。
「大学で“研究年”というのがあります。6年大学で教授として勤務すれば、1年休ませてくれる。韓国の大学にはこのような制度があります。それで、1年くらい海外で暮らしてみたいなと思ったんです。旅行は行ったことあるんですが、海外で暮らした経験はなかったので。今回は、ベルリン芸術大学から訪問教授として研究員ビザが出て、妻と息子と一緒にベルリンで一年間過ごせました」

●演劇の本場であるイギリスやアメリカではなく、なぜドイツに?
「2回ほどベルリンに行ったことがありました。最初に行ったのは、あるリサーチプログラムがあって、僕は演劇担当者として10日くらいベルリンに行き、いろいろと調べる仕事をしました。あの時、やっぱりここは違うな~と感じられたんです。リサーチをするために行ったので、報告書も書かなければならなかったのですが、その経験を経て僕に合う場所だと思ったし、もっと知りたいと思いました。その後、ドゥサンアートセンターで2014年に演出した『背水の孤島』が終わってすぐドイツ語が勉強したくて行ってきました。実は、高校のときに第2外国語もドイツ語だったんです。みんな留学は英語圏によく行くんですが、最近アメリカ演劇は、新しいというか前世代を超える何かが出てこないんですね。イギリスも戯曲はいいものがたくさん出ていますが、演劇を作ることにおいては自由ではないというか、演劇が公共的な産物である認識があまりないんです。でも、ドイツに行ってみたら、社会が力動的に動いているように見えて、演劇とか公共性のシステムが互いに影響を与え合いながら動いていたので、演劇人は自分の仕事に対して公共性、つまり公的なサポートを受けて作品を作っていることをちゃんと考えていたのが印象的でした」

街の壁にはいたるところでさまざまなストリートアートが。ストリートミュージシャンも多数 ©ドゥサンアートセンター

●ドイツでは、韓国の演劇とはどのような点が違いましたか?
「リサーチプログラムの時に色々と分かったんですが、首都ベルリンには、公共劇場が50館くらいあるんです。ベルリンだけで、です。もちろん、演劇だけではなくてオペラなども上演できる公立劇場ですね。その劇場を回りながら、いわゆるメジャーな作品を見たんです。でも、今度は実際に暮らしながらマイナーな作品も見始めたんです。すると、マイナーな作品は地域的な特性がとても強い。韓国は大学路とか明洞みたいに、スポットがぎゅっと集まっているんですね。一方ドイツは、地域ごとにコミュニティーが形成されているんです。例えば、旧東ベルリンの国境地帯は少数民族や貧しい人々が住む危なくて汚いところで、移民の地域なんです。それがベルリンの壁崩壊後、統一されてからそこに芸術家が暮らすようになり、新しくよみがえったんです。芸術家がいろんな役割を果たしているから、地域政府や国家もたくさん支援をしていました。

ジェヨプが妻とイベントを見に出かけるシーンも (写真左から)ユ・ジョンヨン、イ・ソヨン、チョン・ウォンジョ

今も、ノイケルン(Neuköln ※地名)辺りに行くと、しまった、来なければ良かったと、一瞬思うのですが、それでも昔に比べるとずいぶん変わりました。劇場もあるし、子ども博物館もある。そのなかの上演作を見てみると、例えば、オペラを作っても「オペラ」ではなく、「ノイケルンオペラ」と呼びます。自分たちは、オペラを良く知らないから、正統派のオペラは作れないと言って、独自のオペラを作るんです。劇場に行くと、クーラーもないから扇子を配っていて(笑)。でも見てみるといい作品なんですよね。とてもオルタナティブで、韓国で言うなら、アングラミュージカルみたいな感じで。ドイツではミュージカルという呼称は海外のライセンス作品を指すようで、彼らが作る作品は“音楽劇”と呼んでいました。
それにノイケルンという地域の特性を生かす芸術家が多いです。なぜかというと、芸術監督たちが移民2世だからです。歴史的に見ても、ベルリンには移民の労働者が多いのですが、その人たちはベルリン人、ドイツ人にならなければという意識もあまりなかったです。ドイツはヒトラー/ナチスの時代があったので、誰にも全体主義を強要してはいけないことをよく知っていますから。だから、多文化コードを生かした方が、より自分のアイデンティティとか競争力になると見ているんです。

劇中ではドイツ人俳優も登場。フィリップ・ヴィンディッシュマンは一人多役で登場する

それから、クロイツベルグ(Kreuzberg)辺りもアンダーグラウンドですね。ここで成功した芸術監督がマクシム・ゴーリキー劇場(Maxim Gorki Theater)の芸術監督としてスカウトされている。この劇場はドイツで最もメジャーな観光客が一番よく行く劇場ですね。以前行ったときにはとても古い印象を受けたんですが、新しい監督になってからは、かなり変わりました。彼は今はまたシャウビューネ(Schaubuehne)という劇場に移ったのですが。
とにかくドイツで分かったことは、アンダーグラウンドでうまくやっていけば、アンダーグラウンド的なハードウェアやソフトウェアをそのままオーバーグラウンドに持っていけることです。それが同時代のイシュー(話題)であり重要な作品なので。アンダーとオーバーの世界が区分されていないことでしょう。公共劇場の芸術監督たちが集まって国の政策を批判する記者会見を開き、宣言文を読み、デモしに行くんです。この人たちみんな税金もらって働いている人たちです。それが、韓国ととても違うなと思いました。

移民差別反対集会に参加している父娘 ©ドゥサンアートセンター

ベルリンに行ってみたら、すべての劇場が公立で、公共性を持っていて、彼らは今の政策の話をしていました。ドイツ座(Deutsches Theater)は、最も保守的な劇場なんですが、帰国する前にその劇場でドラマターグ協会が開くフェスティバルがあって行ってみたら、演劇人が政治的に何をするべきかについて5日間カンファレンスや公演をしていたんです。
よく見ると、すべての劇場が政治的な演劇をやっているようでした。それで“何でみんな政治的な演劇をするのか?”と聞いてみたら、“政治的な演劇をやらないと何をするんだ?”と言われました。もちろん、商業劇をやっている劇場もあるんですが。要は、彼らは政治的なイシュー、今一番問題になっているイシューを扱って作品を作るのが自分たちの義務だと思っているようでした。公共劇場で、旬の話題を扱う作品をやらないのは無責任だと思っているんでしょう。
公共劇場も、韓国の公共劇場よりずっと汚れています。なぜかというと、シャウビューネやドイツ座みたいな権威ある劇場に行っても、朝から子どもたちが遊んでいるんです。昼間には町の人たちが講演、朗読会、出版記念会などで使っていて、夜にはプロ劇団が使います。とても有名な俳優も地域の住民のためにワークショップをしないといけません。国立団体に所属する俳優は、契約期間の間、例えば5年間は外部の仕事は絶対してはいけません。出演料とは別に月給を400万ウォンくらいもらいますから。あと、終演後には俳優は観客と一緒にビールを飲むんです。義務ですね。地域ととても密接な関係なんです」

