土田真樹の「エーガな日々」Vol.8

 

「2015年夏の韓国映画総決算」

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『暗殺』の主演陣(左から)ハ・ジョンウ、チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、イ・ギョンヨン ©Maki Tsuchida

まだまだ残暑が続く日々ですが、韓国の映画界は暑い夏が続いています。並み居るハリウッド系映画を押しのけ、韓国映画の座席占有率が8月16日現在で51.1 %と過半数越えを記録するなど好調さをキープしております。今回は私が見た夏休み映画を総ざらいしてご紹介します。

この夏一番のヒット作は、8月19日現在で観客動員数1100万人を突破した『10人の泥棒たち(도둑들)』(2012)のチェ・ドンフン監督最新作、『暗殺(암살)』(7月22日公開)でしょう。1933年の上海と京城を舞台に、日本軍の高官と彼に追随する親日派(韓国では日本に魂を売った売国奴を指す)の朝鮮人豪商を暗殺するため、朝鮮上海臨時政府から送られた3人のテロリストの物語です。しかしながら、彼らの記述は歴史には残っていません。朝鮮提督を狙った暗殺なら歴史に記述されていたのでしょうが、日本軍高官というわけで、数ある暗殺事件のひとつに埋もれてしまった感があります。しかし、このぐらいの小物(?)でないと、「本当にあったのかも」というリアリティは出ないのでしょう。
親日派のカン・イングク役を演じたイ・ギョンヨンは、これまで数々の映画で悪役を演じてきましたが「自分が演じてきた役の中で最悪」と語っています。韓国人にとって、国を裏切るというのは、演技とはいえ、何にもまして許しがたい行為なのかもしれません。

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『ベテラン』出演陣(左から)ファン・ジョンミン、ユ・アイン、チャン・ユンジュ、オ・ダルス、ユ・へジン、リュ・スンワン監督 ©Maki Tsuchida

『暗殺』を追随しているのが、『ベルリンファイル(베를린)』(2012)を大ヒットさせたリュ・スンワン監督の新作『ベテラン(베테랑)』(8月5日公開)。やりたい放題の財閥三世と彼の悪行を追うベテラン刑事の対決を描く、勧善懲悪アクションムービーに仕上がっています。大韓航空元副社長のナッツリターン事件や、昨今のロッテの重光(韓国名は辛)一族の覇権争いなど、財閥一族が引き起こした韓国国民にとっては妬みと軽蔑の対象となっている事件が続々と起こっています。映画の公開は偶然このタイミングにハマったのですが、国民の怒りを解消してくれる痛快さがヒットの要因にもなっています。
8月19日現在の観客動員数の累計は700万人を超え、このペースで行けば観客動員数1000万人越えは十分に狙えるでしょう。ファン・ジョンミンは『国際市場へようこそ(국제시장)』(2014)でも観客動員数1000万人越えを達成しており、チケットパワーの強さを誇示したといえます。
8月16日現在のボックスオフィスでは『ベテラン』が圧倒的1位でそれを『暗殺』が追う展開となっており、夏休み興行を牽引しています。

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『スリー・サマー・ナイト』出演陣(左から)キム・ドンウク、リュ・ヒョンギョン、ソン・ホジュン、イム・ウォニ、ユン・ジェムン、キム・サンジン監督 ©Maki Tsuchida

韓国映画が好調という喜ばしいニュースばかりが伝えられていますが、『スリー・サマー・ナイト(쓰리 썸마 나잇)』(7月15日公開)と『客(손님)』(7月9日公開)は早々と消えていきました。
『スリー・サマー・ナイト』は『極道修行 決着(おとしまえ)(깡패수업)』(1996)や『風林高(신라의 달밤)』(2001)などで知られるヒットメーカー、キム・サンジン監督作品。ある事件に巻き込まれてしまう3人のアラサーの男たちをコミカルに描いているのですが、残念ながらかつての輝きは色あせ、コメディセンスが今の時代にマッチしていない感じがしました。観客の感性も時代とともに変化していることもあり、スベらないコメディ映画作りも難しくなったといえます。観客総動員数は77,621人と、ロードショー作品では惨敗といえる数字を記録しました。

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『客』の主演陣(左から)リュ・スンニョン、イ・ソンミン、チョン・ウヒ、イ・ジュン ©Maki Tsuchida

『客』は、グリム童話「ハーメルンの笛吹き男」をモチーフに、1950年代韓国の地図にない村で起こったある事件を描いた異色作品です。重い心臓病の息子の治療のためにソウルを目指す笛吹き男は、地図にないある村に迷い込みます。村はネズミの被害に困っており、笛吹き男が村人のためにネズミを退治するのですが、村長は笛吹き男に取り返しのつかないひどい仕打ちをする物語です。地図にない村という『トンマッコルへようこそ(웰컴 투 동막골)』のような現実味のないファンタジー感、リュ・スンリョン、イ・ソンミン、イ・ジュン、チョン・ウヒという玄人好みの役者を揃えていたのですが、西洋の物語に違和感があったのでしょうか、公開週は順当な滑り出しだったもののすぐに失速してしまい、観客総動員は828,029人と伸び悩みました。

