ソンドル劇場

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.23

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.23

 

オ・ダルス主宰劇団3年ぶりの新作『キャベツの類』

近年は、出演作が次々と1000万観客動員を超える大ヒットを記録し「千万妖精(천만요정)」の異名をもつ、韓国映画界を代表する名バイプレイヤーのオ・ダルス。名優たちの例にもれず、彼も元々は演劇出身俳優です。いま最も忙しい俳優の一人である彼が、劇団を主宰していることは、おそらく日本ではあまり知られていないのではないでしょうか?

彼が主宰する劇団の名前は「蜃気楼万華鏡(신기루 만화경)」
このちょっと風変わりな名前をもつ劇団の俳優たちが3年ぶりに集まり、新作を上演します。6月15日から大学路のソンドル劇場で上演される『キャベツの類(양배추의 유례)』という作品です。
戯曲を書いたのは日本の作・演出家で、劇団「五反田団」を主宰している前田司郎。彼は小説家・ドラマ脚本家・映画監督としても活動しています。「脱力系作家」と呼ばれている彼は、観客の虚をつく発想で観客を笑わせる、独特な世界観を持っている作家です。
これまで『偉大なる生活の冒険(위대한 생활의 모험)』と『おやすまなさい(자지마)』(⇒コラム第14回で紹介)が韓国語に翻訳・上演され、彼の独特なユニークさは、特に若い観客からも支持されてきました。

「女」役のオ・ミンジョン(左)と「男」役のチョン・ジェソン

物語は、記憶を全部キャベツに取り出した「男」の話から始まります。「男」の前には、頭の中に青虫が住み着いて記憶が虫食い状態である「女」が現れます。そして二人の息子と娘のような「兄」と「妹」、彼らを威圧する「先生」が出てきます。そこで「先生」はいきなり来客を迎える準備を進むのですが、その客とは「神」です。「男」は「神」に、「女」の頭の中の虫を殺してほしいとお願いをして、とんでもない結末を迎えます。

「息子」役のパク・ギョング

もしかしたら全てが「男」の夢かもしれない、あるいは生々しい残酷な現実に対する隠喩かもしれないこの物語を演出するのは、今までは主に韓国の若手作家の創作劇を演出したユン・ヘジンです。

詩的な舞台言語を具現する演出家として評価されている彼女は、アルコ次世代演出家選定(2013)、有望芸術育成支援NArT支援事業選定(2014)、スタートアップ‐大学路芸術生態プロジェクト・アーティスト選定(2015)、ソウル芸術治癒ハーブ入居作家選定(2017)などで、こつこつと自分の作業を認められてきた女性演出家です。

今回彼女は、たった二つのブランコを置き、袖幕も無くした舞台装置が一切ない大胆な舞台を披露します。よって普段より舞台を広く使っているのですが、観客は、必然的に俳優に集中して目を向けることになるため、俳優にとっては非常に負担の大きい舞台になっています。
そんな舞台に立つのは、チョン・ジェソン(映画『朝鮮名探偵~トリカブトの秘密~(조선명탐정-감기투구꽃의 비밀)』、ドラマ『マスター・ククスの神(原題)(마스터-국수의 신)』、演劇『笑の大学(웃음의 대학)』)、チェ・ジェソプ(映画『国際市場で逢いましょう(국제시장)』『オールド・ボーイ(올드보이)』、演劇『ちゃんぽん(짬뽕)』)、イ・ソンヒ(映画『哭声/コクソン( 곡성)』、ドラマ『推理の女王( 추리의 여왕)』)、オ・ミンジョン(映画『明日へ(카트)』、演劇『カルメギ(갈매기)』)といった、映画・ドラマでも活躍中のベテラン俳優たち。加えて、小劇場演劇を中心にミュージカルなどの振付も担当しているパク・ギョング、新人のソン・ジェイク、キム・ユンジと若手俳優も登場します。

「先生」役のイ・ソンヒ

稽古初日から笑いが止まらず、俳優たちが滞りなくすらすらと戯曲を読んでくれたのが印象に残っていますが、具体的な空間や設定の説明もなく、ヒントになる舞台セットもないこの作品は、結局この俳優たちの力で説得力を築いていくことでしょう。客席の反応によって作品の様子も毎日変わっていくのではないかと思います。まるで生き物のような演劇『キャベツの類』を体験してみてほしいです。

最後に、初日を前に俳優たちと共に今ドキドキ、ハラハラしているオ・ダルスさんと演出家のユン・ヘジンさんがお忙しいなか、劇団設立秘話、そして新作の魅力を教えてくれました。貴重なミニインタビューをご堪能ください。


