岡田利規

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.17

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.17

 

韓国語版『女優の魂』そして、『続・女優の魂』

joyunotamasii1今年の1月、私のほか、演出家マ・ドゥヨンと翻訳家マ・ジョンファがメンバーになっている劇団ディレクターグ42は、大学路の恵化(ヘファ)洞1番地という劇場で、『岡田利規短編小説選―女優の魂、続・女優の魂』(오카다 토시키 단편소설전-여배우의 혼, 여배우의 혼 속편)という演劇を上演しました。
これは、岡田利規が2012年に『美術手帖』で発表した短編小説「女優の魂」と、新しく執筆中の未発表/未完成の小説「続・女優の魂」の一部をひとつの演劇作品にしたものでした。「女優の魂」は、日本で佐々木幸子による一人芝居として舞台化(2012年、横浜STスポット初演)されたことがありましたが、韓国版では女優一人と美術作家一人が出演する、パフォーマンスとインスタレーションをミックスした二人芝居として制作しました。

この演劇が11月23日から27日まで、東京・アトリエ春風舎にて上演されます。韓国の演出家と俳優による韓国語上演で、日本語字幕が提供されます。この公演が実現できたのは、日本では岡田利規の戯曲が他の演出家によって制作された事例はほとんどなく、珍しいからではないでしょうか? その理由は、作・演出家としての岡田利規の世界/芸術観が非常にユニークで堅固なもののため、彼の戯曲を読んで新しい演出を試みることがなかなか難しいからかもしれません。個性の強い岡田利規の演出は韓国でも話題となり、多くの若手アーティストや舞台関係者が刺激を受けました。そのためか、1月の本作品上演後、韓国のある評論家が、翻訳とドラマターグを務めた私に「これは岡田作品の演出らしくない!」とわざわざ電話してきたくらい、演出家の岡田利規は韓国でも愛され、支持されているのです。

この作品には、約10年間、演劇俳優をしてきた女優小山サダ子が登場します。彼女は自分の職業を愛していますが、もう続けることはできません。何故ならば、死んでしまったからです。彼女に役を奪われた後輩の女優が彼女を嫉妬し、殺してしまったのです。仕方なく死後の世界に入ろうとしたとき、彼女はそこで、芸術家になりたいけどなれなくて、しかも芸術家の意味もわからずに自殺した男性、和歌山に会います。二人は死後の世界への転入申告をするために書類を書きます。そのなかに、職業を継続することを希望するか/しないかを問う質問を発見する二人。女優を続けられることが嬉しい小山。一方、和歌山は「人種を変えることはできるか?」と聞きます。彼は日本人のままならば、芸術家を希望しないというのです。

joyunotamasii2「女優の魂」はここで終わります。実は真剣な話をこんなに愉快な想像力で描き出すことができるなんて! と、驚きつつ、演出家マ・ドゥヨン、女優チョ・アラ、美術作家イ・サンホンはこの小説を舞台化しながら、たくさん話し合いました。いくつかの単語だけ変えれば、自分自身を見ているような生々しい物語だからです。私たちは公演を準備しながら約40分の「女優の魂」とともに上演するもう一つの作品を探しました。この願いに答えてくれたのは、やはり作家の岡田利規! ちょうど続編を書く予定だったと話してくださり、「続・女優の魂」の原稿を少しずつ送っていただきました。その原稿には、死後の世界で大劇場の舞台女優になり演技を錬磨する小山がまた登場します。そして落ち込んだ状態から逃れられず、さらに奈落の底に落ちてしまった和歌山がもう一度蘇る過程が描かれます。死後の世界では、また書類を出せば生き返ることも可能だったのです。