(写真左から)ジェヨプの妻ソヨン役:イ・ソヨン、スンオク役のカン・エシム、ナギョン役のキム・ウォンジョン

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取材・文:イ・ホンイ 取材協力:ドゥサンアートセンター

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.22

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.22

 

キム・ジェヨプのドイツ体験記 『思想は自由』

5月23日からドゥサンアートセンターSpace111で、韓国演劇界を牽引する気鋭の劇作家、演出家キム・ジェヨプの新作演劇『思想は自由(생각은 자유)』が開幕しました。このタイトルはドイツの民衆歌謡「Die Gedanken sind Frei(思想は自由)」から借りてきたそうです。

この作品には「キム・ジェヨプ」を演じる俳優が登場し、実際に彼が2015年に一年間過ごしたドイツでの出来事を舞台で再現しながら、またそのときの記憶について語っていきます。ベルリンという都市、ドイツの演劇界、そしてそこで出会った韓国人の生活を舞台上に並べ、それらを通して今の韓国を客観的に見ようとした作品です。

新作が常に注目を浴びるキム・ジェヨプ

まるで私小説を連想させるこのような劇作術は、いつしかキム・ジェヨプを代表するものになりました。2013年に初演し、代表作となった『アリバイ年代記(알리바이 연대기)』は、彼と彼の父親の人生を描きながら、彼らが出会ってきた歴代大統領の話を、まるで目で見るエッセイのように表現した作品でした。また、去年発表した『検閲-彼らの言葉-(검열언어의 정치학: 두 개의 국민)』は、韓国演劇界に衝撃を与えた検閲問題に対し、関連した人々の言葉をそのまま集めて作りあげたものでした。
これら日本でも上演されて好評を得た作品や、韓国の近現代を生きた詩人キム・スヨン(김수영 1921-1968)が書いた詩の題名をそのまま使い、自分の中のキム・スヨン探しを試した『なぜ私は小さなことだけに憤慨するだろうか(왜 나는 조그마한 일에만 분개하는가)』など、彼の多くの作品が同様の形式で作られています。
ごく個人的な話をしているのに、作品全体が持つテーマはいつも社会的で政治的であるため、彼の作品は決して「私」的な物語という印象より、一種の「公」的な歴史のような印象を観客に与えます。そのため、よく「ドキュメンタリー」的だと説明されるキム・ジェヨプの作品は、実際に作品の素材だけではなく表現方法においてもドキュメンタリーのような作品が多いのです。

待望の新作だけに、すでに残席が少ない回もあるという『思想は自由』。台本の最初のページには、「演劇じゃなくてもいい演劇」と書いてありました。一般的な演劇の形式から離れた作品になりそうで、今回は、彼のどんな体験が描かれるのだろうか? と多くの観客に期待されるなか、開幕前の稽古場を訪ね、創作の背景を伺いました。

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【プロフィール】
キム・ジェヨプ(김재엽 Kim Jae-Yeoup)
劇団「ドリームプレイ テーゼ21」代表/世宗大学映画芸術学科教授
1973年大邱生まれ。98年に『9つの砂時計』で韓国演劇協会創作劇公募に当選。02年には『ペルソナ』が韓国日報 新春文芸に当選し、若手劇作家として頭角を現す。同年、故パク・クァンジョンが代表を務めた劇団「パーク」の創立メンバーとして参加し、『チェックメイト』を作・演出して演出家としても始動。03年に劇団の前身となる「ドリームプレイ プロジェクト」の活動をはじめ、05年には劇団「ドリームプレイ」を創立。劇団第1作の『幽霊を待ちながら(유령을 기다리며)』はゴチャン国際演劇祭大賞と演出賞をW受賞した。以降も『誰が大韓民国の20代を救うのだろうか(누가 대한민국 20대를 구원할 것인가?)』(09年)、『ここ、人がいる 여기, 사람이 있다』(11年)など演劇賞の受賞作も多く、新作戯曲は常に注目を集めている。13年に初演した『アリバイ年代記』は最も歴史ある東亜演劇賞の作品賞と戯曲賞を受賞。韓国演劇評論家協会「今年の演劇ベスト3」、月刊「韓国演劇」の「今年の演劇ベスト7」に選ばれるなど、主要な演劇賞を総なめした。
また11年には蓬莱竜太原作『まほろば(마호로바)』、14年には中津留章仁原作『背水の孤島(배수의 고도)』など、日本作品の演出も手がけている。
●劇団「ドリームプレイ」公式Facebook https://www.facebook.com/theaterdreamplay/


【公演情報】
ドゥサン人文劇場 2017:葛藤 Conflict
演劇『思想は自由』(생각은 자유)

2017年5月23日~6月17日 ドゥサンアートセンターSpace111

<出演>
●スンオク役:カン・イェシム
●ジョンホ役:チ・チュンソン
●イ・サンボク役:ハ・ソングァン
●ジェヨプ役:チョン・ウォンジョ
●ソヨン役:イ・ソヨン
●ツカサ役ほか:ユ・ジョンヨン
●コ・ナギョン役ほか:キム・ウォンジョン
●クォン・ユンビ役ほか:パク・ヒジョン
●インカ役ほか:ユン・アンナ(Anna Rihlmann)
●キュレーター役ほか:フィリップ・ヴィンディッシュマン(Philipp Windischmann)

作・演出:キム・ジェヨプ/美術:シン・スンリョル/照明:チェ・ボユン/音楽・音響:ハン・ジェグォン/小道具:イ・スビン/人形作家:キム・ギホン/衣装:オ・スヒョン/ヘアメイク:イ・ジヨン/映像撮影:イム・ソンア/映像:ユン・ミンチョル

