[REPORT]大きな痛みを経て、より意味ある上演に―『背水の孤島』アフタートーク リポート②

 

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中絶費用を工面できない野崎(ハ・ソングァン)に詰め寄る夕(キム・ソジン)


●観客5 公演を見た後で友達と話したのが、極限の状態で野崎と夕がしたこと(注2)について共感できるか? という部分でした。どういう思いでこのシーンを書かれたのでしょうか?

(注2)震災直後に避難生活をおくるなかで市職員の中年男性・野崎は夕と性交渉をもち、のちに夕の妊娠が発覚、2人は秘密裡に中絶を画策する。

中津留「野崎のエピソードは創作なんですけれども、想像するにそういったこともきっとあっただろうというような話はあります。妊娠したかどうかは分かりませんが。人間というものが非常事態に陥ったときに、どれだけ人間の価値観とか常識が崩れていくか、ということを石巻のシーンでは延々と描いているわけですね。人間というのはまず誰でも美しく生きたいという希望を誰でも持ちます。しかし現実は欲しいだけのお金がない、貧乏で生活レベルも上がらないという不満があるわけですね。好きな人とも結ばれない、好きな人が出来てもその人が結婚していたり、というようなこともありますよね。例えば、結婚というものが愛の一つの美しい形だとしたら、ドラマを描くときには不倫だとか、人間がかぜなぜそうなっていくのか? という悪いことを作家は考えなければいけないと思います。同じように、人を殺してしまう人の心情を、普通の人は気が狂ってると思うでしょう。ところがその人の心情を、我々は人間を描くプロとして、もう少し分析してそれを理解していかなければいけないと、何となく思っています。原因はいろんなものがあると思うんですけども、なぜ人は悪いことをしてしまうか、いいことをしても上手くいかない、あるいはどうしても悪いことをしてしまう、そういったことにドラマというものがあるのではないでしょうか? 全部幸せになっていくものがマジョリティ(多数)であるとすれば、私はきっと、“そうではない”ものを創るのが得意だと思います(笑)。それは人間の本質に近づきたいからだと思っています」

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2幕の舞台は震災から12年後の都内の某警備会社。1幕で石巻にいた登場人物たちの立場が大きく変化している

●観客6 こういう敏感なテーマを描いて演劇として創る際に難しい点はなかったでしょうか? 韓国でも原子力発電所などが話題になっているので、時期的にもピッタリだと感じました。でも実際はオリジナルで創作するのは難しいのではないかと思ったんです。日本ではこういう作品を創作する環境はどうなのか知りたいです。
中津留「私は有難いことに、国から少し助成を頂いて作品を創ることがここ数年増えています。こういった作品を創りたいという企画書は上げるんですけども、その時点で台本があることはまずないんですね。“中津留ならばこのクオリティをやってくれるだろう”というのが担保になってます(笑)。ですから、その担保をきちんと支払うために頑張ります(笑)」
「敏感なテーマ、ということについては個人の自由です。まず劇作家は結果が曖昧なので怖くて書かないと思います。そして民衆はこういう辛いことからなるべく目を背けたいと思っています。この作品は有難いことに日本でたくさん賞をいただいたんですけども、芸術のあり方や立ち位置ということをカンパニーの公演を通して訴えてきたので、それがひとつの形になったのかな、という気がします」

