折れた矢

土田真樹の「エーガな日々」Vol.9

土田真樹の「エーガな日々」Vol.9

 

イ・ギョンヨン -逆境から復活を遂げた往年のスター-

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『パイレーツ(海賊)』(2014)と『暗殺』(2015)記者会見でのイ・ギョンヨン ©Maki Tsuchida

映画やドラマを見ていると名前を知らなくても「この人、見たことある」という俳優がいると思います。
中でも最近やたらと露出が多いのが、イ・ギョンヨンです。今年の夏休み期間中に公開された映画だけでも『暗殺(암살)』『ベテラン(베태랑)』『侠女 追憶の剣(협녀 칼의 기억)』『ビューティーインサイド(뷰티인사이드)』『治外法権(치외법권)』と、毎週出演作が公開されるほどの売れっ子で、韓国映画界では、イ・ギョンヨンが出演しているか、していない映画かに分けられるほど。今でこそ、ロマンスグレーな悪役を演じることが多いイ・ギョンヨンですが、1990年代にはスター俳優として活躍していました。今回はイ・ギョンヨンについて掘り下げてみましょう。

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初主演作『秋旅行』(1992)(左)と出世作『雨降る日の水彩画』(1989)より

韓国中部に位置する忠州(チュンジュ)で生まれたイ・ギョンヨンは、医者になることを夢見ていましたが、映画好きが高じて漢陽(ハニャン)大学で演劇を学びます。1987年に映画『燕山日記(연산일기)』の端役でデビュー。するとすぐに韓国映画界の巨匠イム・グォンテク監督の『アダダ(아다다)』(1987)のスリョン役に抜擢され、その名が知られるようになりました。
しかしながら、役者としての注目度はイマイチで、彼の出世作となったのは、『猟奇的な彼女』のクァク・ジェヨン監督のデビュー作でもある『雨降る日の水彩画(비 오는 날의 수채화)』(1989)でしょう。主役は当時の美男子スター、シン・ソンイルの長男であるカン・ソッキョンだったのですが、主役を食うほどの存在感を示し、彼の飄々とした演技と甘いマスクは、多くの韓国女性を魅了しました。1989年といえば、僕が韓国に移住した年であり、リアルタイムで映画館で見た作品だけに、名前も知らないこの役者は売れるな、と確信したのを覚えています。
それからは多くの作品に出演するようになるのですが、主演俳優に次ぐナンバー2的な役回りが多いながらも次第に顔を知られるようになっていきました。
満を持して主役となったのは、クァク・ジェヨン監督の第2作である『秋旅行(가을여행)』(1992)です。当時絶大な人気を誇ったハイティーンスターであるイ・ミヨンの相手役でした。感覚的な映像と音楽が心地よい爽やかな青春ロードムービーだったのですが、興行面では苦戦を強いられたものの、イ・ギョンヨンの時代がついに来たと感じさせる映画でした、余談ですが、劇中にイ・ギョンヨンをモデルにしたコンピューターゲームが登場し、クァク・ジェヨン監督はこれを「韓国映画初のCG」と主張しています(笑)。

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イ・ギョンヨン監督作品『帰天図」(左)と『夢中人』のポスター

その後はラブコメから社会派まで、ジャンルを問うことなく多くの作品に主演して、1990年代はアン・ソンギ、パク・チュンフンと並ぶ人気を誇りました。そしてついには監督業に進出し、剣劇SF映画『帰天図(귀천도)』(1995)を多くの作品で共演した盟友キム・ミンジョンを主演に迎えてメガホンを取ります。人気スターが撮った映画とあり話題にはなりましたが、お世辞にも完成度が高いとは言えない映画でした。
それでも監督への執念はついえることはなく、故郷の忠州を舞台にした映画『夢中人(몽중인)』(2001)を撮ります。イ・ギョンヨン自身が主演し、ハ・ヒラ演じるヒロインとの友情に近い30代の恋、日本人妻との間にできた愛娘ユメとの親子愛を描いた甘く切ないラブロマンス映画でした。
イ・ギョンヨンにとっては、この頃が一番よい時代だったといえます。

役者として監督として順風満帆だったイ・ギョンヨンですが、まさかのスキャンダルで人生を狂わせてしまいます。
未成年者と性行為を行ったとして2002年に警察に逮捕され、裁判の結果、懲役10カ月、執行猶予2年の刑が確定しました。自身が主演し、中年男性と若い女性との恋を描いたドラマ『青い霧(푸른안개)』(2001)を実践したとして、当時は大騒ぎになりました。
イ・ギョンヨンは家族も仕事も名誉も失い、事件後に母親までも亡くしてしまい、ただじっと耐えるしかない謹慎生活を送っていました。彼自身、後日談として「虚偽の報道がなされた部分もあるが、関係を持ったのは事実」と罪を認めることしか、自分にできることがなかったと語っています。