取材協力:ドゥサンアートセンター


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[PLAY]ヤンソンプロジェクト新作『My Eyes Went Dark』開幕

[PLAY]ヤンソンプロジェクト新作『My Eyes Went Dark』開幕

 

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主人公ニコライを演じるヤン・ジョンウク

ドゥサンアートセンターが、40歳以下のクリエイターを3~5年かけて支援する「創作者育成プログラム」アーティストに選定されている、ヤンソンプロジェクト(양손프로젝트)の新作演劇『My Eyes Went Dark(マイ・アイズ・ウェント・ダーク)』が開幕した。

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ヤンソンプロジェクトは、俳優ソン・サンギュ、ヤン・チョア、ヤン・ジョンウクと、演出家パク・ジへの4人で結成された演劇グループ。4人で作品選定から制作までを行う共同制作スタイルで作品を発表している。ドゥサンアートセンターで支援開始後、2014年に『死と乙女(죽음과 소녀)』、2015年に『フォックスファインダー(폭스파인더)』 と、毎年新作を発表している。

今回上演する『My Eyes Went Dark』は、イギリスでは『きかんしゃトーマス』の声優として知られている俳優・劇作家のマシュー・ウィルキンソン(Matthew Wilkinson)が、彼が主催する創作集団107グループで2015年に発表した作品だ。

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went1実話をもとに制作されたという本作は、ロシアからスペインに向かう旅客機がドイツ上空で貨物機と衝突して墜落。この事故で妻と二人の子供を失った男性ニコライ・コズロフが主人公だ。事故の原因は管制塔のミスと発表されたが、コズロフは、関係者を探し出して殺害しようとする。

「トラウマを抱える人物の変化と、他人の苦痛を通して人間の“生”とは何か」を追求したという今回の作品は、ヤンソンプロジェクトが発表してきた過去の作品と共通する、登場人物たちの息詰まるような緊張感あふれる会話で展開される。

 

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斬新なセットデザインも彼らの作品の注目すべきポイント。今回は、深い闇のなかで最小限の照明を用い、3人の役者を囲むように座席が組まれ、観客は舞台の中心にいる役者たちを傍観、または監視しているような感覚が味わえる。

公演は11月27日まで、ドゥサンアートセンター Space111で上演される。


wentposter【公演情報】
ヤンソンプロジェクト
演劇『My Eyes Went Dark(マイ・アイズ・ウェント・ダーク)』(마이 아이즈 웬트다크)
2016年11月8日~11月27日 ドゥサンアートセンター Space111

<出演>
ソン・サンギュ、ヤン・チョア、ヤン・ジョンウク

原作:マシュー・ウィルキンソン(Mattew Wilkinson)/翻訳:ソン・スジョン/演出:パク・ジエ/美術:ヨ・シンドン/衣装:フランソワ・ルチアーニ(Francois Luchiani)/音楽:イム・ソジン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.16

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.16

 

ハムレットとして生まれ、ジュリエットを夢見る女『ハムイク』

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キム・ウンソン脚本家 ©ドゥサンアートセンター

今回は、今月、韓国演劇界で最も注目されている人を紹介したいと思います。劇作家キム・ウンソンです。彼の新作『ハムイク(함익)』(演出:キム・グァンボ 김광보)が9月30日から世宗(セジョン)文化会館Mシアターで、そしてもう一つの新作『サンシャインの戦士たち(썬샤인의전사들)』(演出:ブ・セロム 부새롬)が9月27日から、ドゥサン・アートセンター スペース111で上演されるからです。2作とも評論家と観客の両方から今月最高の期待作と言われています。

話題の主人公キム・ウンソン(김은성)は、1977年生まれ。2006年『シドン仕立て店(시동라사)』でデビュー以来、『スヌ伯父さん(순우삼촌)』(2010)、『延辺母さん(연변엄마)』(2011)、『月の国連続ドラマ(달나라연속극)』(2012)、『ロプンチャン流浪劇場(로풍찬유랑극장)』(2012)、『木蘭姉さん(목란언니)』(2012)、『ぐるぐるぐる(뺑뺑뺑)』(2014)等々、数多くの話題作を発表してきた劇作家です。特に、脱北して韓国に来た女性を主人公にした『木蘭姉さん』は日韓演劇交流センターが主催する「韓国現代戯曲ドラマリーディング」(2015年1月 世田谷パブリックシアター シアタートラム)で、日本語朗読上演され、両日満席を記録するほど日本の観客からも多くの支持を得ました。この『木蘭姉さん』のように彼のオリジナル戯曲も高く評価されていますが、彼が最も得意とするのは、西欧の古典戯曲を現代韓国社会に置き換え、緻密でユーモア溢れる脚色バージョンを書き上げることです。チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を『スヌ伯父さん』に、リュボミル・シモヴィチ(Ljubomir Simovic)の『ショパロヴィチ流浪劇団(The Traveling Troupe Sopalovic)』を『ロプンチャン流浪劇場』に、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』を『月の国連続ドラマ』にと、有名な原作を全く新しい作品に変身させる奇抜さは、ほかの作家は真似できない彼の武器です。今月の新作のなかでも、その系譜を継ぐ作品があります。シェイクスピアの『ハムレット』を脚色した『ハムイク』がそれです。

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『ハムイク』の主人公ハム・イク役のチェ・ナラ(左)と、幻覚のなかに登場するもう一人のハム・イクを演じるイ・ジヨン ©ソウル市劇団

『ハムイク』の最も大きな特徴は、ハムレットを女性にしたところです。韓国の財閥「マハ・グループ」オーナーの娘であるハム・イクは、イギリス留学で演劇(悲劇)を専攻した秀才です。彼女は、マハ・グループ傘下にある大学の教授に就任し、才色兼備な女性として上流社会の注目を浴びます。しかし彼女は長い間、復讐心を胸に秘めています。子どもの頃、自殺した母が、父と継母によって殺されたと思っているからです。しかし父の権威の前では一言も言えない彼女には、婚約者のオ・ピリョンも何の役に立ちません。その代わりに、ボンドを吸って幻覚の中だけで存在するもう一人の自分と会話しながら復讐を夢見ます。そんなある日、大学で『ハムレット』の上演に向け指導している中、ハムレットに夢中になっている学生「ヨヌ」が彼女の目に留まります。ヨヌの登場で、彼女の心は揺れ始めるのです。