劇団「蜃気楼万華鏡」を主宰するオ・ダルス

●「蜃気楼万華鏡」とは、とても神秘的な名前の劇団だと思います。劇団を始めようと思ったきっかけを、教えていただけますか?
オ・ダルス:「それは簡単です!」
「作・演出家のイ・へジェさん(이해제 ※注)と十年間、一緒に演劇を作りながら、ほとんどの劇団が同じだと思いますが、演劇の本質にもっと近づける道とは、共同体意識だと考えるようになりました。“粉々になっている日常と様々な思いを「共に集めて遊んでみよう」”という素朴な気持ちで、2001年1月にイ・へジェさんが自分の部屋を整理して、小さな稽古場を作って、(彼自身が書いた戯曲のタイトルでもある)「蜃気楼万華鏡」が始まりました。
それから多くの作業と紆余曲折を経て、今の姿になり、生き続けています。素朴ですが、すごい勇気と決意が必要でした」

※注:イ・へジェは、近年演劇『TOC TOC』『キサラギミキちゃん』『笑の大学』などを演出。

●久々の新作は、日本原作です。なぜこの作品を上演しようと決められましたか?
オ・ダルス:「それは簡単ではありません!!」
「個人的な見解としては、日本は隣の近い国ですが、小さい情緒でも、それに接していく方式が私たちとは異なるので、興味が湧きます。些細な物語のなかに含まれているメッセージの深さが魅力的ですね。特に、作家の前田司郎さんの日常と非日常の間での綱渡りは、難しいけど、その倍、面白いです。
詳しくは、演出家のユン・へジンさんがより詳しく話してくれるでしょう!(笑)」

ユン・へジン:「何年か前に、韓日演劇交流協議会を通して前田司郎さんの『偉大なる生活の冒険』という作品の戯曲を初めて読みました。簡単に書かれているように思えて、スルスルと読むのもすごく楽でした。でも、戯曲を読み終えた後、決して簡単ではない堅固さを感じたんです。それから、前田さんの他の作品を読むことになりました。彼の戯曲には、一回夢中になるとなかなかそこから離れられないような魅力があります。作品の中に入ってみると、結局“私”の物語になるんです。
前田さんの戯曲は“今”を語っています。人や時間や物語など全部。今、“存在”しているものが舞台に並ぶんです。『キャベツの類』もそうで、まるで一人の男の“夢”でもあるように、バラバラに散らばっている記憶がこの物語の全てです。でも、単にそれは夢ではなく現実でもあるのです。
特に、日本の戯曲だからではなく、今の時代を表現する作家の言葉が私を刺激しました。人間が消えない限り、常に享有できる「人間の人生と時間に対する探求」がストーリーの背景にあります。その支点が「現在性」「同時代性」を備えています。彼の作品は、じっと自分に向き合う時間をくれます。このような前田さんの作品が韓国に紹介されたらいいなと思い、作品を準備することになりました。『キャベツの類』に登場する「男」が、どこか分からない空間を歩きながら、出会う誰かの記憶のように、私たちの記憶のひとかけらに記録されるために、今この作品に出会ったような気がします。
加えて、愉快でありつつも真摯な「蜃気楼万華鏡」の俳優たちが、その記憶のかけらをもっと堅固にしてくれることを楽しみにしています」


【公演情報】
演劇『キャベツの類』(양배추의 유례)
2017年6月15日~25日 大学路ソンドル劇場

<出演>
●男役:チョン・ジェソン
●女役:オ・ミンジョン
●シン役:チェ・ジェソプ
●先生役:イ・ソンヒ
●息子役:イ・ギョング
●娘役:キム・ユンジ
●店員役:ソン・ジェイク

作:前田司郎/翻訳:イ・ホンイ/演出:ユ・へジン/舞台:ソン・アルム/照明:ソン・ミリム/音声:ペク・インソン/衣装:アン・へウン/ヘアメイク:キム・グニョン/プロデューサー:イ・ユンジン

写真提供/取材協力:劇団「蜃気楼万華鏡」


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イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.5

イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.5

 

『ワーニャ伯父さん』のソウル版、『スヌ伯父さん』

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蚕室島があった漢江の橋の下に立つ『スヌ伯父さん』のキャストたち ©Wooje Jang

大学路のソンドル劇場(선돌극장 ⇒劇場紹介・地図)では、いま7月26日まで演劇『スヌ伯父さん(순우삼촌)』が上演されています。大学路の小劇場で創作劇を観ることは、日本の方には多少勇気が要ると思いますが、この作品はチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の舞台をソウルに置き換えた作品です。日本の劇作家・演出家の岩松了が1998年に発表し、昨年16年ぶりに再演された『水の戯れ』は『ワーニャ伯父さん』に登場する二人の人物「エレーナ」と「ワーニャ」からモチーフを得て創作された戯曲でしたが、この作品と比較できるでしょうか。しかし韓国版の方は、原作の痕跡がより強く残っています。

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劇場に掲示されている蚕室島と漢江の地図。開発前(1963年・左)と開発後(1978年・右)の変化が一目瞭然 ©Lee HongYie