●観客7 キム・ジェヨプ演出家に質問ですが、前でも仰ったように敏感なテーマの作品を韓国で上演するにあたり、一番気を遣ったのはどういう部分か伺いたいです
キム・ジェヨプ「最初にこの作品を見た(読んだ)ときは、ドキュメンタリー的な作品と読み取ったと思います。(背景について)知らねばならない、勉強もしなければならないと思ったんですけど、ドキュメンタリーみたいに僕らが真似するのはむしろ間違ってるだろうと。もうちょっと爆弾的な内容の話じゃないかと思って、1幕の場合も日本の宮城らしく僕らがやる意味はないんじゃないかと。いずれにしても韓国の俳優が、同世代の韓国の観客たちに向けて演じる作品なので、もう少し普遍性のあるストーリーにするために台本にはアレンジを加えたところもあります。
日本では3時間半ほどの上演時間があった作品を韓国ではインターミッションを入れて2時間45分くらいにしたんですけど、日本の特性が出ているところよりも普遍化できることをより盛り込んだように思います。政府の責任的部分や自然災害に見えるけど、実は人災に近いこと……事故のように見えるけど運命として受け入れるものではなく、人間の過ちや不誠実な部分を際立たせようとしたのですが、韓国でも良くないことが今年の上半期は次々と起きているせいで、1幕では僕が思うに、これが日本(の物語)だという距離感を忘れてしまうほど普遍的な感情を観客が早く体感してしまったと思います。
制作する過程でも個人的にはかなり辛かったです。公演もこれまで自分がやってきた作品は公演中にはあまり見ないほうなんですが、作品を上手く創らなければ、という考えは捨てました。上手く創ることに意味はないと思った反面、どれくらい真実味を持たせられるか。上手く演じようとか、作品を良く見せようとするのはむしろ嘘臭くなるようだったので、最も率直かつ誠実で真実味のある瞬間を観客にアピールしよう、と。それで上演時間を短く調整しつつ、台本の読み合わせや演出しながらも相談をよくやるほうなんですが、今回はあえてそれをしないようにしました。その時感じたままをそのまま演ろう、あまりオーバーにしないで、と。日々変わっていくだろうから、その瞬間にわずかでも真実味があるように、観客に一瞬でも感動や共感を与えられればと。私たちが観客にどれくらい近づいて行けるか? という感じで演出したような気がします。
2幕は中津留さんも未来を想像して書かれたたものなので、1幕と2幕では全く性格が違うというか、違うジャンルと言ってもいいくらいで。インターミッションを経て心を落ち着けて劇場に戻ったのに、いきなり違う劇場に入ってしまったような感じがありますよね(笑)。1幕は“感じる”ようにしたとしたら、2幕は“考えながら創る”感じでした。

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警備会社社員となっていた太陽(キム・シユ)は、原子爆弾テロを画策。キャラクターの名前とこのシーンから映画「太陽を盗んだ男」へのオマージュが浮かぶ

2幕で(登場人物が)みな集まりますよね? 12年後にありえないくらい集まるので(笑)、感じるより考える方向を生かせるのは何か? と考えて、日本社会が抱えている危機感というか……韓国は市民革命を経験した国だと思うし、日本では歴史上市民革命を成功したことはほぼないようなので、台本を間違った方向に持って行ったことも多かったと思うんです。アナーキスト的な感じがしましたね、太陽が最後に阻止されたことはテロだというように。韓国にはアナーキズムみたいな部分はないじゃないですか、だけど日本の人よりはダイナミックな感じもするし……韓国の観客たちに情緒的に考えられる方向に、2幕自体をアピールできるかどうかが最も悩んだところです。最後に私たちに元々ある話もしたかったし。(パンフレットにある)中津留さんの挨拶文を読んだときに……僕たちは同い年なんですが(笑) 大きな痛みになったと。当時かなり悩みながら書かれた文章なので、最も一緒にコンジョンすることができる1テキストが持っている力を信じて、同時代を生きている人たちに向けて、さらに浮彫りにする方法は何か? という部分を一番悩んだような気がします。

……家に帰らなきゃいけないでしょ?(笑) いっそ1泊2日でやってはどうですか(笑) 質問がなければ、最後に中津留さんに今日ご覧なった感想、観客と対話した感想などを伺いたいと思います」

中津留「すごく面白かったです。先程キム・ジェヨプさんが仰ったように、(作品の)本質を、石巻の部分(1幕)は“感じる”、後半(2幕)は“考える”と、彼が上手く演出プランを抜き取ったことで、非常にこの作品が観客の皆さんにダイレクトに届いたのではないかと思います。客席の皆さんの反応を見ていて、日本と変わらないくらいこの問題に真剣に考えてくださっていたので、とても嬉しく思います」