先に稽古を見られる幸運を得て稽古場を覗いてみたら、まさに息詰まる100分でした。分厚い台本を消化した26名の俳優たちが、約100分間という短い時間の中に『ハムレット』と今の韓国を生きる人々を表現していたからです。そしてこの世界を作っていくのは、韓国屈指の演出家キム・グァンボです。彼が団長を務めているソウル市劇団は、今年の上半期の定期公演でもシェイクスピアの『ヘンリー4世』を上演して好評を得ましたが、素敵なチームワークは今回も舞台上で輝くだろうと感じられました。

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『ハムイク』制作発表より (写真左から)キム・ウンソン脚本家、ユン・ナム、チェ・ナラ、イ・ジヨン、キム・グァンボ演出家 ©ソウル市劇団

稽古の前には「たくさんの方々が期待してくださっているんですが、実は心配です」と自信なさげに語っていたキム・ウンソンさんも稽古を見ながら感嘆詞を連発!ソウル市劇団の団員でハム・イクを演じるチェ・ナラ、彼女の幻覚の中に現れるもう一人の自分を演じるイ・ジヨンは驚くほどの呼吸で悲劇の主人公を表現していました。また、劇団外から今回特別参加している人気俳優のユン・ナムは、明るく熱心で演技そのものにはまっている、普段の彼とほぼ変わらないようなヨヌを演じていました。三人だけではなく、26名の俳優の一人ひとりの集中力と熱気は本当にすごくて、見ているこちらも緊張するしかなかったほどです。でも決して嫌な緊張感ではなく、この物語の悲劇性にとても似ていて、一層この作品世界に入り込ませてくれました。

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『ハムイク』制作発表より ヨヌ役を演じるユン・ナム ©ソウル市劇団

学生たちに「あんたたちに悲劇がわかる?」と叫んだハム・イクは、結局最後には凄絶に壊れてしまいます。ヨヌを見て揺れ始めた恋心、彼女の陰によって執着やヒステリーのような醜い形になってしまいます。優柔不断なハムレットのキャラクターから彼の女性性に注目し、この作品を執筆をしたというキム・ウンソン。この作品はオリジナルの創作劇だと言ってもいいくらい原作を大胆に脚色していますが、『ハムレット』のストーリーを知った上で観劇すると、より面白くなる作品です。400年前にイギリスで誕生した物語が、ソウルのどこかで実際に今起こっていることと言っても違和感がないほど生々しい物語になっているからです。ハム・イクが客席に向かって、「生きるべきか死ぬべきかは問題ではない。“生きているか死んでいるか、それが問題だ”」と問う、『ハムレット』の有名なセリフを活用したシーンも胸を打ちます。

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『サンシャインの戦士たち』イメージ写真 ©ドゥサンアートセンター

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『サンシャインの戦士たち』チョン・バクチャン(左)と、シム・ジェヒョン ©ドゥサンアートセンター

キム・ウンソンのもう一つの新作『サンシャインの戦士たち』も、韓国の現代史の素顔をそのまま見せてくれる作品です。3年以上の時間をかけて執筆したというこの戯曲は、娘を失った小説家を主人公にし、彼の目に映る、繰り返される歴史の悲劇を描いています。彼が主宰する劇団「月の国椿の花」によって上演されるこの作品は、彼がドゥサン・アートセンターのヨンガン財団から受賞した「第3回ドゥサン・ヨンガン芸術賞」の副賞として企画・制作されました。ドゥサン・アートセンターは若手アーティストを継続的にサポートする活動をしているのですが、彼はそのサポートを受けている一人でもあります。今後ドゥサン・アートセンターが制作した彼の代表作『木蘭姉さん』もオーディションを行い新メンバーによる再演を計画しているそうですので、これからのキム・ウンソン脚本家とドゥサン・アートセンターのパートナシップにもご注目ください。


hamikposter【公演情報】
演劇『ハムイク』(함익)
2016年9月30日~10月16日 世宗文化会館Mシアター

<出演>
カン・シング、チェ・ナラ、イ・ジヨン、ユン・ナム、ファン・ソンデ、パク・ギドク、グ・ドギュン、イ・ウォニ、キム・ドゥボン、キム・スア、ナ・ソクミン、ソン・チョルホ、チョン・ウンジョン、イ・ジョンジュ、チョン・ボヨン、イ・セヨン、パク・ジンホ、ホ・ヒョホン、チョン・ソクファン、チョン・ユジン、ユ・ウォンジュン、ハン・ジョンフン、パク・ヒョン

脚本:キム・ウンソン/演出:キム・グァンボ/音楽監督:チャン・ハンソル/振付:クム・ベソプ/美術:パク・ドンウ/衣装:ホン・ムンギ/ヘアメイク:イ・ドンミン


sunshineposter演劇『サンシャインの戦士たち』(썬샤인의 전사들)
2016年9月27日~10月22日 ドゥサン・アートセンター Space111

<出演>
ウ・ミファ、キム・ジョンテ、イ・ファリョン、クァク・ジスク/クォン・テゴン・チョン・バクチャン/チョン・セビョル/イ・ジへ/シム・ジェヒョン/チョ・ジェヨン/ノ・ギヨン/チャン・ユル/パク・ジュヨン

脚本:キム・ウンソン/ドラマターグ:ソン・ウォンジョン/演出:ブ・セロム/美術:パク・サンボン/照明:チェ・ボユン/映像:チョン・ビョンモク/音楽:チェ・ゴウン、ファン・ヒョヌ/音響:イム・ソジン/衣装:ぺ・ウンチャン、リュ・ヘソン/小道具・ヘアメイク:チャン・ギョンスク

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[PLAY]気鋭の創作集団ヤンソンプロジェクトの新作『フォックスファインダー』開幕

[PLAY]気鋭の創作集団ヤンソンプロジェクトの新作『フォックスファインダー』開幕

 

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主人公のコベイ夫妻を演じたヤン・チョア(左)とソン・サンギュ

