[コラム]ミュージカル『1976 ハーラン・カウンティ』レビュー

 

主人公ダニエル役のチョ・サンウン、ソ・スンウォン、キム・ダヒョン

日本はゴールデンウイーク10連休突入でこの記事をご覧になる方も少ないと思いますが、2019年上半期のベスト創作ミュージカルとなりそうな作品を見てきました。

実はこの作品、5月5日(日)で閉幕します。すでにご覧になった方には「何を今ごろ!」と言われそうですが、もしGWに韓国にいらっしゃる方は可能であれば、ぜひ見ておいてほしい! と思い、遅ればせながら記事にした次第です。

『1976ハーラン・カウンティ』は、1976年制作の米ドキュメンタリー映画『ハーラン・カウンティUSA』をモチーフにした創作ミュージカルです。
原作映画はケンタッキー州南東部にあるハーラン群で起きた炭鉱労働者のストを追った内容でしたが、これに奴隷解放から100年以上経っても当時のアメリカ南部には根強く残っていた黒人労働者差別の物語を交錯させ、オリジナルストーリーに仕上げています。
釜山文化財団の青年演出家製作支援事業の支援作に選定され、2年ほどの準備期間を経て、今年1月に釜山でショーケースが行われたあと、4月からソウル公演が始まっています。

作・演出は『三銃士』の武術監督からスタートし、『ロビンフッド』『オール・シュック・アップ』などのワン・ヨンボム演出作品での助演出などを担当していたユ・ビョンウン。
彼は2016年に初の作・演出を手掛けた『ザ・アンダードッグ』という作品で、ひとり立ちしていたのですが、この作品は制作会社に問題が生じて早期終了してしまい、不運なデビューとなっていました。その後表立った活動をしていないなと思っていたのですが、この新作を準備していた、というわけですね。
そういえば『ザ・アンダードッグ』も、人間の都合で捨てられた犬たちを主人公にした物語でした。彼はまだ30代の若い演出家ですが、社会問題に切り込むような作品を好んで生み出しているようです。

主人公の白人青年ダニエル役は、釜山初演から引き続き出演しているソ・スンウォン、チョ・サンウンに加え、キム・ダヒョンが新加入。演技スタイル、歌声、ルックスと全く個性の異なるトリプルキャストとなっています。
この3人が、韓国公演情報サイトPlayDBで揃ってインタビューに答えています。
●「なかなかない作品、どんな俳優で見ても同じ感動を与えたい」(PlayDB)

●ソ・スンウォン単独インタビュー(ニュースカルチャー)

●チョ・サンウン単独インタビュー(ニュースカルチャー)

ダニエルは両親を亡くした自分を、長年親代わりのように面倒を見てくれた聾唖の黒人男性ライリーが自由に生きられるよう、ニューヨークへ向けた旅に出ます。
一方、ケンタッキー州の炭鉱の町ハーラン郡では、会社の暴挙に反発した鉱夫たちの労働組合が激しいストを敢行中。しかし鉱夫たちを率いていた労働組合長モリソンが何者かに襲われます。モリソンは死の直前、旅の途中で偶然居合わせたダニエルとライリーにある物を託すのです。

「私たちが生きていく世界」(ソ・スンウォン主演Ver.)

この事件をきっかけに、ダニエルはモリソンの娘エレナや鉱夫たちと出会い、彼らの労働運動に加担せざるをえなくなっていくのですが、とにかく驚いたのが鉱夫を演じるアンサンブルを含めた合唱シーンの声の厚さ。それもそのはず。実はこの作品、さまざまな作品で助演やアンサンブルを多数経験済みの百戦錬磨のメンバーが揃っているのです。
鉱夫たちがストを起こすミュージカル、と聞いて『ビリー・エリオット』を思い出す方もいらっしゃるかもしれません。本作には組合長モリソン役のオム・ジュンシク、鉱夫役のコ・チョルスンと2017年の『ビリー・エリオット』でも鉱夫を演じていた俳優が起用されているのです。
ほかにも鉱夫のリーダー的存在ながら、会社側におもねるベイジル役のワン・シミョンは『タイタニック』『ゴースト』『ジキル&ハイド』などに出演。ベイジルWキャストのイ・ギョンスは劇団四季出身で、持ち前の歌声を買われ、ヤン・ジュンモ演出の小劇場オペラ『リタ』にチェ・ジェリムと共に主演していました。

●ベイジル役イ・ギョンス単独インタビュー(Stage Talk)