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『折れた矢』(2011年) ©アウラピクチャーズ

執行猶予が明けた後も彼がスクリーンやテレビに登場することはありませんでした。そんな彼に真っ先に手を差し伸べたのが初監督作にも起用するほどかわいがっていたキム・ミンジョンでした。小さい役ではありましたが、キム・ミンジョン主演の映画『シュロの森(종려나무 숲)』(2005)に出演しました。芸能活動は再開したものの、出演するのは友情出演や特別出演ばかり。色モノに見られても、とにかく演じることに飢えていたイ・ギョンヨンは、なりふり構わず、出演オファーがあれば断ることなく受けてきました。
そうしている内に出演作はどんどん増え、2011年には『折れた矢(부러진 화살)』『カウントダウン(카운트 다운)』など8本の作品に出演しました。2012年は10本に出演し、以降は毎年10本前後の作品をこなしています。10本という数字ですら驚異的ですが、同時に昨年大ヒットした『ミセン(未生)』などのケーブルテレビドラマにも出演するなど、いまでは韓国の芸能界で最も多忙な俳優のひとりであるのは間違いありません。
彼がこれだけ多くの作品に出演するのは、演じることへの渇望、借金返済のためなど様々な理由があるでしょうが、根本的なことは彼を起用する側にあります。韓国の韓流スターといえば、チャン・ドンゴン、イ・ビョンホン、チョン・ウソンなど、いずれも40代男優の層が厚いのに対し、50代の男優の層はかなり薄いといえます。イ・ギョンヨンは悪役からロマンスまでをこなす演技の幅プラス色気があります。50代で艶のある中高年俳優はイ・ギョンヨンが唯一無二と言っても過言ではないでしょう。演じることへの渇望と俳優不足、両者の利害が合致することにより、今日のイ・ギョンヨンがあるといえるでしょう。

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『西部戦線』(2015) ©ロッテエンターテインメント

彼の最新作は、9月24日に韓国公開されたソル・ギョング&ヨ・ジング主演の『西部戦線(서부전선)』。部下に無茶な命令を出す韓国軍中佐という嫌な奴ですが、それでも彼にはそうせざるをえない理由があったというのが映画のラストで明らかになります。
大活躍のイ・ギョンヨンですが、地上波のドラマだけは未だに出演を果たせていません。イ・ギョンヨンが地上波に復帰し、完全復活を遂げる日は、そう遠くないと僕は信じています。

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土田真樹の「エーガな日々」Vol.3

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「今、韓国インディーズが面白い」

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映画『萬神』試写会より(写真左)から、パク・チャンギョン監督、ムン・ソリ、キム・グムファ、リュ・ヒョンギョン、キム・セロン

タイトルのごとく、ここ最近劇場公開されている韓国インディーズが熱い。イタリアのネオレアリズモ、フランスのヌーベルヴァーグ、ニューヨークを中心としたアメリカン・ニューシネマなどなど、いつも新たな波はインディーズ映画からやってきた。
ここでなぜ、韓国インディーズが熱いかというと、商業映画とのボーダレス化が進んできたことと、商業映画では扱いそうなテーマや視点から実験とも違う、ある種の冒険的作品が登場してきたことによる。

韓国におけるインディーズ映画といえば、民主化運動の啓蒙手段であり、大学の教室や労働組合の集会所などでひっそりと上映されてきた。いわゆる386世代(注)の監督には民主化啓蒙映画出身の監督も少なくない。

彼らは韓国映画界の寵児となり、韓国映画界に新たなうねりを起こしたが、いかんせん韓国の映画人のライフサイクルは短い。韓国の撮影現場に行ってみると、若いスタッフが多いことに驚く。ほとんどが20代で、30代だとちらほらだ。で、彼らが年を重ねてからの行き場といえば、監督や撮影監督など撮影現場の管理職的なポストにある者は、大学の講師となって後輩育成に邁進する。
一部の売れっ子監督を除いては大手の映画会社から声をかけられることもなく、現役にこだわるのであればインディーズに身を置くしかないのである。

『南部軍』や『ホワイトバッジ』などの戦争大作映画で一世を風靡したチョン・ジヨン監督らが第一線から退いて久しい。冤罪事件をテーマにチョン・ジヨン監督がアン・ソンギ主演で撮った『折れた矢』は、インディーズ映画ながらも数々の映画賞を受賞し、チョン・ジヨンの復活とまで言われた。その後も社会問題に切り込んだ作品を監督、および制作し続けており、すっかり社会派映画人のイメージが定着した感がある。また、イ・ジャンホ監督はオ・グァンノクを主演に迎え、19年ぶりの新作長編映画『視線』を監督し、健在ぶりをアピールしていた。
人間国宝となったムーダン(巫堂)キム・クムファの人生を描いた『萬神』は、ドキュメンタリーと再現フィルムが混在したユニークな作品。子供時代、少女時代、中年時代をそれぞれ、キム・セロン、リュ・ヒョンギョン、ムン・ソリが演じている。観客動員数1万人を超えればヒット作と言われる韓国インディーズにあって、公開3週目で3万人を超えるヒットとなった。

昏睡状態に陥って数十年間眠っていた売れない小説家が、彼が目覚めたときには有名作家になってたというエピソードを描いた『ロシアン小説』、花札の出目の数字が韓国の成人ならば誰でも持っている住民登録番号と一致した者が死ぬ『ゴーストップ殺人』など、インディーズならではともいえるユニークな作品が続々と発表されている。女子高生レイプ事件を描き、海外の映画祭で高評価を得て数々の賞を受賞した『ハン・ゴンジュ』も最近劇場公開され、話題を集めている。

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映画『ハン・ゴンジュ』試写会より (写真左から)キム・ソヨン、チョン・ウヒ、チョン・インソン、イ・スジン監督

既存世代の返り咲きと新しい才能の台頭が韓国インディーズを活気づかせ、韓国映画界全体に少なくないシナジー効果を与えている。インディーズという小さな波が、やがて上記したようなうねりに変わっていく時を僕たちは生きている。

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映画『ゴーストップ殺人』記者会見より (写真左から)イ・スンジュン、クォン・ナムヒ、ソン・ヨンジェ、キム・ジュングォン監督

注:1990年後半に監督デビューした、当時30代で1980年代に大学に入学した1960年代生まれの映画監督のことを指す。インテル製のCPUである386プロセッサーにちなんだ呼び名でもあり、現在はほとんどの監督が40代となった今、486世代とも呼ばれるようになった、中には50代となった者もおり、ペンティアム世代(586世代)とも呼ばれるとか。いずれにしろ、韓国映画界は中堅監督が主流を成している。

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