ドゥサンアートセンターが若手クリエイターの舞台制作を支援する「創作者育成プログラム」に選定された、ヤンソンプロジェクト(양손프로젝트)の新作『フォックスファインダー(FOXFINDER)が開幕を前にプレスリハーサルを公開した。

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シンプルなセットのなかに独特の色合いの照明が印象的

ヤンソンプロジェクトは、演出家パク・ジヘと、俳優ソン・サンギュ、ヤン・チョア、ヤン・ジョンウクという4人で構成される演劇創作集団だ。全員が企画・作品選定の段階から参加するという、韓国ではあまりない共同制作システムを取っている。ドゥサンアートセンターとは2009年から共同企画作品を発表しており、昨年「創作者育成プログラム」アーティストに選定された第1作『死と乙女(죽음과 소녀)』(⇒紹介記事)で、パク・ジヘは2014東亜演劇賞新人演出賞を受賞している。

今年、創作者育成プログラムの第2弾として発表した『フォックスファインダー』はイギリスの女流作家ドーン・キングが2011年に発表した戯曲が原作。物語は“キツネ”が自然災害や伝染病を引き起こし、人間の精神さえも錯乱させる存在だと信じられている世界が舞台となっている。豪雨や病虫害の被害に悩まされていたサミュエルとジュディスのコベイ夫妻が営む農場に「フォックスファインダー(キツネ探索捜査員)」の青年ウィリアムが派遣されてきたことで、夫婦のみならず村人とも摩擦が生じ始め、徐々に登場人物たちの欲望や葛藤があらわになっていくのだ。

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ヤン・ジョンウク演じる”フォックスファインダー”のウィリアムは完璧なまでの潔癖さをもつが、自らを鞭打って快感を覚えるという性癖を持つ謎の青年

パク演出家は本作を通じて「自分と他人の信頼が共存できない時、何が起こるのか、他人の信頼が自分を脅かして攻撃してきた時、どんな武器を取り出すのか」と考えたそうだ。劇中では、慎ましく暮らしているように見えるコベイ夫妻が抱える闇や、一見するとストイックな宣教師のようなフォックスファインダーのウィリアムの裏の顔など、少しずつ種明かしをしながらジリジリするような緊迫感が見るものを圧倒する。

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ウィリアムは機械的に質問を次々と投げかけ、夫婦を追い詰めていく

いくつかのちいさなベンチ以外には白い床と二本の柱のみというシンプルなセットだが、見ようによっては黄緑にも、オレンジにも見える照明が、物語を支配する違和感を煽るような不気味さを醸し出している。
本作で美術を担当するヨ・シンドンは、同劇場で初演出した『サボイサウナ』や、国立劇団で上演した青少年演劇『飛行少年KW4839』など演出家としても頭角を現している舞台デザイナーだ。彼は独創的かつアーティスティックな舞台美術を得意としているが、今回は極限までミニマムに抑え、客席が舞台を挟むような空間を生かしたセットも印象的だった。

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ウィリアムの登場に、妻ジュディスは心を揺さぶられる

問題を抱える夫婦に危機をもたらす、外からやってきた男、という3人の関係は、昨年同劇場で上演した『死と乙女』と人間関係の構図がリンクするところもあり、俳優たちの持ち味とも相まってヤンソンプロジェクトならではのカラーがよく出ている作品だ。
公演は11月28日まで、ドゥサンアートセンター Space111で上演される。


foxfinerposter【公演情報】
演劇『フォックスファインダー(폭스파인더)
2015年11月13日~11月28日 ドゥサンアートセンター Space111

<出演>
●サミュエル・コベイ役:ソン・サンギュ
●ジュディス・コベイ役:ヤン・チョア
●ウィリアム・ブルア役:ヤン・ジョンウク
●サラ・バックス役:チェ・ヒジン
作:ドーン・キング(Dawn King)/翻訳:ソン・スジョン/演出:パク・ジヘ/美術:ヨ・シンドン/照明:ソン・ミリム/衣装:オ・ヒョンヒ/小道具:チョン・イドゥン/音楽:チョン・ジェイル/グラフィックデザイン:ポンダンデザイン/写真:ソウル写真館

公式サイト:http://doosanartcenter.com/

ポスター写真提供:ドゥサンアートセンター ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.8

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.8

 

セウォル号を記憶する方法―『Before After』

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セウォル号事件以降、歌の衝動にかられたと語る、アコースティックラップデュオ、Xylbbi(ジャイルビ)のラッパー、チェグン

10月23日からドゥサン・アートセンターSpace111では「ドゥサン・アートセンター創作者育成プログラム」という企画の一環で、イ・ギョンソン演出の『Before After』という作品が上演されています。イ・ギョンソン演出家は韓国で演劇学科の名門の一つである中央大学を卒業した後、イギリスのセントラル・スピーチ&ドラマ・スクールで修士学位を修得し、2007年から劇団「Creative VaQi(クリエイティブ・ヴァキ)」を主宰しています。ちなみに、ヴァキとは、“Veritas(真理), art(芸術), Question(疑問), imagination(想像)”を略した名前だそうです。2010年に第47回東亜演劇賞「新概念演劇賞」、2014年には第5回ドゥサン・ヨンガン芸術賞を受賞し、多くの演劇ファンと評論家の注目を浴びている彼は、去年、『いくつかの方法の会話(몇 가지 방식의 대화들)』という作品を持って日本のフェスティバル/トーキョー(F/T14)に参加し、好評を得ていました。

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『before after』出演者とイ・ギョンソン演出家(前列右から2人目)

2010年には『あなたにソファをお運びします(당신의 소파를 옮겨드립니다)』(NAVERイメージ検索より)を光化門広場で上演。2014年に南山(ナムサン)芸術センターで上演した『南山ドキュメンタ:演劇の練習―劇場編(남산 도큐멘타: 연극의 연습-극장편)』(公式YouTube映像) は劇場の外から芝居を始めるなど、屋外を活用した作品を発表し、これまで劇場という空間と、文学性の強いストーリーから離れる試みをしてきました。特に、俳優の実体験を生かして作品を構成するドキュメンタリー的な作品が多い彼が、今回選んだテーマは「セウォル号事件」でした。2014年4月16日に起こったこの悲劇は、船のなかに閉じ込められた数百名が数時間にわたって海の中に沈んでいく過程を、全国民がただ見ていることしかできなかった、前代未聞の惨劇です。