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『ミス・ワイフ』主演 ソン・スンホン(左)とオム・ジョンファ ©Maki Tsuchida

8月に入っても話題作の公開は続き、8月13日にはソン・スンホン、オム・ジョンファ主演の『ミスワイフ(미쓰 와이프)』、イ・ビョンホンがひさびさに韓国映画に主演した『侠女 剣の記憶(협녀, 칼의 기억)』が公開されました。
『ミスワイフ』は、敏腕弁護士ヨヌが不慮の事故で突然死。しかしながら生命管理事務所の手違いで寿命がまだまだ先であることが判明します。管理事務所の所長は手違いでひと月早く天国に送ってしまった彼女の魂を、ある女性の肉体に魂を宿し、ひと月後には元の体に戻す提案をします。選択肢のない彼女はしぶしぶ提案を受け入れるのですが、目が覚めたときは地方公務員のイケメン夫とふたりの子供をもつ女性になっていて、ひと月を耐えることになるのです。基本的には、オム・ジョンファが苦労するドタバタ喜劇なのですが、家族の大切さを訴えるメッセージが込められています。

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『侠女』の出演陣(左から)キム・ヨンミン、イ・ギョンヨン、パク・フンシク監督、チョン・ドヨン、キム・ゴウン、ぺ・スビン ©Maki Tsuchida

『侠女、剣の記憶』は総製作費120億ウォンの大作映画。高麗時代の民乱の世を背景に強い者が立身出世した時代。ある事件をきっかけに袂を分けた男女と、自分を裏切った男を殺すためだけに養女にされた娘。三人の数奇な運命を描いた武侠アクション映画で、主演はイ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ゴウンと韓国内では人気・実力を兼ね備えた役者が出演しています。しかし、武侠映画でありながらアクションの切れはいまいち。パク・フンシク監督は、チョン・ドヨンと組んだ『私にも妻がいたらいいのに(나도 아내가 있었으면 좋겠다)』(2001)、『初恋のアルバム 人魚姫のいた島(인어 공주)』(2004)などヒューマン・ドラマを得意としていますが、『侠女』では実力が十分に発揮できていないように見受けられました。もっとも、撮影から2年近い月日が経っており、イ・ビョンホンのスキャンダルの影響で劇場公開が危ぶまれていた映画。不朽の名作でもない限り、映画もある程度は鮮度が大事だという実例でしょう。

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『殺人才能』のチョン・ジェホン監督(左)と主演のキム・ボムジュン ©Maki Tsuchida

大作の影に隠れていますが、インディーズ映画にも味のある作品が登場しています。
『豊山犬(풍산개)』(2011)のチョン・ジェホン監督が発表した新作は、会社をリストラされた男の中に芽生えた殺人衝動を描いた『殺人才能(살인재능)』(7月30日公開)』。キム・ギドク作品の助監督出身らしいエログロは健在ですが、普通の観客受けする内容ではなく、興行成績は観客総動員数1,526人に留まっています。
一方、歌手イ・ジョンヒョンが自分の置かれた境遇を呪い、社会への復讐を誓うブラックコメディ映画『誠実な国のアリス(성실한 나라의 앨리스)』は、韓国映画アカデミー(KAFA)の学生たちが作った映画でありながら、全州国際映画祭韓国映画コンペ部門で作品賞を受賞するなど、高い評価を受けて8月13日から一般劇場公開されています。興行から1週間で観客動員数25,129人とインディーズ作品としては大ヒットを記録しています。 学生映画で劇場公開された例は、当時中央大学映画学科の学生だった『わるいやつら(범죄와의 전쟁 : 나쁜 놈들 전성시대)』(2012)のユン・ジョンビン監督が撮った『許されざる者たち(용서 받지 못한 자)』(2005)がありますが、本作のアン・グクジン監督もメジャーデビューするかもしれませんね。

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『誠実な国のアリス』シーン写真より 主演のイ・ジョンヒョン ©KAFA

夏休みが終わると、日本では旧盆にあたる秋夕(チュソク)連休が9月末に控えています。この時期になると映画会社各社は大作・話題作をぶつけてきます。現在までにソル・ギョング、ヨ・ジング主演の戦争映画『西部戦線(서부 전선)』、ソン・ガンホ、ユ・アイン主演の時代劇『思悼(사도)』が9月公開を控えており、こちらも要注目です。

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