ほかにも、エレナ役は『女神様が見ている』の元祖女神様イ・ジスク。鉱夫たちに圧力をかける悪役ピーターソン役には『三銃士』のジュシャク役を長年演じていたキム・サンヒョン。鉱山会社社長トニー・ボイル役は『風月主』『レッド・ブック』『ファリネッリ』などで見せた一癖あるサブキャラクターが上手いウォン・ジョンファン……などなど、韓国のミュージカルファンに、その実力を認められている「信じて観る俳優(믿고 보는 배우)」たちが揃っているのです。

tbsの番組「公演に熱くハマった」解説映像

●稽古場映像 「誤解」(キム・ダヒョン)

●稽古場映像 ダニエルソロナンバー(ソ・スンウォン)

●NAVER生中継ハイライト(チョ・サンウン主演Ver.)

劇中でダニエルと聾唖者のライリーが交わす会話には必ず手話を付けていたのがとても新鮮に映りました。この部分を除けばユ・ビョンウン演出家の演出スタイルや物語の進めかたは、極めてベーシック。ストーリーの流れに破綻した部分などはなく、初めて見た人にも分かりやすく入り込めるようエピソードを繋げてありました。シリアスなストーリーのなかに時折、思わず吹き出すようなセリフやシーンも盛り込んであり、それも良い具合に息抜きになっていたのではないかと思います。
また、最近の新作創作ミュージカルは曲が練られておらず、マイナーコードを多用し、キツめのストリングスが入った似たようなメロディーの楽曲が散見されるのですが、本作の場合は過度にドラマチックにしたり、妙な転調を入れたりもせず、スタンダードながら大劇場でも十分成立するナンバーが多かったのも好印象。助演陣にもソロナンバーが与えられ、難度の高い曲もしっかりと演じ歌いこなしていて、とても安心して見ることができました。これも、キャリアを重ねている俳優が多いからできたことだと思います。

ベイジル役の見せ場となったソロナンバー「夢を見る」稽古場映像(ワン・シミョンVer.)

日本の多くの方がご覧になったことがあるであろう、大劇場ミュージカルで見られるような甘いロマンスや豪華な舞台、きらびやかな衣装などとは対極にある作品ですが、じんわりと深い感動が残りました。
カーテンコールでは筆者を含む多くの観客が、“ご贔屓への義理”や“前が見えないから”立つのではなく、心からのスタンディングオベーションで俳優を出迎えていました。
残念ながら、この作品は上演期間が約1カ月と短いため、プロモーションもあまりできていなかったせいか、満席とはいかない状態でしたが、残りわずかな公演をご覧になれる方は今すぐチケッティングを! そして、将来再演された際にはぜひ観劇してみてください。

カーテンコール映像(キム・ダヒョン主演Ver.)


【公演情報】
ミュージカル『1976ハーラン・カウンティ』〈1976 할란카운티〉
2019年4月2日(火)~5月5日(日) 弘益大大学路アートセンター 大劇場

<出演>
●ダニエル役:キム・ダヒョン、ソ・スンウォン、チョ・サンウン
●ライリー役:キム・ユンホ、イ・ジュンヨン
●エレナ役:イ・ジスク、イ・ハギョン
●ジョン役:キム・ヒョンギュン、ユン・ソグォン
●ナタリー役:リュ・スハ、グ・オクブン
●ベイジル役:イ・ギョンス、ワン・シミョン
●ピーターソン役:カン・ソンジン、キム・サンヒョン
●トニーボイル役:ウォン・ジョンファン
●フランク役:キム・ユル、パク・サムソプ
●モリソン役:オム・ジュンシク
●オリバー役:ソン・イル
●アンバー役:キム・ミンソル、チョ・へイン
●アンサンブル:コ・チョルスン、イ・ドクジェ、イ・ジンソン、キム・ヒョビン、シン・ウンジョン、イム・チャンヨン、ウ・ジニョン、チョン・ウンジ

プロデューサー:シム・ムンソプ、カン・ホウォン/芸術監督:ソ・ビョング/作・演出:ユ・ビョンウン/作曲・音楽監督:カン・ジンミョン/振付:ユ・ナレ/小道具:キム・ジョンヒ/ヘアメイク:チェ・リラ/技術:イ・ユウォン/舞台監督:キム・ボムシク/助演出:チン・ソユン/音楽助監督:イ・ヘス/制作総括:イ・スギョン/制作PD:カン・ヒョミ/カンパニーマネジャー:パク・ミソ

●公式Facebook⇒https://www.facebook.com/2ternaljourney/

●インターパーク⇒(韓国語サイト) (グローバル日本語サイト)


文:さいきいずみ(韓劇.com)

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