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1990年5月9日、デモ隊に間違われたときのエピソードを話すチャン・ソンイク

 

芝居はこのように始まります。舞台が暗転し、客席の最前列の真ん中に座っている女優にスポットライトが当たります。彼女は自分の話を始めるのですが、その様子は2台のビデオで撮影され、舞台後方にある二つのモニターに映し出されます。女優が語るのは癌で亡くなった父親の話です。余命わずかだと診断されたときから、彼女はすぐそばで見ていた父の姿と自分が感じたことを語り、彼女は「死」について知りたいと言います。
そして中年の男性の俳優は、大学時代に撮っていた映画について話します。ちょうど学生運動が盛り上がっていた頃、彼は学生運動をテーマにした映画の主人公になります。より生々しいシーンを撮るために、デモの現場に行って群衆のなかで演技をした彼は、デモ隊と誤解されて警察に捕まり、弁解の機会もなく暴力を受け、刑務所に入ることになったそうです。
このように、自分にとって忘れられない事件を中心に、6人の俳優たちが“その前と後(Before-After)”について語っていくのです。

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ヒマラヤ滞在中のエピソードを語るキム・ダヒン

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劇中では演技しながらビデオの撮影などもこなすキム・ダヒン

この作品は、作者クレジットに俳優の名前も書いてあります。出演者たちの実際のエピソードをそのまま演劇になっているからです。作品がどのように作られたか、とても気になったので、ここで、出演者の一人であるキム・ダヒンさんに伺った話を紹介します。

「イ・ギョンソンさんの演出スタイルは、まず話したいテーマを決めて、それに対する俳優個々の意見を集め、それらを組み合わせて作品を作るんです。作品のテーマも、セウォル号事件に対する見方もみんな少しずつ違っていたので、それを収集して組み合わせ、枠を作って俳優たちが演じてみて、討論して、また修正して……みたいな作業の繰り返しでした。イ・ギョンソンさんの作品には、俳優としては5作目、スタッフだった作品も含めると7作目の参加です。彼の良いところは、俳優個々の話を尊重してくれること。世の中を見る視点も良いと思います。僕が彼と作業するうえで最も重きを置くのは、舞台に作品が上がる瞬間まで、僕たちの話として成立するようにすることです。俳優個人の体験を物語にしても、ある瞬間、それが演出家の話になってしまう場合があります。そういう時に、それをまた僕たちの物語に戻すためにたくさん話をするんです。この作業がうまくいくと、舞台上で自分自身にも責任感が生まれてくるんです」

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セウォル号沈没当日のエピソードを話すナ・ギョンミン(写真左)と、朴槿恵大統領の「国民談話」を涙ながらに読み上げるソン・スヨン(写真右)

劇中でキム・ダヒンさんが事件当時はヒマラヤにいたというエピソードを話すところから、セウォル号の話が出てきます。彼は当時の感情を正確に覚えていないと言います。一方、事件の前に、同じ船に乗って修学旅行に行ってきた妹を持つ俳優は、恐ろしい想像をして体が震えるのです。彼らのエピソードと共に、実際にラジオで流れたDJのコメントが挟まれます。「確かに悲しいことだが、いつまでも落ち込んではいけない。景気を悪くしてはいけない」という旨の内容です。実は、これは当時韓国でどこに行っても聞かれた言葉です。セウォル号の中で交わされた高校生の会話~おそらく彼らの携帯に残されていたメッセージの内容~も、俳優のセリフを通して語られます。死を知りたがっていた女優は、船のなかで死んでいく学生を演じ、事故後、朴槿恵大統領が涙を流しながら語ったことで知られる談話の原稿を泣きながら読んでいきます。その隣で中年の男性俳優が、悲しみを共感させる演技とは何かを語るのです。

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開演前に観劇の注意事項を説明する出演者たち(左から、チョン・スジン、チャン・ソンイク、ソン・スヨン、チェグン

私が観劇した直後、もっとドラマチックな出来事がありました。大学路で演劇人によるリレーデモが行われたのです(関連ニュース記事:イーデイリーNEWSIS)。10月17日~18日に大学路のシアターカフェで上演されたゲリラ演劇『この子(이 아이)』が、セウォル号事件を連想させるという理由で、主催者側によって上演妨害されたことが知られ、俳優・作家・演出家・評論家など先輩演劇人がリレーで一人デモを始めたのです。このリレーデモにはイ・ギョンソン演出家も参加しています。私はこの出来事を、インターネットの記事を通して知りましたが、自然と『Before After』を見た日が思い浮かびました。開演前に観劇の注意事項を、ある俳優が説明したのですが、緊急事態が起こった場合のために、非常口と案内スタッフの顔を紹介していました。それに加え、「危険なときには、劇場にいる観客は互いを頼りにしてここから脱出しなければならない」と念を押し、両隣にいる観客同士が手を握るよう促しました。「隣の人の顔をチェックし、顔が見えない状況も想定して手の感触を覚えておくように」と。

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俳優たちが高校生に扮してセウォル号の船内を再現。分刻みで角度を表示し船が傾く様子を実況

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最後は俳優たちが静かに折り重なるように倒れていく

この作品を見ていた私たちは同じ船に乗っていたのでしょう。私も芝居を観ながら、ずっと声を出して泣き出さないように涙を拭きました。しかし、どんどん客席のあちこちからすすり泣きの音がして、なぜか安堵感を感じたことを覚えています。それでもセウォル号事件に対する悲しみ、絶望感、罪悪感は解消されないでしょうが、少なくともこの感情が共有され、共感されていることを確信し、大切な癒しになったと思います。これが、イ・ギョンソン演出家がこの作品を劇場のなかで上演した理由ではないかと思っています。


beforeafterposter【公演情報】
演劇『Before After』(비포 애프터)
2015年10月23日~11月7日 ドゥサンアートセンター Space111

<作・出演>
チャン・ソンイク、ナ・ギョンミン、チョン・スジン、ソン・スヨン、チェグン、キム・ダヒン

作・構成・演出:イ・ギョンソン/ドラマターグ:チョン・ガンヒ/舞台:シン・スンリョル/照明:コ・ヒョクジュン/サウンドデザイン:Kayip/ボイスコーチ:チェ・ジョンソン/映像:VISUALS FROM./動作指導:イ・ソヨン/グラフィックデザイン:プンダンデザイン/写真:ソウル写真館

<劇場公式サイト>http://www.doosanartcenter.com/

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[PLAY]名作『ピローマン』完全新キャストで8月再演!