1月の韓国初演では、演劇・芸術をめぐる愛情、風刺、皮肉が効いたブラックコメディーとして客席を揺らしました。レビューのなかには「現実的な論理を軽く超えてしまう自由な想像力が、すっきりした気分を感じさせる」「自分たちが持っているものを自由に表現し、観客に声をかける方法を知っている劇団だ」(演劇評論家キム・オクラン/月刊『客席』2016年3月)というような劇評も出て、とても嬉しかったです。俳優、演出家、美術作家、翻訳家だけではなく、舞台・衣装・照明デザイナーまで、「私たちそれぞれが、自分の芸術を精一杯やっていますねー」と言い交わしたくらい、私たちは50席しか置かれていない小さな劇場のなかで、無限に自由を感じることができたのです。
10カ月ぶりの再演となる日本公演では、少し形を変えていますが、日本の観客の皆さんが岡田利規の演出を見られない失望の代わりに、“作家”岡田利規が生み出した鋭くて奇抜なセリフから新しい発見ができる機会になればいいなと思っています。もし、まだ岡田利規の作品をご覧になったことがないようでしたら、何の先入観もないうちにこの愉快な作家による死後の世界を満喫していただけたら嬉しいです。ご期待をよろしくお願い致します。

韓国語翻訳版「わたしたちに残された時間の終わり」

余談ですが、1月の韓国初演を見に来てくださった観客の中には、韓国の出版社アルマの方々もいらっしゃいました。岡田利規の作風にひとめぼれしたという出版社の代表から、翻訳・出版の提案をいただき、異例の猛スピードで今年の8月に『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(우리에게 허락된 특별한 시간의 끝)韓国版を出版しました。韓国で出版された初の単行本であるこの本のカバーは、和歌山を演じた美術家イ・サンホンがイラストを担当しました。(そのイラストはシールにもなりました)この単行本を始め、岡田利規の小説はこれからも韓国で翻訳し紹介されていく予定です。


【公演情報】
フェスティバル/トーキョー16連携作品
ディレクターグ42
岡田利規 短編小説選 『女優の魂』『続・女優の魂』
2016年11月23日~11月26日 アトリエ春風舎(⇒劇場アクセス)

<出演>
チョ・アラ/イ・サンホン

原作:岡田利規/演出:マ・ドゥヨン/翻訳・ドラマターグ:イ・ホンイ

●こまばアゴラ劇場公式サイト⇒ http://www.komaba-agora.com/play/3685

写真提供:ディレクターグ42 ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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[PLAY]日韓共同制作演劇2作品がフェスティバル/トーキョー15で上演

[PLAY]日韓共同制作演劇2作品がフェスティバル/トーキョー15で上演

 

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『God Bless Baseball』光州公演より ©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

日韓の制作者、俳優の共同作業により、今年誕生した新作演劇2作品が東京で開催中の舞台芸術フェスティバル「フェスティバル/トーキョー15」で上演される。

11月18日に開幕した岡田利規作・演出による『God Bless Baseball』は韓国・光州市に新しく開館した「国立アジア文化殿堂(국립아시아문화전당 Asian Culture Complex)」内にある「アジア芸術劇場(아시아예술극장)」 のオープニングフェスティバルで先行上演された作品だ。

演劇ユニット「チェルフィッチュ」を主宰し、国内外で高い評価を得ている岡田が初めて韓国とのコラボレーションに挑んだ作品のテーマは「アメリカ」。日本と韓国に共通して浸透しているスポーツ=野球をキーワードに、野球文化のみならず、あらゆる面で両国に大きな影響をもたらしてきたアメリカという国の存在に改めて気づかされる作品だ。

翻訳、ドラマトゥルクとして本作に参加したイ・ホンイが、当サイト韓劇.comの連載にて、韓国公演までのエピソードや作品詳細を紹介したコラムを公開中だ。観劇予定の方はご一読を。


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『颱風奇譚』韓国公演より ©Namsan Arts Center  撮影:Gang Mool Lee

11月26日~29日の3日間上演される『颱風奇譚』は、10月に韓国の安山(アンサン)文化芸術の殿堂(安山市)と南山(ナムサン)芸術センター(ソウル市)で先行上演された。
2013年に韓国で初演した『가모메(カルメギ)』で韓国で最も歴史ある演劇賞「東亜演劇賞」3部門を受賞した東京デスロックの多田淳之介と、第12言語演劇スタジオのソン・ギウンが再びタッグを組んだ作品だ。
『가모메(カルメギ)』では、チェーホフの『かもめ』を、韓国では日帝強占期と呼ばれている日本統治時代に舞台を移し、大胆に脚色して評価を得た二人が、今回挑んだのはシェークスピアの『テンペスト』。原作では、弟アントーニオによって絶海の孤島に追放された元ミラノ大公プロスペローが、島の妖精に命じて嵐を起こし、弟らが乗った船を遭難させるところから始まるが、本作では朝鮮を追われ、南シナ海のとある島で一人娘と暮らす老王族イ・スン(李崇)を主人公に物語が展開する。