この『スヌ伯父さん』を少しでも早く見るために初日直前の最終リハーサルにお邪魔してきました。地下1階にある劇場へ降りていくと、壁には1960~70年代の蚕室(チャムシル)の地図や資料などが展示されていました。なぜならば本作の舞台が「1973年の蚕室島」だからです。今の蚕室は、ロッテワールドやデパート、野球場などの大型ランドマークがあり、高層マンションが立ち並ぶ現代的な街並みですが、当時は漢江にある島だったそうです。細かい設定はストーリに合わせて変えたところもあるそうですが、まだ川に渡し場があったころ、蚕室島で始まった都市開発工事を背景にしています。

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兄ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)と共に蚕室島の農場を守ってきた伯父のスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『ワーニャ伯父さん』は老教授セレブリャーコフと彼の若き後妻エレーナが、老教授の前妻との子ソーニャとその伯父ワーニャが長年管理してきた田舎の屋敷に住み始めたことで巻き起こる人間模様を描いた作品ですが、『スヌ伯父さん』のあらすじは次の通りです。まだ独身のスヌ(=ワーニャ)はアメリカで留学中の腹違いの兄ゴヌ(=セレブリャコーフ)のために一生懸命に節約しながら働いてきた農夫です。彼のそばにはいつもゴヌの娘ジスク(=ソーニャ)がいます。二人は家族が代々暮らしてきた蚕室島で地道に働いているのです。しかし10年間の留学を終え文学博士になったゴヌが若い女性タジョン(=エレーナ)を連れて家に戻った後、彼らの生活はガラリと変わります。そこに漢江開発事業も発表され、彼らは蚕室島を離れなければならなくなるのです。

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ゴヌの妻タジョン(キム・ジョン)に迫る、医者ソクジュン(オ・デソク) ©Wooje Jang

sunu7『ワーニャ伯父さん』のなかの人物関係をうまくシンクロさせた、この面白い世界を作り上げたのは劇団「月の国椿の花(달나라동백꽃)」を主催する劇作家キム・ウンソンで、2009年ソウル市劇団の「ソウル+記憶」創作開発事業の一環で本作品を執筆し、同年初演されました。今回は「月の国椿の花」の共同代表ブ・セロムが演出を務め、劇団「ドゥビチュム(두비춤)」の制作で再演を迎えたのです。ちなみに、劇団「月の国椿の花」は、2011年に劇団を旗揚げした翌年、『ガラスの動物園』(テネシー・ウィリアムズ作)を現代の韓国に置き換えた『月の国連続ドラマ(달나라연속극)』、『ショパロヴィッチ巡業劇団』(リュボミル・シモヴィッチ作)を近代の韓国に置き換えた『ロ・プンチャン流浪劇場(로풍찬유랑극장)』、『かもめ』(アントン・チェーホフ作)を1980年代の韓国に置き換えた『干潟(뻘)』など、名作戯曲をベースにした作品を次々と発表し、観客と評論家の両方から高く評価されました。そして今、キム・ウンソンとブ・セロムのコンビが手がけたもう一つのチェーホフの脚色版『スヌ伯父さん』も予想通り、高い評価を受けています。
韓劇.com読者のなかには、今年1月に東京・世田谷パブリックシアターのシアタートラムで上演され大好評を得たリーディング公演『木蘭姉さん』をご覧になった方がいらっしゃるかもしれませんね。『木蘭姉さん』はキム・ウンソン脚本家の作品なんですよ。

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兄ゴヌ(ムン・イルス)につかみかかるスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『スヌ伯父さん』に出演している素敵な俳優のなかには、劇団「ドゥビチュム」の俳優だけではなく、劇団「月の国椿の花」所属のイ・ジヘとノ・ギヨンがゴヌの娘ジスクと渡しの番を演じます。それから演劇『ヒストリーボーイズ』の校長役や、昨年ドゥサンアートセンターで上演された韓国版『背水の孤島』(中津留章仁作)に出演していたオ・デソクが医者ソクジュン役(=アーストロフ)に。そして東京デスロックの多田淳之介が演出した日韓合作『カルメギ(かもめ)』に出演していたソン・ヨジンがスヌの母ムンジャ(=マリヤ)に扮しているなど、日本の作品に縁のある俳優も出演しています。

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ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)に歌を聴かせるタジョン(キム・ジョン)©Wooje Jang

舞台転換の際には俳優たちがギターやハーモニカなどを演奏するため、小劇場ならではの魅力を十分味わっていただけるのではないかと思います。ソンドル劇場は座席数132席の小さな劇場ですが、さまざまなヒット作が生まれているところです。大学路にいらした際には、このような小劇場にもぜひ一度足を運んでみてください!


sunu8【公演情報】
演劇『スヌ伯父さん』(순우삼촌)
2015年7月9日~7月26日 大学路ソンドル劇場

出演:ムン・イルス、ソン・ヨジン、オ・デソク、イ・サンフン、カン・マルグム、キム・ジョン、イ・ジへ
脚本:キム・ウンソン/演出:ブ・セロム/音楽監督:ぺ・ミリョン/舞台:キム・ダジョン/照明:ソン・ミリム/企画:ナ・ヒギョン

写真提供:Play for Life ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。


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