[PLAY]名作『ピローマン』完全新キャストで8月再演!

 

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2014年に上演した『雄鶏たちの闘い』『家族という名の部族』や4月に上演した『変身物語:Metamorphoses』など、韓国で未発表の海外戯曲を斬新な手法で上演し、演劇ファンに支持されているNONAME THEATER COMPANYの代表作ともいえる『ピローマン(필로우맨)』が8月に再演。注目のキャストが発表された。

『ピローマン』は、21世紀演劇界の天才作家、ポストシェイクスピアと呼ばれている劇作家マーティン・マクドナーが2003年に発表し、ロンドン国立劇場で初演、同年のローレンス・オリヴィエ賞新作最優秀賞を受賞した作品だ。日本では2004年パルコプロデュースにより長塚圭史演出、高橋克実主演で上演されている。
韓国ではLGアートセンターの制作で2007年に初演。チェ・ミンシク、ユン・ジェムン、イ・デヨン、チェ・ジョンウという名優をズラリと揃え、演出には今年『ヒッキー・ソトニデテミターノ』の演出を務めたパク・グニョンが担当するなど、韓国演劇界の粋を集めた舞台は大きな話題を呼んだ。その後、2012年にNONAME THEATER COMPANYが小劇場演劇として再構成。主人公にはいまや同カンパニー作品の看板俳優となったキム・ジュンウォン、昨年ドラマ『ミセン』の極悪上司マ部長役で大人気となったソン・ジョンハクらが出演して連日完売の大ヒットを記録し、翌2013年もキャストの熱演により好評を得ていた。

『ピローマン』は若手作家カトゥリアンを語り部に、幼児虐待がもとで起きる殺人事件の謎解きをしていくミステリースリラーだ。
グロテスクな作品ばかりを発表するカトゥリアンの周囲で、彼が書いた小説に似た幼児殺人事件が続発。中年刑事トゥポルスキとその部下アリエルは、カトゥリアンを容疑者と睨んで連行し、取り調べを進めていく。上演時間は170分という長編ながら、息つく暇を与えないほどの緊迫感が魅力。反面、狂言回しとなるカトゥリアン役をはじめ、出演者はかなりの長ぜりふもこなさねばならないため、役者の技量が如実に現れる作品でもある。

約2年ぶりの再演では、登場人物4人を全員刷新。それぞれが韓国演劇界で主演をこなす名優を揃えた見事なキャスティングとなっている。

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主人公カトゥリアン役のチョン・ウォンジョ(左)と兄マイケル役のイ・ヒョンフン

主人公の作家カトゥリアン役には東亜演劇賞を受賞した主演作『アリバイ年代記(알리바이 연대기)』や『なぜ私は小さなことにのみ憤慨するのか(왜 나는 조그마한 일에만 분개하는가)』など、劇作家・演出家のキム・ジェヨプ作品で注目を集めたチョ・ウォンジョが演じる。そして知的障害をもつ兄マイケル役には野田秀樹作・演出の『半神(반신)』への出演や、NONAME THEATER COMPANYの『変身物語(변신이야기)』でも熱演していたイ・ヒョンフンが演じる。

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刑事トゥポルスキ役のユン・サンファ(左)と部下アリエル役のキム・スヒョン

一方、カトゥリアンと丁々発止の会話を展開する刑事トゥポルスキ役には、昨年東亜演劇賞作品賞を受賞した『ジュリアス・シーザー』への出演や、『ヒッキー・ソトニデテミターノ』韓国版ではリストラされてしまう父親を好演していたユン・サンファが。その部下で、口よりも手が先に出る熱血刑事アリエル役には、映画監督リュ・スンワン作品の常連俳優としても知られるキム・スヒョンが演じる。昨年12月に国立劇場で上演された『リチャード二世(리차드 2세)』で主演して注目を集めていた2人だ。

演出は本作の翻訳、ドラマターグも務めるイ・インス。作品世界とストーリーの醍醐味を最も良く知る人物が、演出を手掛けるとあって、キャスト、スタッフと総入れ替えで新しい『ピローマン』が見られそうだ。

チケットは6月23日(火) より発売。公演は8月1日~30日までの1カ月のみ。同劇場で2012年に上演した際は完売日続出となっただけに、良席の確保はお早目に。


【公演情報】
演劇『ピローマン』(필로우맨)
2015年8月1日~30日 ドゥサンアートセンター Space111

出演:チョン・ウォンジョ、ユン・サンファ、キム・スヒョン、イ・ヒョンフン
演出・翻訳・ドラマターグ:イ・インス

写真提供:NONAME THEATER COMPANY ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。

[PHOTO]演劇『ヒッキー・ソトニデテミターノ』稽古場フォトギャラリー

[PHOTO]演劇『ヒッキー・ソトニデテミターノ』稽古場フォトギャラリー

 

hikkiposter 演劇『ヒッキー・ソトニデテミターノ』
(韓国語題『ひきこもり外に出た(히키코모리 밖으로 나왔어)』
2015年5月26日~6月20日 ドゥサンアートセンター Space111

出演:森田登美男役:チェ・グァンイル/黒木役:カン・ジウン/鈴木かなこ役:ファン・ジョンミン/鈴木きよし役:ユン・サンファ/鈴木太郎役:キム・ドンウォン/ベテラン寮生役:ぺ・スベク/森田綾役:シム・ジェヒョン/斉藤よしこ役:キム・へガン/斉藤和夫役:イ・ナムヒ


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元引きこもりの登美男役チェ・グァンイル

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引きこもり青年太郎の父きよし役のユン・サンファ(左)と母かなこ役のファン・ジョンミン

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カウンセラー黒木役のカン・ジウン

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20代の引きこもり太郎役のキム・ドンウォン

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パク・グニョン演出家

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40代の引きこもり和夫役のイ・ナムヒ(右)

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和夫の母よしこ役のキム・へガン(左)と登美男の妹、綾役のシム・ジェヒョン

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.3

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.3

 

韓国版『ヒッキー・ソトニデテミターノ』稽古場より

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通し稽古後、俳優たちに演技ポイントを伝えるパク・グニョン演出家(写真左)