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(写真上段)岡田利規 ©Nobutaka Sato/(写真下段左)多田淳之介、(同右)ソン・ギウン ©Doosan Art Center

『テンペスト』では魔術を身に着けてまで復讐心を燃やしていたプロスペローの顛末が物語に深い意味をもたらしているが、日本統治時代に設定を置き換えた本作では、それをどのように描写し、結着させるのかが最大の見どころとなりそうだ。
主人公イ・スンを演じるのは、日本ではドラマ「冬のソナタ」のサンヒョクの父親役で広く知られているチョン・ドンファン。『ダンテの神曲』『メフィスト』など、韓国では古典劇を中心に圧倒的な存在感を見せている演劇界の重鎮だ。一方、日本からは西大寺兼保(さいだいじかねやす)役に小田豊が参加するなど、まさに日韓演劇界の大ベテランを中心に、多田とソン・ギウンそれぞれが主宰する劇団作品ではおなじみのキャストが名を連ねている。

上演期間中には、それぞれ公演終了後のアフタートークも予定されている。日韓の演劇に興味をもつ人ならば、クリエイター自身から直接制作の裏話を聞ける絶好の機会となるだろう。


【公演情報】
フェスティバル/トーキョー15
2015年10月31日~12月6日 東京芸術劇場、あうるすぽっと、にしすがも創造舎ほかで開催
公式サイト:http://www.festival-tokyo.jp/

FT15gbblogo岡田利規 作・演出『God Bless Baseball』
2015年 11月18日~29日 あうるすぽっと(池袋)
出演:イ・ユンジェ、捩子ぴじん、ウィ・ソンヒ、野津あおい
※アフタートーク:11月21日(土)17時公演終了後(岡田利規)/11月26日(木)15時公演終了後(岡田利規、出演者全員)


FT15typhoonlogo多田淳之介演出/ソン・ギウン脚本『颱風奇譚』(태풍기담)
2015年11月26日~29日 東京芸術劇場 シアターイースト
出演:チョン・ドンファン、チョン・スジ、パク・サンジョン、佐山和泉、小田豊、永井秀樹、山崎皓司、大石将弘、夏目慎也、ペク・ジョンスン、マ・ドゥヨン、チョ・アラ、伊東歌織
※アフタートーク:11月27日(金)15時公演終了後(多田淳之介×岡田利規)/11月28日(土)18時公演終了後(ソン・ギウン×多田淳之介×島 次郎(『颱風奇譚』美術))

※12月4日~6日は、多田淳之介が芸術監督を務める富士見市民文化会館きらり☆ふじみ(埼玉県)でも上演あり。

<God Bless Baseballトレーラー動画>

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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.7

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.7

 

野球を通して「アメリカ」を語る『God Bless Baseball』

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国立アジア文化殿堂全景 ©韓劇.com

9月4日、韓国南西部にある町、光州市に「国立アジア文化殿堂(국립아시아문화전당 Asian Culture Complex)」が開館しました。5つの文化施設で構成されているなか、先行してオープンした「アジア芸術劇場(아시아예술극장)」では、9月20日まで開幕フェスティバルが行われ、世界各国から33の作家や団体が参加しました。日本からは映画監督足立正生の新作『断食芸人』、御年90歳というフランスの演出家クロード・レジと日本の俳優によるメーテルリンク原作の『室内』、作・演出家の岡田利規が初めて日韓共同製作プロジェクトに挑む『God Bless Baseball』などが上演されました。アジア文化殿堂のオープニングにふさわしく、普段はなかなか見られない作品に出会えるフェスティバルになったのです。

