セウォル号を記憶する方法―『Before After』
10月23日からドゥサン・アートセンターSpace111では「ドゥサン・アートセンター創作者育成プログラム」という企画の一環で、イ・ギョンソン演出の『Before After』という作品が上演されています。イ・ギョンソン演出家は韓国で演劇学科の名門の一つである中央大学を卒業した後、イギリスのセントラル・スピーチ&ドラマ・スクールで修士学位を修得し、2007年から劇団「Creative VaQi(クリエイティブ・ヴァキ)」を主宰しています。ちなみに、ヴァキとは、“Veritas(真理), art(芸術), Question(疑問), imagination(想像)”を略した名前だそうです。2010年に第47回東亜演劇賞「新概念演劇賞」、2014年には第5回ドゥサン・ヨンガン芸術賞を受賞し、多くの演劇ファンと評論家の注目を浴びている彼は、去年、『いくつかの方法の会話(몇 가지 방식의 대화들)』という作品を持って日本のフェスティバル/トーキョー(F/T14)に参加し、好評を得ていました。
2010年には『あなたにソファをお運びします(당신의 소파를 옮겨드립니다)』(NAVERイメージ検索より)を光化門広場で上演。2014年に南山(ナムサン)芸術センターで上演した『南山ドキュメンタ:演劇の練習―劇場編(남산 도큐멘타: 연극의 연습-극장편)』(公式YouTube映像) は劇場の外から芝居を始めるなど、屋外を活用した作品を発表し、これまで劇場という空間と、文学性の強いストーリーから離れる試みをしてきました。特に、俳優の実体験を生かして作品を構成するドキュメンタリー的な作品が多い彼が、今回選んだテーマは「セウォル号事件」でした。2014年4月16日に起こったこの悲劇は、船のなかに閉じ込められた数百名が数時間にわたって海の中に沈んでいく過程を、全国民がただ見ていることしかできなかった、前代未聞の惨劇です。
芝居はこのように始まります。舞台が暗転し、客席の最前列の真ん中に座っている女優にスポットライトが当たります。彼女は自分の話を始めるのですが、その様子は2台のビデオで撮影され、舞台後方にある二つのモニターに映し出されます。女優が語るのは癌で亡くなった父親の話です。余命わずかだと診断されたときから、彼女はすぐそばで見ていた父の姿と自分が感じたことを語り、彼女は「死」について知りたいと言います。
そして中年の男性の俳優は、大学時代に撮っていた映画について話します。ちょうど学生運動が盛り上がっていた頃、彼は学生運動をテーマにした映画の主人公になります。より生々しいシーンを撮るために、デモの現場に行って群衆のなかで演技をした彼は、デモ隊と誤解されて警察に捕まり、弁解の機会もなく暴力を受け、刑務所に入ることになったそうです。
このように、自分にとって忘れられない事件を中心に、6人の俳優たちが“その前と後(Before-After)”について語っていくのです。
この作品は、作者クレジットに俳優の名前も書いてあります。出演者たちの実際のエピソードをそのまま演劇になっているからです。作品がどのように作られたか、とても気になったので、ここで、出演者の一人であるキム・ダヒンさんに伺った話を紹介します。
「イ・ギョンソンさんの演出スタイルは、まず話したいテーマを決めて、それに対する俳優個々の意見を集め、それらを組み合わせて作品を作るんです。作品のテーマも、セウォル号事件に対する見方もみんな少しずつ違っていたので、それを収集して組み合わせ、枠を作って俳優たちが演じてみて、討論して、また修正して……みたいな作業の繰り返しでした。イ・ギョンソンさんの作品には、俳優としては5作目、スタッフだった作品も含めると7作目の参加です。彼の良いところは、俳優個々の話を尊重してくれること。世の中を見る視点も良いと思います。僕が彼と作業するうえで最も重きを置くのは、舞台に作品が上がる瞬間まで、僕たちの話として成立するようにすることです。俳優個人の体験を物語にしても、ある瞬間、それが演出家の話になってしまう場合があります。そういう時に、それをまた僕たちの物語に戻すためにたくさん話をするんです。この作業がうまくいくと、舞台上で自分自身にも責任感が生まれてくるんです」
劇中でキム・ダヒンさんが事件当時はヒマラヤにいたというエピソードを話すところから、セウォル号の話が出てきます。彼は当時の感情を正確に覚えていないと言います。一方、事件の前に、同じ船に乗って修学旅行に行ってきた妹を持つ俳優は、恐ろしい想像をして体が震えるのです。彼らのエピソードと共に、実際にラジオで流れたDJのコメントが挟まれます。「確かに悲しいことだが、いつまでも落ち込んではいけない。景気を悪くしてはいけない」という旨の内容です。実は、これは当時韓国でどこに行っても聞かれた言葉です。セウォル号の中で交わされた高校生の会話~おそらく彼らの携帯に残されていたメッセージの内容~も、俳優のセリフを通して語られます。死を知りたがっていた女優は、船のなかで死んでいく学生を演じ、事故後、朴槿恵大統領が涙を流しながら語ったことで知られる談話の原稿を泣きながら読んでいきます。その隣で中年の男性俳優が、悲しみを共感させる演技とは何かを語るのです。
私が観劇した直後、もっとドラマチックな出来事がありました。大学路で演劇人によるリレーデモが行われたのです(関連ニュース記事:イーデイリー/NEWSIS)。10月17日~18日に大学路のシアターカフェで上演されたゲリラ演劇『この子(이 아이)』が、セウォル号事件を連想させるという理由で、主催者側によって上演妨害されたことが知られ、俳優・作家・演出家・評論家など先輩演劇人がリレーで一人デモを始めたのです。このリレーデモにはイ・ギョンソン演出家も参加しています。私はこの出来事を、インターネットの記事を通して知りましたが、自然と『Before After』を見た日が思い浮かびました。開演前に観劇の注意事項を、ある俳優が説明したのですが、緊急事態が起こった場合のために、非常口と案内スタッフの顔を紹介していました。それに加え、「危険なときには、劇場にいる観客は互いを頼りにしてここから脱出しなければならない」と念を押し、両隣にいる観客同士が手を握るよう促しました。「隣の人の顔をチェックし、顔が見えない状況も想定して手の感触を覚えておくように」と。
この作品を見ていた私たちは同じ船に乗っていたのでしょう。私も芝居を観ながら、ずっと声を出して泣き出さないように涙を拭きました。しかし、どんどん客席のあちこちからすすり泣きの音がして、なぜか安堵感を感じたことを覚えています。それでもセウォル号事件に対する悲しみ、絶望感、罪悪感は解消されないでしょうが、少なくともこの感情が共有され、共感されていることを確信し、大切な癒しになったと思います。これが、イ・ギョンソン演出家がこの作品を劇場のなかで上演した理由ではないかと思っています。
【公演情報】
演劇『Before After』(비포 애프터)
2015年10月23日~11月7日 ドゥサンアートセンター Space111
<作・出演>
チャン・ソンイク、ナ・ギョンミン、チョン・スジン、ソン・スヨン、チェグン、キム・ダヒン
作・構成・演出:イ・ギョンソン/ドラマターグ:チョン・ガンヒ/舞台:シン・スンリョル/照明:コ・ヒョクジュン/サウンドデザイン:Kayip/ボイスコーチ:チェ・ジョンソン/映像:VISUALS FROM./動作指導:イ・ソヨン/グラフィックデザイン:プンダンデザイン/写真:ソウル写真館
<劇場公式サイト>http://www.doosanartcenter.com/
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