岩井秀人作、パク・グニョン演出の『히키코모리 밖으로 나왔어 ひきこもり、外に出た(原題:ヒッキー・ソトニデテミターノ)』の稽古が始まってからもう1カ月が経ちました。去年の夏から「ドゥサン人文劇場2015」シリーズの作品選定のためのリサーチが始まり、秋に翻訳を終え、上演可否と演出家が決定されたのが冬頃。年初からキャストとスタッフが決まり、本格的な稽古がスタートしたのは4月初旬です。振り返ってみれば長い旅で、それに比べると一カ月の稽古期間はあっという間でしたが、その間MT(Membership Training)と呼ばれている2泊旅行にも行っています(韓国では稽古の途中、チームワークのためにみんなで1泊旅行をするのはよくあることですが、2泊旅行は珍しいです)。今は俳優たちみんなが家族のように仲良くなって稽古を重ねています。

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カウンセラー黒木(カン・ジウン)に励まされる太郎の母かなこ(ファン・ジョンミン)

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パク・グニョン演出家自らセットを動かしながら稽古を進行

このような素敵な雰囲気で作品を創り上げるのもパク・グニョン演出家の特長の一つですが、何よりも彼は観客から信頼されている演出家です。2010年には平田オリザ作『眠れない夜なんてない』の演出を務め、大韓民国演劇大賞作品賞などを受賞したこともあり、『青春礼賛(청춘예찬)』『そんなに驚くな(너무 놀라지 마라)』『満州戦線(만주전선)』など自身の代表作を日本で上演したことも多数あるため、日本の文化や感受性などもよく把握している演出家だと言えます。その上に彼が本作品の最も大事な課題として考えているのは「韓国の観客が共感するような作品にしたい」ということです。「読めば読むほど良い作品だ」と愛情を込めながらも、韓国の観客がまるで私たちの物語だと感じられるように、いろいろと試しながら工夫しているのです。

今回、韓国版『ヒッキー・ソトニデテミターノ』では「ひきこもり」という日本語をそのまま使っています。オックスフォード辞書にも「Hikikomori」が掲載されているほど、この言葉は世界的にも普及していますが、韓国語でも一応「은둔형 외톨이 隠遁型一人ぼっち」という言葉はあるため、日本語であるこの単語を翻訳するかどうか迷ったのも事実です。結局「ひきこもり」を劇中で使うだけではなくタイトルにも出すことになり、本作品がひきこもりに関する作品であることを強くアピールすることになりました。その分、俳優たちは時間をかけて台本を読み続けながら、日本社会のなかのひきこもりについて勉強をしました。とくに劇中でひきこもりを演じる中心人物の三人は、その知識と戯曲のなかの物語と自分との接点を探りながら、それぞれの人物象を描いています。

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元引きこもりで、カウンセラーとして働く登美男役のチェ・グァンイル

稽古中にひきこもり役の三人が自分の役をどのように受け取っているか聞いてみました。まず、元ひきこもりで今は「ひきこもりを外に出す」仕事をしている森田登美男を演じるチェ・グァンイルさん(日本版『ヒッキー・ソトニデテミターノ』で森田役だった吹越満さんと見た目もとても似ている方です)は「この作品を読んでひきこもりのイメージが変わったりはしていないけど、彼らのための専門相談機関があるのは初めて知った」そうで、「過去の傷を乗り越えようとする森田を尊敬します」と丁寧に森田へ近付いています。一方、40代のひきこもり、斉藤和夫を演じるイ・ナムヒさんは「和夫という人物は、一回就職したことがあるけど、何かの理由でひきこもってしまった人ですね。このとんでもない世の中とコミュニケーションするために頑張っている姿を見ていると、涙が出るほど切ない。観客には彼の切なさと共に暖かさを伝えたいですね」と抱負を語りました。イ・ナムヒさん特有の愉快さが感じられる和夫になるのではないかと楽しみです。最後に20歳のひきこもり鈴木太郎を演じるキム・ドンウォンさんは「ひきこもりという言葉は知っていましたが、今まで深く考えたことはなかったです。でもこの作品に出会ってから、もしかしたら私たちと彼らはあまり変わらないかもしれないと思うようになりました」と述べ、誰よりもキャラクターに密着している姿を見せています。「何よりも素敵な先輩たちと一緒に演技することができてとても楽しいです!」と言っている彼は劇中でその先輩を殴らなければならないのですが……。でも、少し乱暴だけど、自分のことを理解してもらいたがる少年らしい一面も持っている人物なので、目には見えない太郎の心境がどのように表現されるか注目したいです。

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40代引きこもり和夫役のイ・ナムヒ(左)と20代引きこもり太郎役のキム・ドンウォン

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引きこもりの3人以外の登場人物たちにもドラマが

実は、この三人以外の登場人物一人一人にもそれぞれのストーリーがあるため、この作品は誰を中心に観ればいいのか分からなくなるくらいです。ますます韓国版になっていく―もっと狭く言えば、ますますパク・グニョン版になっていく―『ヒッキー・ソトニデテミターノ』の舞台が公開されるとき、果たして韓国の観客とこの物語との距離はどこまで近くなれるでしょうか。そしてこの韓国版を日本の皆さんにも見ていただけたら嬉しいです。ぜひご期待をお願い致します。


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演劇『ヒッキー・ソトニデテミターノ』
(韓国語題『ひきこもり外に出た(히키코모리 밖으로 나왔어)』

2015年5月26日~6月20日 ドゥサンアートセンター Space111
出演:森田登美男役:チェ・グァンイル/黒木役:カン・ジウン/鈴木かなこ役:ファン・ジョンミン/鈴木きよし役:ユン・サンファ/鈴木太郎役:キム・ドンウォン/ベテラン寮生役:ぺ・スベク/森田綾役:シム・ジェヒョン/斉藤よしこ役:キム・へガン/斉藤和夫役:イ・ナムヒ

演出:パク・グニョン(劇団コルモッキル)

●『ヒッキー・ソトニデテミターノ』 公式サイト
●岩井秀人主宰「ハイバイ」公式サイト⇒ http://hi-bye.net/

⇒『ヒッキー・ソトニデテミターノ』稽古場フォトギャラリー

取材協力:ドゥサンアートセンター ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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