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ウィ・ソンヒ(左)と野津あおい ©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

今回は、開幕フェスティバル参加作のなかから、私が翻訳・通訳・ドラマトゥルクとしてかかわった『God Bless Baseball』(以下GBB)をご紹介したいと思います。岡田利規はチェルフィッチュという劇団の主宰であり、作・演出家、そして小説家としてもよく知られていますね。今まで彼の作品は、『3月の五日間』、『ホットペッパー、クーラーそしてお別れの挨拶』、『現在地』、『地面と床』が韓国で上演されたことがあり、4作品すべてがとても好評を得ました。本作品は5番目の韓国上演作となるわけですが、韓国人俳優との作業は今回が初めてです。去年の夏に行われたオーディションを通して、韓国からは劇団「第12言語演劇スタジオ」所属のイ・ユンジェとダンサーで振付家のウィ・ソンヒが選ばれました。そして日本からはダンサーの捩子(ねじ)ぴじんと劇団「サンプル」の野津あおいが参加しましたが、韓国のみならず、日本人キャストも岡田とは初めての作業になりました。

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©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

そして現代美術作家の高嶺格(たかみねただす)氏が舞台美術として参加し、シンプルながら強烈な印象の舞台を作ってくださいました。特に、彼の美術作品『God Bless America』が、『GBB』の創作にインスピレーションを与えたこともあり、彼の存在はとても大きかったと思います。『God Bless America』は粘土で巨大なオブジェを作るプロセスを撮影し編集した作品でしたが、『GBB』では方式が異なり、パラボラアンテナのような(あるいはスピーカーのような)巨大な造形物が登場します。そして白い線やホームベース、二つの電光掲示板(劇中では日本語、韓国語、英語の字幕掲示版として使われます)など球場のような舞台美術もあります。

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©Asian Arts Theatre (Moon So Young)

お芝居は、野球のことが全く分からない二人の女の子の話で始まります。彼女たちの前にある「男」が現れ、一生懸命に野球を説明しますが、彼女たちにはどうしても理解できません。そのとき、イチローに似ているもう一人の男が登場します。彼もやはり、野球とは何かを教えようとするのですが、それから物語は意外な方向に展開していきます。
本作は、野球に関する父親との記憶から出発した岡田利規の小さな発想をモチーフにし、その父子関係はアメリカと日本の関係を連想させ、またそれはアメリカと韓国との関係にも繋がります。野球が人生のアレゴリー(比喩)に例えられるように、イチローの背番号51の話は思いもよらないところに至るなど、観客が爆笑したり涙を流したりしている間に、さまざまなエピソードの断片をパズルのようにつなぎ合わせ、まるで元々そこに存在していたかのように物語を完成させます。従来の岡田作品とは異なった、ダイレクトに伝わる作品の世界観も見どころですが、俳優たちの美しい動きによって、一つの美術作品を見ているような錯覚に陥るのも気持ちいい体験になると思います。
長い準備期間の間、不思議なほど順調に一歩一歩進めながら作り上げたこの作品は、今年の11月19日~29日までフェスティバル/トーキョー15(F/T15)参加作として、池袋のあうるすぽっとで上演され、その後、来年の1月から2月にはアメリカで5都市ツアーが予定されています。本作品で描かれている日米韓の関係は、日本やアメリカの観客にはどのように受け止められるでしょうか。ご期待をお願い致します。

●『God Bless Baseball』のドラマトゥルク金山寿甲による舞台裏レポート「ウラGBB!」もお楽しみください。
http://ura-gbb.tumblr.com/


GBBposter【公演情報】
F/T15 『God Bless Baseball』
2015年11月19日~26日 あうるすぽっと(東京・池袋)

●出演:イ・ユンジェ、捩子ぴじん、ウィ・ソンヒ、野津あおい

●作・演出:岡田利規/翻訳:イ・ホンイ/舞台美術:高峰格 /衣裳:藤谷香子(FAIFAI)/ドラマトゥルク:金山寿甲(東葛スポーツ)、イ・ホンイ

写真提供:Asian Arts Theatre (Moon So Young) ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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